「ハイスクール・フリート-Anchorage」 作:海洋の橋立
それぞれの母港を静かに出港した各国の護衛艦艇は、広大な海を渡り合流地点へと向かっていた。
航海中の釧路艦橋では東舞鶴から出港する際に艦に積み込まれたとあるモノに対して副長である古庄湊が双眼鏡で周囲を警戒しながら苦言をこぼしていた。
「しかし、訓練航海は無事に完了させたとはいえまだ海洋学校に入学して数か月の我々にあのようなモノまで持たせて船団の護衛に送り出すとは…天下のブルーマーメイドやホワイトドルフィンもよほど艦も人員も余裕がないんでしょうねぇ…」
「そこまでだ湊。ここで愚痴を垂れた所で東舞鶴で積載した火器が消えるわけでも、我々に下された任務が終わるわけでもない」
「ええ…ええ。もちろん承知していますよ、艦長。ただの独り言だと思って頂ければ…」
釧路の艦橋要員の脳裏には東舞鶴出港時生徒全員分の小銃と防弾ベストや数丁の機関銃が普段は荷物置き場として活用されていた武器庫に運び込まれる光景が焼き付いていた。
「(頼むから生徒が使用する様な事態は起きてくれるな…)」
そう願ってやまない宗谷海里の心中を裏切る様に釧路の外の空では徐々に暗雲が垂れ込み始める。
一方デヴォンポートから出港したアルバート率いる小型巡洋直接教育艦シェフィールド旗艦の戦隊はヴィルヘルムスハーフェン校の小型直接教育艦アドミラル・グラーフ・シュペーとデヴォンポート沖で合流を果たしていた。
「まさかアドミラル・グラーフ・シュペー単艦でのご登場とはね…他に派遣されている教育艦は情報にあるかい?副長」
「いいえ…残念ながらアドミラル・シュペー以外に記載はありませんでした。どうやらヴィルヘルムスハーフェン校から派遣されてきた戦力はアドミラル・シュペーのみで間違いないようです」
自身の副長からの返答にシュペーを見つめていたアルバートの目が細められる。
「そんなに動かせる艦がいないならヴィルヘルムスハーフェン校もおとなしく参加を取り下げていればいいものを…はぁ…副長、少し芝居をしようか」
「芝居…ですか?」
「そう、芝居さ。小さい戦艦に乗っているこれまた小さいお姫様が上に怒られないための、ね」
そう言ってシュペーの艦橋に向けてふわりと微笑んだアルバートの姿に嘆息する副長の姿があった。
アルバートの戦隊と合流したシュペーの艦橋では副長のヴィルヘルミーナがシェフィールドからもたらされた不可解な電文に頭をひねらせていた。
「これは…どういうことだ…?シュペーを輸送船に見立てた輪形陣の演習…?なんでいまさらそんな演習を…?」
「はぁ…アルめ…そういうことか…」
電文内容から何かを読み取った艦長テア・クロイツェルが合点がいった声を出すと未だアルバートの意図が理解できないヴィルヘルミーナがテアに問いかける。
「何がそういうことなんだ?私にはここから輪形陣の演習を開始する理由がさっぱり分からない」
「簡単なことだ。アルは我々を護衛しようとしているのだろう。シュペー単艦では完全な警戒網を敷くことは不可能だからな…しかしそれをそのまま実行してしまえば我々はヴィルヘルムスハーフェン校から罰則…は受けないまでも何らかの処分は下されるだろう。だが演習という形なら話は別だ。演習でシュペーが輪形陣の中心でアルの戦隊に護衛されていてもシュペーを輸送船に見立てての訓練をしていたという形にできる。シェフィールドに演習の許可を出すと返信しろ!まったく…アルはいつもそうだ。仲間を遠回りだが波風が立たない方法で助けてくれる…。この借りは後で必ず返さなければ」
艦橋要員が慌てた様子で返信の電文を作成を始める。シェフィールドに電文が伝わり複縦陣を組んでいた艦隊が陣形を変えていく。せわしなく動く艦隊を横目に空はどこまでも澄み渡っていた。
距離の関係で一足先に合流地点のシンガポール要塞に到着していた釧路旗艦の第1哨戒訓練戦隊。しばらく現地の海洋学校の生徒たちや護衛対象の輸送船団の艦長達と打ち合わせをしていたがとうとう欧州からの護衛戦隊が到着する。
シンガポールに全ての護衛艦艇が揃った為指揮や陣形の割り振りを決める艦長達の会議が釧路の会議室で開かれる。
「日本への輸送船団の護衛に参加して頂き感謝する。私は釧路の艦長を任されている宗谷海里だ」
「これはどうもご丁寧に。僕はアルバート、アルバート・S(スコット)・スターン。シェフィールドの艦長をしているよ。いやはやオリバー叔父さんがいつも話題にしていた君に会えるとは感激だね。あと気にすることはないよ航路の安全を守ることはブルーマーメイドやホワイトドルフィンの義務だからねもちろん彼らの養成校である海洋学校にもその務めは適用される」
「務めに関しては私も同意見だな。紹介が遅れてすまない、私はテア・クロイツェル。アドミラル・グラーフ・シュペーの艦長を拝命している」
護衛戦隊を構成する三人の艦長達が集い作戦内容のすり合わせが行われる。卓上にはシンガポールから日本本土へと至る広大な海図と、護衛対象である輸送船の布陣図が緑のマーカーで大型のタブレットに表示されている。
「ーー状況は以上の通りだ。シンガポールを出港後、バシー海峡を抜けて日本本土を目指す。我々が護衛する輸送船団は合計で3隻。小規模な船団だがまだ学生である我々に大規模な輸送船団の護衛を任せるのはブルーマーメイド側も控えたのだろう」
「それか海洋学校の上層部からの配慮かもしれないね。我々の校長達は我々生徒たちのことをとても大切に扱ってくれるからね」
「そうかもしれんな」
順調に会議が進むなか最大の懸念点であるそれぞれの艦の配置について調整が始まる。
海里がタブレットを操作し海図の上に緑のマーカーを囲むように青いマーカーを表示させた。
「さて、では最後に我々の艦をどの様に船団の周囲に展開するかだが…船団の陣形は純粋な単縦陣だ。そのため我々釧路戦隊とアルバート艦長のシェフィールド戦隊のニ戦隊に分離して船団の左右を固めるというのはどうだろうか?」
「うん、それで問題はないよ海里艦長。下手に艦隊間の連携が不足している我々同士が混ざって護衛するよりもいっそのこと分かれて各々が担当する方面を警戒する方がよっぽど効率的だ」
「理解に感謝する。それでテア艦長、アドミラル・グラーフ・シュペーの配置だが貴艦は単艦だろう?ならば後方は釧路とシェフィールド旗下の航洋直接教育艦を出す。だから貴艦は船団の前方にーー」
そう海里がシュペーの配置を提案しようとした矢先、テアがはっきりとした声で自艦の配置を決める。
「いや、シュペーの配置は後方で構わない。というより母校であるヴィルヘルムスハーフェン校からシュペー単艦での後方配置を既に命じられている」
「単艦での後方配置を海洋学校の上層部が…か?」
「ああ、シュペーしか派遣出来なかったことから来る後ろめたさかたとえ単艦でも危険な最後尾をヴィルヘルムスハーフェン校の生徒たちは務めることができるとでも示したいのだろうな…」
「まったく…ヴィルヘルムスハーフェン校も無茶な命令を下すね…どうする海里艦長?確かにシュペーが後方を担当してくれれば暴力団船に対しての殿にはこれ以上ないくらいに適任だけど海洋学校は単艦で配置しろと言ってきた…」
苦々しい表情でシュペー単艦での後方配置を希望するテアと彼女に気遣う様な視線を向けながらも対応を促してくるアルバートを見て海里は判断を下す。
「ならば命令通りにシュペーを後方に配置する。だが側面に展開する予定の釧路とシェフィールド旗下の教育艦を1隻ずつ後方寄りに配置する。そうすれば仮にシュペーが攻撃に晒されようと迅速に両戦隊の教育艦を直衛に入れることができるだろう」
「まあヴィルヘルムスハーフェン校からの指示に従いつつシュペーをカバーするとなるとこれくらいが妥協できるラインか…了解したよ海里艦長、こちらの戦隊後方に位置する教育艦をいざという時にシュペーに派遣できるように布陣させよう」
もう結論は出たとばかりに会話をする艦長達を尻目に安堵の表情を浮かべながら感謝の言葉を口にするテア。
「両戦隊からの支援に感謝する」
「いや、僚艦を支えるのは所属は違えど海洋学校の生徒の義務というものだ。気にすることはない」
「そうさテア、海里艦長もこう言っているんだ。我々にも同じリスクを背負わせてくれよ?」
「さて、これで配置決めは終わったな?ではこれより明日の出港準備に入る。各艦の準備を怠るな。解散」
会議の解散を告げる宗谷海里の号令と共に各艦の艦長達がそれぞれの持ち場に戻っていく。明日から始まる国際合同船団護衛作戦はシュペーのみの後方配置という一抹の不安要素を加えつつも予定通り開始が発令された。