――二日目、夜。
「面白い! 面白いッ、最高だ! これぞボクの夢見ていた物語――」
街のはずれ、大きくとも影に隠れて目立たない、どこにでもあるような地方のお金持ちのお屋敷――。
街全体を夜の闇が覆い、この屋敷も例外ではなくただ黒の中へ溶け込んでいる。
「だけど、やっぱり一番大切なのは臨場感だ! リアルさが、この魂の目にした実体験なくしてなにも成り立たない。そうだろキャスター!!」
その屋敷のメインホールで、
雪など比にならないほど、ただただ虚無を照らす純白な髪。服装もことごとく白く煌びやかで、しかしながら驕りのようなものは一切感じさせない、調和のとれたつくりをしていた。
ふははははは――と、この世に悲しいものなどなにひとつないとでも言いたげな笑い声が響きわたる。
「やれやれ、主殿は世話が焼けます」
そう零したのは、ソファのひとつに腰かける老人――サーヴァント、クラスはキャスター。真名は成田博幸。
どこまでも白いマスターとは対照的に、おとぎ話の魔法使いのような黒ずくめの服を纏い、また別方向で幻想的だった。
「明日はもう戦争が始まって三日も経つ。さすがにそろそろなんかアクションしたいよな! キャスターもウズウズしてるんじゃあないか!?」
「宝具の使い過ぎでヘトヘトですが、休憩お願いできませか」
「アッハハハ! 面白いことを言うな! 宝具使ったのは最初の一日だけだろう? 昨日はポテトチップスばっか食べて過ごしていたじゃあないか!」
キャスターは肩を竦め、目を逸らす。部屋に置かれた大きめなテーブルのひとつに、無数の『しあわせバター』味のポテトチップスの袋が積み重なっていた。
もともとしあわせバターはクオンの大好物だ。いつも屋敷にはほぼ無限と言えるほどのストックがあるので、息抜きにキャスターへ与えてみたところ、どうやらキャスターもたいそうお気に召したらしい。今ではすっかりポテチが主食の生活だ。サーヴァントはまだいいが、人間であるクオンは早死にしてしまいそうである。
「明日からはボクらも本格参戦だ! 聖杯戦争と言えばもちろん殺し合い……ボクは心優しい不殺主義者だから、手は抜くけどね」
「ふむ……不殺主義はいいですが、別にサーヴァントは倒してしまっても構わんのでしょう?」
「もちろん、そっちは遠慮はいらないさ! ガツンと思いっきりやってくれたまえ、キャスター」
「では、私も期待に応えると致しましょう」
ぱりっと軽快な音が鳴る。キャスターがいつのまにか新しい袋を開けていた。
「さあて、じゃあ誰を狩りに行くとしよう? セイバーとアサシンはダメ、バーサーカーはボクが倒すべきじゃない。ランサーはもう死んだし、アーチャーもじきに消える筋書き――」
「もはや残る一騎は明白ではありませか?」
「はは、そう言うなって」
軽くクオンが指を鳴らすと、どこからともなくダーツのターゲットが宙に現れる。同時にクオン自身も右手に矢をひとつ握っていた。
「では」
ヒュウ、と風を切る音。
そして矢が突き刺さったのは、丁度――
「明日、ライダーのところに遊びに行こう!」
* * *
「ふーむ……」
灰色の髪の少女――『アーチャー』が、一眼レフを片手に夜の町を歩いていた。
ぼんやりとした街灯だけが道を微かに照らし、それ以外の家々は完全に沈黙している。アーチャーの耳に届くのも、そよ風が葉を揺らす音と虫の奏でる歌声、そして自分の足音だけだ。
「やはり……妙ですね」
――どこか、自分とそれ以外の世界を隔てる薄い膜のようなものを感じる。
無論物理的なものではない。だが魔術で結界を張っているというのもやや的を得ない。何か……それよりもさらに精密で、力の強い縛り。例えるならそう、運命そのものが自分をはじきだしているかのような。
「アサシンとライダーの交戦……それとセイバー、アサシンが手を組んでバーサーカーを叩いて? 逃げたバーサーカーをライダーがまた強襲……」
ここで問題がある。いずれの交戦も真昼間、白昼堂々と隠れもせず町の中で行われ、さらには建物へ甚大な被害を及ぼしてもいる。
しかし、いったいなぜだろうか――聖杯戦争に関わりのない一般社会は、すべて沈黙を守っていた。
「……」
アーチャーは手元のスマートフォンで再度ニュースサイトを読み込んでみる。数秒だけ遅延があった後、現在地付近でのニュースがズラリと並んだ。ただ、やはりすべて聖杯戦争とは関係のない物ばかり。
せいぜい交通事故があっただの、テレビ特集があっただの、おいしいケーキ屋さんが注目を浴びているだのといった特に何の変哲もないニュースしかない。
……間違いなくおかしい。
昼間にすれ違った町の人々の様子を見るに、情報統制が敷かれているだけ、というわけではないはずだ。それならば彼らには非日常の恐怖や好奇といったものが浮かんでいてもおかしくないが、いたって普通の様子でしかなかった。
「分かりませんね……聖杯自体か世界がこの聖杯戦争を巧妙に隠そうとしている……?」
聖杯戦争の参加者――アーチャーが、夜の町を静かに歩いていた。答えが明らかになるのは、まだ先か。