――一日目、夜。
「頭が痛いね」
「うおっ!? ……い、いきなり起きていきなり喋んなよ」
どうやら僕はベッドに寝かせられていたようだ。先ほど強くぶつけたせいか頭がズキズキと痛む。傷はやはり右側頭部……今は何重にも包帯が巻かれており、やや違和感があった。
ここは……僕の家か。菜無野がカバンに入っていた鍵を勝手に使ったと見える。その菜無野は我が物顔でイスに座り、あまり大きくないテレビを眺めていた。
それと――。
「……誰だ、キミ」
「ああ、これは」
もうひとり、部屋の隅に佇む……人としての影は薄いのに、見た目のせいで否応なくかなりの存在感を作る男がいた。
白く輝く豪勢な鎧に身を包む、老齢の男。所々に十字の意匠があり、いわゆる十字軍……クルセイダーとやらを想起させた。本人の顔立ちも険しく、長い年月による老練さを醸し出していたが、それでもこのギラギラした鎧とはかなり不釣り合いに映る。
「挨拶が遅れました。63の剣士ですが、よろしくお願いできませか」
「剣士……ねえ」
アサシンだのライダーだのというのから推察すれば、剣士はソードマンやフェンサー、ブレイドあたりになるのだろうか?
「コイツがあの後助けてくれたんだぜ。とりあえずオマエの家まで来たけど」
「なるほど。ありがとう」
「当然の努めです」
ともかく、この男は恭しくこちらへ一礼した。体が動くたびに、照明を反射して鎧が眩く光を弾く。率直に言うとかなりウザい見た目ではある。
「私は貴方がたのサーヴァントです。クラスはセイバー、真名は
「サーヴァント……? 聖杯戦争?」
「ああ、言ってなかったなセイバー。コイツもオレと同じだ。聖杯戦争とやらについてはサッパリ知らんぜ」
「そうでせか。それは失礼しました」
セイバー、か。候補を三つも挙げたのにすべて外れるとは。
菜無野はオレが説明するよ、と肩を竦めた。
「まあオレもさっき聞いたばっかなんで正直よく分かってねえけど――」
聖杯戦争。それは、ありとあらゆる願いを叶える軌跡の願望機、聖杯をかけて七組のマスターとサーヴァントが争い合う戦い。
現代に生きるマスターと、歴史の上から選び出されたサーヴァントが協力しあい、時に武力で、時に策謀で聖杯を巡り争う……。
一通りの説明を菜無野とセイバーから――というかだいたいセイバーから――聞いた。菜無野、説明しようとする意志はありがたいが、もうすこし理解を深めてからにしてくれ。
まるで御伽噺、ファンタジーのようなシロモノだが、僕も今となってはこの存在を、聖杯戦争をそう切って捨てるわけにはいかない。なにせ先ほど、眼前でアサシンとライダーが戦っていたのだ。さらにはここにセイバーがいるし、姿こそ見せなかったものの、ライダーのバイクを吹き飛ばしたのはアーチャーの狙撃らしい。
しかも、僕と菜無野の手には『令呪』がある。本来はひとりのマスター、ひとりのサーヴァント、みっつの令呪だそうだが、どういうわけか現在はセイバーのマスターがふたり、令呪も合わせてむっつだ。
「……聖杯戦争開始直後から四クラスが大集合していたわけか」
「はい。そうなります」
聖杯戦争に参加するのは七クラス。セイバー、アーチャー、ランサー、アサシン、ライダー、キャスター、バーサーカー。曰く、しばしばエクストラクラスと呼ばれる追加の特殊なサーヴァントも現界するとのことだが、今はまだ不明だ。
現時点で既にそのうち、四騎が戦争に意欲的であることを示している。僕らがセイバーを従え、聖杯戦争の土俵に立っている限り、これからも戦闘は避けられない。
「……今最も気がかりなのは、この聖杯戦争が『壊れている』ということです」
セイバーが沈痛な面持ちでそう零す。
「壊れている?」
「確定はしていませんが、おそらく間違いありません。この聖杯戦争は異常が多すぎる――」
第一に、サーヴァント。
「ライダー、アサシンの顔を覚えておりませか」
「なんとなくだけどね。……似ていたな」
セイバー、ライダー、アサシン、服装はいずれも違えど思い返せば顔立ちはよく似ている――いや、ほぼ同じ?
「おそらく彼らの真名は、私と同じく『成田博幸』。つまり、この聖杯戦争で呼び出されたサーヴァントは、すべてこの私である可能性が高い……」
「じゃあ同一人物ってことなのかい? ……にしてはだいぶ違うな」
先ほど聞いた限りだと、サーヴァントは生前の姿や逸話などに強く影響を受けるという。
「聖杯から与えられている知識によれば、同じ人物の異なる側面――例えば剣の名手であるとか、はたまた槍を持つ戦士、あるいは狂戦士であるなど、それら部分部分で異なるクラスとして召喚されることはあるそうです。ですが、私――成田博幸はそんなたいそうな人物ではない」
「……確かに、ググっても全く出てきやしねえな。どっかの有名人って訳じゃあなさそうだ」
「私の記憶にある成田博幸は、いたって普通の日本に住まう一人の人間だったはず。特別な才覚があったわけでも、偉業を成し遂げたわけでもない……本来なら聖杯になどよばれるはずがない」
「そこを含めて異常、ということか」
「はい」
複雑だな……。
「それに、マスターが二人というのもかなり異常なケースですが、本当に誰か状況説明お願いできませか……」
ついにセイバー、匙を投げる。この場で一番聖杯戦争に詳しいのはセイバーなのに。
「……まあ詳しいところはおいおい考えていけばいいさ。これからキミらはどうするんだ」
「オレはここに泊まるよ」
「まあ今に始まったことでもないが。セイバーは?」
「安全も鑑みて、できれば私もここに滞在お許しお願いできませか」
「構わない。手狭だが」
本来一人用の家だ。やや窮屈だが、まあそこまで気にするほどでもない。
僕は少しため息をついてから起き上がろうとして――体の節々の痛みで断念せざるをえなかった。
……。
* * *
「――……」
ギクシャクした動きで、人型の大きな影のようなものが街を徘徊している。その歩いた後ろには、黒い絵の具を引きずったような禍々しい穢れの跡が残っている。
背丈は約二メートルにも及び、右手には大きな杖のような、剣のようなものを握っている。
あてもなく徘徊するその姿からは意思のようなものは感じられず、ただ後に残る毒々しい黒いナニカが周囲の街を、現実を無秩序に侵食していた――
「――過ちを正さねばならない。夜の闇にこそ光は訪れよ、永き影にこそ剣は振るわれよ。すべてはあるべき姿へ――『我が手にこそ宿る正■』」
突如、街の一角――数百メートルは離れた高層ビルの屋上から、その影へ向けて大きな槍が飛びかかる!
それを放ったのは黒鉄の軽い鎧に身を包んだ、『ランサー』クラスの成田博幸。彼の宝具は寸分の狂いもなく影を射抜くと、影は襲撃に気づく間もなく霧散し、すべては消え去った。
だが、ランサーは警戒を解かない。
「……そして、もう一人ですか」
「あれ? 気づいてたんですね」
ランサーの背後から、可愛らしい少女の声が聞こえた。この静かな夜には不釣り合いなほど明るい声だ。
「63の槍兵ですが。私は不要な闘いをするつもりはありません、撤退をお願いできませか」
そう広くもない屋上で、ランサーと少女が向かい合う。ランサーの手には既に放ったはずの槍が再び握られており、すぐにでも新たな敵を穿ち貫く用意ができているようだ。
少女は、握っていた一眼レフをヒモで首から下げ、代わりに一丁の拳銃を具現化させた。
腰まで届く長いグレーの髪、シンプルな白いシャツに黒いスカート、そしてリボンと現代的な出で立ちで、一見すればどこにでもいるようなただの人間にしか見えない。ただ、その頭にある猫耳は、彼女がただのヒトではないことを明らかにしていた。
「でも、わたしは戦うつもりですよ? 戦争ですから」
「……仕方ありません。では、死亡お願いできませか」
「消えるのはどちらでしょう、ランサー? 真名解放……『
ガシャンッ。無機質な駆動音とともに銃口へ不思議な炎が灯る。
「銃器のサーヴァント――アサシンは別なのを見るに、アーチャークラスですか。しかも明らかに『私』……成田博幸ではない」
「ふふ、アーチャーと、そう名乗っておきましょう」
――シュバァンッ!
夜の静寂を一瞬にしてひっくり返すかのような、それだけですべてを切り裂くほどの壮絶な発砲音が轟く。同時に放たれた無色の弾丸が真っ直ぐランサーへと進む!
「遅いですね」
「あれまぁ」
が、その弾丸は槍の前にすぐにかき消され、消えてしまう。
「実弾ではない、純粋な魔力を弾丸として放つ銃ですか。しかし――」
「『
アーチャーは縦横無尽に飛び回りながら、ランサーを包囲するように無数の弾丸で攻撃を仕掛ける。
少し攻防を繰り広げた後、アーチャーはすとんと立ち止まってから首を傾げた。グレーのしっぽも可愛らしく曲がる。
「やっぱり霊基が欠損していますね、ランサー。その槍、真名解放ができないんじゃないですか」
「そこまでお見通しですか。……いや、待った」
ランサーの視線が、アーチャーの左手に向く。
「?」
「その手。あなたはアーチャ――」
「おっと――」刹那、再び閃光が銃口に走る。「気づいちゃダメですよ、偽装してたはずなのに……やれやれ」
次の瞬間、何かを言いかけたランサーの体はぐらりと大きく揺れ、屋上から崩れ落ちる。その額、心臓部、そして人体の要所の計十か所に、弾丸で正確に貫かれた風穴があった。
――ランサー陣営が脱落。
――残るは、セイバー、アーチャー、アサシン、ライダー、キャスター、バーサーカーの六騎。