「セイバー!!」
「今この世を覆う昏き宇宙を、白昼の如く照らすは我が剣。偽りなく、その心そのものを刀身となさば、必ずや夜はこの手で晴れる――宝具、『■陽差す運命の時』」
ガッ――。
目をとっさに覆うような、太陽にも匹敵するほどのあまりにもまばゆい輝き。だが、その優しい光からは目を背ける気にはならなかった。
セイバーの剣が激しく光を放って白く燃え上がる。それを目にして、ただひとつの言葉だけが浮かぶ――『正義』。
これがセイバーの宝具……。
「チッ。アサシン、必要と判断したら宝具を使え。消えんじゃねェぞ、それよかマシだ」
「畏まりました」
アサシンの宝具はどういう能力か。矢紛の発言から推し量れば、消えるよりはマシ――とのことだが。
いや、昨日の交戦時に言ってたな。この現界で使えるのは三発……確かそうだ。回数制限のある宝具か。
「おいチビ」
「なんだ」
「アイツすっげームキムキだな!? どうやって鍛えたらああなんだ!? すげーぜ!!」
「……」
菜無野はやはり菜無野だった。
バーサーカーの体躯……まず身長三メートルで、横幅も僕の身長よりあるだろう。鍛えてなんとかなるようなものには見えない。サーヴァントとしてのなにかいろいろだろうか。あるいはバーサーカーはみんなムキムキなのかもしれない。
「あは……最高……! 最っ高の舞台ですよぉバーサーカー!! やっちゃえぇ!!」
「……■■■■■■■■■■――!!!」
敵マスターが明確にセイバーを指さし、絶叫する。同時にバーサーカーも動き出した。
確かにサーヴァントもバーサーカーだが、マスターも大概だ。随分と狂っている。
「理性を取り上げられていますか……すぐにご退去お願いできませかっ!」
「■■■■■!!」
セイバー――速い!
バーサーカーの丸太のような腕が斬撃で深く傷つくと同時に、その白い炎が燃え広がるようにその肉体へ纏わりつく。……が、瞬きする間に溶けるように消えた。
すぐさまバーサーカーも反撃へ転じようとするが、やや弧を描いた軌道で飛んでいった弾丸に邪魔され、セイバーはすぐに距離を取る。
ただ目的もなく暴れ狂うだけのバーサーカーに、単純な接近戦は難しい。適切な間合い、距離を常に考えながら戦う必要がありそうだ。
「――おい、セイバーのクソチビ」
「僕か? なんだ、矢紛」
「邪魔すんなよ」
何を、といいかける間もなく、矢紛はすっと流水のように滑らかに、素早く踏み込み、飛び出す。セイバーたちが争っている真横を通り抜けて向かったのは――そうか。
「バーサーカーの相手をサーヴァントに任せて、マスターを直接叩く気か!」
「そうやんなことも言ってたな、セイバーのジイさん」
基本的に、サーヴァントはマスターからの魔力供給がなければ存在を維持できずに消える。『単独行動』なんかのスキルを持っていれば話は別だが、おそらくバーサーカークラスにはない。
つまり、サーヴァントにはサーヴァントを、マスターはその隙に潰すのが吉。非常に合理的な戦略だ。とはいえ――
「矢紛がどのくらい戦えるのかは、気になるが」
「さすがにベシッで終わりってこたねえだろ。チビはぐっすりおねんねだったから憶えてねえだろうが、あのアサシン・ライダー・アーチャーの混戦から無傷で離脱してんだぜ。しかも最終的には本人がライダーに銃弾ぶちかましてた」
「そうか。なら期待はできるな」
僕は頷くと、再び影に体を引っ込め、静かに二つの戦いを見守った。
* * *
「あら? ……あら、あら、あらぁ? あなたはアサシンのマスター……」
「いくら二対一つったって、あのバーサーカーに勝てるかは正味怪しいんでなァ。悪ィがテメェを殺しに来た」
「まあ、まあ……うふ、であればぁ――あたしもやらない訳には、いきませんよね?」
矢紛が懐から拳銃を取り出した。シグザウエルP365――米国シグザウエル社製の拳銃。持ち運びが用意な小型サイズでありながら十二発の装弾数を実現した、護身用として世界で広く用いられた著名な銃だ。
そして相対するバーサーカーのマスター――
「ふふ……うふふ、そんな貧相なオモチャでコレと戦う気ですかぁ? コレ、『宝具』ですよぉ?」
「……バーサーカーの宝具か? いや、不釣り合いすぎンな。拾ったか?」
「あらぁ、そこまでお見通しなんて! そうなんですよぉ、拾い物。うふふ……でもすっごく手に馴染むんですぅ」
意識をユウゼから逸らさないまま、サーベルを観察する。
銀色の刀身に金色の装飾が豪勢に施され、またルビーと思わしい宝石も十近く埋め込まれた宝剣だ。ぼんやりと刀身には魔力のベールのようなものが纏わりついているが、どういう能力なのかは分からない。
つまり最悪、斬られたら即死なんていう能力の可能性もなくはない。
「脱落したのはランサーだけ……。ってこたぁソイツは消去法で――いや」
剣を持ちうるクラスと言われればセイバーだが、今回のセイバーはすぐそこにいる。
暗器として剣を持つアサシンは自分のサーヴァントだし、ここまで絢爛で、そこそこな大きさのあるサーベルを持つとは思いにくい。
まあアーチャーやライダー、キャスターなどもありえない話ではないが……。そもそも、宝具を落っことしてそのままなくしてます、なんていうアホなサーヴァントがいるだろうか。
現時点ではこの宝具の持ち主は不明、というところか。
「フン。宝具だろうがなんだろうがよォ、結局テメェはただのガキに過ぎねェ」
「試してみますぅ? うふ、あはは」
「ああ――死ねェ!!」
バンッ! 半ば不意打ちのような形で弾丸が放たれる――も、当然のごとく眼前で防がれる。
だが、それを注意深く見て、矢紛はひとつの違和感を覚えた。
「刀身がふたつ――」
「ええ、ええ、ええ! この剣、あたしが振るう実際の刀身だけじゃなくって、本当の達人さんみたいに自動で動くんですの……!」
纏わりついているだけに見えた魔力のベール。実際の剣を動かさずとも、そのベールが第二の刀身であるかのようにひとりでに動き、弾丸を切り飛ばしたのだ。
その速度はあまりに速く、矢紛でも微かに動いたのが見えただけ。
弾丸を当てるのは、思ったより難易度が高そうだ。
「――さあ、今度はあたしからっ!」
「チィ!」
本人の動き自体は非常に遅い。剣術のけの字もないような、鍛えてすらない本当のド素人。だが、それをカバーするどころかお荷物にすらしないほどの『剣技』で第二の刃が矢紛へ迫る。
「くっ、しゃらくせェ宝具拾いやがって」
「これも運命――! うふふっ、あたしみたいなか弱い子には、バーサーカーみたいな最強のナイトと、最強の剣がいるの……!」
「イカれてんなァ! ……おい、『シライシ』――」
『解析は七割方終わりだ』
少しノイズの混じった、音質の悪い声が響く。矢紛のイヤホン越しにだけ聞こえた声。
シライシ、と呼ばれた女は冷淡な声で解析した結果を伝える。
『持ち主と真名は分からん。ただ魔力の質を見るに、かなり精巧で思慮深い動きが行えるらしい。つまり、ロジックに従うしかできない単純な無能ではないということだ』
「マジモンの剣豪相手にしてるみてェなモンってことか……」
『そうなる。さらに相手はあくまで宝具で、疲れない。長期戦は避けろ、勝てないぞ。長引くぐらいなら撤退するほうがいい』
「あァそうするよ!」
バンバンと発砲音が響くが、やはりそれらも弾かれてしまう。残弾数、九発。むやみに撃つのはダメだ。こんな状況下でリロードできない。
「おいシライシ、あの剣にタイムリミットとかねェのか!?」
『おそらく、ない』
「クソッタレ!」
持ち主が素人なのもあって実質刀身はひとつだけ、というのが強いて言うならデメリットだが、だからといって複数方向から発砲しようにも、刀身の動きの前には二発撃つ僅かな間さえ長過ぎる。
ならもう、奥の手を使う他ないか。
「チィ……アサシン!!」
「はい――」
「こうなったら使え!! 『宝具』!!」
「畏まりました。では」
突然ぞわり、と背筋に寒気が走る。ユウゼも同じらしく、微かにその顔から余裕が失せた。
アサシンの宝具――『冬来たる、雨■の足音』。霊基の欠損により完全な真名解放ができないが、それでも構わない。
その効果は――狙った相手を、必ず撃ち殺す。だがそれはこの先の運命へと編み込まれ、いつ射殺すかはアサシン本人にさえ分からない。
一度の現界で三発しか使えないその弾丸の内の一発、それがここでバーサーカーへと牙を向く!
「――雨音は絶えぬ。その涙は人か、神か、この世の落涙か。そのすべてはただひとつ、最後の悲しみに帰着し、やはり潰えることはなく。しかし一度も挫けた理もなく……この弾丸の真に乗せるは、我がただひとつの希望なりと。――『冬来たる、雨■の足音』!!」
衝撃。いや、物理的な風は起きない。実物の弾丸は放たれてすらいない。しかしすべて――矢紛も、ユウゼも、バーサーカーすらそう錯覚するほどの強い運命への干渉。
定められた運命はかの一発により書き換えられ、そして弾丸が未来へと編み込まれる。
「なっ……! なっ、なにをしたんですぅ……!? あたしの大事な騎士さんに……!?」
「アサシンの宝具ぶっ放しただけだ、クソガキ。いいか教えてやる、あの効果は『将来での死の確定』。どのみちテメェのバーサーカーはすぐに死ぬ! せいぜい楽しく姫様ごっこでもしてンだなァ!」
「な……あ……!」
「――■■■■■■■■■……!!」
動揺を隠せないユウゼ。さらに畳み掛けるように矢紛が銃を向けたところでようやくユウゼが意識を取り戻し――。
「てっ、撤退……ですぅ! バーサーカー……あたしの騎士さん、絶対に治してあげますからぁ……!」
「■■■■■■……」
涙をぼろぼろと零しながらユウゼは走り出し、バーサーカーがその後を追う。
その姿が見えなくなると、ようやく矢紛は崩れるようにその場に座り込んだ。
「……おい、アサシン」
「なんでございましょうか」
「……いや、なんでもねェ」
アサシンもセイバーも疲労しているという様子だが、矢紛ほどに困憊といった様子ではない。どうやらあちらはなかなか有効打の出せない千日手のような状況だったらしい。
「……で、矢紛」
「セイバーの。……どうする、やる気か」
影からセイバーのマスター二名が出てきた。非戦闘要員は楽でいいな、と矢紛は思う。
「いや、今回は礼を言うよ。聖杯戦争が続くなら、どのみちいずれ戦わないといけないかもしれないけど」
「……そうか。ンならさっさとどっか行け」
「おう! あばよ!」
「じゃ、また」
「では」
セイバー一行がその場を立ち去ると、矢紛は大きくため息を付き、大の字になって倒れ込んだ。
疲れ切った彼へアサシンはタバコを一服勧めようとしたが、やめておいた。矢紛はギリギリ未成年なのだ、見た目はもうくたびれた大人だが。