RAINY CROWN(Re:make) 作:KAMENRIDER
☔️( '-' ☔️ )
庭の中央に出来上がった小さなクレーター。その中心へ突き刺さっている物体を前にして、俺と父さんと母さんはしばらく誰一人として動くことができなかった。
法「…………傘?」
最初に口を開いたのは俺だった。見間違いであってほしい気持ちを込めてもう一度よく観察してみたが、何度見ても形状は傘である。隕石でもなければ正体不明の機械でもなく、ごく一般的な分類で言えば雨の日に頭上へ差す、あの傘だ。
父「……傘だな」
父さんも半ば呆然としながら頷き、母さんも何度か瞬きを繰り返してから「……傘ね」と同意する。三人分の視線が中央へ集まるものの、だからといって状況への理解が深まるわけではない。むしろ確認すればするほど疑問だけが増えていった。
何故、空から傘が降ってくる。
それも風に飛ばされた傘がふわふわ落ちてきたという可愛らしい話ではない。先ほどの落下速度と衝撃は、どう考えてもそういう次元ではなかった。地面へ突き刺さるだけならまだしも、その周囲を抉っている時点で普通の傘であるはずがない。
法「いや怖っ……。確実に何かあるだろ、これ」
思わず警戒心を露わにしながら、俺は数歩だけ落下地点へ近付いた。見た目だけなら危険物には思えないのだが、未知の物体を外見だけで信用するほど俺も能天気ではない。ましてや、つい先ほどまで雷になる方法を考えていたところへ狙い澄ましたように飛来したのだから、偶然と片付けるにはあまりにも出来過ぎている。
父「天之助、まさか触る気か?」
法「流石にこのまま庭に刺しっぱなしって訳にもいかないし。とりあえず調べるしかないかなって」
母「大丈夫なの? 本当に触って大丈夫?」
母さんが不安そうに俺と傘を交互に見る。息子を心配してくれているのはよく分かるのだが、その直後に続いた言葉は想像以上に物騒だった。
母「触った瞬間に死んじゃったりしない? 頭が破裂したり、血管が全部切れたり、心臓が潰れたり……」
法「母さん怖い怖い怖い! 何で全部死に方がエグい方向に走ってんの!?」
母「だって、空から落ちてきた謎の傘なのよ!?」
法「だからって最悪のパターンを立て続けに並べなくてもいいじゃん!」
ただでさえ得体が知れず触りにくかったというのに、余計な想像まで頭に植え付けられてしまった。父さんが「まあまあ」と母さんの肩へ手を置いて宥めているが、俺としては今すぐ自分の頭から「触った瞬間に脳が飛び出す傘」という嫌過ぎる映像を追い出したい。
とはいえ、いつまでも三人で囲んで眺めているだけでは何も進まない。
法「……ええぃ、ままよ!」
母「天之助!?」
覚悟を決めた俺は傘へ手を伸ばし、その柄を勢いよく掴んだ。
その瞬間、視界の全てが真っ白に染まった。
何かが爆発したわけではない。痛みも衝撃もなく、ただ世界そのものから色と音だけが突然抜け落ちたような感覚だった。父さんと母さんの声も聞こえず、自分の呼吸音さえ認識できなくなる。反射的に傘から手を離そうとしたものの、そもそも腕を動かしているのかどうかすら分からない。
そして次の瞬間、白一色だった視界がゆっくりと晴れていった。
法「……あれ?」
最初に感じたのは妙な違和感だった。
法「父さん? 母さん?」
返事はない。
先ほどまで確かに存在していた自宅の庭も、木々も、家も消えている。周囲に広がっているのは上下左右すら曖昧な白い空間だけで、地面に立っている感覚はあるにもかかわらず、足元には床らしきものすら見当たらない。
法「何処だ、ここ……?」
何が起きたのか理解できず、自分の身体へ目を落とす。
そこで天之助は、さらに異常な事実へ気付いた。
法「……身体が戻ってる?」
今の天之助は子供の姿ではなかった。
手も、腕も、脚も、見慣れた幼いものではなくなっている。転生して法雨天之助として生きる以前、死ぬ前の人生で使っていた俺自身の身体に戻っていた。
法「いやいやいや、どういうことだよ……」
傘を触ったと思ったら謎空間へ飛ばされ、しかも転生前の姿へ戻されている。情報量が多過ぎて、一つずつ整理しようにも頭が追い付かない。
そんな俺をさらに混乱させるように、目の前の空間へ突如として細かなノイズが走った。
白い世界の一角だけが歪み、昔のテレビで放送が終わった後に映っていた砂嵐のような映像が現れる。ざらついた模様は数秒ほど不規則に明滅していたが、やがて映像の輪郭が安定し、その中央に一人の老人が姿を現した。
『あー、あー……映っとるかのぉ』
法「え、神様!?」
その顔を見た瞬間、俺は思わず大声を上げていた。
忘れるはずがない。俺をこの世界へ転生させ、《雨冠》という個性と共に第二の人生を与えてくれた張本人。転生して以来直接会うことはなかったが、間違いなくあの時の神様だった。
『やぁ、久しぶりじゃのう。これを見ているということは、無事に傘も届いたようじゃな』
法「これ神様が送ったの!?」
問い掛けながらも、内心では妙に納得していた。
空から隕石のような勢いで傘が飛来するなど、常識的に考えれば説明のしようがない。しかし神様が関係しているのなら話は別だ。そもそも異世界転生という現象を平然と行える存在なのだから、傘を空から送り付ける程度なら容易なのだろう。
『先に言っておくが、これは録画映像じゃ。儂本人がお主と直接話しておるわけではないから、質問されても返事はできんぞ』
法「あ、録画なんだ」
返事をした直後、自分で少し恥ずかしくなる。
録画だと説明された映像に対して普通に相槌を打ってしまった。しかし神様の話し方があまりにも自然なので、つい会話しているような感覚になってしまう。
『お主の様子は、こちらから時折見させてもらっておるよ。個性の練習にも真面目に励んでおるようじゃし、色々と自分なりに工夫して力を伸ばそうとしておるようじゃからのう。そこで今回は、ちょっとした褒美を用意させてもらった』
神様がそう告げると、俺の手元にあった傘が僅かに輝いた。
『それが、お主が今手にしている傘じゃ』
改めて視線を落とし、俺はようやくその傘をじっくり観察する。
庭に落ちてきた時は土煙や衝撃に気を取られていて分からなかったが、近くで見ると普通の傘とはまるで違う。全体は鮮やかな虹色を基調としているものの、単純に七色へ塗り分けられているわけではない。少し角度を変えるだけで色彩が滑らかに移ろい、青、紫、緑、赤、金と無数の光が表面を流れていく。
まるで夜空に広がるオーロラを、そのまま薄い布地へ閉じ込めたかのようだった。
法「……綺麗だな」
思わず感想が漏れる。
派手でありながら、不思議と下品には見えない。言葉にしようとすると逆に陳腐になってしまいそうな美しさがあり、しばらく眺めていても飽きないほどだった。
『その傘はな、儂が上の者へ直接頼んで作ってもらった特別製じゃ』
法「神様にも上下関係ってあるんだ……」
神様にも上司がいるという事実に妙な世知辛さを感じたが、録画映像は当然こちらの呟きを無視して説明を続けていく。
『一番大きな機能として、お主の個性――《雨冠》を使用する際のイメージを大幅に補助する力が込められておる』
法「イメージを……?」
その言葉に俺は食い付いた。
《雨冠》という個性を使ってきて強く実感していることがある。
この個性は、俺がどれほど鮮明に現象を思い描けるかによって、発現できる力の精度が大きく変わる。雨、風、雲、雷。知識として知っているだけでは不十分であり、どういう現象で、どう動き、どういう結果を生み出すのかを具体的に想像できるほど扱いやすくなる。
だからこそ、先ほどまで俺は「雷そのものになる」という現象をどうイメージすればいいのか分からず苦戦していた。
もし、この傘がその部分を補ってくれるというのなら――。
『もちろん、傘が全て勝手にやってくれるわけではないぞ。お主自身が考え、理解し、力を使うことに変わりはない。じゃが、自分の中にある曖昧なイメージを形へする手助けくらいはしてくれるじゃろう』
法「なるほど……」
それなら納得できる。
何もしなくても強くしてくれる道具ではない。あくまで俺自身の成長を助ける補助装備というわけだ。
正直、その方がありがたかった。
せっかく第二の人生を貰ったのに、何でも神様から与えられた力だけで解決してしまうのは面白くない。俺は自分で考え、自分で修行し、その結果として強くなりたい。
『それから、基本的にはお主専用じゃ。他人が持っても普通の傘と大して変わらん。盗まれたところで、お主と同じように能力を引き出すことはできんよう設定されておる』
法「そこまでしてくれてるのか」
『耐久力も相当なものじゃぞ。多少乱暴に使ったくらいでは傷一つ付かん。具体的には……そうじゃな、核爆弾の爆発に直接巻き込まれても傘自体は無事で済む程度じゃ』
法「核爆弾!?」
思わず傘を二度見した。
見れば見るほど美しい装飾品にしか見えないのに、説明される性能だけが異常に物騒である。
法「傘に必要な耐久力じゃねえだろ、それ……」
いや、むしろ今後ヒーローを目指して戦うことになるのなら、壊れないに越したことはない。だが基準がいきなり核爆発なのはどう考えてもおかしい。
神様の世界ではこれくらい普通なのだろうか。
『それともう一つ。本来なら、こういう特別な道具はこちら側で名前を付けてから渡すものなんじゃが、今回は命名権もお主へ譲ることにした』
法「名前?」
『うむ。お主がこれから長く使う物じゃ。自分で気に入った名を考えると良い』
名付け。
そう言われると、途端に傘への愛着が少し増したような気がする。
ただの便利なアイテムではなく、これから俺が個性を鍛え、ヒーローを目指すうえで共に歩む相棒になるのかもしれない。そう考えると、適当な名前を付けるわけにはいかなかった。
『さて、伝えることはこれくらいかのう』
神様が映像の向こうで何か時計のようなものへ目を向ける。
『おっと、そろそろ行かねばならん。これから会議があるんじゃった』
法「神様の会議か…想像できんな……」
異世界転生を管理しているような超常的存在にも会議という文化が存在するらしい。妙に現実的な事情を聞かされ、少しだけ神様という存在が身近に感じられた。
『ではな、法雨天之助君』
その声に、俺は自然と背筋を伸ばす。
『これからも引き続き、第二の人生を精一杯楽しむといい。儂は上から見守っておるよ』
転生した直後にも似たような言葉を貰った。
あれから俺は家族と出会い、個性を知り、修行を始めた。まだ人生としては始まったばかりだが、それでも前世には存在しなかった多くのものを既に手にしている。
だから今度は、迷わず答えることができた。
法「……はい!」
神様の映像が穏やかに笑ったように見えた直後、再び視界が白く染まった。
そして気が付けば、俺は元の庭へ戻っていた。
法「……戻ってきたか」
自分の手へ目を落とせば、身体もきちんと子供の姿へ戻っている。その手には当然のように虹色の傘が握られていた。
父「天之助!」
すぐ近くから父さんの声が飛んでくる。
母「良かった……! 急に何を言っても反応しなくなったから心配したのよ!」
母さんも俺の肩を掴み、本当に無事なのか確認するように顔や腕を見回していた。
どうやら俺の意識だけがあの白い空間へ移動していたらしい。外から見れば、傘を掴んだまま突然ぼうっと立ち尽くしたように見えていたのだろう。
法「ごめんごめん。心配掛けたね。でも大丈夫だから」
父「本当か?」
法「うん。むしろ良いことがあった」
俺が手元の傘を少し持ち上げると、父さんと母さんの視線も自然とそこへ向かう。
父「その傘、結局何なんだ?」
法「うーん……俺の新しい力というか、補助装備みたいな物かな」
神様や前世についてそのまま説明するわけにはいかないので、その程度に留めておく。
母さんは少し警戒しながら傘へ近付き、表面をじっと眺めた。
母「さっきは暗くてよく見えなかったけど……改めて見ると本当に綺麗な色ね。虹色っていうより、オーロラみたい」
法「でしょ?」
流石は我が母。目の付け所がいい。
俺自身、初めて近くで見た時に同じ感想を抱いたのだから間違いない。
そこで、ふと思う。
神様から耐久性や個性補助については聞いた。しかし、この傘そのものを武器として扱った場合はどうなるのだろう。
法「…………」
少しだけ試したくなった。
父さんと母さんが互いに話していることを確認すると、俺は傘を閉じたまま軽く握り直す。遠くへ何かを飛ばすつもりはなく、ただ感触を確かめる程度のつもりで空へ向かって横薙ぎに振ってみた。
すると傘の軌道に沿って空気が鋭く裂け、少し離れた庭木の葉が数枚まとめて真っ二つになった。
法「…………え?」
俺は振り切った姿勢のまま固まった。
傘は木へ触れてすらいない。
ただ空を振っただけだ。
それなのに葉が綺麗に切断されている。
法「……コイツァアちとエグくないか?」
小声で呟きながら葉と傘を交互に見る。
どうやら耐久力だけでなく、武器として使った場合の性能も相当らしい。幸い父さんと母さんは話に夢中で今の光景を見ていなかった。
よかった。
もし見られていたら、庭で試し振りするなと怒られていた可能性が高い。まぁそれ以前の問題でもあるのだろうが。
法「そういえばさ、この傘に名前を付けようと思うんだけど、何かいい案ない?」
話題を逸らす意味も含めて二人へ尋ねてみる。
父「傘に名前を付けるのか?うーん名前かぁ……」
父さんが顎へ手を添え、真剣な顔で考え始めた。
父「虹色の傘だから……『虹傘』なんてどうだ?」
法「却下」
父「早っ!?」
ほぼ反射的に答えてしまった。
母さんも少し困ったような笑みを浮かべる。
母「私も、それはちょっと……」
父「母さんまで!?」
法「いや、父さん。悪くはないんだけどさ」
父「その言い方は絶対悪いと思ってるやつだろ!」
父さんが軽く肩を落とす。その反応がおかしくて、母さんと二人で小さく笑った。
母「でも、それは天くんの物なんだから、自分で好きな名前を決めた方がいいんじゃない?」
法「俺が?」
母「その方が愛着も湧くでしょ?」
確かにその通りだ。
俺は改めて傘を眺める。
雨。
傘。
剣としても使えるほどの性能。
そして俺の名前、天之助。
法「名前かぁ……」
頭の中でいくつもの候補を転がしていく。
前世ではアニメも漫画も特撮も割と結構見ていた。その影響もあって、こういう特殊装備へ格好いい名前を付けることには昔から少し憧れがある。
どうせなら単なる「何とかアンブレラ」のような名前ではなく、和風で、それらしくて、この傘の性質を表しているものがいい。
そこで一つの名前が浮かんだ。
法「お。」
母「もしかして決まったの?名前」
法「うん」
傘を両手で持ち直す。
名前に込めた意味を改めて頭の中で確認し、自然と口元が緩んだ。
父「どんな名前だ?」
父さんの問い掛けに、俺は少しだけ胸を張る。
法「こいつの名前は――
《
「「雨傘剣……天雨?」」
二人が聞き慣れない名前を反芻する。
俺は傘を軽く掲げながら説明する。
法「最初の『雨傘』は読んで字のごとく雨傘。次の『剣』は、こいつが傘だけじゃなく武器としても使えそうだから。そして最後の『天雨』は、俺の名前の『天』と、空から雨が降るって意味を合わせた感じ」
母「へぇ……」
母さんがもう一度名前と傘を見比べる。
母「いいんじゃない? 私は好きよ。天くんらしいと思う」
法「本当?」
母「うん」
素直に褒められると少し照れる。
法「父さんは?」
父「うんうん、良いと思うぞ! 少なくとも父さんの『虹傘』よりは大分格好いい!」
自分で言ってから思い出したのか、父さんが徐々に恥ずかしそうな表情になる。
父「いやぁ……改めて考えたら『虹傘』って何かそのまま過ぎたな。自分で言っといて恥ずかしくなってきた」
法「ハハッ、確かにね」
父「否定してくれないのか!?」
父さんが若干傷付いた顔をする横で、母さんが吹き出す。
空から謎の傘が降ってきた時にはどうなることかと思ったが、こうしてみればいつもの我が家と大して変わらない。訳の分からないことが起きても最後には三人で笑っていられる。そのことが何となく嬉しかった。
母「あら、もうこんな時間」
母さんが家の時計を確認する。
母「二十二時過ぎてるわ。天くんも、今日はもう修行を終わりにして中へ入りなさい」
法「あ、もうそんな時間なんだ」
雷になる修行を始め、身体から電気を出せるようになり、空から傘が飛来して神様の映像まで見た。
一日の出来事としては随分と濃い。
本当なら今すぐ《雨傘剣天雨》を使って《雨冠》の練習をしたかったが、これ以上続ければ流石に母さんからの雷が落とされそうだ。
法「分かった。続きはまた今度にする」
俺は庭を後にしながら、一度だけ手にした傘へ目を落とす。
雨傘剣天雨。
神様から渡された、俺だけの新しい相棒。
この傘があれば、今まで曖昧にしか思い描けなかった《雨冠》の力を、もっと先へ進められるかもしれない。
そして――。
俺が現在目標としている「雷そのものになる」という力へ届くための答えも、この傘と一緒なら見つけられるような気がしていた。
期待を胸に抱きながら、その日は自室へ戻り、ベッドへ潜り込む。
眠りへ落ちる直前まで、頭の中では既に明日の修行内容を考えていた。
《雨冠》には、まだ俺自身も知らない可能性が残されている。
そして俺は、その全てを一つずつ自分のものにしていくつもりだった。
☔️( '-' ☔️ )