RAINY CROWN(Re:make) 作:KAMENRIDER
ゴロゴロ
俺自身が――《雷》になる。
そんなことを真顔で言えば、十人中十人から「何を言っているんだこいつ」と思われても仕方がないだろう。俺だって他人がいきなり同じことを言い出したら、まず額に手を当てて熱でも測ると思う。けれど、俺は別に冗談を言っているわけでも、厨二病を発症したわけでもない。《雨冠》という個性の可能性を考え続けた末に、本気でそこを目指している。
雨を降らせる。雲を作る。風を操る。雷を落とす。これまで俺が試してきたことを振り返れば、俺の個性が単純な「雨を降らせるだけの能力」ではないことはもう分かっている。天候という大きな括りの中に存在する現象ならば、ある程度までは俺自身の意思で干渉できる可能性がある。ならば外側に雷を発生させるだけでなく、その性質を自分の肉体へ落とし込むことだって、理屈の上では完全に不可能とは言い切れない。
問題は、その「雷そのものになる」という状態を、俺自身が具体的に想像できていないことだった。
法「う~~ん……雷、雷ねぇ……」
山中の片隅で腕を組み、目を閉じながら頭の中に稲妻を思い浮かべる。暗雲を切り裂く閃光。空気を震わせる轟音。触れれば一瞬で身体を焼き、筋肉を強制的に収縮させるほどの電流。それ自体のイメージは当然できるのだが、それを「自分の身体にする」となると途端に話が変わってくる。
身体から電気を出す、だけなら分かる。拳や脚へ電流を纏わせたり、触れた相手へ電撃を流したりする光景なら比較的容易に思い描ける。しかし俺が欲しいのはそれではない。雷を武器として扱うのではなく、俺自身の肉体を雷と同質の存在へ近付けることだ。速さも、性質も、エネルギーそのものまで自分へ落とし込むとなれば、当然ながら想像の難易度は跳ね上がる。
法「……駄目だな。全然掴めん」
いくら考えても答えが出ない以上、頭だけを酷使していても仕方がない。こういう時は身体を動かすに限る。鍛錬を続けている間に何かしらの切っ掛けが転がり込んでくるかもしれないし、何より立ち止まって考え込むだけというのは俺の性に合わなかった。
そう考えた俺は一度思考を脇へ置き、いつもの基礎鍛錬へ切り替えた。走り込みから始めて、腕立て、腹筋、スクワットを繰り返し、その合間に個性を使って身体へ掛かる負荷を微調整する。
ただし子供の身体で無茶をし過ぎれば成長の邪魔になるので、その辺りだけは一応気を遣っているつもりだが、両親からすれば十分過ぎるほど無茶に見えているらしい。
それから数時間。
法「……来ねぇ」
汗を拭いながら、俺をぐるぐると歩き回っていた。
法「何かありそうなんだけどなぁ……。雷。電気。電流。帯電。放電……うーん」
運動して身体を温めれば何か閃くかと思ったが、残念ながら頭の中には相変わらず霧が掛かったままだった。さっきから同じ単語だけが延々と脳内を巡っており、考えれば考えるほど分からなくなってくる。終いには自分でも何について悩んでいたのか分からなくなりそうになりながら、俺は腕を組んだまま庭を行ったり来たりしていた。
その時だった。
法「痛っつ!」
考え事に集中し過ぎて周囲への注意が疎かになり、近くに生えている木の幹へ思い切り右腕をぶつけてしまった。肘から少し上辺りをちょうど硬い部分へ当ててしまったらしく、鈍い痛みの直後、腕の先までじわじわと嫌な感覚が広がっていく。
法「あぁ~……これ嫌なんだよなぁ。地味に痛いし、地味に痺れるし……」
顔を顰めながら右腕をぶんぶんと振る。骨に響くような痛みそのものは大したことがないのだが、神経を直接刺激されたような独特の痺れだけはどうにも好きになれない。指先まで力が抜けたような感覚が続き、早く治れと念じながら腕を振っていた、その瞬間だった。
指先の周囲で、ごく小さな青白い火花が弾けた。
法「……ん?」
見間違いかと思い、俺は腕の動きを止めた。もう一度じっと右手を見つめるものの、何も起こらない。だが確かに今、一瞬だけ電流らしきものが皮膚の上を走った気がした。個性を意図的に発動した覚えはないし、近くに電化製品があるわけでもない。
法「痺れ……?」
呟いた瞬間、頭の中で何かが繋がった。
痺れる。
電気。
神経。
法「……あ」
雷という巨大な現象ばかり考えていたせいで、もっと身近なところに存在している「電気」という感覚を完全に見落としていた。もちろん、人間の身体が痺れたからといって本当に雷と同じものになるわけではない。だが《雨冠》は俺自身のイメージに強く左右される個性だ。ならば、俺が実際に知っている痺れという感覚を足掛かりにして、そこから電気を身体へ再現することはできるかもしれない。
それに気付いた俺は、すぐさま家の中へ戻った。
そして――数時間後。
母「……まだやってるの?」
夕食の片付けを終えた美空が、呆れ半分、心配半分といった顔でリビングの一角へ視線を向ける。そこには床へ正座し、背筋だけは妙に綺麗に伸ばしたまま微動だにしない天之助の姿があった。テレビを見るでも、本を読むでもなく、ただひたすら足を折り畳んだ状態を維持している。
父「ああ。何でも、今覚えようとしてる技の切っ掛けが掴めそうなんだとさ」
新聞から顔を上げた勇人がそう説明すると、美空はますます不思議そうに首を傾げた。
母「それは聞いたけど……もう何時間もあのままでしょ? 晩ご飯の時だって座る位置を変えなかったじゃない。天くん、立った時にちゃんと歩けるの?」
その心配は極めて正しい。
というより、現在進行形で天之助の両脚は凄いことになっている。
膝から下の感覚が曖昧になり、少し体重を動かすだけでも内部を細かな針で突かれているような刺激が走る。正直なところ、技の習得でなければとっくの昔に姿勢を崩していた。しかし今はこの感覚こそが目的なのだから、むしろ痺れてくれなければ困る。
木へ腕をぶつけた時に気付いたことは単純だった。人間は神経が圧迫されたり、強い刺激を受けたりすると痺れを感じる。そして俺は、その痺れを「身体の中を電気が走っている」という具体的なイメージへ変換できる。《雨冠》が天候現象へのイメージを現実へ引き出す個性なら、その感覚を媒介にすれば、自分の身体から電気を生み出せるかもしれない。
問題があるとすれば、もしこの仮説が全部外れていた場合、天之助は数時間もの間ただ正座していただけの変な子供になるということだ。
……まあ、それならそれでいいか。
法「ん〜そろそろ頃合いかな」
足の感覚がいい具合に限界へ到達したところで、俺はゆっくり腰を上げた。床から離れた瞬間、押さえ付けられていた血流が一気に戻り、両脚の内部を数え切れないほどの刺激が駆け巡る。普通なら思わず座り込みたくなるほどの痺れだが、俺はその感覚を逃さないよう意識を集中させた。
父「お、終わったのか?」
母「天くん、足は大丈夫?」
両親の声にもすぐには答えない。
目を閉じ、痺れている感覚へ意識を沈める。
針で刺されているような刺激。それが点ではなく線となり、線から枝分かれし、足先から膝へ、膝から腿へと這い上がってくる姿を頭の中に描く。ただの神経の痺れではない。これは電流だ。俺の身体そのものを導体として流れる電気であり、空を走る雷と根本では同じエネルギーなのだと、半ば強引に自分へ言い聞かせていく。
父「…天之助?」
母「天くん?」
父さんと母さんが心配そうに呼び掛ける中、俺は自分の足元へ意識を集中させ続けた。
そして次の瞬間、右足首の周囲で青白い火花が小さく弾けた。
法「…………来てます」
「「え?」」
二人が揃って間の抜けた声を上げる。
最初は本当に小さなものだった。静電気と大差ないほどの細い火花が、靴下の上を這うように走っている。しかし一度切っ掛けを掴めば、後はイメージを強めていけばいい。身体を巡る痺れを一つ一つ拾い上げ、それら全てを電流として認識していくにつれて、火花は徐々に数を増し、両脚の周囲へ広がっていった。
法「おぉ……いいぞ。来てる来てる。これだこれ」
バチバチと音を立てる電気を眺めながら、思わず口元が緩む。まだ出力は小さいが、これまで外へ発生させていた雷とは明らかに感覚が違う。自分の身体から直接電気が生まれ、それをある程度意識的に動かせている。
父「な、何だこれ!? 天之助の足から電気が出てるぞ!?」
母「天くん!? 本当に大丈夫なの!?」
法「あー、大丈夫大丈夫。今のところ痛くもないし」
むしろ具合はかなり良い。
ただし、どの程度の出力になるのかは自分でもまだ分からない。それを家の中で確かめるほど俺も命知らずではないので、俺は両親へ手で距離を取るよう示しながら庭へ向かった。
父「何で庭に行くんだ?」
法「割と危ないかもしれないから」
父「危ないの!?」
法「可能性の話だから。二人とも少し離れててね。もし触ったら一緒に痺れるかもしれないし」
母さんの顔が一気に青ざめたため、なるべく軽い口調で返しておく。安心させられたかどうかは非常に怪しかったが、とりあえず二人とも縁側付近から動かずにいてくれた。
俺は庭の中でも草木のない場所を選び、硬く締まった土の上へ立った。せっかく電気を出せるようになっても、勢い余って芝や庭木へ火を付ければ後始末が面倒だし、何より母さんに怒られる未来が見える。両脚へ纏わせていた電流を少しずつ右脚へ集め、身体の中から地面へ向かって一気に流す姿を想像する。
法「よっっっと!」
右足を上げ、少し強めに地面を踏み込んだ。
バリバリバリバリィィ!!!!!
その瞬間、足裏を中心に青白い電流が爆ぜた。無数の稲妻が蛇のように土の表面を走り、乾いた破裂音を伴って放射状に広がっていく。ほんの一瞬の出来事だったが、その範囲は俺自身が想像していたものより遥かに広く、地面の一部には焦げた筋まで残っていた。
法「すぅーーー……ふぃ~~」
大きく深呼吸をしながら右脚の力を抜く。初めて意識的に行った放電にしては上出来だろう。少なくとも、痺れを切っ掛けに身体から電気を発生させるという考え自体は間違っていなかった。
父「す、凄いな……」
背後から父さんの感嘆した声が聞こえる。
母「雨だけじゃなくて、電気まで出せるなんて……天くんの個性、本当にどこまで出来るのかしら」
二人からすれば大成功にしか見えないのだろう。俺だって普通なら大喜びしていい成果だと思う。これだけでも攻撃手段として使えるし、鍛えれば身体能力の補助や高速移動に応用できる可能性もある。
しかし――。
法「う~~ん……何か違うんだよなぁ」
腕を組み、俺は焦げた地面を見つめながら唸った。
母「えっ?」
父「何がだ? ちゃんと電気を出せたじゃないか」
法「うん。それ自体は成功なんだけど、俺がやりたいのはこれじゃないんだよ」
確かに身体から電気を発生させることはできた。だが今やったことは、結局のところ「身体を起点に電気を出した」だけだ。俺の肉体は依然として肉と骨でできた普通の人間のままであり、電流はその表面を纏っているに過ぎない。
法「俺が目指してるのはさ、雷を出すことじゃなくて、俺自身が雷になることなんだよね」
母「……雷そのものに?」
法「そー。」
母さんが理解できないという顔をするのも無理はない。俺自身だって、方法が分からないからこうして悩んでいるのだ。
法「ほら、正座してると足が痺れるでしょ? あの感覚を電流としてイメージすれば、身体から電気を出せるんじゃないかと思って試したんだ。それは当たってた。でも、これじゃ身体の周りに電気を纏わせてるだけなんだよ。俺自身が電気になったわけじゃない」
父「いやいやいや、待て待て待て」
父さんが額へ手を当て、俺の言葉を遮った。
父「さらっと言ってるけどな、普通は身体から電気を出せた時点で十分とんでもないんだぞ? そこから更に『自分が雷になる』って、何段階先の話をしてるんだ?」
法「でも出来そうなんだよなぁ……何となくだけど」
母「その『何となく』で今まで色々やってきたから怖いのよねぇ……」
母さんが困ったように笑う。どうやら既に諦めに近いものが混じっているらしい。
俺は二人の反応を横目に、再び夜空へ顔を向けた。出来ない理由を並べるより、出来る方法を探した方が早い。身体から電流を出すところまでは来たのだから、次はその先だ。肉体そのものを雷へ近付けるには何が足りないのか。電気の性質をもっと理解するべきか、それとも雷が生まれる瞬間を直接観察した方がいいのか。
そんなことを考えていた時だった。
夜空の一角で、何かが小さく光った。
法「ん?」
最初は流れ星かと思った。雲の切れ間に一筋の光が現れ、こちらへ向かってゆっくり伸びているように見えたからだ。流れ星なら願い事でもしてみるかと呑気に考えかけたところで、俺はすぐに違和感へ気付く。
光が消えない。
それどころか、見る見るうちに大きくなっている。
法「え?……ちょっと待て?」
耳を澄ませば、遠くから空気を切り裂く低い音まで聞こえてくる。最初は微かなものだったが、それは瞬く間に大きくなり、何か重量のある物体が猛烈な速度で落下しているのだと嫌でも理解させられた。
法「……あれ、こっちに来てない?」
光点は真っ直ぐこちらへ近付いている。
流れ星などではない。
何かが落ちてきている。
法「っ!!二人とも離れて!!」
「「え!?」」
俺の声色が変わったことで、父さんと母さんも即座に異常を察した。二人が庭から距離を取るのを確認すると同時に、俺も身構える。迎撃するべきか、それとも軌道を逸らすべきか判断する暇すらないほど、その物体は凄まじい速度で迫っていた。
直後、庭の中央へ凄まじい衝撃が叩き付けられた。
轟音と共に地面が震え、巻き上げられた大量の土煙が視界を完全に塞ぐ。母さんの短い悲鳴と父さんの驚愕する声が背後から聞こえたが、俺は目を細めたまま落下地点を凝視した。
法「何だ、今の……?」
隕石にしては衝撃が小さい。それでも人間が空から落ちて無事で済むような速度ではなかった。そもそも、落下直前に見えた輪郭も人間とは少し違っていたように思える。
やがて夜風に流され、土煙が少しずつ晴れていく。
抉れた庭の中心に何かが突き刺さっていた。
長い柄。
閉じられた布地。
見覚えのある形状ではあるのだが、何故そんな物が空から降ってきたのかという一点だけがまるで理解できない。
俺はしばらく無言でそれを見つめた後、結局どうしても他の言葉を思い付けず、首を傾げながら呟いた。
法「…………傘?」
三('ω')三( ε: )三(.ω.)三( :3 )三('ω')三( ε: )三(.ω.)三( :3 )三