鬼さま&スグリ 助けてぽにぽに 作:助けてアオイ
10話 止まらない好奇の視線 辿り着くリーグ部
エントランスを通り過ぎたスグリは、それまで腕の中に閉じ込めていたオーガポンを、ゆっくりと人工的な白い床の上へと降ろした。
「ほら、鬼さま。自分の足で歩いて。これから、俺の所属してるリーグ部に行くんだから」
床に足を着けられたオーガポンは精神的な恐怖のせいか、膝がガクガクと震えて上手く力が入らなかった。すぐにでもその場にうずくまって顔を隠したかったが、スグリが無言のプレッシャーをかけるように、冷たい瞳で見下ろしてくる。オーガポンは泣く泣く短い足を前に出し、トコトコと引きずるような足取りで歩き出さざるを得なかった。
近未来的なデザインの、どこまでも長く続く学園の通路。そこはブルーベリー学園の生徒たちが大勢行き交う場所だった。
おめんをすべて奪われ、隠すもののない剥き出しの素顔。そんな異様な姿のポケモンが暗い表情をしたスグリの後ろを力なく歩いているのだ。すれ違う生徒たちが、その姿に気づかないはずがなかった。
「え……何、あのポケモン? すごく珍しい形してる……」
「見たことないね。もしかして、スグリがキタカミの里から連れてきたのかな?」
一人、また一人と歩いていた生徒たちが足を止め、興味津々な様子でオーガポンへと視線を注ぎ始める。好奇心に満ちた何十人もの人間の目が一斉にオーガポンの顔へと集中していった。
「わあ見てよ、あの顔。目がきらきらしてて、すごく可愛い!」
「本当だ、ぬいぐるみみたい。なんて名前のポケモンなんだろう?」
生徒たちは口々にそう言い合いながらオーガポンの素顔を覗き込もうと距離を詰めてくる。彼らにとっては、純粋な驚きと好意からの言葉だった。
しかし、何百年もの間、人間からの視線を「拒絶」と「恐怖」として受け止め、おめんの裏に隠れることでしか生きられなかったオーガポンにとって、その無数の視線は身体を切り刻まれるような激しい精神的苦痛だった。
(いやだ……見ないで……! ワタシの顔を、そんな風に見ないで……!)
オーガポンはおめんの隙間から流すはずだった大粒の涙を今は隠すこともできずに素顔のままボロボロと溢れさせた。
周囲の人間たちの顔が、かつて自分を迫害した里の人間たちの恐ろしい形相と重なって見え、パニックになりそうになる。必死に両手で顔を覆って視線を遮ろうとするが、そうするたびに隣にいるスグリの「隠しちゃダメだよ」という冷酷な言葉が脳裏に蘇り、恐怖で手がすくんでしまう。
スグリは、周囲の生徒たちがオーガポンの素顔を見てざわざわと騒ぎ、感嘆の声をあげるたびに、その薄い唇の端を歪な形に吊り上げていた。
(そうだ……みんな見てる。アオイが連れて行こうとした鬼さまは今、俺の隣を歩いてるんだ。俺のポケモンなんだっ……)
スグリの胸の内を満たすのは傲慢なまでの独占欲とアオイに対する歪んだ勝利の味だった。オーガポンがどれほど恥ずかしさに震え、涙を流して苦しんでいようとも、今のスグリにはそのすべてが「自分の成果」を輝かせるための装飾にしか見えていなかった。
ゼイユは一歩離れた場所から周囲の生徒たちの歓声と、それとは対照的に声を殺して泣きながら歩くオーガポンの悲痛な姿を見て、胃をきりきりと締め付けられるような不快感に耐えていた。「やめなさい」と言いたくても、今のスグリから放たれる凍りつくような拒絶のオーラが彼女の唇を固く結ばせていた。
大勢の生徒たちからの好奇の視線に無防備に晒され、素顔を玩具のように見せびらかされながら、オーガポンは絶望の涙で前が見えないまま、スグリに連れられてリーグ部へと続く白い一本道を、トコトコと力なく歩み進めていくしかなかった。
長い通路を通り抜け、スグリがたどり着いた扉を押し開けると、そこは広々としたリーグ部の部室だった。
今の時間帯は殆どの部員が部室に集まっており、部室内には学園のトップに君臨するリーグ部の主要メンバーたちが集まっていた。熱心にスマホロトムの画面を覗き込んで可愛いポケモンの写真を見てるタロ、大雑把に椅子に腰掛けてお菓子を食べてるカキツバタ、そして黙々と手持ちのコンディションをチェックしていたネリネやアカマツ、他にも多くの生徒たちが扉の開く音とともに一斉に視線を向けた。
「あ、スグリくん、ゼイユ! おかえりなさ……って、えっ!?」
最初に声をあげたタロがスグリの後ろからトコトコと力なく入ってきたオーガポンの姿を目に留めた瞬間、その大きな目をさらに丸くして言葉を失った。他の部員たちも一瞬で手を止め、信じられないものを見るような目をオーガポンへと注ぐ。
おめんをすべて取られ、隠すもののない素顔のまま、涙で顔をぐしゃぐしゃに濡らして震えている見たこともないポケモン。
スグリは部員たちのその驚愕に満ちた視線を全身に浴びながら、信じられないほど誇らしげに、そして歪んだ笑みをその唇に張り付かせて一歩前に出た。
「みんな、ただいま。……紹介するよ。この子は前に言ってたキタカミに伝わる伝説のポケモン『鬼さま』のオーガポンだよ……俺の、新しい仲間なんだ」
スグリの声は、いつになく滑らかで低く響いた。
「ええっ!? これがあのキタカミの歴史に出てくる鬼さまですか!? とっても可愛いお顔をしていますね!でも伝説の話だとおめんを付けてるって聞きましたけど…それに元気がないように見えますが?」
タロが戸惑いながらも、オーガポンの痛々しい様子を心配するように覗き込もうとする。
しかし、スグリはタロの言葉を遮るように、オーガポンの細い肩を背後からガシッと両手で掴み、部員たちの前に見せつけるように押し出した。
「おめんは普段付けないようにしてるんだ。ほら見てよ。こんなに素顔が可愛いんだもん。キタカミじゃ悪い鬼さまって言われてて、それが誤解だったみたいでさ。みんなこの子の本当の価値なんて分かってなかったんだ。でも、俺は見抜いてた。それに伝説通りすっごく強くてさ、俺がバトルで捩じ伏せてゲットしたんだ!」
スグリはそう言うと部員たちの顔を一人ずつ見回し、自慢げに、そして狂気的な優越感を隠そうともせずに語り続けた。
「向こうで林間学校に参加してたアオイって言うパルデアからきたトレーナーがいてさ、俺の鬼さまを奪い取られそうになったけど、アオイにバトルで勝って鬼さまゲット出来たんだ。これから鬼さまと一緒に俺はもっともっと強くなるんだ……」
「ほ〜ん……」
カキツバタがいつもの飄々とした態度を消し、椅子の背もたれにくつろぎながら、スグリのその異様な雰囲気に鋭い視線を向けた。ネリネもまた無機質な眼鏡の奥の瞳を険しくし、スグリに掴まれて恐怖のあまり息を詰まらせているオーガポンの様子をじっと見つめていた。
「ぽに……ぽにぃ……っ……」
(違うよ…ワタシはアオイが大好きで…アオイとずっと一緒にいたかったのに……スグリが力づくでワタシとアオイを引き剥がしたんだ。スグリは悪魔だっ……自分の都合のいい解釈にしてワタシの気持ちを考えない、ワタシをずっとイジメる怖い化け物だっ……)
オーガポンはリーグ部の強力なトレーナーたちからの一斉の視線とスグリの冷たい両手の感触に、ただただ身体をすくませて涙を流すことしかできなかった。
ここはキタカミの里ではない。大好きなアオイもいない。自分を玩具のように自慢し、自分の存在をアオイへの勝利の道具としてしか扱ってくれない少年の冷徹な監禁室のようだった。オーガポンは小さな拳を握りしめ、顔を伏せてボロボロと床の上に悲しみの涙を作り続けていた。
ゼイユは部室の入り口近くで腕を組み、弟のあまりにも痛々しく、そして狂気に満ちた自慢話を聞かされながら、何も言えずにただ奥歯を噛み締めて俯いていた。
人間の中には誰にでも常に悪魔が潜んでる。どんな形で現れるかは人それぞれ。スグリの悪魔はオーガポンとアオイの存在によって世に放たれた。