RAINY CROWN(Re:make) 作:KAMENRIDER
日曜日。
学校もなく、これといって家族で出掛ける予定もない休日。普通の子供なら朝からテレビを見たり、玩具で遊んだり、友達の家へ遊びに行ったりするところなのだろうが、俺――法雨天之助にとって、日曜日は少しばかり意味が違う。
毎週日曜日は、自分の《個性》を鍛える日と決めているからだ。
俺の個性、《雨冠》。名前だけ聞けば雨を降らせる程度の個性に思えるかもしれないが、実際には俺自身にもまだ全貌が分かっていない。雨だけではなく、それを生み出す雲や風、雷といった気象現象にも干渉できるのではないかと考えているものの、現時点ではあくまで予想に過ぎなかった。
ならば、出来るか出来ないかは実際に試してみるしかない。
法「さて……まずは雲からだな」
俺は自宅の庭の中央に立ち、頭上を見上げた。空には薄い雲がいくつか浮かんでいるものの、今から使うのは自然に存在する雲ではない。自分自身の力で、一から雲を作り出してみるつもりだった。
そもそも雨を降らせるには雲が必要だ。いきなり何もない青空から雨粒だけを作り出すことも、もしかすると将来的には出来るのかもしれないが、まずは基本となる仕組みから順番に試した方がいいだろう。雨を操る個性だからといって、過程を全部すっ飛ばしていい理由にはならない。
法「問題は……どうやって出すかなんだよなぁ」
自分の掌を眺めながら首を傾げる。
スイッチがあるわけでもなければ、説明書が付いているわけでもない。《個性》は本人にとって身体の一部のようなものだと聞くが、それでも初めて使う能力については手探りになる。腕を動かすような感覚で自然に扱えれば楽なのだが、少なくとも今の俺にはそこまでの感覚はない。
となれば、頼れるのは想像力だ。
法「雲、雲……白くて、ふわふわしてて……空に浮かんでるやつ……」
目を閉じ、頭の中に出来るだけ鮮明な雲の姿を描いていく。ただ形を思い浮かべるだけではなく、空気中の水分が集まり、白く固まっていくところまで想像する。もっとも俺は専門家でも何でもないので、細かな原理など知る由もない。結局のところ最後は「こんな感じだろう」という勢い頼みだった。
それでもしばらく集中していると、頭上の空気が僅かに揺れた。
法「……お?」
次の瞬間、ぽふん、と妙に可愛らしい音でも聞こえてきそうな勢いで、目の前に白い塊が現れた。
大きさは縦横四十センチほど。空に浮かぶ雲と比べればあまりにも小さく、綿菓子と言われた方が納得できそうな代物だったが、それでも間違いなく俺自身の力によって生み出された雲だった。
法「出来た……! 初めてにしては悪くないんじゃないか?」
思わず頬が緩む。これまで頭の中で考えていただけの可能性が、こうして目の前で形になったのだから嬉しくないはずがない。
そこでふと、別の疑問が浮かんだ。
「これ……乗れたりするのか?」
漫画や昔話では、雲に乗って空を飛ぶなんて光景も珍しくない。現実の雲にそんなことが出来ないのは知っているが、これは俺の個性によって作った特殊な雲だ。ならば物理法則まで普通の雲と同じとは限らない。
恐る恐る人差し指を伸ばし、雲の表面らしき部分を押してみる。
が、指は何の抵抗もなく、そのままするりと雲を通り抜けた。
法「……ですよねー」
まあ、そう簡単にはいかないらしい。
しかし失敗したからといって、それで終わりにするつもりはなかった。むしろ一度出来たのなら、あとは条件を変えながら試していけばいい。先ほどの雲は外見だけを強く意識して作った。ならば今度は形だけでなく、内部にぎっしりと密度が詰まった、触れられるほど濃い雲を意識してみる。
法「今度はもっと……こう、みっちりした感じで……!」
両手を前に突き出し、先ほど以上に集中する。
イメージするのは、ふわふわしているのに沈み込まない不思議な足場。外見は雲でありながら、人ひとりを支えられるだけの頑丈さを持ったもの。そんな無茶苦茶な注文を頭の中で組み立てながら力を込めると、先ほどより明らかに大きな雲が目の前に生み出された。
法「おお……今度はデカいな」
先ほどのおよそ二倍。形も厚みを増し、見た目だけでも随分と存在感がある。
もう一度指先で触れてみると、今度は違った。
法「……触れる」
指が沈み込むことなく、柔らかな弾力を返してくる。掌全体を押し当てても突き抜ける様子はなく、むしろ低反発のクッションでも触っているような感触だった。
法「触れるぞ、これ!」
一気に期待が膨らみ、今度は両手で体重を掛けてみる。それでも雲は形を崩さない。ならばと慎重に腰を下ろしてみたが、俺の身体を乗せても僅かに沈み込んだだけで、しっかりと支えてくれていた。
法「すげぇ……本当に座れるんだ」
自然現象として考えれば意味不明もいいところだが、個性という存在自体が元より常識外れだ。出来てしまった以上、今さら科学的にどうこう考えても仕方がない。
そして座れることが分かれば、次に試したくなることなど一つしかなかった。
法「……飛べるかな」
俺は雲の中央へ座り直し、ゆっくりと上昇する様子を頭の中に描いた。
最初は数センチ。次に十センチ、二十センチ。雲は俺の意識に応じるように、音もなく地面から離れていった。
法「おお……おおお……!」
視界の位置が少しずつ高くなっていく。
庭の景色が下へ遠ざかり、普段なら見下ろすことの出来ない塀の向こうまで見えるようになった。思っていた以上に雲の動きは安定しており、多少身体を動かしても傾くことすらない。
これは楽しい。
浮遊系の個性を持つ人は、毎回こんな気分を味わっているのだろうか。
そんなことを考えながら少しずつ高度を上げていった俺は、この時すっかり忘れていた。
家の中に、俺の姿が見えなくなったら確実に探しに来る人物がいることを。
◇
母「ふぅ……そろそろお昼ね」
時計を確認した母は、一度台所の冷蔵庫を開けて中身を確かめた。朝食を食べてからそれなりに時間も経っており、そろそろ昼食の準備を始めてもいい頃合いだ。
法「今日は何にしようかしら。そうだ、天くんにも聞いてみよう」
毎週日曜日になると庭で個性の練習をしている息子の姿を思い浮かべ、母は玄関を抜けて外へ出た。
母「天くーん、お昼ご飯どうする?」
しかし返事がない。
「母あら?」
いつもなら庭のどこかで何かしらの練習をしているはずなのだが、見渡しても息子の姿が見当たらない。物陰に隠れているわけでもなく、家の裏手にも人影はなかった。
母「天くーん? どこにいるのー?」
法「んー? 何ー?」
返事はあった。
だが、声が聞こえた方向がおかしい。
少なくとも正面でも背後でも、左右でもない。
法「……天くん?」
法「おーい。上、上ー」
母「上?」
言われるまま、母はゆっくりと顔を上げた。
そして固まった。
青空を背景に浮かぶ白い雲。その上に胡座をかき、何食わぬ顔でこちらを見下ろしている息子がいたからである。
高度はどう見ても数メートルある。
母「…………え?」
一度目を擦った。
もう一度見た。
やはり息子は空中にいた。
最近少し疲れているのだろうかと真剣に自分の体調を疑ったが、残念ながら幻覚ではない。目の前の光景は紛れもなく現実だった。
母「ええええええええっ!?」
住宅街に母の絶叫が響き渡った。
母「天くん!? あなた何してるの!?」
法「雲に乗って浮いてる」
母「それは見れば分かります!」
あまりにも平然と答える息子に、母は頭を抱えたくなった。雲に乗っているという事実自体が既に理解の範疇を超えているのだが、それ以上に問題なのは高さだった。
母「危ないから今すぐ降りてらっしゃい! もし落ちたらどうするの!」
法「あ〜……確かに」
法「確かに、じゃありません!」
そこまで言われて、ようやく俺も自分が結構な高さまで来ていたことに気付いた。上昇することばかり考えていて、高度をろくに確認していなかったのだ。
慌てて雲へ降下するよう意識すると、乗っていた雲はゆっくりと高度を下げていった。やがて地面から数十センチほどのところまで戻ったところで飛び降りると、待ち構えていた母からたっぷりとお説教を受けることになった。
母「もう……本当に心配したんだから」
法「ごめんなさい……」
後から聞いたところによれば、俺が浮かんでいた高さはおよそ六メートルほどだったらしい。
六メートル
数字にして聞くと、我ながらよく何も考えずにそこまで上がったものだと思う。いくら雲が安定していたとはいえ、万が一個性が解除されれば普通に大怪我では済まなかったかもしれない。
ちなみに夕方、帰宅した父にこの一件が伝えられた。
母「今日ね、天くんが庭で六メートルくらい空を飛んでたの」
父「…………え?」
勇人は数秒間停止した後、そのまま後ろへ倒れた。
法「父さーん!?」
結果、我が家は昼と夕方の二度にわたって騒ぎになった。能力を鍛えることは大事だ。だが、それ以上に家族を心配させないことも大事らしい。次からは、せめて事前に一言言ってから練習しよう。
◇
そして次の日曜日。
先週の一件から一週間が経ち、俺は再び庭へ出ていた。
雲の生成は既に成功している。それどころか密度を調整すれば実際に触れられる雲を作れ、人を乗せた状態で自由に浮遊させられることまで判明した。もっと練習を重ねれば移動手段としても十分使えるようになるかもしれない。
法「今日は何を試そうかな……」
腕を組みながら考えていると、背後から玄関の開く音がした。
母「また個性の練習?」
振り返れば母が立っていた。
法「うん。早いうちから出来ることを増やしておいて損はないからね」
母「それ自体はいいんだけど……」
母はじっとこちらを見る。
その視線だけで何を言いたいのか察した。
母「先週みたいに、気付いたら六メートルも浮かんでました。なんてことはやめてね? 危ない練習をする時は、ちゃんと先に言うこと」
法「……善処します」
母「善処じゃなくて約束してほしいんだけどなぁ」
若干呆れたように息を吐く母だったが、俺が個性を鍛えること自体を止めるつもりはないらしい。危険を理解した上で慎重にやるのなら、自分の力について知っておくことは必要だと考えてくれているのだろう。
母「それで、今日は何の練習をするの?」
法「雨。雲を作れるようになったから、次はそこから本当に雨を降らせられるか試してみようと思って」
母「なるほどね」
俺は庭の上空に雲を生み出した。
先週作ったものより一回り大きく、今度は乗るためではなく雨を降らせるためのものだ。白かった雲に水分が蓄積していく様子を想像しながら、そこから細かな雨粒が降り注ぐ光景を思い描く。
いきなり豪雨にする必要はない。
まずは霧雨程度の弱い雨から試す。
法「出来れば……この庭の範囲だけ」
集中を続けていると、白かった雲が僅かに灰色を帯び始めた。
やがて一粒の水滴が落ちる。
続いて二粒、三粒。
そして次の瞬間には、庭の一角へ柔らかな雨が降り始めていた。
法「……出来た」
俺は思わず片手を差し出した。掌へ冷たい雨粒が当たり、それが間違いなく本物の水であることを教えてくれる。
しかも興味深いことに、雨は俺が意識した範囲の外へほとんど降っていない。雲そのものだけでなく、降水範囲まである程度指定出来るらしい。
母「凄いじゃない、天くん!」
隣で見ていた母も目を丸くしていた。
母「雲を作っただけでも驚いたけど、本当に雨まで降らせられるなんて」
法「俺も出来るかは半信半疑だったんだけどね。どうやらイメージさえちゃんと作れれば、その通りに個性が動いてくれるみたい」
これは相当に大きい。
個性によっては使用条件が細かく決まっているものも多いと聞く。何らかの物質を消費する、特定の動作を行う、身体に強い負荷が掛かる。そういった制約と比べれば、《雨冠》は今のところかなり自由度が高い。
もちろん限界が存在しないとは思っていない。
今は小さな雲を作り、小雨を降らせた程度だから負担を感じていないだけかもしれない。規模が大きくなれば体力を消耗する可能性もあるし、集中力が途切れれば制御を失うことも考えられる。
それでも、自分の想像がそのまま現象として形になるという性質は途轍もなく便利だった。
法「やっぱり俺、結構恵まれてるのかな」
母「どういう意味?」
法「個性の使いやすさ。ほとんどイメージだけで動いてくれるからさ」
そう口にしたところで、ふと頭の片隅にあの存在が浮かんだ。
もしかすると、これも神様のおかげだったりするのだろうか。
◇
一方その頃
「へっくしょん!」
どこか別の場所で、一人の老人が盛大なくしゃみをした。
「……ううむ、誰か儂の噂でもしておるのかのぅ」
鼻をすすりながら首を傾げる神様だったが、自分が話題に出されかけていたことなど知る由もなかった。
◇
さらに一週間後の日曜日。
今回は自宅の庭ではない。
俺と父が訪れていたのは、住宅地から大きく離れた山の中だった。
周囲を見渡しても民家は一軒もなく、人の気配もほとんどない。木々に囲まれてはいるものの、一部だけ大きく開けた場所になっており、多少派手なことをしても誰かを巻き込む心配はなさそうだった。
父「ここなら誰にも迷惑を掛けず、思う存分練習出来るぞ!」
妙に得意げな父の言葉に、俺は辺りを見回す。
法「それはありがたいけど……よくこんな場所見つけたね」
父「見つけたというか、ここはうちの土地だからな」
法「…………はぃ?」
一瞬、聞き間違いかと思った。
父「この山、お祖父ちゃんが昔買ったんだよ。だから一応、私有地だ」
法「山一座丸ごと?」
父「ああ」
俺は改めて周囲を見回した。
視界いっぱいに広がる木々。
遠くまで続く山肌。
それが全部、うちの土地。
法「……うちってそんな金持ちだったの?」
父「まあ、その辺は色々あるんだ」
法「色々で山を買えるのか……」
今まで普通に生活してきたので、まさか実家の私有地に山があるとは思いもしなかった。祖父が一体何者だったのかという新たな疑問が生まれたものの、今は個性の練習の方が優先だ。
それにせっかく父がここまで連れてきてくれたのだから、存分に使わせてもらうことにしよう。
法「それじゃあ父さん。少し離れてて」
父「分かった。危なくなったらすぐ止めろよ」
法「了解」
今日試すのは、これまでとは明確に危険度が違う。
《雷》
雨を操れるなら、その雨雲に伴って発生する雷も操れるのではないか。
もし成功すれば戦闘において極めて強力な武器になる。雨や雲が制圧、支援、移動に利用出来る能力だとすれば、雷は純粋な攻撃手段として非常に高い威力を期待出来る。
だからこそ、住宅街で試すわけにはいかなかった。
法「まずは……雨雲を作る」
俺が意識を集中すると、頭上に雲が生まれた。
最初は数メートル程度だった雲を少しずつ広げていく。庭で作ったものとは比較にならない大きさだが、以前より個性の扱いに慣れてきたからか、思ったほど苦労はしなかった。
次に雲の色を変える。
白から灰色へ。
灰色から、さらに黒へ。
水分を含み、空気を巻き込み、内部に膨大な電気が蓄積されていく光景を頭の中で作り上げる。
やがて晴れていた山の一角だけが暗くなった。
黒雲の奥で微かな光が明滅し、遅れて低い雷鳴が響いてくる。
ゴロゴロと腹の底へ響く音を聞き、少し離れた場所にいる父の表情が引き締まった。
父「……本当に雷まで出せるのか」
天之助自身も、目の前で起きている現象に息を呑んでいた。
これは小雨とは違う。
明確に人を傷付けられる力だ。
だからこそ興奮だけに任せて使ってはいけない。威力と範囲を確認し、自分がどこまで制御出来るのかを正確に把握する必要がある。
法「目標は……あの木にするか」
広場の端に一本だけ離れて生えている大木へ視線を向ける。
人も動物も周囲にいないことを確認し、その木だけを雷が狙うよう強く意識した。
空気が張り詰める。
黒雲の内部で青白い光が走った。
そして俺が目標を定めた次の瞬間、山全体を揺らすような轟音と共に、一条の雷が空から落ちた。
法「っ……!」
凄まじい閃光に、反射的に目を細める。
一瞬遅れて衝撃が空気を震わせ、焦げ臭い匂いが漂ってきた。
雷が直撃した大木は中央から大きく裂け、表面は黒く炭化していた。幹の一部から小さな炎まで上がっている。
法「……威力、高すぎやしないか?」
自分でやっておきながら、思わずそんな言葉が漏れた。
少なくとも護身用として気軽に撃っていい代物ではない。
だが、狙った場所へ正確に落とすことには成功した。規模と威力を細かく調節出来るようになれば、将来は強力な攻撃手段になるだろう。
火が広がる前に雨を降らせて鎮火すると、俺は次の実験へ思考を移した。
法「雷を落とせることは分かった。だったら次は……移動に使えないかな」
雲に乗れば空中を移動出来る。
ならば雷にも、雷なりの移動方法があるはずだ。
最初に思い付いたのは、脚に電気を纏わせて身体能力を強化する方法だった。筋肉へ電気刺激を与えれば、普通に走るより遥かに速く動けるかもしれない。
しかし、それでは単なる身体強化だ。
次に全身へ雷を纏わせる方法を考えたが、それも何か違う気がした。
法「俺の個性が、本当にイメージ次第で気象現象を自在に扱えるものだとしたら……」
頭上で鳴り続けている雷を見る。
空から地上へ、ほんの一瞬で到達する閃光。
人間がどれだけ鍛えようと到底追い付けない速度。
それを見つめているうちに、一つの無茶苦茶な発想が頭をよぎった。
脚へ雷を纏う必要などない。
身体を雷で包む必要すらない。
もっと単純で、もっと直接的な方法がある。
雷を利用して動くのではなく――。
俺自身が、《雷》になればいい
まだ幼い俺は、この時ようやく気付き始めていた。
《雨冠》という個性が持つ可能性は、自分が想像していたよりも遥かに広く、そして遥かに危険な領域へ繋がっているのだと。
( ´ㅁ` ;)