「ハイスクール・フリート-Anchorage」 作:海洋の橋立
無事に横須賀のブルーマーメイド管轄の港湾施設へと入港を果たした護衛艦隊。しかし、燃料精製プラントを損傷した小型直接教育艦アドミラル・グラーフ・シュペーの修理に最低で2週間程度の期間が必要であり、シュペーの乗組員であるヴィルヘルムスハーフェン校の生徒たちの受け入れ作業にブルーマーメイドと横須賀女子海洋学校は追われることになった。
何とか艦橋要員含め他の生徒たちの宿泊施設は手配できたものの、最後の最後で枠が底を突き、艦長のテア・クロイツェルと副長のヴィルヘルミーナ・ブラウンシュヴァイクの二人が宿泊先の定員オーバーではじかれてしまうという事態が発生する。
「まさか、我々の分の宿がなくなるとはな……」
「ああ、最悪はシュペーの艦内に残るという手もあるが、修復工事の邪魔になる…どうするか…」
横須賀女子海洋学校の事務所の前で、テアは苦笑いを浮かべながら手元の書類を見つめていた。ヴィルヘルミーナも困り果ててしまい眉をひそめている。
そこへ、諸々の手続きを終えた宗谷海里と、事務所から報告を受けにやってきた横須賀女子海洋学校校長・宗谷真雪が歩み寄ってきた。
「二人とも、災難だったわね」
真雪が優しく声をかけると、テアとヴィルヘルミーナは慌てて背筋を伸ばし、礼を執った。
「宗谷校長…! いえ、我々の宿の手配が少し滞っているだけでして。近隣のホテルを探してみますので、お気になさらないでください」
「いいえ、そういうわけにはいかないわ。無事に船団を護り抜いてくれた大切な生徒たちを、寮の空きがないからと外に放り出させるわけにはいかないもの。海洋学校の校長としても、私個人としても、たとえ所属が異なるとしても同じ海洋学校の生徒たちにそのような無責任な真似はできません」
真雪は静かだが断固とした口調で告げると、隣に立つ海里へと視線を送った。海里は小さく頷き、二人に向き直る。
「我が家にはゲストルームがちょうど二部屋空いている。二人が良ければ、修復が終わるまでの間、うちに宿泊するといい」
「えっ…!? し、しかし、それではあまりにもそちらに迷惑が……」
申し訳なさそうに躊躇するテアに対し、海里は僅かに表情を緩めて言葉を重ねた。
「遠慮はいらん。どこに泊まるのかそちら側で目処はついていないのだろう?それに…見返りというわけではないが、ひとつ頼みたいことがある。家には妹がいるのだが二人が良ければその妹の息抜きの相手になってやってほしい」
「海里艦長の妹の息抜き…か?」
ヴィルヘルミーナが首をかしげつつ質問すると、海里は頷く。
「ああ、来年ここ横須賀女子海洋学校を受験する。だが真面目がすぎる奴のことだ…。根を詰めすぎないよう海洋学校の話や、教育艦での航海の話を聞かせてやってくれ。私の妹…宗谷ましろにとっても良い刺激になる。もちろん二人さえ良ければになるが 」
海里の気遣いと真雪の強い勧めを受け、テアとヴィルヘルミーナは顔を見合わせると、意意を決したように深く一礼した。
「そこまで仰っていただくのであれば、お言葉に甘えさせていただく。宗谷校長、海里艦長、感謝する」
こうして、二人の横須賀での滞在先は宗谷邸へと決まったのだった。
夕刻、横須賀の街並みが茜色に染まる頃、海里たちは宗谷邸の門をくぐった。 玄関の扉を開けると、奥からドタバタとせわしなく元気な足音が響いてくる。
「兄さん、お帰りなさ…い?兄さん?後ろの二人のはいったい…?」
出迎えた宗谷ましろは、兄の背後に立つ外国の少女二人を目にすると、ぽかんと口を開けて固まってしまった。
「ただいま、ましろ。驚かせたか?それはすまないことをした」
「驚きます!だって、兄さんが海外の人たちを連れて帰ってくるなんて予想できません!え、ええと…!?」
驚愕でパニックになりかけるましろに対し、海里は事の経緯を説明した。シュペーの修復のために二週間ほど日本に滞在すること、そして宿泊施設の手配の都合で宗谷邸に泊まることになったという事情を聞き、ましろはようやく納得の表情を浮かべた。
「そういうことならそうと事前に連絡をしてください…兄さん。買い出しだってあるのに…」
「すまんな…ましろ。今日の分は既に買ってあるからどうか矛を収めてくれ…」
海里とましろに居間へと通されたテアとヴィルヘルミーナは、居心地よさそうなお茶請けが出された席に着いた。
「初めまして、兄がお世話になっています宗谷ましろです! ヴィルヘルムスハーフェン校の艦長と副長とお聞きしています」
「初めましてだ、ましろ。アドミラル・グラーフ・シュペー艦長のテア・クロイツェルだ」
「初めまして、副長のヴィルヘルミーナ・ブラウンシュヴァイクだ。呼びづらければミーナでも構わない」
挨拶を交わすと、ましろの瞳が輝きを増した。
「教育艦での航海とはどの様な感じなのですか? ヨーロッパの学校のカリキュラムはやはり日本の女子海洋学校とは異なるのでしょうか?」
次々と飛び出すましろの質問に、テアとヴィルヘルミーナは苦笑しつつも丁寧に答え始めた。北海の過酷な気象条件での操艦訓練、ヨーロッパの港々を巡る航海実習、そして艦内での日常生活の様子。遠い異国の海洋学校の話に、ましろは身を乗り出すようにして聞き入っていた。
「やはり教育艦に乗っている先輩たちのお話は勉強になります」
「ふふ、ありがとう。だが、君の兄である海里艦長と比べれば、我々などまだまだだよ。先の作戦ではシュペーの曳航でずいぶんと助けられた」
「海洋学校同士の支援の一環だ、気にするほどのことでもあるまい。それよりもテア艦長の艦の指示も見事なものでーー」
お互い謙遜・称賛する会話が続きしばらくして海洋学校の話で盛り上がるましろとテア達を横目に海里がお茶を淹れ直し、場は穏やかな茶会へと移行していった。 その最中、ヴィルヘルミーナの視線が、部屋の隅に立てかけられている一振りの細身の剣——海里のレイピアへと注がれた。
「そういえば海里艦長、航海中もずっと帯刀されていたが、そのレイピアは…?」
ミーナの問いかけに、海里はお茶のカップを置くと、静かにその剣へと視線を落とした。
「ああ、この剣か?これは、私の父の形見だ」
「海里艦長のお父上の…形見…か?だが君のお父上はご存命のはず…っ!まさか!」
テアがそう呟いて察すると、海里は静かな声で自身の過去を語り始めた。
「まあ、隠すほどのことではないか。想像の通り私は宗谷真雪の実子ではない。私は宗谷真雪の妹である宗谷真澄の子だ。私の両親はホワイトドルフィンとブルーマーメイドに勤めていたがどちらとも職務中に殉職している。母が殉職したその夜に宗谷真雪にーー今の母に養子として引き取られた」
海里の口から淡々と語られた事実に、それまで温かい湯気と歓談に包まれていた居間の空気はまるで氷塊でも落とされたかのように一瞬で凍りついた。
「…っ」
テアは息を呑み、ティーカップを口へ運ぶ手をぴたりと止めた。
隣に座るヴィルヘルミーナもまた、いつもの威勢の良さを完全に失い、藍色の瞳を大きく見開いたまま言葉を失っている。
「兄さん…」
事もなげに言う海里と海里とましろへの言葉を失ったテアとヴィルヘルミーナへ気遣う様な視線を向けるましろ。
静まり返った居間の中で、カタ、と海里が自分のカップをソーサーに戻す小さな音だけがやけに鮮明に響く。
「…すまない、ましろ、テア艦長、ミーナ副長。気を使わせるつもりはなかった。私にとってはもう既に遠い過去のことだ。父も母も、幼い頃に失ったからか彼らと過ごした記憶も曖昧だし私は真雪ーー母のことやましろのことも大切な家族だと思っている。レイピアのことだったな。あのレイピアは父がホワイトドルフィンで勤務していた際に帯刀していた一振りだ。父の友人ーー今の東舞校校長藤堂孝三郎氏が海上安全整備局に保管されていたこの剣を取り戻して下さった。だがついぞ母の形見ともいえるペンダントは見つからなかったらしいが…」
「海里艦長のお母上の形見の…?」
テアからの質問に海里は答える。
「そうだ、私が小さい頃に撮った家族写真が入った小さな銀のペンダントだ。大規模な海難事故の救助中での殉職だったからな…行方が分からなくなっても不思議ではあるまい。」
「銀の、家族写真が入ったペンダント…」
「せっかくの茶会で暗くなるような話をしてしまって申し訳ないな…」
海里がふっと和やかな笑みを浮かべると、テアは力強く首を振った。
「いや、言いづらい話を話してくれて感謝する」
「ふむ、そうか…。だが、この様な暗い話よりもここ横須賀で過ごす二週間の休暇を楽しんでくれ。観光であれば私やましろを呼んでくれればいい。私もある程度の書類仕事があるとはいえ釧路も現在は整備中で動けんからな」
「そうか…ではそのお言葉に甘えさせて貰おう、海里艦長」
静かな夜の宗谷邸に、温かな湯気と穏やかな歓談の余韻が広がっていく。過酷な海を乗り越えた若き指揮官たちは、束の間の平穏の中で、確かな絆を深めていくのだった。
ましろとテア、ミーナ、海里と母真雪の手により1年前に接触。
海里の母の形見の銀のペンダント…いったい誰に渡ったんだろうなぁ…(すっとぼけ)。