RAINY CROWN(Re:make) 作:KAMENRIDER
目を覚ました――という表現が正しいのかどうか、最初の数秒は自分でも分からなかった。
眠っていた感覚があるわけでもなければ、瞼を開いた記憶もない。ただ、気付いた時には俺は立っていて、視界の端から端まで何もない真っ白な空間の中に一人で佇んでいた。
床らしきものはある。少なくとも俺の身体は落下せず、両足で何かを踏んでいる感触もあった。
ところが、そこへ視線を落としても境目というものが見当たらない。壁もなければ天井もなく、遠近感すら曖昧になるほど一面が白一色で塗り潰されている。
「…………どこ、ここ?」
口から出た声が、妙に綺麗に響いた。
返事はない。
風もない。
人の気配もない。
時計もスマートフォンも持っていないし、
自分がどうやってここへ来たのかも分からない。
「えーっと……」
こういう時こそ、まず状況整理だ。
パニックになったところで情報が増えるわけでもないので、俺はその場に立ったまま、自分が最後に覚えていることから順番に思い出していった。
法「俺の名前は……法雨天之助。そこは覚えてる」
自分の名前まで忘れていたら流石に笑えないが、
幸いそこは問題ない。
年齢も、自分が日本で暮らしていたことも、
好きだったものも覚えている。
では、この場所へ来る直前には何をしていたのか。
法「確か普通に街歩いてて……」
買い物にでも行こうとしていたのか、
それともただ外をぶらついていただけだったのか。
その辺りはどうにも曖昧だったが、
少なくとも事件や事故へ巻き込まれた記憶はなかった。
車が突っ込んできた覚えもなければ、
通り魔に刺された覚えもない。
頭上から鉄骨が落ちてきた覚えもない。
異世界転生作品でありがちなトラックに撥ねられた記憶なんて、当然ながらこれっぽっちもなかった。
ただ普通に街中を歩いていて…
そこから先だけがすっぱりと抜け落ちている。
法「……記憶喪失?」
口にしてから、自分で首を傾げた。
記憶喪失にしては、それ以前のことは普通に覚えている。都合よく直前だけ無くなっているというのも妙な話だ。
夢という可能性も考えた。
だが、頬を抓れば痛いし、足を動かせばきちんと身体がついてくる。少なくとも俺の感覚では現実としか思えなかった。
法「白い謎空間。直前の記憶無し。知らん場所に一人……」
並べてみて、数秒考える。
法「……死後の世界とか?」
冗談半分で口にした。
正直、自分でも「いやいや、まさか」と笑い飛ばすつもりだったのだ。
その時だった。
「――その認識で、おおよそ間違っておらんよ」
法「うおっ!?」
誰もいなかったはずの空間から、突然声がした。
反射的に振り返る。
さっきまで何も存在しなかった白の奥から、
一人の老人がゆっくりとこちらへ歩いて来ていた。
白髪に長い髭。
年齢は見ただけでは分からないが、
少なくともかなりの高齢に見える。
しかし腰が曲がっているわけではなく、足取りもしっかりしていた。白を基調とした妙に古風な服を着ているせいもあって、俗世離れした雰囲気がある。
そして、その老人は俺から数歩離れたところで立ち止まると。
深々と頭を下げた。
「済まなかった」
法「…………はい?」
第一声が謝罪だった。
あまりに唐突過ぎて、俺の思考が止まる。
知らない場所。
知らない老人。
会った瞬間に謝罪。
情報が何一つ繋がらない。
法「あの…どちら様で?」
「うむ。まずそこからじゃな」
老人はゆっくりと顔を上げる。
「儂はいわゆる神という存在じゃ。この場所で人間の人生に関する記録を管理し、死を迎えた者へ、その後どうするかを案内する役目を任されておる」
法「…………神?」
「そうじゃ」
法「GOD?」
「何故英語で言い直した?」
法「いや、何となく」
冗談めかして返したものの、俺は改めて老人――神様とやらを眺めた。
普通なら信じる方がおかしい話だ。
だが、今いるこの空間そのものが既に普通ではない。
何処を見ても真っ白で、出口も入口もない。
直前の記憶も無く、自称神様が突然現れた。
ここまで材料を並べられて「絶対ただの老人です」
と断言する方が無理がある。
法「それで」
俺は先程の言葉を思い返した。
法「最初に謝ってましたけど……」
「……うむ」
すると途端に神様の顔がもの凄く気まずそうになった。
「実は、その件なのじゃが…本来ならば君は、まだ死ぬ予定ではなかった」
法「……はい?」
今度こそ耳を疑った。
神様は視線を横へ逸らしながら、非常に言いづらそうに続ける。
「もう少し正確に言えば、君には本来まだ相当な寿命が残っておった。じゃが……儂が君の人生記録を整理していた時に」
一拍置かれる。
「誤って破ってしもうた」
法「…………」
沈黙。
俺は神様を見る。
神様も俺を見る。
もう一度、聞いた内容を頭の中で整理する。
人生記録の破損。
本来生存する筈の俺は現在死亡している。
法「つまり」
俺は自分を指差した。
法「俺が街歩いてたところから記憶ないのって」
「記録が途切れた瞬間に、現世での君の生命活動も途絶えてしまったからじゃ」
法「……マジ?」
「マジじゃ」
神様が項垂れた。
「本当に申し訳ない」
再び深く頭を下げる。
法「……」
どうやら本当に死んでしまったらしい。
俺はしばらく言葉を失った。
ショックが無いわけではない。
むしろ「普通に歩いていただけで神様の事務的なミスによって人生終了」という状況を、どう受け止めればいいのか分からないだけだった。
事故死ですらない。
病死でもない。
寿命でもない。
神様のミスによる書類破損。
法「……随分とまあ」
乾いた笑いが漏れた。
法「珍妙な死に方したもんだな、俺」
「笑って済ませられる話ではないのじゃ!」
神様の方が慌てた。
法「いや、まあそうなんですけど」
もし今頃俺の身体が街中で突然倒れたのだとしたら。
周囲は大混乱だろう。
外傷無し。
持病無し。
直前まで普通に歩いていた人間が、突然死ぬ。
医者からすれば相当困る案件だ。
法「現世じゃ変死体扱いかなぁ……」
「すまぬ……」
「神様が今にも消え入りそうになってる」
どうやら本気で落ち込んでいるらしい。
そしてここは普通なら怒るべきなのだろう。
「ふざけるな、人生を返せ」と掴み掛かっても文句を言われない状況だ。
実際、俺自身も「いや、それは流石にやらかし過ぎでは?」とは思っている。
でも俺は
法「……まあ、いいですよ」
「…………何?」
神様が顔を上げた。
今度は向こうが俺の言葉を理解出来ていないようだった。
法「過ぎたことなら構いません」
「いやいやいやいや!」
急に老人らしからぬ勢いで手を振られた。
「構わなくはないじゃろう! 君は死んだんじゃぞ!? しかも寿命でも何でもなく、完全に儂の過失じゃ!もっと怒っていいんじゃぞ!?」
法「怒ったら生き返れます?」
「…………」
法「無理なんですね」
「……うむ」
法「じゃあ、怒鳴り散らしても仕方ないかなって」
肩をすくめた。
別に聖人ぶるつもりはない。
腹が立たないわけでもない。
もっと生きていれば、これから先に楽しいことだってあっただろう。
知らない場所へ行ったかもしれない。
面白い作品に出会ったかもしれない。
新しい人間関係が出来たかもしれない。
今になって考えれば、「やり残したことは一つもない」とまで言い切るのは少し違うのかもしれない。
ただ、それでも起きてしまったことは起きてしまった。
それなら。
法「ミスは誰にでもありますし」
「神にも適用するのか、その理屈を」
法「むしろ神でもミスするって今証明されましたし」
「ぐぅ……!」
クリティカルヒットしたらしい。
神様が胸を押さえた。
法「それに」
俺は少し考えてから続けた。
「死んだ以上、この先どうなるのかを聞いた方が建設的でしょう?」
「……君は随分と切り替えが早いのう」
法「悩む時は悩みますけどね。戻れないなら、次考えた方が楽なんで」
少し笑うと神様はしばらく俺を見つめていた。
やがて、申し訳なさの残る顔のまま、それでも僅かに表情を緩める。
「……ありがとう」
法「どういたしまして、と言っていいのか分からんけど」
「君は変わった青年じゃな」
「よく言われます」
少なくとも最初の張り詰めた空気はちょっとだけ和らいだ。
◇
それからしばらく、俺は神様から死後について説明を受けた。
どうやら誰も彼もが同じ道を辿るわけではなく、生前の状況や本人の意思などによって幾つか選択肢があるらしい。
そして今回の俺の場合。
「儂としては、君へ転生を勧めたいと思っておる」
神様がそう切り出した。
法「転生?」
「うむ」
その単語を聞いた瞬間。
俺の中で妙に馴染みのあるジャンルが脳裏を過った。
転生。
神様。
死亡事故。
第二の人生。
特典。
異世界。
法「……」
俺は神様をじっと見る。
「何じゃ?」
法「これ、テンプレでは?」
「何の話じゃ?」
法「いや、こっちの話です」
まさか自分がラノベや二次創作で腐るほど見た展開へ
当事者として放り込まれるとは誰が予想できただろう。
「もちろん無理強いするつもりはない」
神様は真面目な口調で続ける。
「そのまま魂を次の流れへ委ねることも出来る。しかし、今回は儂の不手際で君の人生を強制的に終わらせてしまった」
神様の目にまた申し訳なさが浮かぶ。
「せめてもの償いとして、別の世界で改めて人生を送る機会を渡したい」
俺は少しだけ考えた。
とはいえ答えはほぼ最初から決まっている。
法「良いですよ」
「……即答じゃな」
法「だって転生なんて一度は憧れるでしょう?多分。」
「そういうものなのか?」
少なくとも俺は創作物の中で何度も見てきた。
もし自分だったら。
どんな世界へ行き、どんな能力を持って何をするか。
そんな妄想くらいしたことはある。
法「まさか本当に自分が出来るとは思ってませんでしたけど。って、人生もう終わってたわ」
「自分で言っておいて自分で刺さるでない」
法「HAHAHA」
「それで、俺は何処に転生するんですか?」
俺は身を少し乗り出した。
異世界。
ゲーム。
漫画。
完全な別世界。
色々な可能性を考えていると神様はそんな俺へさらりと答えた。
「あぁ。君が転生してもらう世界は《僕のヒーローアカデミア》じゃ」
法「…………ヒロアカ?」
「うむ」
知ってる。けど。
法「おぉ……」
微妙に不安がある。
「どうした?」
法「俺、途中からしか見てないんですよね〜。大丈夫かな?」
全部を知ってる訳じゃない。原作の最初から最後までの細かい展開は網羅
しきれておらず知識も所々抜けてる。だが
法「まあ、何とかなるか」
「軽いのう」
法「行く前から悩んでも仕方ないんで」
結局そこに戻る.
「それと転生してもらうにあたって、何も持たせず送り出すつもりはない」
法「というと?」
「転生特典、とでも言えば分かりやすいかの」
法「……来た」
「何がじゃ」
法「いや、何でも」
ここでも予想通りの展開が待っていた。
「君が向こうの世界で生きるための能力を一つ、こちらで用意しようと思っておる」
神様が説明する。
「ただし、あちらでは超常能力を《個性》と呼ぶ。ゆえに、余計な力を別枠で付与するよりも、君自身の《個性》として定着させる方が自然じゃろう」
法「なるほどそう言うのって自分で決めていいんです?」
「ある程度はな。ただし世界そのものを即座に消し飛ばすような代物を要求されても困るぞ」
法「しませんよ」
「本当か?」
法「多分」
「何故今不安を増やした」
俺は少し笑いながら考え始めた。
さてどんな個性にしようか。
ヒロアカ世界へ行くなら当然強い方がいい。
あの世界は兎に角危険と隣り合わせである。
個性を悪用する犯罪者ヴィラン。
それを止める職業ヒーロー。
少なくとも自分も戦闘に巻き込まれる可能性は高い。
何よりどうせ転生するなら楽しめる能力が欲しい。
でも。
法「既存キャラと丸被りは面白くないな」
「ふむ」
炎。いる
氷。いる
爆発。いる
電気。いる
重力。いる
硬化。いる
その他諸々。いる
単純な元素一つ選ぶだけでも既存の個性に近くなる。つまり被る可能性が高い。それならもっと応用の利くもので自分で考える余地はある能力の方が良い。
法「……ん?」
ふと自分の名前を頭の中で思い浮かべた.
法雨 天之助。
苗字の一字の中にあった雨に着目した。
そこから連想を広げる。
雨…雪…雷…雲…霧…露…霜…霞…雹…震…霊…零…etc
日本語の漢字には。
《雨》を冠として持つ文字が結構多い。
法「……あ」
一つの答えに繋がった。
漢字の…部首…雨…
法「雨冠……?」
神様が首を傾げる。
俺はまだ答えず頭の中で更に組み立てる。
もし単純に雨を操るだけなら来ることは限られる。
でも《雨冠》を持つ漢字そのものを能力に変換出来たら?
漢字の意味や現象を再現する個性。
思えば思うほど面白い。使い手の発想次第で出来ることが増える。
同じ個性でも成長すれば新しい雨冠漢字で新しい技を生み出せる。
何より俺の苗字に雨が入ってる事は自分の能力にしては.妙にしっくり来る。
法「よし」
「決まったか?」
法「はい」
神様が興味深そうにこちらを見る。
「どんな《個性》を望む?」
俺は迷わず答えた。
「俺の個性――《雨冠》でお願いします」
神様が瞬きをした。
「……雨冠?」
法「はい」
「雨を操る個性……というわけではなさそうじゃな」
法「ちょっと違います」
俺は右手の人差し指を立てた。
「《雨冠》が付く漢字の意味や現象を、能力として再現出来る個性です」
神様の眉が僅かに上がる。
「例えば?」
法「分かりやすいところなら、《雷》による攻撃や高速移動。《雪》で防御や圧制。《雲》で空中移動。《霧》で視界封鎖とか」
指を折りながら続ける
法「他にも雨冠の漢字はかなりありますし、意味の捉え方によって出来ることも増やせると思うんですよ」
「……ほう」
神様の目に先程までとは違う興味のある顔が浮かぶ
「つまり、一つの自然現象を操る能力ではなく、《雨冠》という共通項を持った文字群そのものを能力の体系とするわけか」
法「そんな感じです」
「発想次第でかなり応用が利くのう」
法「そこが狙いでもありますから」
「しかも」
神様は少し考える
「君が知識を増やせば、能力の選択肢そのものも増える可能性がある」
法「もしそうなったら最高ですね」
自分で考えた個性ながらかなり気に入ってきた。
強い弱いだけじゃない。
覚え、試し、技を作るといったそういう遊びもある。
「しかし」
神様が少し笑う。
「随分と強力な《個性》になりそうじゃな」
俺も考える.
「まあ」
正直否定は出来ない。
法「強い分には困らんでしょう」
「制御出来れば、じゃがな」
法「そこは努力します」
「よろしい」
神様は一度頷いた。
「では、《雨冠》を君の新たな身体へ定着させよう」
法「お願いします」
「ただし」
神様の声が少しだけ真面目になる。
「力が大きければ、それだけ使い方も重要になる。何が出来るかだけでなく、何をするかを選ぶのは君自身じゃ」
その言葉が何となく頭に残る。
この時の俺は深く意味を考えなかった。
ただヒロアカ世界行き、強い個性を貰うその楽しみは大きかった。
でもその後のことを思えばこの言葉がかなり大事だったのかもしれない。
法「分かりました」
今は素直に頷き、神様も満足そうに頷き返した。
「では、転生の準備を始めよう」
言葉と同時に俺の足元が淡く光った。
法「お?」
白しかなかった床へ、複雑な紋様が広がっていく。
円の中は幾何学模様や知らない文字が幾重にも重なり
巨大な魔法陣のような形を作り上げていった。
足元から柔らかい光が立ち上り身体が少しずつ透ける。
法「いよいよか」
不思議と怖さはなかった。一度死んだ実感が薄いせいかもしれない。
それ以上に次の人生が始まる期待の方が勝ってる。
神様は最初会った時と同じ穏やかな顔でこちらを見る。
「改めて」
静かに告げる。
「本当に済まなかった」
法「もういいですって。代わりに第二の人生まで貰えるんでしょ?」
「……うむ」
手を軽く上げる。
「だったらそっちを楽しんできますよ」
神様もようやく笑った。
「そうしてくれ」
光が強くなる。
「ではな」
神様は俺へ最後に
「どうか、今度こそ良い人生を」
俺は迷わず返した。
「はい!行ってきます!」
次の瞬間。
視界が白い光に包まれた。
足元の感覚が消え、身体が空間に溶けていくように薄れていく。
この先何が待っているかは分からない。
ヒーロー社会、個性、ヴィラン
原作知識がどこまで役立つかも分からない。
でも俺の人生は一度終わった。
なら今度は好き生きようと思う。
無茶し過ぎず、退屈し過ぎず、自分の出来ることを
楽しみながら第二の人生を謳歌しよう。
そして法雨天之助という一人の人間は
この世界から完全に姿を消した白い空間へ一人残った神様は。
天之助が消えた場所をしばらく静かに見つめていた
「第二の人生をしっかり謳歌せよ」
そして少しだけ笑い、小さく呟いた。
「――法雨天之助君」
こうして
一度終わったはずの俺の人生は
人口の約8割が《個性》を持ち、
ヒーローとヴィランが存在する。
別の世界で。
もう一度始まることになった。
そして
この時は神様も天之助自身もまだ知らなかった。
軽い思い付きから生まれた。
《雨冠》という個性が。
後に天之助の第二の人生をとんでもない方向へ押し流していくことになるなんて。
――まあ
それを知るのは
もう少し先の話である。