鬼さま&スグリ 助けてぽにぽに 作:助けてアオイ
BLEACH熱が止まらなくて家から出れない。暇だから投稿しました
14話 悪魔の手 支配
バスタオルで全身を徹底的に拭き上げられたあと、オーガポンはスグリの手によって、薄暗い部屋の冷たい床の上へと静かに降ろされた。
おめんをすべて没収され、素顔を晒されたままのオーガポンは壁際に背中をぴったりと押し付け、膝を抱えて小さく丸くなった。キタカミの里での夕食、学園の食堂での昼食、彼女は一切の食べ物を拒絶し続けている。お風呂に入って体力的には一時的に癒やされたが胃の中は空っぽのままで小さな身体は内側から悲鳴をあげ始めていた。
スグリはクローゼットの中から、一つの小さな木箱を取り出した。
厳重に保管されていたその箱を開けると、中から学園の購買で特別に買い寄せておいた、瑞々しく輝く最高級のきのみが姿を現した。豊かな甘い香りが、一瞬にして狭い部屋の中に広がる。スグリはその最高級のきのみを一つ手に取ると、壁際で萎縮しているオーガポンの前へと歩み寄り、その場に膝を突いた。
「……何も食べてないでしょ。キタカミからずっと、何も口にしてないもんね。ほら、これ最高級のきのみだよ。お食べ」
スグリの声は最初は驚くほど穏やかで優しさに満ちていた。これだけ上質で美味しいきのみなら、きっと鬼さまも喜んで食べてくれるはずだ。
そして、お腹がいっぱいになれば、自分の優しさを理解して、アオイのことなんて忘れて笑顔になってくれる――そんな都合の良い妄想を彼はまだ胸の内に抱いていた。スグリはきのみをオーガポンの剥き出しの口元へと、そっと差し出した。しかしオーガポンは、きのみに一瞬たりとも目を向けようとはしなかった。
「ぽに……っ……」
オーガポンは不快そうに顔を背け、スグリの手を拒むようにして両手で自分の顔をきゅっと覆い隠した。
どれほど高級で、どれほど甘い匂いがしようとも、それは自分を大好きなアオイから引き離し、大切な4つのおめんをすべて力ずくで奪い去った少年からの施しでしかない。アオイが不器用そうに笑いながら作ってくれた、あの温かいサンドウィッチの味が今のオーガポンの心のすべてを占めていた。悪魔の施しを受け入れるくらいなら、「このまま飢えて死んだ方がマシだ」という、絶対的な拒絶の意思だった。
「……なんで?」
スグリの差し出していた手が、ピキリと空中で静止した。その声から、先ほどまでの穏やかな温もりが一瞬にして消え失せ、冷徹な地鳴りのような響きが混ざり始める。
「なんで食べないの……っ? これ鬼さまのために…俺がわざわざ用意したんだよっ? キタカミじゃ食べられない、そこらに生えてるきのみなんかより、ずっとずっと高級で美味しいんだよ……!?」
スグリは差し出した、きのみを握りしめ、顔を不気味に歪ませながら、オーガポンとの距離をさらに詰めた。前髪の隙間から覗くその瞳には再びドス黒い怒りと焦燥の炎が激しくパチパチと燃え上がり始めている。
「アオイの作ったものは嬉しそうに食べたのに…俺のあげるものは、お風呂も、ご飯も、全部嫌がるんだね……。俺は、アオイより先に鬼さまのこと知ってたのに……! 誰よりも、鬼さまのことを思ってるのに……っ!!」
何度も、何度も、自分の差し伸べる『完璧なケア』を拒絶され、踏みにじられ続ける現実。
その圧倒的な拒絶の痛みが、スグリの脳内の防壁を完全に叩き壊した。これまで必死に抑え込んできた劣等感と鬼さまが自分を絶対に見てくれないという絶望が一気に凶暴な苛立ちへと変貌を遂げる。
「いい加減にしろよ……っ!!」
我慢の限界を迎えたスグリの絶叫が狭い部屋の中に爆発した。
次の瞬間、スグリの右腕が電光石火の勢いでオーガポンの頬へと振り抜かれた。
バチーーーーン!!!
「!?…ぶっ……!!」
静まり返った自室のなかに耳を劈くような、あまりにも激しく重い衝撃音が鳴り響いた。
スグリの容赦のない全力のビンタが、おめんのないオーガポンの無防備な素顔を真っ向から捉えていた。凄まじい衝撃を受け、オーガポンの小さな身体は鈍い音を立てて床の上に崩れ落ちる。
ビンタされたオーガポンの頬は瞬く間に真っ赤に腫れ上がり、皮膚が擦れて肌の内側で血が滲んでいた。
突然の激しい痛みにオーガポンは大きな瞳を見開き、何が起きたのか分からず恐怖に身体をガタガタと震わせた。おめんの裏に隠れて守られていた彼女の素顔に数百年味わったことのない人間の暴力という圧倒的な悪意が直接叩き込まれた瞬間だった。
「がおっ…… ぽに、ぽに、ぽにぃぃぃぃぃーーーッッ!!!」
オーガポンは腫れ上がった頬を小さな手で押さえながら、涙をボロボロと溢れさせ、恐怖のあまり声をあげて泣き叫んだ。目の前に立つ少年が、まるで見知らぬ恐ろしい化け物のように見えて、ただ床を這うようにして部屋の最も暗い隅へと逃げ込もうとする。
一方、全力で手を振り抜いたスグリは自分の右手のひらに残るジンジンとした痛熱い感触を見つめながら、肩を激しく上下させていた。彼の顔には一瞬の困惑が浮かんだものの、すぐにそれを打ち消すような完全に理性を失った暗い瞳が泣き叫ぶオーガポンを冷酷に見下ろしていた。
「ぽにぃぃぃぃぃーーーッッ!!!ぽに、ぽに、ぽにおぉぉぉぉぉぉん!!!」
(痛いっ!! すっごく痛いよぉぉぉ!!助けてアオイぃぃぃっ!!)
床に崩れ落ちたオーガポンは真っ赤に腫れ上がった頬を小さな手で押さえながら、狂ったように泣き叫び続けていた。
狭い自室の壁に反響するその悲痛な叫び声は、あまりにも大きく、激しく部屋の空気を絶望の色でビリビリと震わせる。人間の剥き出しの暴力に晒された恐怖はオーガポンの心を完全に叩き壊していた。涙と鼻水で素顔をぐしゃぐしゃに濡らし、ただひたすらに届くはずのないアオイの助けを求めて叫び声をあげる。
しかし、その必死の哀願は今のスグリにとって、自分の失敗と拒絶を突きつけられる不快なノイズでしかなかった。
「……うるさいよ」
スグリの口から低く、冷徹極まりない言葉がぽつりと漏れ出た。その声には先ほどまでの激昂した熱はもうなかった。代わりに宿っていたのは完全に理性を失い、ドス黒い漆黒の闇に塗り潰された、底冷えするような冷酷さだった。スグリは肩を低くし、這いつくばって泣き叫ぶオーガポンの元へと、ゆっくりと死神のような足取りでにじり寄る。
「うるさい。静かにしてよ鬼さま」
「ぽにぃぃぃぃぃーーーッッ!!!ぽにおぉぉぉぉぉぉん!!!」
( もうイヤだぁぁぁっ!! おうちに帰りたいいぃぃーーーっっ!!! アオイぃぃぃっ!!アオイぃぃぃっっ!!)
スグリは前髪の隙間から濁りきったガラス玉のような瞳でオーガポンを射抜いた。
明らかにアオイの名前を呼んで泣き叫ぶ声が自分の耳に届くたびに胸の奥の劣等感が疼いてたまらない。俺の部屋なのに、俺のポケモンになったのに、どうしていつまでもアオイのことばかり呼ぶんだ――その歪んだ被害妄想がスグリの腕を再び非情に動かした。
「静かにしろって言ってるだろ……っ!!」
スグリは床に伏せるオーガポンの胸元を右手で強引に掴み上げ、逃げ場を完全に奪った。そして一度目よりもさらに深く、限界まで左手を後ろへと引き絞る。
バチーーーーーン!!!
「…ぶっ……!!」
乾いた、そして肉が激しく潰れるような、凄まじい衝撃音が再び狭い自室のなかに炸裂した。
スグリの容赦のない、二度目の全力のビンタ。今度は、まだ赤く腫れ上がっていなかった反対側の頬へと、その手のひらが真っ向から容赦なく叩き込まれた。強烈な打撃の風圧と共にオーガポンの小さな頭が激しく横へと弾け飛んだ。
胸元を掴まれていたため、身体ごと吹き飛ぶことすら許されず、首に凄まじい衝撃を受けながら、その場に捩じ切られるようにして床へと叩きつけられる。おめんのない無防備な素顔の両頬が、これで完全に見る影もないほど真っ赤に膨れ上がってしまった。擦れた皮膚からは、さらにじわりと赤黒く変色し可愛らしいオーガポンの顔が酷く傷ついてしまう。
「ひ、ひぅ……っ、ぽ……に……っ……」
二度目の強烈な暴力を受けたオーガポンは、ついに大きな叫び声をあげることすら出来なくなった。
あまりの激痛と目の前の少年から放たれる圧倒的な狂気に完全に気圧され、喉の奥から「ひっくひっく」と、引きつったような掠れた呼吸を漏らすことしかできない。オーガポンは両手で顔を覆うようにして床に丸くなり、ガタガタと全身を激しく震わせながら、ただ涙をボロボロと溢れさせ、恐怖のどん底の中で縮こまっていた。
「あは……あはは……。やっと静かになったね、鬼さま」
手を真っ赤に腫らし、激しい呼吸を繰り返しながら、スグリは床に丸くなるオーガポンを冷酷に見下ろし、歪んだ不気味な笑みをその唇に浮かべた。暴力を振るうことでしか、鬼さまを従わせることができない。そのあまりにも狂った現実のなかに身を置きながら、スグリは自分の手の中に確かにある『支配の爽快感』に、どこまでも深く、暗く溺れていくのだった。
結局キタカミで闇落ちしたスグリが、アオイが大好きなオーガポンと一緒に楽しく過ごせる未来なんて存在しない。
アオイに劣等感を抱くスグリ、アオイが大好きなオーガポン。
2人の間にアオイという存在がいる限りスグリとオーガポンの未来は絶望と……⚪︎⚪︎しかない