「な……え――」
光が静まった後、バーサーカーはまだ立っていた。満身創痍の状態で、頼みの綱である義手は粉微塵に砕け散り、そして魔力へと還り消えてゆく。
バーサーカーのマスターは呆然とした様子で立ち尽くす。今にも握っているサーベルを取り落としそうなほどで、もはや言葉も発せないほどに虚ろな目をしていた。
「『
「■■■■■■■……」
無慈悲な無数の光弾が、的確にバーサーカーの脳を、心臓を貫く。もはや再生もせず、弱々しく手をマスターへ伸ばそうとして――何も残らず、光の泡となって消え去った。
……勝ちだ。これで終わった。
「……なん、で」
マスターは呆然とした表情で、言葉にならない声を零す。
そして直後、こちらへ視線を向けて――
「なんで。なんでッ――返して!! あたしの騎士さんを!! 返して――」
「ふんっ」
カメラの鋭い蹴りが腕へと炸裂し、サーベルを弾き飛ばした。同時に第二の刃がカメラの足をざっくりと切り裂いたが、それもたちどころに治ってしまう。
「……あなたの負けですよ、バーサーカーのマスターさん」
「……い、や。なんで……あたしは……! き、騎士さんとぉ……いたかっただけ、なのにぃ……!」
……。
「……居たかっただけなら、僕もそれで構わなかったけどね。キミはやり方を間違えた。聖杯戦争から外れても、別にサーヴァントがすぐ消えるわけじゃないだろ」
「っ……」
気の毒だとは思うが、こちらも二回も殺されかけたわけだ。悪いとは思えないし、思わない。
「どうする、コイツ。別にオレはこのまんまでもいいと思うけど、サーベルさえどうにかすれば」
「僕も同意見だ。カメラとセイバーは?」
カメラとセイバーもうなずき、それぞれの視線を崩れ落ちたマスターへ向ける。彼女本人に外傷はないが、もう今にも死んでしまいそうなほど、弱々しく見えた。
「わたしもです」
「はい。こちらからも、助命をお願いできませか? 彼女もまた……この壊れた戦争で、歯車を狂わされた一人だと、私も思うのです」
「そうだね……」
運命の歯車を狂わされた、か。たしかにそうかもしれない。
彼女と僕はまったく面識はなかったからはっきりしたことは言えない。どういう経緯で聖杯戦争に参加したのか、あるいは僕や菜無野と同じように、巻き込まれただけなのか?
「……もう、いいの……」
おもむろにバーサーカーのマスターがゆっくりと立ち上がり、地面へと手を伸ばした。
――まさか!
「――あたしの騎士さんがいないこの世界なんてっ――! もう、いいの――」
「っ!」
とっさに飛び出したセイバーがそれを阻止するよりも速く、拾い上げたサーベルの第二の刃は、持ち主の意に従って――その首を刎ねたのだった。
――アーチャー陣営、バーサーカー陣営が脱落。
――残るは、セイバー、アサシン、ライダー、キャスターの四騎。
* * *
その後少しして状況が収まった後、僕たちはカメラに招かれ、近くのカフェへやってきた。静かでもないが騒がしくもない、という雰囲気で、ちょうど話をするのに向いているかもしれない。
とはいえ、あんなことがあった直後だ。素直に喜んで話をするのも、あまり気乗りはしない。
「まず、一個伝えておきます。あの子の死もあって、なにか刑事訴訟とかになるんじゃないかと思うかもしれないんですけど」
「まあ」
その心配も確かにあるね。
「そこらへんは大丈夫です。わたしもよく分かってないんですけど、どうやらなにかが巧妙に、戦争の痕跡を隠しているようでして」
「痕跡を隠している?」
「はい。この聖杯戦争に伴って起きた損害や戦闘などが、よくわからない力によって隠されているみたいです」
そういえば、菜無野がニュースサイトを見てそんな事を言っていたな。戦争でドンパチやったりボロ屋を吹き飛ばしたりしても、まったくニュースにならないと。
どうやら、本当にその違和感は思い過ごしや勘違いではなかったらしい。
「わたしは聖杯そのものか、この世界のどちらかによって隠蔽が行われてると予想しています。いずれにしてもその力を持ってすれば、戦いの証拠隠滅なんて造作もないことです。……難しい話にはなりますが、物理的に証拠を消すのではなく、『運命そのものを改変する』ことで隠しているようです」
カメラの推測によれば、その何かは『聖杯戦争が露見する』という未来が訪れないように未来を捻じ曲げ、隠しているのだという。
もっと具体的な例をあげるなら、『偶然バーサーカーのマスターの死体が誰にも見つからなかった』であるとか、『偶然すべての人が、建物が壊れたことをどこにでもあることと思った』であるとか、そんな感じだそうだ。
そのため、誰にも違和感のひとつすら感じさせず、巧妙にすべての経過を隠している。
「聖杯戦争の参加者が派手な動きをしても、まったく露呈することはないというわけだ」
「はい、ほとんど絶対とも言える強制力だと思います。聖杯ならまだしもですが、本当にこの世界そのものが動いているのであれば、まずサーヴァント程度では逆らえません」
セイバーを見ると、ひどく険しい顔つきをしていた。バーサーカーのマスターが自殺してしまってからずっとこの調子だ。いろいろ、人の死には思うところがあるのだろう。
カメラは運ばれてきたカフェラテを静かに一口飲むと、つづけて話を切り出す。
「それと、もうひとつ重要な話ですが、三人は『エクストラクラス』という言葉に聞き覚えは?」
「エクストラクラス?」
エクストラ。余分な、とか、追加の、という意味がある。
クラスは文脈的に、セイバーやアーチャーと言った聖杯戦争のクラスのことだろう。つまり、追加のクラス、というわけである。
「『ルーラー』クラス程度なら、私もいくらかの知識を聖杯から与えられています」
「そうです、そのエクストラクラスです。もっとも、ルーラー以外にもたくさんありますけどね」
ルーラー……『
「一言で言うなら、セイバーとかライダーとかの通常の七種類以外のクラスのことです。セイバーさんの言ったルーラーもそうですし、他にもいろいろあります」
聖杯戦争は通常ふつうの七騎で行われるのであり、エクストラクラスが出てくることはない。
ところが相応の理由、もしくは何かしらの問題があれば、追加で、もしくは七騎のうちどれかを置き換える形でエクストラクラスが召喚される可能性もあるという。
そして、問題といえばもう思いつく。この聖杯戦争自体の歪みだ。
「ってことはだぜ、このヘンテコな聖杯戦争で、そのエクストラクラスのどれかが召喚されてるってことか?」
「はい、確認しました。少なくとも『プリテンダー』が召喚されてます。十中八九、真名は成田博幸で」
プリテンダーか……『
カメラはどこからともなく、あのサーベルを取り出した。いったいどこに隠してたんだ……まさかアーチャーのマスターというのも嘘で、やっぱりサーヴァントだったりしないだろうか。
そしていつのまに、バーサーカーのマスターからサーベルを取っていたんだろう。
「あの子が持っていたサーベルですが、これ『プリテンダー』の宝具みたいです」
「……宝具……」
そういえば、矢紛と戦っている時に『拾い物』とか言っていたような。
僕がそのことを伝えると、カメラは小さく頷いた。
「やっぱりそうでしたか。うーん……通常、サーヴァントが消滅したら宝具も消えるはずです。消滅してないのなら、サーヴァントは自分のもとにすぐ戻すはず。でも、プリテンダーはどちらもしてない」
「そのプリテンダーは、生きたまま身動きができなくなってるってとこかな」
「たぶん」
……ますます分からないな。サーベルの出どころがプリテンダークラスのサーヴァントなのは分かったが、さらに謎が増えた。まったく困ったものだ。
いろいろ仮説はたてられるが、なにひとつ確かめる手段はない。
「と、わたしが今回分かってるのは、このくらいです」
カメラはカフェのスタッフを呼び、ハムサンドを注文した。僕たちのぶんも奢ってくれるようだ。
菜無野ならともかく、僕より小さい少女に奢られるというのは妙に居心地の悪さというか、違和感がある。まあ、甘えてはおくが。
「ところでよ」
「はい?」
「オマエなんなんだ、カメラ。少なくともマトモな人間じゃねえだろ?」
「あー! 言い忘れてました」
さっそくやってきたハムサンドを、まずは一口。カメラの頭にある、一対の獣耳がぴこぴこと動いた。
「わたし、猫又です。ほら、しっぽも二本ありますよ」
「ネコマタね。妖怪のひとつか」
「そうそう、それです。まあ、この世界で言う猫又とは若干違うんですけど、簡単に言うなら猫又です。だから魔法……あ、こっちでは厳密に魔術っていうんでしたっけ? まあ、それもけっこう使えますし、体もすぐ治るってわけです」
猫又というと、年老いた猫のしっぽが二本に裂けて、人を食らう妖怪になるというやつだ。妖怪ウォッチとかの影響もあって、かなりメジャーな妖怪のひとつだろう。ジバニャンやらブシニャンやらのしっぽも二本ある。
カメラはその猫又……人間姿なのは、まあ人に化けているとかそんなところだろうか。
「とはいえ逐一これを説明するのも大変なので、サーヴァントのフリしてたんです。あ、わたし『プリテンダー』クラスとかじゃないですよ!」
「ほんとかな」
「ほんとですよ〜」
カメラはおどけるようにそう微笑んだ。
「これからどうするんだい? 令呪もなくなってしまったみたいだし……」
「わたし、聖杯にお願いを叶えてもらうために戦争してるわけじゃないですし、アーチャーもいなくなっちゃったし、普通に降りますよ。でもコッソリ写真撮影とかはしちゃうかもですね?」
「まあ、死なないようにね」
そういえば、同盟を結ぶ対価として写真撮影をすると言ってたんだった。
カメラもこれから僕らを撮る気まんまんらしく、とてもいい笑顔で一眼レフを掲げてみせる。まったく。