――二日目、朝。
「シャドウサーヴァント……また知らないものがでてきたな」
朝っぱら一番に浴びせられた謎の単語――単語ではないか。言葉に僕は困惑する。
セイバーに曰く、このおかしな聖杯戦争の弊害というか副作用というか、そんなもので『シャドウサーヴァント』というモノがこの街に顕現しているらしい。
シャドウサーヴァント――影のサーヴァント。セイバーのようなキチンとした――まあ実際のところ彼らも異常な存在なのだが――サーヴァントとは異なり、正常なサーヴァントではない、なりそこない。
此度現れたサーヴァントは自我と呼べる自我もなく、無差別に迷惑を撒き散らす傍迷惑な魔物のような存在、らしい。
シャドウサーヴァントが現れる理由はいくつかあるが、不完全な召喚、技量不足などなど。今のところはどういう理由で現れたのかははっきりしない。
「昨日少し街を観測していましたが、どうやらこの付近で昨日シャドウサーヴァントが三騎顕現した様子。推定ですが、それぞれランサー、ライダー、キャスターのシャドウサーヴァントでした。キャスターは消滅、ランサーとライダーはまだいます」
「危なくないのかい、それは」
「危ないでしょうね」
「ダメじゃないか」
ダメじゃないか。
上体を起こして部屋の奥のほうに目をやると、そこでぐっすり死んだように眠る菜無野がいた。そういえば朝には弱いんだったか。
とりあえず顔をバシャバシャと洗い、ランチパックとコーヒーを用意する。買い置きにインスタント、手間のかからない朝食だ。おいしいから十分。
「セイバーもなにか食べるかい。ランチパックかトーストぐらいしかないが」
「いえ……サーヴァントに食事は不要ですから」
昨日も聞いたな。サーヴァントはマスターである僕や菜無野からの魔力供給によって現世に留まっているから、別に食事をせずとも餓死はしない、と。
……とはいえ、なにか食べたそうだ。
「おいしいものを食べたほうがいいだろう。本当にシンプルなものしか用意はできないけど」
「では、ぜひお願いできませか」
「ああ」
ついでに菜無野のぶんも作ってあげよう。料理はカップ麺ぐらいしかろくにできない生活力皆無の人間だ、僕が用意しないとすぐに餓死する。
適当に五枚切りの食パンを出してバターを塗り、オーブンに入れて焼き上げる。ついでにコーヒーを二人分淹れ、菜無野のには砂糖とミルクを混ぜた。
「悪いが主菜や副菜はないよ。いるならあとでファミレスにでも行こう」
「いえ、十分ですよ。ありがとうございます」
やれやれ……昨日出会ったばかりのよく分からない老人を養うのはなかなかに変な感覚だ。名乗り通りならもう六十すぎというわけで。僕の祖父よりは若い。
「それで、シャドウサーヴァントとやらについてはどうするんだ? 僕らで対処するのか?」
「可能なら済ませておきたいところですが、相手は仮にもサーヴァント。こちらも反撃を受ける可能性はありますし、他のマスターやサーヴァントに見つかれば再び交戦となりかねません」
「難なく倒せるか?」
「相手によりますが、並大抵の相手なら可能です。討伐お願いできませか」
「菜無野も朝食を食べたら行くとしよう」
おそらく菜無野はついていきたがるだろうな。
* * *
「……あれか」
「あれです」
「あれだな」
家を出て少し歩き、人影の少ない街の一角でシャドウサーヴァントとやらを見つけた。黒い人型のよく分からないものが、黒いモヤを纏っている。たしかにシャドウだ。
今のところこちらは建物の影に隠れているが、シャドウサーヴァントのほうは堂々と開けた公園に鎮座して動かない。ぼーっとしているようにも見える。
「さっさと片付けて帰ろ――」
「お待ちくださいませか、マスター」
バッ、とセイバーが腕で僕たちを引き止めた。いつになく険しい表情だ。
「たった今探知に他のサーヴァントが検知されました」
「場所は」
「これは……すぐ近っ、く!」
ギンッ、と甲高い金属音が響く。セイバーの大きな盾が何かを弾き飛ばしたようだ。
セイバーの視線の向きから推測するに、弾丸はあちら――!
「……アサシン、か!」
「63の暗殺者ですが……おや。貴方は昨日の」
少し離れた場所の街灯に、ひっそりと黒衣シルクハットのアサシンが拳銃を握っていた。タバコと銃口から小さな煙が立ち上っている。
……やはりアサシンも成田博幸か。セイバーのほうがいくらか穏やかな顔つきではあるが、せいぜい表情程度の差異しかない。
「しかし、意外でした。よくこの狙撃を防ぎましたね。【気配遮断】はB+ですが」
「私はカンがいいんです。アサシンは本来正面衝突は苦手なはず……こちらもそうあまり事を構える気はない。ここは――」
刹那。
どっ――と、何の前触れもなく強烈な気配が現れ、突如として心臓が早鐘のように鼓動する。何か、何だ。なにが現れた……!?
「これは……」
アサシンとセイバーは揃って微かに視線を横に向ける。
その先にいたのは――
「――■■■■■■■■……!!」
修羅、悪鬼の如き表情でシャドウサーヴァントを叩き潰し、言葉にならぬ声で方向を轟かせる成田博幸がそこにいた。
背丈は優に三メートルに及びそうだ。傷だらけで、まるで幾重にも鍛えられた鋼のような肉体をさらけ出している。
そしてその隣に、ひとりの少女が佇んでいた。
「……ああ、いい、いいですぅ……! そう、そう……素晴らしい……!」
白と茶色、チョコレートのような二色に中央でクッキリと分かれた、かなり目を引く色合いの髪。服装もそれによく似て、すべてが左右非対称でありながらも均衡の取れたジャケット、ショートパンツ、スニーカー。
興奮気味に頬を紅潮させながら、荒れ狂う成田博幸がシャドウサーヴァントを赤子のように捻り潰すのを眺めている……。
「ワオ。バーサーカーだなアレ、絶対バーサーカーってやつだろ、セイバー」
「おそらくは。そして傍らの少女がマスターでしょう」
アサシンやライダーとかとは比較にできないほどの威圧感。精神的なもののはずなのに、物理的な重圧で押しつぶされそうな気配。
さて、これは撤退すべきかどうか。
「……セイバー」
「残念ですが、バーサーカーは既にアサシンともども私たちを捉えている様子」
「そんなとこだろうと思った」
「よっしゃ、やるか!」
シャドウサーヴァントというおもちゃに飽きたのか、煙となって消えてしまったそれから、今度はこちらへと視線を向けるバーサーカー。
マスターと思わしい少女は……うっとり、恍惚という様子だ。何か考えているのか、いないのか。
この状況で……。僕はセイバーの実力を知らない、真っ向から戦って勝利できるのかどうかも分からない。であれば。
「アサシン! と、そのマスター!」
「
「63の暗殺者ですが」
どうやらあちらのマスターもすぐそばにいたらしい。
姿を見せた黒髪の青年――矢紛は、左手の上でお手玉でもするようにポンポンとなにかを弄んでいた。
「言いたいことは分かってる。このまんまならどっちも共倒れだろうなァ。手を組めってこったろ」
「そうだな」
「あァいいさ。やるぞアサシン」
「仰せのままに」
セイバーが剣と盾を、アサシンが銃を。そしてバーサーカーは己の拳のみで立ち上がり、そして静かに相対した――。