ワンダラーズレコード 魔法少女まどか☆マギカ逆編 作:レンコン W01
目が覚めても、もみじはこの世界にいた。どこかのベンチで、灰の髪の彼女の隣で横になっていた。
こういうのって、もう少し後にやるもんじゃないのか……。
「もみじ、大丈夫?」少女はもみじの顔を覗き込む。改めて、もみじは彼女に「鹿目まどか」を感じた。けれど同時に、また別人だとも思える。太陽のような笑みは無いし、黄金の瞳は黒く光が見えない。
「……円環の理には、帰れなかったのね」落胆の中でもみじは起き上がり、周りを見回してみる。そこはどこかの公園の、大きな池の目の前だった。空は夕暮れを過ぎてかなり暗くなり、街灯が灯りだしている。
「ここは代々木公園。目が覚めたところに行って、それから駅の中だったり交差点を何回か往復してみたりしてみたんだけど、何も思い出せなかった。それで、もみじのところに戻ったら倒れてて、どこか落ち着ける場所を探して、ここに着いた」
彼女はカラフルなポップコーンをつまみながら言った。
「そう──こうなると、本格的にどん詰まりになってきたわね」
「一度、どこか寝泊まりできる場所を探さない?ちょっと落ち着くために。それと寒いし」
彼女はプリンを食べながら言った。
「そう──よね……。ほんと、なんで私こんなところに落ちちゃったのよ…………」
「キュゥべえの仕業……てことは無いよね?正直、他に候補がいないから挙げただけだけど」
「インキュベーターね……まあ確かに、あの人間を理解できないと言いながらある意味最も人間の扱い方を理解して悪用するあの悪魔ならやりかねないわね」
「けどキュゥべえなら、最初にわたしたちに会いに来そうじゃない?わたしたちを円環の理から外に出してそれでお終いなんて、キュゥべえらしくないというか……」
少女はパンケーキをほおばりながら言った。
「いやごめんなさい、あなたいつから腹ペコキャラに転身したの?あった時はもう少し儚げで、弱々しさがあったわよね?」
「え?いや──チキン、美味しかったから……」
「そのプリンやらパンケーキやらはどうしたの?まさかあなたも盗みを……!?」
「いや、戻る途中出店で小学生に間違われて、サービスで貰った。美味しいよ?」
いいのかそれは?いやでも、記憶喪失なだけで本来の鹿目まどかはこういう人物なのかもしれない。
「ま──まあ理解したわ。それより、なんであなたと離れた瞬間私は動けなくなったのかしら?」
「わたしがもみじのソウルジェムを持っている……てわけでは無いよね?」
パンケーキを置いて少女はポケットを調べるが何も出ない。そもそも、ソウルジェムはもみじの中指にはめられているのは確実だ。「発散」の魔法により、それは正真正銘もみじの一部であることを証明できている。
「あと有り得そうなのは……ソウルジェムの穢れ?」
「いいえ、だとしたらなんであなたと接触すれば意識が戻るのかがわからない」
結局、わからないことばかりだ。
「はぁ……ま、それならそれでやり切るしか無いわね。拠点を探しましょう、ホテルに不法滞在──は正直気が進まないけれど、最悪どこかの学校とか、デパートとかに身を隠させてもらいましょう」
そうしてもみじはベンチから立ち上がる。もう体の重みや息苦しさは感じない。もちろん、学校やデパートへの不法侵入も立派な犯罪であることには変わらないが、ほんの少し心理的にはマシである。
「けど、もみじは人混みは駄目なんじゃ……」
「大丈夫よ、もう辺りも暗くなってきたし、流石に少しは人も少なくなるでしょ」
「いや、でも…………ここ、東京だよ?」
◇ ◇ ◇
──はい、結果駄目でした。むしろ昼よりももっと気持ち悪くなりました。
「すごいキラキラしてる……」少女は下を覗き込みながらつぶやく。
今回は誰もいない路地裏ではなく、もみじたちは建設中のビルの屋上に逃げ込んでいた。住宅地へ行けばある程度もみじの体調はマシになるだろうが、そこで拠点を見つけられる気がしなかったからだ。ただし、それ以上に全方向から冷たい風が刺してくるせいで全身が痛い。
「あ、あそこさっきポップコーンもらったお店だ。あっちは確かアサイーボウルの、あっちはスムージーの、それから──」
どうやらもみじが把握していた以上に色々と貰っていたらしい。
「いやあなた、渋谷からこっち側に寄り道してたの?」
さきほど見た地図では、もみじたちが移動した先は原宿だった。二人が別行動を取った場所からかなり離れた場所である。
「え?渋谷を調べ終わった後は真っ直ぐ戻ったけど?」
「そんなわけ無いでしょう?来た道ではあんなお店無かったわよね」
ふらつきながら歩んだ道だったため正確に渋谷からコンビニまでの道のりは思い出せないが、もみじはあんなカラフルな出店を見た覚えはない。少女の表情をよく見てみるが、ずっと無表情なせいで冗談なのか本気なのかよくわからない。
「──もみじは」
「……?」
「もみじは──どこに行きたいとか、ある?」
「そんな場所無いけど?」 いきなり問われた質問に、もみじは淀みなく返した。
「食べたいものも、乗りたいものも、見たいものも、無いの?」
「無いわよ」
──なんでそんなこと聞くのだろう。私たちにとって重要なのは円環の理だけだ。この世界で欲しいものなんて、何もない……何もないんだ。
「────もみじは、何を願ったの?」
少女は休まずにみじに質問し続ける。
「もみじはキュゥべえに──インキュベーターに、何を願ったの?何を祈って、魔法少女になったの?」
言いたくない。いいや別に良いんだ。間違っているって笑えるし、笑ってくれるはずだ。
「私はね、”正義のヒーロー”になりたいって願ったの。笑えるでしょ?」
ただし期待とは裏腹に、少女は呆然としていた。
「ほんとバカな願いよね。そもそも正義なんて幾らでも書き換えられるただの道具だって言うのに、それをさも目標とか目的とかにするなんて、本当にバカバカしいわ。その上それを人に映し出して「私の理想」とか呼んでたんだから、ほんと痛々しいやつだったわよ」
「もみじにとって──それを願ったもみじにとって、正義の味方ってなんだったの?」
「別に、大して考えてなかったわよ。魔女を謎の怪獣かなんかだと勘違いして、人助けを尊いものだなんて自己満足していた、ただの愚か者よ。実際は、魔女は私たちが行き着く姿な上、人間を一々助けるなんて無駄で無意味なことなのだから、本当に笑っちゃうわ」
「人助けは──そんなに愚かなこと?」
「ええ、愚かよ。他人を救ったところで自分は絶対に救われない、決して誰も褒めてくれない。むしろ助けた奴は、本当は人を傷つけてそれをなんとも思っていない最低な奴かもしれないのよ」
もみじは笑っていた。自分を笑っていた。けれど少女には、違和感があった。違和感しか無かった。この問答だけではない、それまでのもみじとの会話でずっと胸中に残っていた、黒い何かだ。
「────そうだね」けれど少女には頷くしか無かった。
「うん──確かに、バカバカしくなっちゃうよね。誰かを守るためとか、こんな自分なんかでもだとか、そんな理由で戦って、なのに気づいたときには死んでるか魔女になってて……」
──それでも
「それでも、わたしは──」
言葉の続きを言い終えることはできなかった。
あまりに突然に、あまりに唐突に、二人の立っていたビルが爆発したからだ。
「──────!?」爆風で少女はビルから投げ出されていた。地面に着地するため急いで身体強化の魔法を使おうとする。ただしその直前、ビルから巨大な白い手が生えて、少女を握りつぶそうとする。
────え……何!?わたし、嫌だ──まだ、わたしは……
死を前にしてあることを思い出した。しかし伸びてきた腕に少女は上手く反応できない。その白く巨大な掌が少女の鼻先まで迫る。けれどそれが少女に触れることは無かった。その直前で、粉々に切り刻まれていたからだ。
「も……みじ──!?」気づいたときには、少女はもみじに抱きかかえられていた。そのままもみじは空を滑空し、向かい側のビルの屋上へ着地し、少女を下ろす。
「あっありがとう」
心臓の痛みと自分の中にできた新しいモヤモヤに耐えながら、少女は立ち上がる。
「別に、あなたが居ないとまた私動けなくなるかもしれないし」
そして、もみじはさっきまで自分のいたビルを破壊する呪いを観察した。その目はそれまでからは考えられないほど、冷たかった。
ビルのてっぺんからは上半身が飛び出て、下半身はまだ埋まっていた。もみじに切り落とされた左腕を見ながら、甲高い叫び声を上げている。その姿は男の聖職者を思わせるが、頭部は骸骨で、体は真っ白でやせ細っている。
「あれって、魔獣かしら?記録よりも随分と自我みたいなものを持っているけれど」
その瞬間、魔獣はもみじ達のいるビルへ振り向いた。そしてさらに口腔からビームが出た。
「ふぁ!?」
突然の連続に少女は声を上げるが、もみじは落ち着いたまま右手を出す。そしてビームは二人に直撃する前に消滅した。
「なるほど、この程度の火力か」そう言うと、もみじは遠くから魔獣を手で払う。それに呼応して、魔獣の上半身は吹き飛び、その存在は消滅した。
「すごい……」
「魔女に比べれば、大したことないわよ」
「それにあいつはただの見掛け倒しね。図体だけが大きくて大した魔力は持っていなかったもの。それより早く逃げるわよ」
どういうことなのか、少女がそれを聞く直前で、また近くで爆発が起こった。周りを見ると地面から、ビルから、空から、多くの魔獣が現れている。
どこかで人の悲鳴が聞こえた。どこかで逃げ惑う足音が聞こえた。どこかで車の壊れる音が聞こえた。どこかで映像が乱れる音が聞こえた。まるでそこら一帯が地獄へ変化してしまったかのようだ。
「た……戦わないと──」
「いや何言ってるの?逃げると言ったでしょう」
ビルから身を乗り出している少女とは対象的に、もみじは数歩身を引いていた。
「な──なんで?」
「なんでって……あいつらの行動見てたでしょ?連中の狙いは明らかにあなたよ」
「!?」
実際、最初に現れた魔獣はずっと少女を狙っていた。そして今現れた複数の魔獣も、全て真っ直ぐもみじと少女のいるビルへ直進している。
「魔獣って確か、大した自我を持っていないのよね。ならこの現象は完全にイレギュラーってことでしょ。なら焦って戦うよりも、囲まれないよう逃げながら振り切って、後から作戦を考えるのが最善よ」
「じゃあ、ここにいる人達は──」
「さあ?魔獣についてはあまり詳しくないけれど、まあ別に全員死んじゃうことは無いでしょ」
戸惑う少女とは反対に、もみじは淡々と言った。
「でも、生きる以上キューブが必要になるんじゃ──」
「この調子なら明日魔獣を倒せば十分よ。むしろここで魔力を消費するほうが危険じゃないかしら?」
──それでも。
「ほら、早く行きましょう」もみじは少女に手を伸ばした。けれど、少女はそこから離れなかった。
「わたし、行かないと……助けないと──」その言葉に、もみじは顔を曇らした。
「私の言ったこと、聞いていたの?」それは魔獣が現れてからのことだけを言っているのではない。この街で出会ってからこれまでの全ての会話のことを指していた。それに対して、少女は首を縦に振った。
「ならわかるでしょう?人間を救うために戦うなんてバカなことよ。もっと現実的な事をいうと、あなたがアレを倒せるの?
魔法少女と呪いの戦いにおいて需要なのは、5割精神状態、5割才能、そして10割相性よ。才能があっても精神がガタガタなら勝てるものも勝てないし、精神が安定していても才能がなければ底が知れている。そして才能と安定した精神があっても、相手との相性が悪ければほぼ勝てない。今のあなたは、アレを倒せるほど精神が安定している?」
「……わからない。でも」少女は振り向いて言った。
「今ここで戦わないのは、多分──後悔する」
もみじの顔色は更に酷くなった。まるで信じられないものを見るかのように。けれど少女はその目をしっかりと見ていた。変わらず無表情で、それでも力強く。それはもみじを否定するためではなく、自分をしっかりと持つために。
「もみじの言っていることは、多分合ってると思う。正しさなんて後から誰かに決められてしまうほど薄っぺらくて、人を救うことに意味なんて無い」
──そうだ。もみじの言うことは全て正しいと、この体が、ここにないわたしの記憶が言っている。誰かによく頑張ったねと言って欲しかった。誰かに最後を看取って欲しかった。魔女になんてなりたくなかったし、死にたくなかった。
「誰かが言っていた気がするの。自分がしたことに対して、後悔なんてしたくないって」
「──」
それ以上、もみじは何も言う気はなかった。少女も意を決し、歩みを始める。
最後、もみじは彼女にこう零した」
「やっぱりあなたは、「鹿目まどか」なの……?」その問いに、少女は答えられなかった。
そうして、少女は地獄へ飛び降りた。
次から戦闘パートです。