ワンダラーズレコード 魔法少女まどか☆マギカ逆編   作:レンコン W01

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1.3:卑怯な子────

 ビルを飛び降りた少女は、空中で地上をよく見てみた。魔獣は見える限りで10体余り存在し、燃えていたり、手に剣を持っている種類も居て、道路や店を破壊しながら進んでいる。

 

 こうして飛び出したからこそ、連中が少女を見ていることがよくわかった。けれど魔獣の歩みのせいで、傷つく人たちもそこからしっかりと見えていた。

 

 魔法で自分の身体を軽くした少女は原宿に静かに着地し、眼前の魔獣たちを睨んだ。そしてすぐに後方の状況を確認する。既に全員逃げてくれればと思っていたが、まだ数人残っていた。

 

 魔獣たちは発狂しながら少女へ迫る。それを見て、少女はすぐに両掌に魔力を満たした。そして左手の魔力を弓の形に固定し、右手の魔力を矢の形にしてセットする。

 

 魔獣の一体が剣を振りかぶるが、少女は矢を離すを我慢する。時期に最前列の魔獣の後ろから炎が、腕が、氷が、内臓が迫ってきた。

 

 恐怖はある。それでも確実にそれらを射抜くため、弓を構え続けた。許されるのは一発、早ければ全ては倒せず遅ければ倒される。

 

 そして剣が鼻先まで来たところで、少女は弓を離した。魔力の弓は横に広がりながら前へ進み、建物を削りながら魔獣たちを貫いていく。そして襲われていた人々が巻き込まれないところで矢は霧散した。

 

「やった……」

 

 これはもみじの魔力の発散を見様見真似したものである。ただし繊細なコントロールはできないため正確に射抜くようなことはできず、ただ前方に出力するしか無かった。ただし、あまりにも大きな力では人を巻き込んでしまうため必要最低限の推進力にするしかなく、可能な限り引き付けなければならなかった。

 

「早く──移動しないと。きっとまた来る、その前に人の居ないところで……」

 

 足を動かそうとした。けれど体中が痺れる。慣れない魔力の行使により、反動が来たのだ。

 

 体が強張って嫌でも倒れ込んでしまう。心臓から異音がした。吐き気と頭痛が酷い。

 

「行かないと、戦わないと……私は──」その時、また新たに爆発が起こった。それは少女の真下の地面からだった。

 

 吹き飛ばされた少女は、空中で何が起こったのか把握しようとするが、その前に初めに現れた魔獣以上に巨大な手に掴まれてしまう。そして目の前には、全身血塗れのようにどす黒い魔獣が地面から這い出ている。

 

〈──────ァ───ァ────ァッ!!!〉魔獣の雄叫びで世界が震えた。そして少女を握る手に更に力を込める。

 

「グゥ……アァ────」痺れる体で必死に身体強化の魔法をかけるが、そこら中が軋んでいく。肺から空気が抜け、声も出ない。

 

 ──わたしは……まだ──────

 

 魔獣は少女を掴んだまま口腔に魔力を貯める。それまでの魔獣とは比較にならない破壊力であることは明白だ。

 

 少女はそこから抜け出そうと藻掻く。けれど身体強化には限界があり、魔力の発散は反動が残って上手く行かない。

 

 ──諦めるな、まだ死ねない。もう死ねない。まだわたしは、一歩も進められていない。

 

「精神性は多少マシのようね」

 

 今度は少女の目に確かに写った。最初に、細い足によって魔獣の顎が蹴り上げられた。それによりビームは真上へ飛ぶ。そしてその後、長い刃によりまず手首が切られその後はほぼ同時に少女を掴んでいた指は全て消し飛ばされた。

 

 そしてまたしても、少女は気づいたときにはもみじに抱きかかえられていた。

 

「もみじ?」

 

「もう忘れたの?あなたに離れられると、私が困るのよ」

 

 もみじは今度は魔獣から離れた道路に着地する。そして遥か空の上で、魔獣のビームが爆発した。

 

「全く、なんであなた魔法少女にならないのよ。私の場合は魔法がシンプルな分普段でもある程度使えるけれど、普通の体で呪いと戦うとかただの自殺よ?」

 

「あ────できなかった」もみじは驚愕で少女を振り返る。少女も自分に相当面を食らっているようだ。

 

「え──いや、何言ってんの!?まさかあなたそれすら忘れたの!?円環の理も、魔法も知っていたから、それくらいは覚えていると──いや、そんなことも覚えていないのにアレに突っ込んでいったの!?」

 

「魔法少女のことは覚えてた。でも──勝手になれるようなものだと思ってた」

 

 それこそ鳥が飛ぶように、人間が足を動かすように、どうやっているかは意識しなくとも自然とできるものかと思っていた。

 

 もみじは頭を抱え、少女も自分に呆れ返っていた。

 

「それで、この後もあの呪いと戦うの?」もみじは少女に問う。

 

「──こわい」今の戦いで少女の中ではっきりした。自分では、呪いと戦えない。戦いに勝ち目は無い。今度アレに立ち向かえば、きっと死んでしまう。

 

「それでも戦いたい、人を助けたいと言うんでしょう?」もみじは言う。それに対して、少女も頷いた。

 

「──やっぱり、あなたのことは理解できない。共感できない」

 

 二人が話している間にも、街は壊れていった。黒い魔獣は痛みに悶えながら地面から這い出し、他にも建物ほどの大きさの魔獣が新たに出現していた。

 

「うん、わかってる」今度は、少女は立ち上がることはできなかった。度重なる身体強化により体がついていけず悲鳴を上げている。先程の一発で魂が痺れている。

 

 「生きるため」というのなら逃げるべきだ。守るべき過去もない、誇りなんてものもない。後悔なら今まさにしているところだ。こんなに体中が痛いなら、無力感で苦しいなら、最初から逃げてしまえばよかったのだと。

 

「──もみじ」少女はついさっき会ったばかりの、そして目を覚まして初めて会った彼女の名を呼ぶ。

 

「わたしは多分──”鹿目まどか”じゃないよ」

 

 その言葉に、もみじは目を見開いた。彼女と同じ顔。人を救う優しさ。確信は持てずとも予感はあった。「目の前の灰髪の少女は、例えば記憶喪失の、分裂した、模倣品の、過去の、”円環の理”ではないかと、”鹿目まどか”ではないか」と。

 

「魔獣と戦って、改めてわかった気がする。やっぱりもみじの言うことは合ってると思う」

 

 ──そう、魔獣の前に立ちはだかった時、背後の人々を確認した時、わたしは少し絶望した。街が壊され、道が燃え、人の悲鳴が聞こえるのに、ちょっとした笑みを浮かべながら携帯を掲げるほんの数人に……。

 

「悪いけれど、わたしは魔法少女は特別とかもあんまり思わない。全ての魔法少女を救いたいとも思わない。もみじがわたしに共感できないように、わたしも円環の理に、鹿目まどかに共感できない。

 

きっとわたしのこれは借物なんだと思う。他につけるものがなくて、結果消去法で決まった姿なんだって──」

 

 灰髪の少女の顔は、やはり無表情だった。目に光はない。口に起伏はない。けれどもみじには、彼女が絶望しているように見えた。それはきっと、自分を証明するものが、自分の体にすら無いと、ここで確信したからだ。

 

「でも──」それでもと、少女は前を向く。

 

「やっぱりわたしは、アイツらを野放しにしたくない」

 

 もみじは少女に向き合い、腰を下ろして彼女と同じ目線に立った。

 

「それはあなたの言う”生きる”ため?」少女は頷いた。

 

「それはあなたの言う”後悔”をしないため?」少女は否定した。

 

 ──違う。それもきっとどこかで聞いたことのある言葉を借りただけだ。

 

「なら──なんのため?」

 

 少女は悩み、しかし言った。

 

「もみじが──苦しそうだったから」

 

 その言葉を聞いても、もみじには怒りは沸かなかった。自分は苦しくなんかないと、不幸ではないと、そう叫ぶ気持ちには、なれなかった。

 

「世界に価値がないって言う度に、正しさなんて無いと言う度に、自分を愚かだと言う度に、もみじはなんだか──不幸せそうだった。窮屈そうだった。わたしには、そうあるように無理矢理思い込もうとして、傷ついているように見えた。

 

わたしは、間違っていても、意味がなくとも、幸せを目指したい。不幸で在り続けて昨日を肯定するよりも、幸福を願って明日を見てみたい!」

 

 だから、そう言って少女は指にはめたソウルジェムをもみじに無理矢理手渡す。

 

「お願い……力を貸して────」

 

 そうして少女は気を失った。もともと身体的にも精神的にも限界は来ていたのだ。

 

 そしてもみじは、持たされた指輪を見つめ続けていた。

 

 

◇  ◇  ◇

 

 

「卑怯な子──」気絶した少女を見下ろしながらもみじは吐露する。

 

「こんなの拒否するなんてほぼ不可能じゃない」そして彼女は立ち上がり、後ろの地獄へ振り向く。大型の魔獣が街を蹂躙し、そこら中で炎が上がっていた。

 

 けれどその悲鳴は届かず、もみじの頭の中ではある言葉が反芻していた。

 

 「不幸せそうだった」

 

 あぁそうだ、不幸せだ。円環の理は静かだった。安らぎがあった。心地よかった。私は幸せだったのに、ここに落とされて不幸せになった。

 

 なら──私は何をすべきなのか。

 

 円環の理へ帰りたい。でもそれまでは──私はこの苦しみを捨てて良いのか……?

 

 幸せになってはいけない気がした。もしそうなってしまったら、正しさに価値は無いと判断した私が、円環の理に救われた私が、否定される気がしたからだ。

 

 だから世界を嫌った。人を嫌った。正しさを嫌った。不幸になろうとしていた。

 

「は──ははは」そんなことも、彼女は見抜いていたのだろうか。あまりの愚かしさで笑いが出てくる。

 

「──バカね」燃える街を見つめながら、もみじは吐き捨てた。

 

「こんなの、私じゃ力及ばずだったってあとから言えば逃げられちゃうじゃない」

 

 他にも言い訳のしようはいくらでもある。精神的にまいってたとか、モチベーションが上がらなかったとか。

 

「────────────────────あ」しまった、それに対する対処法を思い出してしまった。しかも最悪の記憶──アイツの言葉だ。

 

「──結局、私は過去に縛られたままってことか」そう考えると、途端に不幸であり続けるのも本当に馬鹿らしくなってくる。

 

 もう一度、もみじは彼女のソウルジェムを見つめて、そしてあることを試した。するとそのソウルジェムから、もみじの魔力が溢れる。

 

「やっぱり──私とあの子で魔力のパスが繋がっているのか」

 

 ソウルジェムが肉体を動かすのには、魔力が必要となる。逆説的に、体が動かないとき=少女が居ない時は魔力がない。つまり、もみじのソウルジェムは少女のソウルジェムから魔力を供給され、その魔力で体を動かし、魔法を行使していたのだ。

 

「ならこのソウルジェムを持っていれば、私は制限なく動けるっていうことか。まったく……どんどん逃げ場が無くなっているわね。まさか狙ってやったのかしら」

 

 そしてもみじは、少女に変わって地獄へと化した原宿へと歩みだした。

 

 脳裏には、まだ契約をしてすぐの時を思い出す。

 

 

◇  ◇  ◇

 

 

「先生、もし心が疲れているのに、目の前に魔女がいたらどうすればいいですか?」

 

 今よりほんの少し幼いもみじが隣にいる”先生”に聞いた。すると彼女は、少し困ったかのような表情で答える。

 

「ふーむ……正直逃げろと言いたいところだが、まあそうも行かないときもあるだろう。なら一つ、小っ恥ずかしくて顔から火が出るようなアドバイスを送ろう」

 

 二人はコンビニの横で、チキンを食べながら話していた。

 

「その時は思い切って、自分の名前を名乗ってみるのはどうかな?それこそやあやあ我こそわ!と。君の衣装的にも結構合っているだろう──多分。自分を鼓舞するのにはピッタリの名案だろう?」

 

 もみじは目を光らせながら話す。

 

「かっこいい!わかった、ならわたしすごい良い名乗り、考えてみる!」

 

 それは遠い彼方の記憶だ。今となっては足枷の記憶。戻らない瞬間。長らく忘れようとしていた、優しい思い出だ。

 

 

◇  ◇  ◇

 

 

「はぁ」ため息。

 

「悲しいほどに気は乗らないけれど、気合入れるため、景気づけに少しやりましょうか」

 

 そうしてもみじは、指輪を茜色のソウルジェムへ変化させ、声高らかに叫んだ。

 

「──この刀はただの一度も折れることはなし。錆びることはなし。朽ちることもなし」

 

 そしてもみじは、青い魔法に包まれる。

 

「体は既に朽ち、魂は摩耗し、精神は滅び去ったとしても、刀が在り続ける限り、私は決して歩みを止めない!私の名は老倉もみじ!世界の呪いを戦う、魔法少女だ!!」

 

 Yシャツは白い着物となり、上に来ていた黒いジャケットは茜色の羽織に変わった。帯は赤いリボンのような華やかな装飾品となり、紅色の宝石が中心に加えられている。黒い長髪は黒いリボンで一房にまとめられ、スカートは袴を思わせるボトムズになった。そして腰には、黒い鞘に納められた一刀の日本刀が携えられる。

 

 かくして老倉もみじは、魔法少女に変身した。

 

 その光に気づき、魔獣たちは手を伸ばす。それらを全て、もみじは切った。

 

 ほんの一足で、大通りの端から端へ、地獄の入口から向かい側まで、轟音と共にもみじは移動していた。その時には刀は鞘から抜かれ、そしてその道中の呪いの全ては、こま微塵にされている。

 

 ビルの側面に居て生き残った魔獣の一体が、大剣を振りかぶりもみじむかって急降下した。落下運動と剣の重量、そして魔獣の筋力が掛け合わされた一撃には車両程度ならば軽々と押し潰す破壊力を持っている。けれどその高速の一撃に対し、もみじは何も慌てることなく横薙ぎの一閃を放った。そして大剣は振り下ろされる前に真っ二つにされ、魔獣は着地する前に頭部を上下に切られ消滅した。

 

 間髪入れず、炎が、雷が、氷が、内臓が、腕が、足が、頭部が、あらゆる方向からもみじを襲う。けれどもみじは、舞うように一回転し、全てを切り潰す。刀から放たれた魔力が飛ぶ斬撃となり、攻撃もろとも周囲の魔獣を消し去った。

 

〈──────ァ────ァァ────────ァッ!!!〉

 

 背後から魔獣の甲高い雄叫びが鳴り響く、振り返るともみじが顎を蹴り砕き、腕を切った黒い魔獣が、口腔に新たに骨を伸ばし砲台へと変化させ、魔力を溜めて発射しようとしていた。頭部を上へそらす時間はなく、避ければこの街は回復不可能になるまで傷つくだろう。

 

 ゆえに、正面から斬り伏せるしか無い。

 

「良いわ。望むところよ」そう言うともみじは抜いた刀を納め、前傾姿勢を取る。するとここまでの戦いで霧散していたもみじの魔力が、鞘へと還元されていった。

 

 次の瞬間、地表へ向かって魔獣のビームが放たれた。

 

 それに合わせ、もみじは前傾姿勢を取り腰を低く落とす。

 

 ──もみじの刀には、鞘と刀身にそれぞれ能力がある。

 

 戦いの中でもみじが発散した魔力は、その時点で霧散してしまう。しかし鞘は、刀を一度収めることで周囲のもみじの魔力を収集し、再使用可能にする能力を持つ。これのお陰で、もみじの魔法は非常に燃費の良いものとなった。

 

 そして刀身の能力とは、無制限の魔力の発散である。「発散」そのものが魔法であるもみじでも、一度に使用することのできる魔力の量には限りがある。ただし、この刀を通せば実質的には一度に無限の魔力を行使することができるのだ。

 

 この名刀の名は────────

 

「抜刀・渡月──────────!!」

 

 凝縮されたもみじの魔力は茜色へ変わり、魔獣の魔力と衝突する。そしてそれは全てを貫き、消滅させた。




 この作品内の魔法少女は、だいたい0.7マミさんくらいの強さで想定しています。
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