「ハイスクール・フリート-Anchorage」 作:海洋の橋立
晴風艦内の蒸留装置が損傷し真水の精製が制限されるも釧路で食事や入浴をしリフレッシュした晴風の生徒たち。
充分に英気を養った後、晴風と釧路は改めて武蔵の捜索を開始する。
釧路艦橋
「艦長、これより本艦は霧の中に入ります」
「了解した、航海長。副長、通信で晴風に視界不良の為本艦との衝突に注意せよと伝えろ」
「了解です、艦長。艦橋よりCIC、通信にて晴風に衝突注意の報を知らせ」
『こちらCICより艦橋、了解しました。晴風に送ります』
濃霧に進入した釧路と晴風。霧はしだいに雨となり、雷を伴う荒天へと変化していった。
晴風艦橋
「うひゃあ!」
激しさを増す雨と雷に明乃はその小さい身体をさらに縮ませる。
「だ、大丈夫…?岬さん…?」
「う、うん…ちょっと…う、うわっ!ご、ごめん!私ココちゃんに当直代わってもらってくる!」
絶え間なく落ちる雷に身を屈めつつ幸子が待機している副長室に駆け込む明乃。
「いったいどうしたんです?艦長。まだ交代の時間ではありませんが…?」
「シ、シロちゃん…そ、その…雷が凄くて…。ココちゃん交代お願いできる…?」
「わかった…。ほいじゃあ、行ってくるけぇの…風下には立たんけぇ…」
ミーナと一緒に映画を見ていた幸子が映画の口調で話し艦橋に向かう。
「ほれ、明乃ここに来い。誰かのそばにいれば少しはマシになるだろう」
「ミーナさん…はい…」
いつもの溌剌な雰囲気が消え去り陰鬱な表情をしている明乃を見てミーナは自身が腰かけているベッドに座るよう誘導する。
「明乃は雷が怖いのか?」
「う~ん…雷が怖いっていうか…」
「そうではないのですか?」
ベッドに座る明乃の背中をさするミーナ。疑問に思ったミーナとましろからの質問に明乃が答える。
「お父さんとお母さんがいなくなったときのことを…思い出すから…」
そう言いつつ胸元から取り出したペンダントを握りしめる明乃。
「明乃の…御両親の…?」
「はい…私が小さい頃に海難事故に遭って…。その時に…」
「そうか…。ではそのペンダントも御両親からの…」
「えっ?…いっいえ…このペンダントはお母さんたちのものじゃなくって…。救助してくれたブルーマーメイドの艦の艦長さんがくれたんです…」
「艦長を救助してくれたブルーマーメイドの…?艦長、そのペンダントをくださった人の名前などは…」
「名前はわからないかな…。ペンダントを首にかけてくれてすぐに救助に行っちゃったから…」
ミーナとましろと会話を紡いでいくうちに、明乃の脳裏に心の水底に沈めたはずのあの日の記憶が浮かび上がってくる。
ブルーマーメイド哨戒艦甲板
救命ボートから引き上げられた幼い明乃が未だ姿が見えない父と母を求め嗚咽を漏らしながら泣く声が響く。
「うぅ…。お父さん…お母さん…どこぉ…?グスッ…エグッ…。うぅ…」
両親を失った幼い明乃から多くの人が目を逸らす中、艦橋から甲板に出てきた一人の女性が明乃を抱きしめる。
「大丈夫…もう大丈夫よ…。よく生き残ったわね…」
「うぅ…お、お姉さんはだれ…?お父さんとお母さんは…?」
「私はこの艦の艦長よ。今から君のお父さんとお母さんを助けに行くの…。そうだ、これを持っていて…私の御守りなの」
そう言って哨戒艦の艦長と名乗る女性は涙と嗚咽が止まらない幼い明乃の首に銀のペンダントをかける。
「わっ!…きれい…」
「でしょう?私が君のお父さんとお母さんと一緒に戻るまで貴女が預かっていて頂戴」
「うんっ!…わかった!ここでかんちょうさんとお父さんとお母さんをまってる!」
涙の跡を見せつつも笑顔を見せる明乃に笑いかけながら艦長は指示を出す。
「ふふっ…いい子ね…。副長!船への突入班の編成を急いで!」
徐々に明乃から離れていく女性の姿が遠くなるにつれて脳内の映像が暗転していく。
暗い表情をする明乃から事実を聞き空気が重くなる副長室。
「そのようなことが…」
「明乃、もう少し近くに…」
明乃から語られた過去に絶句するましろと気遣うように明乃の頭を撫でるミーナ。
副長の2人が明乃を慰めているとき、艦内通信から幸子の切迫した声が響く。
釧路艦橋
「救難信号だと?どこからだ?」
『はい、しんばしという商店街船からです。全長135cm、総トン数14000トン。現在左舷に浸水し傾斜中とのことです』
「しんばしの避難状況はどうなっている?」
『乗員乗客552名が避難中です』
「しんばしの周囲に展開している艦は?」
『通信によると我々のみかと』
CICにいる碧葉からの報告を聞き、海里は指示を下す。
「よし、ならばこれより本艦は商店街船しんばしの海難救助に向かう。CIC、晴風と付近のブルーマーメイド艦艇にも情報を伝達しろ」
『こちらCIC、了解しました。晴風及び付近に展開中のブルーマーメイド艦艇に情報を伝達します』
「頼む。副長、海難救助用意。内火艇とスキッパーの展開準備を開始しろ」
「了解しました、艦長。海難救助用意!内火艇とスキッパーの展開始め!」
副長からの指示により動き始める釧路。
「さて、ならば状況確認の為にしんばしと連絡をとらねばなるまい。碧葉、しんばしと通信はできるか?」
『了解です、艦長。少々お待ちください…。つながりました、回線を艦橋にまわします』
「助かる。こちら東舞鶴男子海洋学校所属、釧路艦長宗谷海里です」
『こちらしんばし。本艦は現在ファロラップ島南方13マイル地点で航行中に暗礁に乗り上げました。座礁時刻は15分前、現在も船体中央部が触底、浸水しつつあります』
「怪我人はいますか?」
『はい、確認したところ負傷者が10名ほど…』
「火災は発生していますか?」
『まだ確認ができていません』
「了解しました。こちらも全速で向かっていますが時間がかかります。その間に負傷者を1か所に集めておいてください」
『了解しました』
釧路からしんばしへの通信が終了し艦橋に静寂が戻る。一時の静寂を破り海里が矢継ぎ早に指示を出す。
「内火艇とスキッパーの展開を急がせろ。湊、救助隊の編成を任せる」
「了解です、艦長。最高の人員を選択します」
釧路としんばしの通信から一時間後、しんばしの数メートル隣に投錨した釧路と晴風は救助作業を開始する。
釧路前部甲板
「さあ、救助作業を開始しますよ。しんばしに突入する救助隊は私と砲雷科の四人全員です。晴風からはミーナ副長とましろ副長を筆頭に五人ですか…」
救助隊を編成した湊はスキッパーを駆りしんばしに乗り込む。
「あなたは…しんばしの船員ですね?私は釧路副長の古庄湊です。こちらは晴風副長の宗谷ましろです。しんばしの避難状況や被害状況を確認しても?」
「は、はい!ほとんどの区間で乗員乗客の避難は完了しています。ですが居住区はまだ一部の乗客の避難が完了していません。被害状況は未だ確認が取れていません」
「了解しました。あなたも乗客の避難誘導に協力をお願いします」
「了解です」
釧路と晴風の砲雷科が内火艇やしんばしに搭載されていた救命ボートを使い乗客の避難を開始していた頃、湊とましろ達は船内の状況を確認していた。
「ふ~む…これは…。スプリンクラーが作動していませんね…」
「非常用システムが損傷しているのか…なら避難を早めた方がいいな…」
船内の状況を見た湊とミーナが素早く判断を下す。
居住区に残る乗客を誘導中に二人の夫婦から家族の行方がわからないという報告を受ける。
「あの…!多聞丸がいないんです!」
「えっ…?」
「気がついたらそばにいなくて…」
「小さい子ですか?」
「 「はい」 」
「まだ探索していないのは第五区画…つまり飲食店がある地区ですね」
「よし、行こう!」
「ええ、私もお供しますよ」
湊とましろは避難誘導を他の生徒たちに引き継ぎ第五区画に走る。
「おいおい…副長!?ましろちゃん!?どうしたの!?」
「湊副長にましろ!?ええい!、澪仁砲術長!追いかけるぞ!」
「了解!」
湊とましろ、澪仁とミーナの二手に分かれ多聞丸を探す湊とましろ達。
二人の声に反応したのか一匹の猫が鳴き声を上げる。
「まさか…いなくなった小さい子が子猫とは…」
「ええ…。でも見つかってよかったです。早く甲板にーー」
その時船体が大きく揺れ海水が侵入してきた。大きな揺れに翻弄されながらも甲板に上がっていた澪仁とミーナは海に飛び込み付近に待機していたスキッパーに引き上げられる。
「まずいまずいまずい!」
「飛び込め飛び込め飛び込め!」
一方で船内に取り残された湊とましろは…。
「やれやれ…。まさか要救助者になる日が来ようとは…。大丈夫ですか?ましろ副長?」
「ええ、大丈夫ですけど…」
避難した部屋の中でましろの身を案じる湊と返事をするましろ。
安心したのも束の間どこからか海水が流れ込んでくる。
「っ!み、湊副長!水が…!」
「少しでも高い場所に行きましょう早く」
絶え間なく流れ込む海水に怯えるましろの手を引き高所に移動する湊。
その間にも水は流れ込み水面は瞬く間に湊達の膝を超え、太もも、そして腰へと達しようとしていた。
「そんな…逃げ道が…っ!?」
水位が上昇していくと共にましろの呼吸が乱れていく。冷たい海水が冷静な判断力と体力を奪う。
「か、艦長っ!兄さんっ…!誰か…誰か助けーー」
多聞丸を抱いたままパニックに陥りかけたその時。
「大丈夫、大丈夫だから落ち着いてください。ましろちゃん」
力強い感触がましろの肩を包み込む。幼少の頃から聞きなれた声にこわばっていた身体が自由を取り戻す。
「湊兄さん…?」
「ええ、貴女のお兄さんの湊ですよ」
普段の飄々とした副長としての湊ではなく、ましろの幼なじみである湊の声だ。
「息を深く吸って落ち着いて。この状況では冷静な判断ができなくなるパニックが最大の敵です。あと失礼しますね」
湊はましろの肩を優しく抱きしめ、湊自身の身体で波の勢いを遮る位置を取る。
「兄さんっ…!湊兄さんっ!」
「はいはい、私はここにいますよ。大丈夫、もうすぐブルーマーメイドの救助隊が来ますから」
ましろは多聞丸を抱えながら顔を湊の胸板に押しつける。湊も死への恐怖に耐えるましろを抱きしめながら励ましの言葉をかける。
湊の抱擁から十数分が経った頃水圧で動かない扉をこじ開けブルーマーメイドの隊員達が湊とましろを救助することに成功する。
「シロちゃん…!よかった…!無事で…」
「ましろ…湊…。よく戻ってきてくれた…」
ブルーマーメイドに救助され互いを支え合う湊とましろを釧路の甲板上で出迎える海里と明乃。
「艦長…。ええ、なんとか戻りました…」
「まったく…しばらくは海水は御免ですねぇ…。ただいま帰りました、艦長」
自身の艦長たちの出迎えの後、湊とましろは保護した多聞丸を夫婦の元へ連れていく。
「多聞丸、無事救助しました」
「ありがとうございます」
湊に支えられながらましろは多聞丸を差し出すが夫婦の手に収まらずにましろの足元に戻ってきてしまう。
「多聞丸…」
「おやおや…」
多聞丸の行動に困惑する湊とましろ。
「あの…、よかったら」
「面倒…見てもらえますか…?」
飼い主からの申し出に固まるましろ。その姿をみた湊が明乃に問いかける。
「えっ…?」
「そういうことなら…岬艦長!晴風にもう一匹増えても大丈夫そうですか?」
「うん、大丈夫!」
「でしたら…責任を持って引き取らせて頂きます」
釧路で多聞丸が晴風の新しい乗員となった頃、釧路と晴風に横付けされたブルーマーメイドの哨戒艇に収容した避難民を移送している最中に釧路と晴風で精製した抗体の一部も海里と美波の連名でウイルスについて記載された報告書が同封された封筒と共にブルーマーメイドの隊員に受け渡されていた。
翌日、釧路副長室
しんばしの救難を成し遂げた釧路の副長室にはベッドに横になって安静にしている湊と湊の体調不良を聞きつけ晴風からお見舞いに来たましろがいた。
「大丈夫ですか?湊兄さん…。これ、晴風の給養員たちが作ってくれた生姜と野菜のスープです。飲んでください」
「ええ…ありがとうございます、ましろ…」
湊が横になっているベッドの脇に椅子を移動させて座ったましろは匙ですくったスープを息を吹きかけて冷ますと、湊の口元へと差し出した。
「おお…これは…。うん…とても美味しいです…。身体が温まりますねぇ…」
湊が匙からスープを味わうと、ましろの表情も柔らかくなる。
「湊兄さん…昨日はありがとうございました。兄さんがいなかったら私はパニックで適切な行動はとれなかったと思います。私と多聞丸を守ってくれて本当に感謝しています」
「いえいえ…。ましろ…私は貴女の幼なじみとして…釧路の副長として当然のことをしたまでですよ」
「兄さん…」
その後、湊とましろはお互いの近況や他愛のない雑談をして穏やかな時間を過ごした。
連日のましろの看病もあり体調を回復させた湊が釧路の艦橋に復帰した数日後、釧路と晴風のレーダーと見張り員が巨大な艦影を発見する。