ワンダラーズレコード 魔法少女まどか☆マギカ逆編 作:レンコン W01
私、東雲もみじは人混みが苦手──だと思われている。けれどこの24時間でその弱点の補い方を幾つか見つけた。
まずはナナシに貰ったフードである。これが相当分厚く、すっぽり被ると外界の音がある程度遮断される上、人の目を気にしないで済む。そして追加で数秒前に発見したのが少し空を見て気分をごまかす、という方法である。少し気分が悪くなって苦し紛れに行った策だが、これが結構効果的だった。
冬の青空は澄み切っていて、すごくきれいだ。このままずっと青空が続けばいいのに──
『夜からは雨が降るので、折りたたみ傘が必要となります』
渋谷の街の大型モニターに映る天気予報士の忠告によって、私の希望はころっと覆った。
◇ ◇ ◇
「お待たせ、もみじ」ナナシの声に、もみじは意識を空から地上へと戻す。目の前にはタワーレコードから出てきた彼女が居た。
「渋谷でもう一つ行きたい場所って言ってたけれど、そんなに来たかったの?CDショップなんてどこにでもある気がするけれど」
「うん。多分ここも行きたいって話してた場所だと思う。それに結構楽しかったしよ、知らないジャンルのCDも聞けて」
何故東京に落ちてしまったのか見当もつかなかった二人だが、今はナナシの記憶を取り戻すという目標を立て、彼女が生前するはずだった修学旅行のやり直しをすることにした。そしてその第一歩目が、このタワーレコード渋谷店である。
渋谷で他に行きたい場所がこの大型CDチェーン店だったのだが、もみじは音楽に興味が無かったので外で待機していたのだ。
「それじゃあ早速移動しましょう」そう言ってもみじは地図を広げる。
ここに来る前に、渋谷駅で旅行者向けに配布されていたJR範囲内全てが記されたもので、有名な観光地も載っている。裏面には「一日乗車券がお得」という広告があったが、そっちは残念ながら使うことは無いだろう。
「あなたが店に入っている間に考えてみたけれど、今日一日は距離の遠い中野や池袋へ行って、明日以降に上野、浅草、スカイツリーへ行きましょう」
「うん」
行き先に決めてのは、駅までの道中ナナシが興味を示した場所だ。心なしか彼女の顔にはこれからの期待が見えた。もみじも、息をするのが昨日よりも少し楽だった。
◇ ◇ ◇
ただし、交通機関を使えない以上移動手段が徒歩しか無い。魔法を使ってビルを飛び回ってショートカットすることもできるが、おおよそ困難な道程となるだろう。そしてきっと目的地の一つに辿り着く度に、これまで何となく使ってきたバスや電車のありがたみを知るのだと、そうもみじは考えていた。
「着いた、中野ブロードウェイ──」
ラーメン屋やバーガー屋が並ぶ商店街を抜けると、そこには大きな赤いゲートがあった。地図にはサブカルチャーの発信地とあったが、一階は洋服店や時計屋が立ち並ぶ。展示された腕時計たちは全てきっかりと11時23分を指している。
「え、このエレベーターって二階で止まらないの!?」
辿り着いた三階では、一階よりもイメージ通りの店が並んでいた。
「へぇ、今はこんな話が流行っているのね」最初に入ったのは中型の書店である。
もみじは漫画の小冊子を、ナナシは雑誌や小説を見て回った。
「もみじって、漫画好きなの?」
「うーん──まぁそうね。魔法少女になったあと、自由に動きのイメージをする特訓で結構読んだから。その流れで、女子の割には結構読んでるかもしれないわ」
書店を出た後は、三階のほとんどを占めていたサブカル系のショップを見て回る。書籍関連の店は正直既に満足していたので流し見程度であったが、人形やおもちゃの店ではもみじもナナシも自身が思っていた以上に楽しんでいた。
「へぇ、こういう人形ってあまり興味は無かったけれど、こう見ると結構精巧に作られているのね」ただし、掛けてある値札を見てもみじは少し引いた。
おもちゃ屋ではナナシは説明書をよく読みながら特撮のおもちゃをガチャガチャと動かしている。一度電子音が鳴ってしまったときには止めようと二人であたふたした。
「ナナシって、こういうの好きなの?」
「どうだろう……というより、誰かが欲しいって言ってた気がする」
「へぇ──ならもしかしたらだけど、兄弟がいたんじゃない?」
その言葉に、ナナシは思わず立ち止まる。
「兄弟……弟────」
◇ ◇ ◇
中野ブロードウェイを出た後は、二人は池袋へ移動しサンシャインシティの屋上へと登った。
「屋上に水族館って、本当にありなんだ……!」頭上を飛ぶペンギンを見ながら、もみじは零す。
池袋のサンシャイン水族館のヤシの木が茂る屋外エリアに着いた二人は、自分たちの頭上に設置された水槽で、空を飛ぶように泳ぐペンギンやアシカに感動していた。
「すごい────」ナナシは上を見て固まっていた。数分間その場から動かなかったが、少しじれったくなったもみじは彼女の手を引く。
「ほら、ここの水族館って他にも展示場所あるらしいし、行ってみましょ」
そうして二人はたっぷり時間を使って水族館の中を巡り歩いた。一つの巨大な水槽で泳ぐテレビで見たことのあるような魚達、奇抜な形と色を持つ頭足類、再現された環境で生きる生命達──それら全てが、もみじとナナシを魅了した。
「────もみじ」
「──なに?」連れてきてくれてありがとう、とかだろうか。
「円環の理の中ってこんな感じなの?」
「何故こんなタイミング!?」あまりに唐突な質問に、思わず大きな声が出る。
「それはあれ?この水族館の魚たちのように円環の理に回収された魔法少女にも本当の自由はない、みたいな主張?」
「いや、そういうことじゃなくて……」ナナシは首を横に振った。
「わたし、円環の理がどんなものかは知っているけど、回収された後どうなるかはよくわかってないの」
「…………」
「ここは静かで、きっと安心できて、すごく生きやすい場所だと思う。自由とかはよくわからないけれど、さっき読んだ本みたく、自然とどっちが幸せかとかはあまり思わない。円環の理も、こんなふうに平和な場所なのかなって────」
その言葉に、もみじは数刻返答できなかった。確かに、円環の理はこんな感じかもしれない。穏やかに眠れて、安心して呼吸できて、もちろんただそれだけじゃなく各々が自由に意思を持って体を動かせて、もみじにとっては最後の居場所だ。
けれど、ナナシにとっては違う。自分が帰るのであろう場所が、どんなところなのか何もわからないのだ。
そもそも、彼女が一体何者なのかはナナシ本人にもわからない。魔女のことを知っている時点でこの時間軸の魔法少女、ということはないだろう。しかし魔法少女になれず、記憶の多くを失っている自分が何者なのかわからない、自分が行き着く先でどうなるのかわからないなんて、言葉にできないほど”不安”なのだろう──
「──大丈夫だよ」もみじには、そういって彼女の頭を撫でてあげることしかできなかった──
◇ ◇ ◇
数分後、二人は上野動物園内の像の前で、遅めの昼食を取っていた。今朝もみじが盗ってきたコンビニのおにぎりは、冷たさと罪悪感で半分味がしない。けれどナナシがもぐもぐ食べている姿を見ると、勝手ながら満足してしまった。
「にしても、動物園なんて久しぶりに来たわ。幼稚園以来かしら?まだ14時だし、ゆっくりここも回れそうね。
うん──────────やっぱりおかしいわよね!!??」
困惑するもみじを横目に、ナナシは落ち着いてサンドイッチを食べながら言う。
「どうかしたのもみじ、お茶飲む?」
「いや、あなたは何か違和感を感じないの?そうね──ナナシ、渋谷から中野、中野から池袋、池袋から上野までの道のり、覚えてる?」
それを聞いて、ナナシも首をかしげた。
「そういえば──歩いていたらいつの間にか着いてる気がする」
「そんな生半可な距離じゃないはずよ。渋谷からスタートしたのが11時過ぎ、中野に着いたのが20分頃、魔法で全速力で飛び回ったとしても十分でじゃあの距離は移動できないはず。それから私たち、一体どうやって水族館や動物園に入ったか、覚えてる?」
「それは──もみじが魔法を使ったんじゃないの?」
「そんな覚えも、全く無いわ」記憶しないほどに魔法を犯罪に使い慣れてしまった、とは考えないでおこう。
そして同じような事象が、過去にも起こっていた。昨日の昼、ナナシは渋谷駅から真っ直ぐもみじの元へ戻ったと言ったが、明らかに原宿に行って買い物もしている。
「わたしたち、もしかしてずっと幻を見ている……とか?」
「──────いいえ、違ったわ。”発散”で辺りに微弱な魔力を流してみたけれど、ここにある生命にも物にもちゃんと接触している、つまり存在している。……全部夢でした、なら対処のしようがないから除外するとして、他の可能性は………………」
「──魔女の結界……………」ナナシがそう零した。
魔女──私たちの末路、円環の理の構築によりその存在が抹消された呪いの集積。その結界は人々を閉じ込める出口のない迷路。
決して存在できないはずだが、そもそももみじたちが円環の理から落ちてしまった時点で、なんらかの異常が起きているのだから、魔女の発生を完全にないとは言えない。
自分たちの見えている東京全てが魔女のまやかしだとして、実際とは細部が違ってももみじたちにはわからない。いつの間にか目的地に着いているのも、本当はその道のりなど存在しないのかもしれない。正直幻影説や夢説よりも説得力がある気がする。
「けど、流石に無理があるわ。魔女の結界ならもっと禍々しいだろう、というのもあるけれど、幾分省略していたとしてもこんな大都市を再現するリソースはあるはずがない……それにここにいる人達全員、間違いなく本物よ。使い魔や幻ではない。あの人達全員を攫ったのだとしたら、余計に魔女の目的がわからない」
そう。”どうして”がわからない。どうしてもわからない。
「──折角だし落ち着ける場所だし、あまりにもわからないことだらけだけど、事態を整理しましょうか」
そう言うと、もみじは昨晩泊まったホテルから失敬した紙とペンで「わからないこと」を書き記す。
1.なぜ私たちは円環の理から落ちてしまったのか
2.なぜナナシの記憶が無くなっているのか
3.なぜナナシの魔力と私が繋がっているのか
4.なぜ魔獣はナナシを狙うのか
5.なぜ私たちは数時間の内に東京中を練り歩けたのか
6.これを計画した誰かがいるのか
書き出して改めてもみじは、やはり唯一の手がかりはナナシの記憶であると感じた。自我の無い魔獣が彼女のことを狙っている時点で、ナナシには特殊な何かがあることは必然である。あまり考えたくないが、円環の理から落ちた要因は────いいや。それは止めておこう。そんなことで、彼女のことを嫌ったりしたくない。
「もし……もし、誰かが裏にいるとしたら、やっぱりキュゥべえだよね──」
「ま、あの重大な問題の黒幕の癖して自分は知らぬ存ぜぬで対処する側の味方面をするマッチポンプ野郎ならやりかねないわ」
「けどだとすると、やっぱりわたしたちの前に現れないのは、やっぱり不気味だよね。これってキュゥべえにも予測できなかったことが起きてる、とかなのかな……」
「どうかしら。アイツは予測できなかったことも悠々と利用する質な気がするけど……。いっそ目の前に現れたら──いや、無性に腹が立つだけね」
「撃っても切っても貫いても、無感情にこっちの精神を逆撫でてくるだけだからね……」
ナナシもインキュベーターに対してはなかなかに辛辣である。無論正当な評価だが、”鹿目まどか”の姿で無表情に悪態をつくのは、正直違和感──いや新鮮だ。
このままインキュベーターへの文句で一日を潰せそうな勢いだったが、もみじは一度立ち止まり、今からでも対処できるものを探した。
「結局わからないことだらけだけど、いつの間にか目的地に着いてるっていうのはどうにかしましょ」
「どうにかって?」
「そうね……折角動物園に来たのだし、ほんの少し道中を意識しながら園内を巡る、ってところかしら」
それに何かの意味があるのか、もみじにもわからなかったが、ただ進むしか無いのだと彼女は立ち上がってナナシの手を引くのだった。
◇ ◇ ◇
結論として、動物園内でいつの間にか目的地に着いている、という事象は起きなかった。もみじ達はたっぷり三時間ほど、幼少期以来久しぶりに動物園で楽しんだだけである。
「まぁ、街から街へ移動するのと動物園を練り歩くのじゃ、距離が全く違うわよね……」
そうして二人は今度はこっそり柵を飛び越え、上野動物園を後にした。
「次は浅草寺、だよね?」
「ええ。中野や池袋よりは上野から浅草は近いから、むしろ今は好都合かもね」
動物園の中では距離が足りなかったのだとしたら、この事象を調べるためにここから浅草までは丁度いい距離感だ。
気をつけていてもいつの間にか浅草寺についていればもはや対処不可能と言える。しかしそうでなかったらここからはこの事象をコントロールできるかもしれない。そして浅草までなら、まだ移動中ずっと集中できる距離だ。
そうしてもみじは、またナナシの手を引く。そこで今日、彼女も自分が同じような動作を繰り返していることに気づいた。
──これもやっぱり、アイツの影響なのかしら……いいえ、アイツとは手をつなぐようなことは無かったわね。ただただ勝手に、私が後ろを付いて行っただけなのだから……。
なら、私はなんで触れようと思ったのかしら?
その疑問とともに、もみじはナナシの手の感触を確かめる。薄くて細い、強く握れば砕けてしまいそうな白い手だ。温度はある。人の持つ温かみをしっかり備えている。けれど、どこか冷たくもあった。もし今手を離してしまったら、彼女はもう動けなくなってしまうんじゃないか、そんな不安を思いうこさせるような──────
やはり怖いのだろう、不安なのだろう。それを理解してあげることはきっとできない。けれど、せめて手を握ろうと──冷たさを取り除けずとも傍にいようと、そう思った。
次からほぼ戦闘になると思うのですが、戦闘パートってどうすればかっこよくなるの……