わたしは剣。――無能だった少女が、異能者たちの全国大会で運命を斬るまで 作:遠野静
夕方が過ぎて、夜。公民館で待っているとみんなが帰ってきた。
帰ってはきたんだけど……なんか様子が変で……。
「あ、おかえり――」
「ただいまですわ」
わたしの声に答えてくれたのは、ぼろぼろの戸枝さんと。
「や~、ただいま~……はあ、流石に『熱剣』相手は疲れるねえ」
見た目だけ疲労をみせながら。
けれど、実際は殆ど消耗していなさそうな水野部長と。
「ただいま」
凄く端的に答えつつ、全身の土を払う山名先輩と。
「…………」
……まったく返事をしない、ボロボロの望月さんだった!
(ちょっと山名! お前さぁ~!)
急に脳内に念話が入ってくる。水野部長の『異能』だ。
雰囲気的に、わたしだけでなくて山名先輩にも――それから、戸枝さんにも届いている。
要は望月さんだけ外されてる状況だけど、それも仕方がない。だって――
(あれ、どうすんの。もうふてくされてんだけど? お前が相手したよね?)
(いや……ちょっと発破をかけたつもり、だったんですけどね)
どうやら話を聞く限り、山名先輩が望月さんと戦ったらしい。
そうなると、水野部長が戸枝さんの相手……? それでかすり傷ひとつ負ってないのは、凄いと思うけど――
(褒めてくれてありがとうね佐守ちゃん。でもそんな話じゃないんだ、今は先に望月をどう元気づけるかの方が大事!)
それはそう。でも、その隙間に山名先輩の声が割って入る。
(いや、それはいらないと思いますけど……)
(なんでですの。これから合宿なんですのよ? なのに、あんなに苛立ちを露わにされたら、こちらも気になります)
(あー、それはごめん……ごめんだけど、こればっかりは望月が自分で超えなきゃいけない壁だからさ。今はもう少しそっとしておいて)
山名先輩には分かっているみたい。形は違うけど遠距離系の『異能』を使うからなのか、それとも対戦した時になにかあったのか。
(両方かな。ひとまず、先輩。望月は放置でお願いします。他の練習に支障をきたすようなら、また私から言うんで)
(…………うーん。まあ、山名が言うなら、それでいいとしよう)
でも、本当に問題があるようなら部長権限で停止するからね。と言い残して。
それから、部長はわたしの方を見て、口を開いた。
「佐守ちゃん、もう平気?」
「あ、はい……村は、見てないから分かりませんけど……ひとまずは」
「おっけおっけ。なら君の修行はとりあえず明日からね。大丈夫、公民館の運動場だけで完結するようにしているし。…………あと君の村燃えたし」
「はい?」
なんかすごいこと、聞いた気がするんだけど。
「………コホン」
と、詳しい話を聞く前に戸枝さんが割って入ってきた。
「佐守さんの課題は、『基礎と体力』を身につけること……でしたわね? それでは、私と望月さんは? 今日はひとまず、互いにお相手いたしましたが」
「うん。それも単純だ」
そう、へらへら笑いながら、部長は答える。
「『戸枝と望月』のふたりで、『あたしと山名』に勝つこと。勝てなくても、一か月以内にその辺ぐらいまでは迫ってもらう」
要はバディとバディ。まあ、戦い方的に必然相手は限られるんだろうけど。
「大したことはしなくていいよ。全力で、頭を絞って、あたし達に勝ってみな? あるいはあたしが絶不調な時を神様にでもお願いするか」
「先輩。それだと私が頭を悩ませることになるんですけど……」
と、山名先輩はイヤそうに答える。
イヤそうに答えるが、止めはしない。……つまり部長が使えない日でも動く案が、山名先輩には幾つかあるってこと?
「この人に付き合わされてたら、強制ね。案とか大したもんじゃないけど」
あれ、念話じゃないのに伝わってる……!
「そんな分かりやすい顔されたら、誰だってさすがにね……」
「――ああ。話は分かりました」
そう言って、望月さんは先に部屋に戻っていく。温泉とかは、使うつもりないみたい。
そもそも、今の彼女って――なんだか彼女らしくないというか。
あの、いつもの余裕が、ない。
「――大丈夫なんですの?」
「大丈夫、だと思う……た、多分……」
焚きつけ過ぎたか? と頭を抱えている山名先輩。
そもそもこの合宿ってチームワークがどうこうの話じゃなかったっけ?
明らかにバラバラなんだけど明日から本当に何とかなるのかな……。
◇
翌日も、朝から水野部長とわたし以外の三人は廃村の方へと向かう。
水野部長もこの後行くらしいけど、そうなると、いよいよわたしだけ一人になってしまう。
「あの、水野部長……? それで、わたしはなにをすれば」
基礎を学べと言われたけど。
その基礎を教えてくれる人が、今はいないんですけど。
『己がいるぞ』
蛇さんはなんか変な技ばっかり教えてくるじゃん。
『むう……必要なのだが』
確かに、『薙ぎ』も『払い』もなければ、皆のためにはなれなかった。
特に『薙ぎ』。相手の剣を軽くいなす技。あれがないと戸枝さんには勝てなかったし、『絶剣』に突き殺されて終わってた。
それと『払い』――踏み込んでの広範囲への大きな斬撃。あれは役には立たなかったけど、役に立った。
でも――
「わたしひとりじゃ、またただの棒振りなんですけど」
「佐守ちゃんなら、魔力を込めて物理で殴るだけでも十分脅威だけどね~。とはいえ、ここから勝ち上がるなら最低限の剣術は必須だ」
「剣」
そういえば――
「わたし、剣だけなんですか? 水野部長は槍だし、山名先輩も狙撃銃だし……」
他にも、『国異』に出場する『異能』使いは、必ずしも剣が主武装じゃない。
あの鶴久の目黒先輩がいい例だ。けれど、水野部長は言った。
「いいや、君は剣だよ。そうでないといけないし、そうでないとならない」
――と、なにか確信めいた事を言って。
「……まあ直感なんだけどね~? 逆に君さ、剣以外を振るう自分って想像できる?」
「う、ううん……?」
剣以外の武器……銃とか、槍とか? 他にも色々あるんだろうけど、思い浮かばない。
チェーンソーとか……って思ったけど、あれも大雑把に見たら剣かも……。
「そういうわけで、君には『剣の基礎』を覚えてもらいます。
そして、そのためのゲストも用意しました。はいどん!」
じゃじゃーんっと。先輩が言って、廊下から『ソレ』は出てきた。
ぬっと。
なんか、真っ黒いひよこ……頭……? の着ぐるみを頭にかぶって。
全身真っ黒のジャージをした、つまりは怪人である。
――黒ひよこ怪人が、のっそりと上からわたしを見下ろした。
「ひっ……!?」
「おいおい佐守ちゃん。これから教えてくれる人に、そんなにビビんなくてもいいじゃ~ん」
水野部長は当たり前みたいに告げる。
でも、普通にビビるよ? 田舎の公民館の廊下の角から、黒いジャージで頭にひよこの被り物をした怪人が出たら。
背丈は――男性としては平均くらいなのかもだけど。少なくとも小柄なわたしにはかなり高いし。
「……いや、これは燕だ」
「つ、つばめ……?」
つばめって、あのつばめ?
ああ、だから黒いのか――ってそうではなく……!
「燕マン、語尾語尾」
「ああ、うん。……これは燕だっぴ」
ぴって言ってる! 何か変な語尾付けてる!
声音からして女性――だと思うんだけど、なんかちょっとなんか、かなり変!
「あの、先輩!」
「はいはい」
「本当にこの燕怪人がわたしに教えてくれるんですか!?」
「燕怪人じゃなくて、燕マンだっぴ。……うん? よく考えたら、燕ウーマンじゃないのか、水野」
「多様性多様性。性別不詳の怪人なのがいいんじゃん」
なにがいいんですか?
「ともかく、いいかい佐守ちゃん。この燕マンさんは、とても剣の達人です」
「は、はあ……」
「ただ、わけがあって顔を出すわけにはいきません」
「諸事情でプライバシーは保護させてもらうっぴ」
何か軽いなこの怪人……。
あと水野部長を水野呼びしてるってことは三年生の誰か?
あとその恰好で剣振れるの?
「ぴ。剣のことならまあ、そこそこだっぴ。少なくとも、これぐらいへっちゃら……いや、やっぱり見えにくいな……」
「先輩! なんかダメそうなんですけど、この怪人!」
「大丈夫大丈夫。少なくとも基礎を教えるくらいなら、今のままでもいけるやつ――と」
先輩が時計を見る。
時計は、既に八時になっていた。
「じゃあ、また夜ね~。それまでみっちりしごかれること~」
脱兎とはまさにこのこと。
「え、ええ~~……!」
水野部長は笑顔で、他三人の向かった廃村の方へと走っていって――
「じゃあ、始めよう。たった二週間にはなるけれど、それでもただの棒振りよりは、少しはマシになると思う。……ぴ」
公民館には、わたしとこの燕の怪人が、残されたのだった……。
◇
公民館の運動場で、わたしと燕の怪人……えっと、燕マンさんは試合用の模擬剣を握っていた。
どうしてこうなった。
あと本当に脱がないんだ、それ。
わたしの頭がクエスチョンマークで埋め尽くされているというのに、燕さんはいたくマイペースかつ自然体に剣を構えて。
「まずは、基本的なところから始めよう。君も構えてみて。……ぴ」
「あ、はい……」
言われた通り、見よう見まねで剣を握る。魔力は特に込めない。剣の基礎を学ばないといけないのだから、それ以外は余分だ。
互いの距離は切っ先が触れ合うか、それぐらいの距離。
でも、燕さんが――
「ふむ……」
とくぐもった声が聞こえたと思ったら、わたしの手から剣が『消えた』。
「は、え……?」
驚くわたしの横で、ゴロンゴロンと転がる剣。
――消えたんじゃない、弾かれたんだ。
そう、思った時にはもう、燕さんの剣の切っ先がわたしの喉元に突き付けられていた。
「やっぱり、基礎的な構えがなってない。それじゃいくら力強く握っても、何度でも弾けるっぴねぇ」
「は、はあ……!?」
「怒ったっぴか? ならもう一度試してみるっぴ。……というか、打ち込んできてもいいっぴ。私は立ったままだから、どこからでも掛かってくるっぴ」
そう言って、再び剣を正眼に構える燕さん。
結構、今のは癪に障った。
それなら、言われたとおりに思いっきり斬りかかってあげましょう。
ついでにその変な燕の頭の中身も、見てやる……!
「後悔しないでくださいね……!」
「後悔はしなくていい。反省は必要だっぴが」
そういう話じゃない! と思いつつも、わたしは落とした剣を握り直して、再び燕さんと向き合った。
どこからでも、と彼女は言った。それなら真横からでも文句はありませんよ……――!
「…………っ!?」
しかし、剣を向けた瞬間、動きが止まる。
燕さんの切っ先は真っ直ぐにわたしの喉に向けられている。
もちろん距離は遠い。まだ剣も触れないぐらい。
だけど、彼女の方が背は高い。腕も長い。
だから、わたしが『突き殺す前に突き殺される』。
「…………う、えっと」
横に逃げる。けれど燕さんの切っ先はぴったりと。
少し後ずさる。それでも燕さんの切っ先はぴたり。
背後に回り込もうとする。それでも。
――そして再び、剣先が触れ合う距離になった瞬間。
「――――ぴっ」
「うっ……!」
ふざけた掛け声とともに、また『弾き飛ばされた』。
「な、な……!」
「驚くことではないっぴよ? ただちょっとした梃子の原理っぴ」
「そ、それでわたしの剣だけが飛んじゃうのは……!?」
おかしい、のでは――
「うん。それじゃあ構え方から始めようっぴ」
燕さんは剣をおろすと、わたしの方にやってきた。
……一五六センチのわたしに、一七十前後の燕の着ぐるみが迫ってくるのは、やっぱりちょっと怖い。
「まず、構えてみて。……ぴ」
「え、えっと……」
「それ。両手が鍔で密着してる。つまり、剣の支えが一点に集中しちゃってるっぴ」
それでは、せっかくの柄の意味がない。と、燕さんは教えてくれる。
「右手は前、鍔の付近。左手は柄頭をしっかりと支える。これだけで、剣は硬くなるっぴ」
……燕さんに言われたとおりに剣を構える。
そうしたら、なんとなく切っ先がふらふらしなくなった気がした。
「あとは肩かな。全体的に腕が硬いっぴね。……うーん。一旦、深呼吸」
「え、こうですか――」
すうっと大きく息を吸って、それから息を吐いた。
肩から余分な力が抜けていく。いい感じに、腕のこわばりも消えてくれた。
「うんうん。それそれ。剣は肩じゃなくて腰。腹に力を込めて、剣を全身で支える。……うん、いい感じだっぴ。後はその姿勢をキープできるようになれば、かなり形はよくなった。もう一つは、右手――鍔側には力を籠めないこと」
「え、えっと……こう、かな?」
言われた通り、左手で柄頭をちゃんと支えて。
右手は鍔の辺りで、あまり力を入れないで。
肩じゃなくて、お腹に力を入れて、前を見つめる。
たったのそれだけで、わたしの構えはかなりよくなった。
流水の中でも一本。倒れない木のように。
「うんうん。中々筋がいいっぴ。……じゃあ、今度はまた私と構え合ってみよう」
そう言って燕さんは、再び剣を構えた。
わたしの『かなりよくなった』っていうレベルじゃない。
けれど、一応は『同じ構え』だ。
これまでは土俵にも立てていなかったけれど、やっと土俵に立てた感じ。
「――さあ、そのまま剣で打ち込んでみるっぴ」
「よし――」
言われなくても打ち込むつもりだった。
切っ先が触れた瞬間、あの圧が加わるけれど、ちゃんと支えた剣は、それくらいでは弾かれない。
「てやぁ!」
「おっと」
燕さんの着ぐるみの頭をぶん殴ろうとしたんだけど、その前に剣が割り込んで防がれる。
「うんうん。足さばきはおかしいけど……でもやっぱり筋がいいっぴ。剣の握り方を教えるだけで、こんなに強くなるなんて――」
感動していた。
これまで、ひたすら魔力でぶん殴っていたわたしが、今、『ちゃんと剣を振っている』。
それを、この燕さんにちゃんと褒められている……!
「よしよし、いい感じだっぴ。じゃあ次は足さばき」
「足……?」
「うん。この前の練習試合で、『鶴久の絶剣』、見たでしょ? ……ぴ」
ああ、あの瞬間移動みたいな『術』を使う人――
「術とかいうけどね、あれもあくまで『歩法』だっぴ。………いや、あれはちょっと逸脱しすぎてるから参考にできないんだけど」
覚えられるかと聞いたら、覚えられないと燕さんは即答した。
確かに剣の極致だと言ってたし、そうなのかもしれないけれど――
「でも、あんなのに至らなくとも、足さばきだけで君の動きはもっとよくなる」
「ほんと?」
「ほんと。よく考えて。どたばた走るのと陸上選手の走り方、同じだと思う?」
……全然違う。
「それと同じ。陸上選手は走るのに特化した形だから、アレも参考にならないけれど。
剣士には剣士の足さばきがある。そんな風に基礎を覚えていけば、君は間違いなく『剣』になれるっぴ」
「ほ……本当ですか!」
「……って、水野は言ってたっぴ」
部長の言葉かぁ~~!! じゃあちょっと分からないなぁ~!
「ふふ。そのために、この二週間があるんだっぴよ?」
燕さんは楽しそうに笑っていた。いや、顔は見えないけど。
「水野がどれぐらいを意識して私に任せたのかは知らない。知らないけど、私はこの二週間で、全力で君に技を教える。どうせなら、水野を驚かせてやりたいっぴ」
「あ、あの部長……驚くかなぁ?」
何か想定外があっても、それもありだと笑いそうなんだけど。
そう言うと、燕さんはわたしの肩をぽんと叩いて。
「――だから、驚かせてやりたいんだっぴよ」
着ぐるみに隠れて、顔は見えない。けど、この人は――なんかなんだろう。
……凄く、落ち着く。
わたしに優しくしてくれる人は、これまでにもいた。
でも、それは強者の余裕でしかなくて、ただ私を取るに足らないと思っているからだった。
けれど燕さんからは、そんな雰囲気は一切ない。
ちゃんと私を『ひよっこ』として、『一人前』にしてやる。っていう気概と想いを感じ取れた。
だからなのかも。
「わかりました……じゃあえっと、燕さん! 今度はどうすればいいんですか!」
「うん。素直になってくれたのは嬉しいっぴ。――じゃあ、次はその構えのまま一時間」
「え?」
「動いちゃだめ。力を入れたらだめ。私がちょっかいをかけるかもだけど、ちゃんとそれも払う。その態勢を維持したままで、一時間。私が依頼されたのは、剣の基礎と体力づくりだっぴ」
「そ、そんな……!」
「あ、切っ先がブレたっぴね」
「…………!」
「そうそう。ちゃんと立て直せるのは、偉い。ただそれだけで、人は君に『斬りかかれなくなる』」
「……どういうことですか?」
「私と向かい合ってた時、どう思ったっぴ?」
「え、怖い……」
だって、何処を向いても切っ先が必ず自分の首を狙っているのだ。
無策で斬りかかれば、先に首を突かれる。
じゃあその邪魔な剣をどかしても、すぐ同じ構えに戻られるからやっぱり脅威は変わらない。
「あ――」
「そういうこと。ちゃんと剣さえ構えていたら、普通の人は真っ向から打ち込めない」
自殺志願者なら別だけど、と物騒なことを言ってから、燕さんも剣を構える。
「だから、今日の君の課題は、とにかく剣を握り続けること。そして相手を逃さないこと。集中力を切らないこと。――簡単に見えるけど、これが一番疲れるんだっぴ」
「わ、わかりました……!」
凄い。本当に、基礎の基礎から教えてくれている。
逆にこれまでのわたしがどれだけ、乱暴に戦っていたのかもよく分かる……!
こんなふざけた燕のきぐるみさん相手に、手も足も出ない。
それが、わたしの本当の実力。本当の技量。
それなら――
「絶対、モノにしてやる……!」
「うん、その意気だっぴ。……でも、今ので肩に力が入ったっぴねえ」
「…………!」
前途は、多難そうだけど……。