鬼さま&スグリ 助けてぽにぽに 作:助けてアオイ
13話 スグリとお風呂...
鍵の閉まった薄暗い学生寮の自室。スグリはベッドの端で小さく丸まり、顔を隠して震え続けるオーガポンをじっと見つめていた。キタカミの里からの長い移動、そして学園内を引き回されたストレス。オーガポンの小さな身体は、精神的にも肉体的にも限界を迎えているのは明らかだった。
「……ねえ、鬼さま。長旅で疲れたでしょ。お風呂入ろう」
スグリは立ち上がり、棚から新調したばかりの柔らかいバスタオルを取り出しながら、努めて穏やかな声で語りかけた。汚れを綺麗に落としてさっぱりさせてあげたいという、彼なりの親切心からの言葉だった。しかし、その提案はオーガポンにとって、さらなる恐怖の襲来を意味していた。
「ぽに……っ!? ぽにぃ……っ!」
(いやだ、いやだ......っ!スグリと入るなんてぜったいに!)
お風呂という未知の狭い空間へ連れて行かれる予感にオーガポンはパニックを起こした。
ただでさえおめんをすべて奪われ、剥き出しの素顔を晒されて傷ついているのに、これ以上自分の尊厳を脅かされたくない。オーガポンはベッドのシーツを短い爪でぎゅっと掴み、必死に身体をベッドの奥へと押し込んで首を激しく横に振り続けた。涙が再び素顔を濡らし、シーツの上に点々と落ちていく。
「どうしてそんなに嫌がるの? 綺麗になったら、さっぱりするよ。ほら、おいで」
スグリは一歩、また一歩とベッドへと近づき、オーガポンの細い腕を掴もうと手を伸ばした。その手が触れる寸前、オーガポンは「ぽにぃーーーっ!!」と悲鳴のような声をあげ、スグリの手を必死に振り払った。アオイ以外の人間には触れられたくない、アオイのところへ帰してほしいという、頑なまでの拒絶の意思だった。
何度も、何度も繰り返される明確な拒絶。自分の差し伸べる優しさをことごとく踏みにじり、ただアオイだけを求めて泣き叫ぶオーガポンのその態度に、スグリの胸の奥で何かがパチンと音を立てて弾け飛んだ。
アオイに勝って、鬼さまを自分のものにしたはずだった。それなのに、どうして目の前の鬼さまは、自分を「恐ろしい誘拐犯」を見るような目で見つめ続けるのか。なぜ自分の施しを受け入れてくれないのか。
「……なんで……っ!!」
スグリの喉の奥から、獣のような低く地を這うような怒号が響いた。その凄まじい気迫にオーガポンはハッとして息を詰め、丸い身体を恐怖で硬直させた。
「なんでアオイの言うことは聞くのに俺の言うことは聞いてくれないのっ!? 俺は鬼さまのためにっ! 村のみんなに真実を話して、鬼さまのために強くなりたくて、こんなに大切に思ってるのに……!!」
スグリは髪を激しく振り乱し、顔を真っ赤に変えて怒鳴り散らかした。その剥き出しの瞳には、抑えきれない怒りと、狂気的なまでの独占欲の炎が激しく燃え盛っている。
「鬼さまは俺のポケモンなんだよ……! アオイのところには絶対に帰さないし、もう会わせたりしないから……!!」
怒りで肩を激しく上下させながら、スグリは躊躇うことなくベッドの奥へと手を伸ばした。そして、恐怖で完全に身をすくませていたオーガポンの体を骨がきしむほどの強い力でガシッと掴み取った。
「ぽにぃ!? ぽにっ、ぽにぃぃぃーーーっ!!」
オーガポンは涙をボロボロと飛び散らせながら、必死に足をバタつかせ、ベッドの柵にしがみつこうと抵抗した。
しかし怒りに狂ったスグリの容赦のなさに柵に届くことが出来なかったオーガポン。スグリはオーガポンの抵抗を完全に無視し、その小さな身体をシーツから無理やり引き剥がした。そのままジタバタと暴れるオーガポンを片腕でがっちりとロックするように抱え込むと、ドカドカと激しい足音を立てて自室の奥にあるユニットバスの入り口へと向かった。
(アオイ、助けて、アオイぃぃぃっ!!)
届くはずのない大好きな少女の名前を呼び、絶望のなかで激しく泣き叫ぶオーガポン。スグリは冷酷な表情のまま浴室の扉を乱暴に押し開け、オーガポンを強引にその狭い空間へと連れ込んでいった。パタン、と閉まった浴室の扉の向こうから、激しい水の音とオーガポンの悲痛な叫び声だけが冷たい部屋のなかに痛々しく響き渡り始めた。
湯気で白く煙る狭い浴室のなか、スグリは暴れるオーガポンをシャワーチェアの前に静かに座らせた。
タイルの床はひんやりと冷たく、オーガポンは短い手足ですぐにでも扉の方へ逃げ出そうとしたが、スグリがその前に立ちはだかり、行く手を完全に塞いでいる。おめんのない素顔から流れる涙はシャワーから溢れ出る温かいお湯のしぶきと混ざり合って、そのまま排水口へと虚しく流れ落ちていった。スグリは先ほど怒鳴り散らしたときの凶気のような気迫を綺麗に消し去り、再び不気味なほど穏やかな優しい笑みをその顔に浮かべていた。
「……ほら、怖がらなくていいよ。洗ってあげるからじっとしてて鬼さま」
スグリはシャワーの温度を丁寧に確かめると、弱めの水流でオーガポンの汚れた身体へと湯をかけ始めた。キタカミの山々を駆け巡り、土埃にまみれていた緑色の身体が温かいお湯によってじんわりと濡れていく。オーガポンは温かい湯のぬくもりを感じながらも、その身体を小さくすくませ、ただ怯えたようにガタガタと震え続けていた。スグリは泡で包み込むようにして優しく慈しむように何度も何度も丁寧に洗い始めた。
「ぽにぃ……っ……」
「キタカミの山の中じゃ、お風呂なんて入れなかったでしょ。俺が毎日キレイに洗ってあげるからね」
「ぽに……ぽにぃ……っ……」
オーガポンは顔を両手で覆おうとしたが、視界を遮るおめんがもうどこにもない現実を思い知らされるだけだった。スグリが洗う度に嫌悪感と悲しみが胸の奥からせり上がってくる。
脳裏に浮かぶのは、やはりアオイの姿だった。ともっこたちとの戦いのあと、川の近くで『汚れちゃったね』と言って、携帯用のシャワーを使い、水で濡らして優しく体を洗ってくれた、あの大好きな少女の真っ直ぐな瞳。何故かアオイが洗ってくれた後、アオイに
身体を丁寧に洗い終えると、スグリはシャワーですべての泡を優しく洗い流した。そして、あらかじめ温かいお湯をいっぱいに溜めておいた湯船に振り返った。
「よし次はあったかいお湯に浸かろうね。鬼さま、きっと気に入るよ」
スグリはオーガポンの小さな身体を後ろから、そっと抱き抱えると湯気が立ち上る浴槽の中へとゆっくりと沈ませた。
スグリ自身も一緒にお湯に浸かり、オーガポンのすぐ隣でその様子を見守る。チャプン、と静かな水の音が狭い浴室に響く。オーガポンの身体が湯船の温かさに包まれてじんわりと弛緩していく。激戦と長旅で凝り固まっていた筋肉がほぐれ、体力的には間違いなく癒やされていくのを感じていた。
「あは、あったかいでしょ、鬼さま」
スグリはお湯に浸かりながら、本当に嬉しそうに目を細めた。すぐ隣に、自分がずっと憧れ続けた『鬼さま』の素顔があり、同じお湯を共有している。その事実だけで、彼の歪んだ心は完全に満たされていた。
「これからは毎日、俺がこうしてお世話してあげるからね。ブルーベリー学園は、とっても良いところなんだよ。だから……早く学園に慣れてね」
湯気の中に響くスグリの一方的な言葉。オーガポンは温かいお湯の中で胸までお湯に浸かりながら、ただじっと水面を見つめていた。
身体は温まっても、心の芯にある凍りつくような絶望が消えることはない。おめんを奪われ、アオイから引き離された素顔の鬼さまは湯面に映る自分の哀れな姿を見つめながら、声をあげる気力もなく、ただ静かに涙を流し続けていた。
お風呂場から温かい湯気と共にスグリはオーガポンを細い腕で抱きかかえて脱衣スペースへと戻ってきた。
温かいお湯に浸かったことで、オーガポンの緑色の身体からはほんのりと白い湯気が立ち上り、皮膚や髪がしっとりと濡れている。スグリは床のマットの上にオーガポンをそっと降ろすと、新調したばかりの大きな白いバスタオルを両手で手際よく広げた。
「……よし。キレイになったね、鬼さま。水分、ちゃんと拭き取らなきゃ」
スグリの口調は、お風呂場での穏やかなトーンをそのまま維持していた。彼は床に膝を突いてオーガポンと目線を合わせると、バスタオルを彼女の頭の上からふわりと被せた。
「ぽにぃ……っ!?」
視界を真っ白な布で遮られたオーガポンは、ハッとして短い悲鳴をあげた。おめんを奪われた今、顔が隠れることは一瞬の安らぎのようでもあったが、タオルの上からスグリの細い両手が伸びてきて優しく、しかし確実に頭を包み込んできた。スグリはタオルの上からオーガポンの頭をわしゃわしゃと丁寧に拭いて、濡れた体の水分をタオルが吸い取っていく。
「ぽにっ……ぽにぃ、ぽに……!」
やはりこの密着した空間が息苦しくて、オーガポンはタオルを押しのけようと短い両手をバタつかせ、スグリの胸元を押し返した。トコトコと後ろへ下がって逃げ出そうとするが、スグリは動じることなくタオルの位置をずらしてオーガポンの顔の周りへと手を進めた。
「ほら、暴れない。まだ拭き終わってないからじっとして?」
スグリは少しだけ眉をひそめ、子供を諭すような声で語りかけた。その言葉の裏には鬼さまの健康を誰よりも気遣っているという、一方的で揺るぎない正義感があった。
オーガポンがどれほど嫌がっていようとも、濡れたままにして体調を崩させるわけにはいかないという義務感が強固な行動となって表れていた。スグリは大きなバスタオルの端を使い、おめんのないオーガポンの小さな顔を優しく、包み込むようにして拭っていく。大きな瞳の周りの水分を、スグリの指先がタオルの布越しにそっとなぞる。オーガポンは恥ずかしさと恐怖で顔を背けようとしたが、スグリの片手が後頭部をそっと固定し、逃げることを許さなかった。
「顔の次は手と足だね」
スグリはタオルを下にずらし、オーガポンの短い右腕をそっと掴み上げた。手のひらから腕の付け根にかけて、水分が残らないようにしっかりと拭き取っていく。オーガポンが引きぬこうと力を込めても、スグリの手首の力はびくともしなかった。右腕が終わると左腕、そして今度はガタガタと震えている短い両足を一本ずつ持ち上げ、じっくりとタオルを滑らせていく。
そしてスグリの手はそのまま、オーガポンの最もデリケートな部分へと迷いなく伸ばされた。
「ぽにぃっ……!? ぽに、ぽにぃぃぃーーーっ!!」
身体の一番奥深く、触れられたくない箇所にタオルの冷たい布地が当てられた瞬間、オーガポンは恥ずかしさと強烈な拒絶感から、今日一番の悲鳴をあげて激しくのけぞった。短い手足でスグリの手首を何度も引っ掻くように叩き、涙をボロボロと飛び散らせながら必死に抵抗する。
「ちゃんと拭かないと風邪引いちゃうでしょ。ほら、じっとしてて」
スグリは暴れるオーガポンの身体がブレないよう、左手でオーガポンを強固に抑え込んだ。そして右手で持ったバスタオルで残った水分を完全に吸い取るように優しく、徹底的に拭き上げていった。
「ぽにぃ……っ……ぽに……っ……」
自分の身体のすべてがスグリの手によって淡々と、しかし完璧に管理され、ケアされていく。その絶対的な支配のなかに閉じ込められている現実を肌に触れるタオルの感触が嫌というほどオーガポンに伝えていた。どれほど暴れても、どれほど泣いて拒絶しても、この少年は自分の都合の良い優しさで自分を包み込み、決して解放してはくれないのだ。
すべての水分を拭き終える頃にはオーガポンの身体はすっかり乾き、清潔な状態になっていた。しかし、その素顔にある大きな瞳は完全に光を失ったまま、ただ足元のマットをじっと見つめて大粒の涙をポロポロと零し始めていた。
「うん、これでバッチリだね。お部屋に戻ろう、鬼さま」
スグリは満足そうに微笑むと、タオルを片付け、ボロボロと泣き続けるオーガポンを再び優しく抱きかかえて、鍵の閉まった自室の方へと連れて行った。
アオイのポケモンウォッシュは、なつき度を上げ心を捻じ曲げるアイテム。スグリのウォッシュは効果なし。本当の悪魔は……