「ハイスクール・フリート-Anchorage」   作:海洋の橋立

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とうとう「はいふり」本編への介入が始まりました。


「第2章」
「第4話 参加!横須賀女子海洋学校海洋実習!」


輸送船団護衛任務の完遂から一年が経過した、4月4日。

 

東舞鶴男子海洋学校校長・藤堂孝三郎と、横須賀女子海洋学校校長・宗谷真雪の連名による指令が下った。内容は、新入生である横須賀女子海洋学校一年生たちの海洋実習における仮想敵としての参加である。

 

宗谷海里が率いる釧路を旗艦とした第一哨戒訓練戦隊——釧路および随伴の大風型駆逐艦三隻(H431大風(おおかぜ)、H432秋風(あきかぜ)、H433沖風(おきかぜ) )。そして、見事イギリスから日本へ留学生としての派遣枠を勝ち取り東舞鶴男子海洋学校に派遣されてきたアルバート・S・スターン艦長率いるシェフィールドとJ級駆逐艦三隻(ジャーヴィス、ジェーナス、ジャベリン)からなる水雷戦隊。この日英合同艦隊は、横須賀校の海洋実習支援の為東舞鶴の港を出港した。

 

4月5日、釧路艦橋

 

春の穏やかな風を受けながら、指定された訓練海域へと航行する合同艦隊。その航海中、釧路の隣を航行するシェフィールドからの通信が入る。

 

『海里艦長、こちらアルバート、聞こえるかい? 少し気になる報告が入ってね』

 

「アルバート艦長か。どうした?」

 

『ヴィルヘルムスハーフェン校から今回の海洋実習に参加予定だったアドミラル・グラーフ・シュペーなんだが…定期通信が途絶したらしいんだ。一応、こちらからも通信を試みたんだけどいくら呼びかけても応答がない』

 

「シュペーが…? テア艦長の艦艇が通信途絶…か」

 

海里は僅かに眉をひそめた。彼女のような几帳面な指揮官が理由もなく通信を絶つなど、通常では考えにくかった。

 

「シュペーの通信途絶の件了解した。不安はあるが、海洋学校からの任務がある以上まずは指定海域へ向かう。何か情報が入り次第共有を」

 

『了解したよ。こちらも警戒を密にしておく』

 

一抹の不安を抱えたまま、艦隊は横須賀女子海洋学校が指定した訓練海域へと進入した。

 

指定海域に進入した直後、釧路のCICが異様な電文を受信する。

 

『艦長、 こちらCIC。教官艦さるしまから海上安全整備局公安管理局へ向けられた電文を受信。内容の解読を完了しました。かなり興味深い内容です。お読みになりますか?』

 

船務長福内碧葉のふざけつつも緊迫した声に、艦橋全体に緊張が走る。

 

「今回の海洋実習を指揮するさるしまから…?よりにもよって海上安全整備局に宛てた電文だと…?海洋実習で何か問題でも起こったか?船務長、読み上げてくれ」

 

「了解、『本艦教官艦さるしまは、教育艦晴風からの攻撃を受け大破。』以上です」

 

「はぁ?さるしまに教育艦の晴風が攻撃ぃ?姉貴、耄碌でもしたか…?そんなバカなことがあるわけが…。そもそも晴風って艦長、確か妹のましろちゃんが乗ってる艦ですよね?ならなおさら有り得ない…。どうします?艦長?」

 

「そうだな…。湊、お前の姉である古庄教官が今年入学したばかりの1年生が操艦する晴風に遅れをとるとは思えない。かといってましろが乗る艦が反乱を起こすなんてましろ自身が許すはずがない。何らかの異常が起こっていると見るべきだな…。よし」

 

海里は何かを決断し、艦隊間の通信回線を開いた。

 

「こちら旗艦釧路、全艦へ伝達。これより当艦隊は事態の推移を見極めるため、指定海域を離脱及び本艦は艦隊を離脱する。シェフィールドに旗艦を移設し随伴の日英教育艦は直ちにシェフィールドを起点とした単縦陣を組みなおし、最寄りの横須賀女子海洋学校へ寄港せよ。本行動は旗艦判断とする」

 

『ふーむ…、旗艦の変更は受領したよ。だけど釧路単艦で大丈夫かい?』

 

「問題ない。残燃料と航続距離の観点から釧路単艦での偵察行動が最適だと判断した。貴艦は旗下の教育艦の誘導を頼む。」

 

『了解した。それじゃあ本艦は教育艦の誘導を開始するよ。副長、ジャーヴィス達に大風型と共に陣形を組んで横須賀に寄港する様に伝えてくれ』

 

「感謝する。さて…この海でいったい何が起きているんだ…?」

 

命令を受けたシェフィールドと旗下の駆逐隊が陣形を再構築した後反転し、横須賀へ向けて離脱していくのを確認すると、釧路は晴風が展開していると思われる海域へと向けて捜索を開始した。

 

4月5日、深夜、釧路CIC内

 

日が沈み、夜空に星々が瞬く深夜。日付が4月6日に変わろうとする頃、釧路の東舞鶴、横須賀の両校の校長室に対応する秘匿回線が受信を知らせる。

 

送信先は横須賀女子海洋学校校長・宗谷真雪と表示されていた。

 

「回線を開け」

 

CICの艦長机に固定されているモニターの画面に、宗谷真雪の姿が映し出される。宗谷真雪の表情は苦渋に満ちていた。

 

『釧路艦長宗谷海里、聞こえていますか?』

 

「はい、宗谷校長」

 

宗谷真雪が重々しく頷き、口を開く。

 

『さるしまからの報告を受けて海上安全整備局が動き始めました。まだ正式な命令は発令されていませんが彼らは晴風を「反乱艦」とみなし、撃沈すべく既に動き出しています。古庄艦長からの報告のみを真に受けて、生徒たちの釈明を一切認めない構えです…。ですがたとえさるしまからの報告があったとしても晴風の生徒たちが無差別に攻撃を仕掛けるとは思えません。しかし、このまま手をこまねいていれば守るべき生徒たちが危険にさらされてしまいます。よって釧路に横須賀女子海洋学校校長宗谷真雪及び東舞鶴男子海洋学校校長藤堂孝三郎による命令を下します。ブルーマーメイドや海上安全整備局の艦艇が晴風を捕捉して攻撃するよりも前に晴風を捜索・保護し横須賀女子海洋学校または東舞鶴男子海洋学校に誘導せよ。もちろんこの命令は海上安全整備局から発令されるであろう晴風の撃沈命令よりも上位の命令となります』

 

「両校からの教育艦晴風の捜索及び保護の命令、確かに拝命致しました。」

 

『感謝します。海里艦長。』

 

宗谷真雪からの通信が終了する。通信が終了し静寂が広がるCICに古庄湊の軽薄な声が響く。

 

「さてさて艦長。これはずいぶんときな臭いことになってきましたねぇ…。それで?この広い海域で小さい教育艦をどうやって探すんです?」

 

「あてがないわけではない。晴風の艦長が誰であれ、あるいは副長であるましろの判断だとしても、彼女らは教本通りの行動をとろうとするはずだ。冤罪を晴らし、自らの無実を証明するためには、学校側との合流、あるいは次の指示を待つために次の演習海域を目指すのが道理だろう」

 

「目標は鳥島沖だ。晴風は鳥島沖に現れる可能性が高い。副長、本艦は鳥島沖に進出し晴風を捜索・保護する」

 

「なるほど。了解しました、艦長。航海長!聞いたな?!目標、鳥島沖!流石は我らが艦長、冴えてますねぇ。」

 

『こちら航海長了解!目標、鳥島沖ヨーソロー。』

 

海洋学校の両校長からの密命を帯びて晴風の捜索を開始する釧路。

一方、自身の安全の為やむを得ずさるしまやアドミラル・グラーフ・シュペーを攻撃し逃走する晴風はというと…

 

4月8日、夕暮れ、晴風艦橋

 

「どうしてこうなった…」

 

夕暮れ時に染まる艦橋で頭を抱える宗谷ましろ。その思いもまあ妥当なもので海洋実習で航海に出たはいいものの機関のトラブルで演習に遅刻するわ、さるしまから砲撃を受けるわ、さるしまから逃げた先で交流のある先輩方の乗るアドミラル・グラーフ・シュペーと砲戦を交えた挙句に先輩の片割れ一人を自身の艦の艦長が救助してくるわなど自身の不幸体質が極まったとしかいえないこの惨状にため息とつくしかないましろとその後ろから艦橋に晴風の艦長である岬明乃が入室してくる。

 

「シロちゃん、シュペーから逃げてきた生徒の人の容態を確認してきただけどみなみさんが命に別条はないって」

 

「艦長…それは…良かったです。本当に…」

 

「でもなんで外国の艦の副長さんのことを知ってたの?もしかして親戚?」

 

「いえ、親戚ではありません。去年、兄さんの艦との合同任務の際に私の家に滞在されていたので面識があっただけです。勉強の合間に兄さんと先輩達の海洋学校や海洋実習の話を聞いてとても貴重な経験をさせて頂きましたが…」

 

「ふーん…そうなんだ…」

 

納得したようなしていないような要領を得ない返事をして明乃は海図を眺める。

その姿にため息をつくましろに今度は書記の納沙幸子が質問をする。

 

「そういえば、副長のお兄さんは東舞校にいらっしゃるんですよね?いったいどんな方なんですか?」

 

「む…?兄さんか…?そうだな…東舞鶴男子海洋学校で1年の時から小型巡洋直接教育艦を任されている自慢の兄さんだが…。だが…だからこそ晴風がこの様な状況に陥っていることを知ったらなんて言われるか…」

 

「そんなに厳しい方なんですか?てっきり妹の副長には甘いものかと…」

 

「いや、いつも良くしてくれるのだがだからこそ怒った時にどうなるかが予想できなくて怖いというか…って何を言わせるんだ!」

 

「ふふっ」

 

ましろの兄の話題で盛り上がる晴風の艦橋。その後方の部屋で明乃は心の底から湧き上がる不安と恐怖から制服の胸元にさげている銀のペンダントを握りしめていた。

 

「…っ!」

 

「艦長…艦長主計科から報告…というか陳情があるのですが…ぇ?」

 

その背中に声をかけようと近づいたましろは、明乃の手に収まりきっていないその銀の意匠を施されたペンダントを目にした瞬間、ぴたりと足を止めた。兄の海里がシュペーの艦長達との茶会で語っていた、兄の母の形見——兄が話していた銀のペンダントの特徴とあまりにも酷似していた。

 

「艦長…それはいったいどこで…?」

 

「あっ!?シロちゃん?!あ、こ、これ…これはね、小さい頃に…」

 

「もう少しよく見せていただいてもーー」

 

「艦長大変です!見張り員のマチコさんから報告ですっ!後方から大型艦が急速接近中!レーダーでも探知しています!」

 

ましろが明乃にペンダントの出処を尋ねようとしたその時書記の幸子から艦影捕捉の連絡が入る。報告が入るや否や明乃は弾かれたように表情を引き締め、咄嗟にペンダント制服の内側に押し戻した。

 

「総員、第2戦闘配置!シロちゃん、面舵!相手の所属を確認するまで回避運動に入って!」

 

「…っ!…了解!面舵いっぱい!接近中の艦から距離を取ってーー」

 

『相手艦から発光信号!「教育艦晴風、停船セヨ。ワレ釧路、ワレ釧路。貴艦ノ保護ヲ貴校ノ校長ヨリ拝命シテイル」っ!』

 

「っ!艦長!艦を停船させてください!あの艦は味方です!」

 

「え?わ、わかったけどシロちゃんはどうして味方だって分かるの?」

 

「あの艦は…釧路は私の兄の艦だからです!」

 

「ええっ!シロちゃんの…お兄さんの…?!わかった!リンちゃん!晴風を停船させて!」

 

「は、はいぃぃ!」

 

釧路の指示に従い停船する晴風。釧路との距離が縮まっていくにつれ大型艦特有の圧迫感が晴風を包む。

 

4月8日、同時刻、釧路艦橋

 

「晴風、停船しました。いや~、砲撃音を辿ってきて正解でしたねぇ~、艦長?」

 

「まさかとは思ったがな…。さて、晴風の横につけろ、航海長。私が晴風の状態を確認しに行く。艦橋見張り員、晴風に横付けの合図を発光信号で知らせ」

 

「 「了解。」 」

 

「おやおや、いいんですか?艦長ともあろうお方が護衛もつけずにお尋ね者の艦に上がって~、もしかしたら艦に移乗した瞬間に捕縛されちゃうかもしれませんよ?」

 

「ふん、湊…お前も分かっていることだろうに。本当に反乱艦なら停船命令なんぞに従わずにすぐさま逃げるかこちらに反転して攻撃の準備をするはずだ。その様な行動を取らずに本艦の指示に従って停船しているのだ。めったな事は起きんよ。」

 

「ええ、ええ、そうでした。艦長がいない間は私が艦を受け持ちますので反乱艦扱いされて頭を悩ませているだろうましろちゃんと兄妹の親睦を深めてきてください。」

 

「頼んだ」

 

釧路の艦橋から心なしかいつもより早足で甲板に移動する海里。艦橋外の甲板で既に晴風に移動できる連絡橋が架けられていることを確認した海里は服装を整えつつも連絡橋を渡り晴風へ移動する。

 

4月8日、夜、晴風艦橋

 

連絡橋が架けられ、釧路から晴風の甲板へと一人の艦長が足を踏み下ろす。

 

「兄さん!」

 

「ましろ、無事だな?何よりだ」

 

駆け寄ってきた妹のましろの無事な姿を確認し、海里は安堵の息をついた。

 

「あ、あの…わ、私が晴風艦長の岬明乃ですっ!」

 

「そうか…君がこの晴風の艦長か…。申し遅れた。私は宗谷海里、釧路の艦長を任命されている。あまり立ち話でするような内容ではない。艦橋に移動したいが可能か?」

 

「は、はい!こちらです!」

 

明乃との挨拶を交わし連絡橋を収納して離れていく釧路を横目に見ながら晴風の艦橋へと上がっていく海里と明乃達。

晴風艦橋。艦橋後ろにある部屋に入りカーテンを閉める。それまでの甲板の海風の音が遠のき、張り詰めた沈黙が満ちた。

海里は帽子を脱いで脇に抱えると、疲憊の色を隠せない明乃と、緊張で背筋を伸ばすましろを見つめた

 

「さて…状況を聞きたいが…。今はもう夜だ、潜水艦への備えの為に航海灯と艦橋照明を落としてくれ。暗いのが苦手でも照明を落とせばすぐに常夜灯が点く。事情を聞いている最中に雷撃されたくはないだろう?」

 

「えっ?照明を…わ、分かりました!今、航海灯と照明を落とします!」

 

晴風の艦長の明乃の指示によりすぐさま艦の明かりが落とされ、常夜灯に切り替わる。

 

「では、改めて状況を聞こう。岬艦長、宗谷副長、一体なにが起きた?さるしまを雷撃したのは本当に晴風か?」

 

海里の静かな問いかけに明乃は拳を握りしめ、海里の目を見つめ返し返答する。

 

「はい…さるしまに雷撃をしたのは本当です。でも本当に…本当に晴風は自分から攻撃はしていません!演習に遅刻はしましたけど遅刻を謝罪しようとしたらいきなりさるしまが主砲で晴風を砲撃してきたんです!」

 

「さるしまからの砲撃中にさるしまの古庄教官に謝罪の通信を入れましたが返答はありませんでした。その後も実弾による執拗な追撃を受け、本艦の航行機能が奪われかけたため…艦長判断でさるしまの機能停止を狙った模擬魚雷による攻撃を行いました」

 

海里は黙って二人の言葉に耳を傾け、小さく頷く。

 

「なるほど…流石に実弾での教育艦に対する射撃は演習の域を超えているな…。教官艦側が意思疎通を拒絶し、実弾で撃沈ないし無力化を狙ってきたとなれば、正当防衛の主張は十分に成立する」

 

「じゃあ……! 海里艦長は信じてくれるんですか!?」

 

「もとより晴風を疑ってなどはいないさ。しかし、さるしまからの砲撃が先となると古庄教官が海上安全整備局に打電した内容がおかしい…古庄教官は生徒たちを罠にかけるような事をする方ではないはずなのだがーー」

 

「お話中に失礼します!艦長、副長、大変です!」

 

海里たちが部屋で話し合っていると突如としてカーテンが開けられ焦った様子の幸子が入ってくる。

 

「どうしたの?ココちゃん?申し訳ないけど今は海里さんと会議中でーー」

 

「その海里艦長も関係がある内容です!たった今、八木さんが海上安全委員会からの広域通信を傍受しました!」

 

幸子が通信内容が記されたタブレット差し出しその内容を読む海里一同。

 

「現在、横須賀女子海洋学校の艦艇が逸脱行為をしており、同校すべての艦艇の寄港を一切認めないよう通達する...また、以下の艦は抵抗するなら撃沈しても構わない...航洋艦晴風!?」

 

その内容に晴風の艦橋は騒然となる。

 

「げ…撃沈…?」

 

「撃つのは好きだけど、撃たれるのは嫌~!!」

 

あまりにも過激すぎる内容に絶句する明乃とましろと静かにタブレットの通信ログを見つめる海里。

 

「やはりこうなったか…海上安全整備局の上層部共め。奴らはいつも先走る。我々釧路がこうして晴風に接触したのはこういうことだ。」

 

「こういうこと…って海里さん、晴風を沈める為に来たんですか?」

 

「む?ああ…逆だよ、岬艦長。私は海上安全整備局ではなく横須賀女子海洋学校校長宗谷真雪の命で動いている。貴艦の校長はこの様な事態を見越して晴風の保護を私に下令したんだ。ここからは私と釧路が横須賀女子海洋学校に君たちと晴風を送り届けよう。」

 

「そうなんだ…良かった…海里さんが味方でーー」

 

そう言いかける明乃が海里へ礼を言おうと前へ踏み出した瞬間、連日の緊張と寝不足、そして反乱艦指定を受けた晴風を護衛する為に釧路と海里が派遣されたという事実が激しい恐怖をとてつもない規模の安心感に変換したからだろう。ガクリと膝の力が抜け明乃は足をもつれさせてしまった。

 

「うわっ…!?」

 

「おっと…!」

 

倒れ込みそうになった明乃の小さな体を海里は咄嗟に受け止めた。

 

——とさっ。

 

明乃の華奢な体が、海里の胸の中にすっぽりと収まる。

 

「あ…か、海里さん、ご、ごめんなさい…!」

 

慌てて海里から離れようとした明乃だったが、その瞬間、海里の胸元からトク…トク…と心地よく響いてくる心音の安心感と心地よさに毒気を抜かれ、明乃は顔を真っ赤にしたまま海里の胸の中で固まってしまう。

 

「~~~ッ!」

 

一方の海里もまた、想定外の事態に見舞われていた。 急に飛び込んできたその小さな艦長を守ろうと、咄嗟にその背中に手を回して抱きしめてしまったのだが明乃が自身の腕の中に収まった際に明乃の髪と制服からふわリと漂ってきた、甘く可憐な女子特有の良い匂いが、海里の鼻腔をくすぐった。

 

「…ッ!」

 

普段、男性しかいない東舞鶴男子海洋学校で釧路の生徒たちを率いている海里にとって、その香りはあまりにも刺激が強すぎた。先程まで晴風を伴った釧路の航路を策定していた思考が一瞬でフリーズし、海里もまた、明乃を抱きしめた姿勢のまま固まってしまう。

 

なお、艦長二人が至近距離で抱き合ったまま動きを止めたその光景を、目の前で突きつけられた晴風側はさらに悲惨だった。

 

「…は?」

 

真っ先にあ然とした声を漏らしたのは、副長の宗谷ましろだった。 目を見開き、開いた口が塞がらない。頭の中の思考回路がオーバーヒートしたましろは真っ白な顔のまま固まってしまった。

 

脳内がオーバーヒートして固まっているましろの背後では、艦橋要員たちが息をのんでいた。

 

「『孤立無援の海で出会った二人の艦長…芽生えたのは絆か、それとも恋か…!』」

 

と幸子が先ほどまでの緊迫した空気はどこへやら、一人芝居を演じ始め、

 

「…すごーい、少女漫画みたい」

 

と晴風の航海長知床鈴が頬を染めて呟き、

 

「艦長、いきなり釧路の艦長を撃沈しちゃった」

 

と晴風の水雷長西崎芽依が目を輝かせてニヤリと笑う。

 

甘く甘美な、そして妙にシュールな空気が漂い続けていた晴風の艦橋に聴音室で海中の音を聞いていた水測員の万里小路楓からの伝声管越しの連絡が入る。

 

『こちら聴音室、方位30に2軸の推進機関音、感2、現在音文を照合中ですわ。』

 

「艦橋から艦影は見えない…とするならば探知したのは潜水艦か…」

 

海里が固まった状態から復帰して状況を整理し始める。

未だ海里に抱きしめられたままの明乃が指示を飛ばす。

 

「各員配置について!」

 

明乃の指示に従い各科から続々と報告が入ってくる。

 

『主砲、配置よし!』

 

『機関はまだ修理中!巡航以上は出せねぇぜ!』

 

『見張り員、異常なし!まぁ…相手が潜水艦なら見えるはずないんだけど…』

 

「各部、配置につきました」

 

副長のましろが配置の報告をあげる。その直後聴音室の楓から報告があがる。

 

『音紋照合致しました。東舞校所属艦、伊-201ですわ』

 

「ありがとう、万里小路さん」

 

『どういたしまして』

 

「東舞校?ってことは釧路の海里艦長の…?」

 

「ああ、そうだ。伊-201は釧路と同じ所属の艦だ。しかしここで遭遇するか…まずいな…」

 

「なにかまずいの?同じ学校の艦なら釧路と一緒に晴風を助けてくれるんじゃあ…」

 

そう主張する芽依に海里が説明する。

 

「ややこしいだろうが、反乱艦と指定された晴風を保護する任を帯びているのは釧路のみなんだ。よって201の奴らからすれば晴風は救出対象ではなくただの反乱艦ということになる。まぁ、現在は釧路が晴風の周囲を対潜哨戒で展開しているから滅多なことは起こらないとは思うが…」

 

暗に晴風の味方は釧路のみであるという事実を告げる海里に沈黙している艦橋の生徒たちを横目に釧路が船体中央部に設置されている対潜迫撃砲を一発投射する。

 

「え?!、釧路が対潜戦始めちゃった!?同じ学校の潜水艦を沈めちゃうの?!」

 

「いや、沈めるわけではない。あれは東舞校の水上艦が潜水艦へ浮上命令を送っている合図なんだ。完全に潜航している潜水艦には通信や発光信号は通じないからな。ああやって弱い爆雷で振動を出してそれを浮上の合図としているんだ」

 

「へ~、考えられてるんだね~」

 

同士討ちを始めたのかと焦る芽依に海里があらかじめ東舞校で定められている連絡方法を伝え誤解を解く。

 

「あれ?でも兄さん、東舞校の潜水艦って攻撃する時にしか潜航しないんじゃあ…」

 

その言葉に艦橋の空気が止まる。事実を突きつけられて固まる海里の表情を見て明乃が指示を出す。

 

「万里小路さん!ソナーで伊-201が攻撃してこないかどうか探って!」

 

『委細、承りました』

 

4月8日、同時刻、釧路艦橋

 

釧路の艦橋では艦長の海里から指揮を代行している湊が対潜戦闘の準備をしていた。

 

「さ~て、201はどう出てくるかね~?迫撃砲で信号を出しても浮上してこない時点でまあそういうことなんだろうが…。はぁ…うちの生徒を沈めたくはないんだけどねぇ…。対潜戦闘用意!目標、伊-201!対潜迫撃砲用意!聴音室、201の推進音は捕まえているな?」

 

『こちら聴音室、バッチリ聞こえてます。演習で何度も聞いた音ですからね。むしろ飽き飽きしているくらいです』

 

「飽き飽き結構。なら魚雷の注水音も聞き逃すなよ?釧路ならともかく、晴風は魚雷が1発でも当たったらおじゃんだ。護衛対象が同士討ちで喪失なんて報告書に死んでも書きたくないからなぁ~…」

 

『了解。201から魚雷注水音。』

 

「さっそくかい、見張り員、晴風に発光信号で回避機動を取らせろ。航海長、両舷前進全速一杯!砲術長、対潜迫撃砲用意!伊-201のバラストタンクの破壊を狙う!201をひき潰す勢いで行こう」

 

「航海長了解!両舷前進全速いっぱ~い!ひき潰す勢い了解!」

 

「こちら砲術長、対潜迫撃砲用意よし!目標、バラストタンクの破壊了解!」

 

「さ~てこっちのお姫様を狙った事を後悔させてやる」

 

『201魚雷を発射。3本です。3本すべてをこちらに発射、晴風には1本たりとも向かっていません』

 

「おうおう、殺意が高いねぇ…。発射地点に移動して迫撃砲を叩き込め」

 

「 「了解!」 」

 

自身に投射された魚雷を軽々とした操艦で避けた釧路はあっという間に伊-201の頭上を押さえることに成功する。

 

「こちら航海長。201の上を押さえました」

 

「こちら砲術長。対潜迫撃砲用意よし、指示を」

 

「よし。対潜迫撃砲、撃て」

 

「対潜迫撃砲発射」

 

釧路からぽん、ぽん、という気の抜けた音と共に対潜迫撃砲から発射された爆雷が釧路のすぐ脇に潜航している伊-201に襲い掛かる。連続する爆雷の爆発音と一緒に爆圧でバラストタンクが圧壊する音を聴音室が拾う。

 

『こちら聴音室、201のバラストタンクの圧壊音を確認。伊-201浮上します』

 

「おうこちら艦長代理、お疲れさん。さ~て邪魔者も排除したし早い所移動するとしましょうかねぇ~…。艦長をお迎えに行くのはこの海域を離れてからかね~…」

 

4月8日、同時刻、晴風艦橋

 

晴風の艦橋ではいとも簡単に潜水艦を制圧した釧路に釘付けとなっていた。

 

「すっご~い!あっという間に釧路が潜水艦を倒しちゃった!」

 

「うん…」

 

釧路へ称賛を口にする芽依と晴風の砲術長立石志摩。

 

「まあ、そうなるか…」

 

「わぁ…」

 

釧路が訓練通りに伊-201を浮上させたことに安堵の息をつく海里と釧路の鮮やかな操艦に驚く明乃。

 

釧路からの指示に従い海域を離脱する晴風。その艦橋に医務室から飛び起きた少女が向かう。

 

「一体ここはどこだ?!この艦の艦長は誰だぁ!って海里艦長…?!なんで女子を抱きしめているんだ…?」

 

「ミーナ副長…?なんで晴風に…?あっ…っ!」

 

本来この艦にいるはずのない知人の登場に再び頭が固まる海里とヴィルヘルミーナ。釧路と晴風、2隻の困難と成長の航海は未だ始まったばかりである。

 




いや~、なんで岬艦長が海里の母の形見の銀のペンダントとそっくりなものを持っているんだろうな~…。ふしぎダナ~…。
ましろ副長も自分の艦長から兄の母の形見のペンダントが出てくるなんて思わないよね~…。
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