ワンダラーズレコード 魔法少女まどか☆マギカ逆編 作:レンコン W01
円環の理────それは、希望を願い絶望と戦った全ての魔法少女の終着点。裏切りと、憎しみと、悲しみだけが残る生きる価値も無い世界から逃れるための、鹿目まどかによるたった一つの祝福。
あぁ──そうだ。私の居場所はここなんだ。この場所でしか、私が安らぎを得られないのだ。
私は世界を嫌悪する。私は人間を嫌悪する。私は呪いを嫌悪する。
円環の理だけが私の救い、私の希望、私の──帰るべき場所。
ワンダラーズレコード 魔法少女まどか★マギカ逆編
起:一つ目の旅:東京
人の音と、車の音と、映像の音で、東雲もみじは目を覚ました。
自分は駅のベンチに座っていて、目の前には有名な犬の像と交差点、そして隣には灰色の髪の少女が横たわっている。上を見ると太陽が出ていた。けれど温かさは届かず、肌を刺すように冷たい風がもみじを貫いていく。
「え、なんで……ここは────?」もみじが戸惑っていると、隣で寝ていた少女も目を覚ます。その中指に、ソウルジェムの指輪があるのがちらりと見えた。
「あれ──どこ、ここ」その様子からして少女もどんな状況なのかわからないらしい。
とりあえず、もみじは立ち上がろうとした。けれどできなかった。足に力が上手く入れられず、ベンチから少し離れた瞬間前のめりに倒れてしまったのだ。少女が心配してもみじに駆け寄る。しかしその声は、もみじの中で反響する周囲の声により届かなかった。
────気持ち悪い
周囲の音が、目が、光が、もみじにとっては全て憎悪の対象だった。あまりの嫌悪感に、頭が割れそうになる。
数秒してようやく、少女が自分の身体を支えようとしているのがわかった。彼女の顔を見ると、酷く泣きそうな顔をしている。
話をするべきだと思った。少しでも、彼女を安心させるべきだと思った。けれどもみじの体が、この場から逃げるよう叫び続け、もみじはそれに従うしか無かった。
「どい……て」
思わず少女を突き飛ばし、もみじは重い体を引きずってその場から逃げだした。ただただ誰もいない場所を求めて、もみじは街をさまよう。一歩ごとに時間が何倍にも伸ばされていく感覚に襲われながら、やっとのことで人の密集地を抜け、誰もいない路地裏に逃げ込み、その場に座り込んだ。
乱れた精神と頭の痛みを治めようと、ただ呼吸をする。頭痛がひいてきた頃合いで、路地裏の入口から足音が聞こえる。振り向くと、そこにはさっきの灰の髪の少女がいる。
「い──いた」
「…………」
もみじは罪悪感から顔をそらす。
「ねぇ、ここはどこなの?なんでわたし、こんなところにいるの?」
少女は泣きながらもみじに縋り付いた。
──泣きたいのは私の方だ。
こんな場所、私の居場所じゃない。私の居場所は、救いは、円環の理だけ。今更こんな世界で、私は──
少女のことを観察してみる。背は低いが、おそらく自分と同じくらいの年齢だ。上は薄茶色の長袖シャツで、胸に赤いリボンを付けている。下は黒いスカートを纏い、靴は茶色い革靴──要するに、学生服だ。けれどどこの学校なのかはさっぱりわからない。
自分も、当時着ていた黒いジャケットの下に白いYシャツと緑のスカートの学生服を身に着けていた。おそらくこれは、円環の理に導かれる直前の服だ。
少し、精神が落ち着いてきたところで、少女が顔を上げた。
「─────え?」驚きで静まってきた心が一気に跳ね上がる。さっきはあまりの驚きで気づけなかったが、その顔は私が生前最後に見たあの人のものだった。髪と目は白黒フィルムに通されたかのようで、髪留めの類は身につけていない。けれど間違いなく──間違うはずもなくその顔立ちはあの人のものだ。
頭が真っ白になった私に、少女は最後に聞いた。
「わたしは────誰なの?」
その顔は間違いなく、円環の理──「鹿目まどか」のものだった。
◇ ◇ ◇
10分後、もみじはすぐそこにあったコンビニに入っていた。屋内は温かいと期待していたが、冷房が効いてまた体が冷える。
鹿目まどかに似た少女は、今コンビニの外で待機させていた。正直彼女の正体が何であろうと、これから自分がやることを「鹿目まどか」に見てほしくなかったのだ。
少しでも少女を落ち着かせるため、もみじは一旦食事を持ってくることに決めた。けれど二人とも、財布はもちろん他に何も持っていない。けれど現代日本で中学生の身で物乞いしようものなら、警察に呼ばれるのがオチだ。
結果、もみじには「盗む」という選択肢しか見つからなかった。今、自分たちが餓死寸前である訳ではなかったが、生きている以上エネルギーを補給しなければならない。
店内には幸い、自分と店員しかいない。
上手くやる手段はあった。
もみじの魔法は早い話、魔力の「発散」である。シンプル故に応用も微調整も効く。店員の首筋に一瞬魔力の弾でも当てれば、数刻意識が飛び、気づいたときにはぼうっとしていたとしか思わないだろう。これは、魔女の結界に迷い込んだ人間をじっとさせるのに使っていた手段だ。
いきなりこんな世界に放り出された自分たちには、それ以外手段がない。けれど、魔法をそんなことに使って良いのか、それにこの行動は紛うことなく悪である……。
────いいや、別に……良いんだ。魔法少女は、正義の味方でも、何でもないのだから。それに、”正しさ”なんて、求めるほうが間違っている。それに、あぁ──こんな世界も、この人も、私にはもう全部関係ないものなのだから…………。
そしてもみじは、魔法を使った。
適当なパンとおにぎりを手にとって、このまま出入り口に持っていけば警報が作動してしまうため、包装紙を全て剥がしてゴミ箱に捨てる。
次にレジに堂々と入って、レジ袋を数枚いただいた。今出した食料を新しく包むというのが理由の一つ。そしてもう一つは、この先鞄代わりになるかもしれないという淡い希望だ。
直後、レジから出る時、ホットスナックに目がついた。
「……」
棚の一番上にチキンには見覚えがある。いいや、嫌でも思い出さざる負えない。
楽しい記憶だったのは事実だ。それに、もうアレに執着するのは私も疲れた。良い機会だ、これを期に記憶を塗り潰そう。今なら並べられた直後で量も多いしきっと誰も気づかない。
そう思いきって、もみじはショーケースの手前にあった専用の紙袋を二枚取って、それぞれに一つずつチキンを入れた。
その後、もみじはレジを出て、帰り際に店員にもう一度魔力を当てて意識を戻した。ハッとした店員は店を去るもみじに「ありがとうございました」と挨拶をする。
罪悪感で死にそうだった。けれど、足は止められなかった。
◇ ◇ ◇
外に出ると、”鹿目まどか”に似た少女はコンビニの前に座り込んでうつむいていた。店の入出店音楽で自身に歩み寄るもみじに気づいた後、その手に持つレジ袋をちらりと見る。
「……盗んできた」堂々と言った。自身の信仰する女神に似た人物に、自身の犯罪内容を。
「しょうが……ないよね」少女は再びうつむく。
赦してほしかったし、罰してもほしかったもみじは余計に罪悪感でどうにかなりそうになった。ただ同時に、ほんの少し、昔を思い出す。
──アイツも、こんな視界だったのか……?
「……これ」袋からチキン2つを取って、一つを少女に差し出した。彼女は少しためらいながらそれを受け取る。ただ、開け方がよくわからないようだ。その様子を見て、もみじも少女の隣に座って、紙袋の中間にある切り込みに沿って開けるのを見せてみた。それを見て彼女も真似してみる。
「おいしい──」ためらいながらも一口食べた少女から、少し暖かい声が漏れた。そのまま彼女は小さい口で少しずつ食べ進めている。
それを見て安心し、もみじも一口ほおばった。自分が昔買っていたときより数十円高くなっていたことには驚いたが、美味しさは変わらない。むしろもっと美味しくなっている気がする。
お腹と心が満たされて、少女の顔も少し緩んだところで、もみじは本題に入った。
「ねぇあなた、忘れているといってもどこまで覚えているの?」
正直今は、目の前の謎の女の子の記憶だけが頼りなのだ。
「……」けれど彼女は、また黙ってしまう。ただ、何も覚えていないというより、何を覚えているのかわからない、という感じだ。
「なら、私にとって重要なことだけ聞くわよ?まず、あなたは魔法少女で間違いないのよね?」
「……うん。多分──そうだと思う。きっとわたしは、戦っていたはず」
「それなら、円環の理・魔女・魔獣、これらの単語には覚えがある?」
「……わかるよ。魔女も魔獣も、わたしたちが戦う世界の呪い。そして円環の理は、わたしたちの行き着く先。魔女になる前のわたしたちが向かう、最後の場所……」
──なるほど。最低限のことはわかった。まず魔女のことを知っていることから、彼女も円環の理に導かれた魔法少女である。
もみじたち魔法少女は、円環の理に導かれることで別の未来の自分たちと同一化する。あらゆる未来で私たちの人格に大きな違いは無いが、それでもベースとなる記憶があって、もみじの場合は円環の理が生まれる前、魔女と戦っていたときの記憶がベースだ。
「なら、もう少しあなた個人のことに着いて聞くわよ。名前の他に、家族、友達、家、学校のことは思い出せる?」
「………………ごめん」
「魔法少女だったのなら、どんな魔法が使えたか、何を願ったのか、覚えてる?」
「それも──ごめん」
「……別に、謝るようなことでもないわよ」
少女にはそう言ったものの、もみじはこれで手詰まりとなってしまった。今すぐにでも、円環の理へ帰りたい、帰らなければならない、けれどここにはゲームのように案内ピンは無いし、手がかりもほぼ無い。
「とりあえずここがどこなのか、それと今がいつなのかも知らないと」
円環の理は、過去にも、未来にも繋がっているものだ。コンビニの商品の値上がり幅からして、もしかしたら私が生きた時代から十年以上経っているかもしれない。
「……場所は東京都渋谷神山町。それと西暦は、2012年の2月、だね」
──ほんの5年程度しか経っていなかった。
「いや、どうして分かるの?」
「場所は、コンビニに書いてある。年号は、そこに捨てられてた新聞紙にあった」
…………ちょっと恥ずかしい。思えば目覚めた場所が某有名な忠犬の像の前だった時点で、場所はわかっているはずだったのに。
「……なら、この場所に何か思い入れはある?例えば実家近くだったとか。正直私は、東京ってあまり接点がなかったから、なんで飛ばされたのがこの場所だったのか、それになんでこの西暦なのか、何もわからないの」
「…………」
「やっぱりわからない?」
「──ううん。そう言われてみれば、何かあった気がする。でも、多分……私の居場所はこの場所とは違う気がする」
──少し、光明が見えたと思う。彼女の直感を信じるなら、きっとこの街を巡れば、この娘の記憶は戻る──かもしれない。それが円環の理へ帰るのにつながる──かもしれない。
考えれば考えるほど、これは希望的観測である。ただいまは、それに縋り付くしか無い。
「なら、今行くべきなのはスタート地点のあの渋谷駅ね。落ち着いたら、一緒に戻りましょ」
「……うん」
食べ終わってから少しして、少女は立ち上がった。そして次に、彼女は問う。
「あの──あなたは、なんていうの?」
「……私の名は、東雲もみじ」
「もみじ……さん?」
「呼び捨てでいいわよ。短い間になると思うけれど、一緒に円環の理へ戻りましょう」
◇ ◇ ◇
「ごめん、やっぱり駄目だ私」街の地図を頼りに渋谷駅へ歩み始めて約五分、 私の気分は再び最悪へ傾いた。
「もみじ、人混み、苦手なの?」またさっきと同じような路地裏に逃げ込んだもみじに少女が聞いてくる。
「──ええ。正直、人も嫌いだし人の出す音も嫌い。あまり見たくないし見られたくない」
「……わたしは大丈夫なの?」
「だってあなたは魔法少女でしょ?魔法少女同士なら、大して嫌悪感はないわよ」
「……人間と、魔法少女は違うもの?」
「え?それは……そうでしょ。魂がソウルジェムに変化した時点で、私たちはそもそも人でなくなったのよ。それに呪いと戦う私たちと、何も知らなずに図々しく生きているただの 人間、生きている世界も違うのだし」
「──そう。そうね」少女は立ち上がり、路地の出口へ向かう。
「なら、わたし一人で駅まで行ってみる」そう行って、彼女は走り出した。
もみじとしても、それはありがたいはずだった。けれど、見えなくなっていく背中が、少し寂しく感じた。
その寂しさは、突如として恐怖へ変わった。
「え……カハッ」
いきなり、体が、四肢が、臓器が、動かなくなったのだ。呼吸もほとんどできなくなっていく。この経験は、昔一度だけ味わったことがある。ソウルジェムが自分と離れたときだ。
なんで……ソウルジェムは、確かに指輪となって自分の手の中にある。
ただでさえ重い体に力が入れられず、仰向けに倒れ込む。最後、昼の空に薄い右半分が欠けた月が見えた。
あぁ、初めからこうすればよかったんだ。円環の理は、ソウルジェムが濁りきった場合だけでなく、魔法少女が死んだ場合にも訪れる。いっそこのまま心臓も止まってくれれば、また、静かに────────
いつの間にか文字数が偉いことになってたので分割してます。