――一日目、昼。
「……参ったな……! 憂鬱なのはこれの予兆かなんかだったか」
僕は目の前で吹き飛んだ何かの建物から身を守るよう、とっさにしゃがんで腕で頭を庇った。
「オイオイ、派手じゃねえか!」
「子どものように喜んでる場合か、菜無野」
「一回リアルでみてみたかったんだ、こういうの。オレのしたいことリストから一個消えたぜ」
よくここまで能天気でいられるな、とある種感嘆にも似た感情が芽生える。
「やれやれ……ここにいると面倒だ。さっさと立ち去ったほうが――」
「させねェよ。運が悪かったなァ、ガキ共」
ガッ、とアスファルトの地面を蹴りながら、僕と菜無野の道を塞ぐように二人の人物が姿を見せた。
ボサボサの黒髪、わずかにクマの見える気だるげな両目。黒いレザージャケットを羽織り、ポケットに両手を突っ込んだまま不敵な笑みを見せていた。特筆するほどの特徴もない男だ。齢にして二十前半か。
それと――
「……憂鬱だな。どうやら本当に……」
「やることリストからまた一個消えたぜ、オレ。リアルで見れるなんて――銃!!」
よくこんな状況で目を輝かせていられるな。
確かに、目の前の男は右手に銃を握っていた。黒い拳銃、ドラマなんかで見るステレオタイプな銃だ。
ただしこちらは黒髪の男じゃない。もうひとり、黒髪の後ろに佇む背の高い老人――シルクハットとスーツを身に着け、タバコを加えた老紳士。しかしその表情に柔らかさはなく、むしろ『処刑人』とでも形容したほうが近しいか。
「63の暗殺者ですが……」
「こんな白昼堂々と暗殺者が出てきてたまるか。語義にあわせれば間違いはないだろうが」
「……」
焦りはない。別に死んだらそれまで――正直なところ、僕に生への執着心はない。
『暗殺者』は微かに意表を突かれたようだが、すぐに銃のセーフティを切り、こちらを撃つ用意を整えた。
「すみませんが。『マスター』の意向に従って、貴方には死亡をお願いします」
「悪ィがそういうこった。諦め――ん?」
男が後ろを向く。そして次の瞬間、『暗殺者』がすぐに動いた。
「――『巡り廻る■重の宿命』」
「チィ……もう来たか!! 『ライダー』!!」
ブォン――とエンジン音を轟かせ、空の彼方からバイクに乗った男が文字通り飛んで現れた――!
『暗殺者』はすぐさま標的をそちらに切り替えると、ダダダンと連続で拳銃の引き金を引く。そこに躊躇は見えない。
「ほう……サーヴァントの気配を感じて来ましたが、アサシンですか。63のバイカーですが、競争お願いできませか?」
「ちょこまか動くんじゃねェよクソ……いきなり初っ端から宝具解放しやがって!」
人知を超えた速度でバイクが縦横無尽に動き回り、アサシンの弾丸をひたすらに躱す。
アサシンにライダー……暗殺者と騎兵。両者とも禿げた老人が猛烈に争っているこの光景はかなり珍妙にも思えるが……。
「すげえ! バイクが空飛んでんぜ!」
「不思議なものだね。さ、どうする? 観戦するにしても少し距離を取っておいたほうがいいんじゃないか」
「あーっと、そうだな。そうすっか」
いずれにせよ、映画鑑賞のようなノリでこれを見る気ではあるらしい。菜無野は近くの遮蔽物……小さなガレキの山を見つけると、僕と二人でその裏へ回った。
「――アサシン! 宝具は――」
「此度の現界で三発限りしか使えません……!」
「ンならいい、まだ温存だ! チィ、ライダーの宝具どういう性能してやがる……!? 明らかに当たってんのにすり抜けてンぞ……!」
……やはり。遠目に見ていて薄々感じていたが、明らかにアサシンの弾丸はライダーのバイクや体に当たっている。もちろんいくつかは普通に外れているわけだが、間違いなく当たっていたのに当たっていない――そんな弾丸がいくつかあった。
透過か? あるいはそもそもあれはホログラムの類か……。
すでにまあまあ常識の範疇を超えた光景なのだ、僕の今までの人生で培った知識は通用しない。であれば、そう理屈を考えるのも野暮か。
不意に、僕のとなりで観戦していた菜無野が大きく顔を上げた。
「……ん!?」
「どうし――」
キュンッ。単調で短い、風を切る音が鼓膜を揺らし――
「……む。これは――」
「今だアサシン!!」
どこからか飛来した何かが、ライダーのバイクを弾き飛ばした。
同時にアサシンの弾丸が、今度こそライダーの眉間を正確に捉えて放たれる!
「ぐ……!」
バイクが高速でスピンしながら吹っ飛んでいく中、ライダーがギリギリで躱して致命傷は回避する。ただ、右胸にもろ弾丸を喰らってしまったのはかなりの痛手のようだ。
だが……ライダーは、にやりと口元を歪めた。
「宝具――『未だ蒼白の灯■は消えず』」
「二個持ちか!! いやこれは――っ!?」
突如、周辺に蒼白い爆炎の柱が無数に立ち上る。
僕のすぐ横でもそのひとつが立ち上り――
「チビ!」
「がっ――……!」
もろ……頭に喰らった……!
炎の直撃じゃない。炎の直撃じゃないが……! 爆発の余波か、なにか吹っ飛んできたものが右側頭部に激突したようだ……!
痛みを感じるよりも先に視界にグレースケールのノイズが走り、体の力が抜ける。
これは……だいぶ重症か……。
「あーもうおい……墓は建ててやんぜ! 死んだら!」
「そりゃあり……がたい……」
ざっ、と砂を蹴る音が聞こえる。ライダーが……アサシンか? あるいは……。
朦朧とする意識を手放す直前、僕の視界に影が差す。
そして僕の耳に微かに、だけど鮮明な声が届いた……。
「――貴方が私のマスターですか」
「誰だオマエ! ――」