――三日目、昼。
ランチパックをある程度の量確保していたはずだが、菜無野とセイバーにもあげていたせいで、家の棚から食料がすっかりなくなってしまった。
「買い物行くか? オレ奢るぜ」
「それはどうも。じゃあ存分にたからせてもらうよ」
まあ、僕が菜無野のぶんまで水道代光熱費その他を賄っているので、これでトントンといったところだろう。
とはいえ――。
「少し不安は残るな」
僕は自分の手の甲に目をやる。左右非対称の、かなり奇異な赤い文様が浮かび上がっていた。令呪というやつだ。
これは他の一般人にはないもの。一発で聖杯戦争の参加者であると見抜かれるわけで、襲撃に遭う可能性もないわけではない。隠すことこそできはするが。
それにセイバー曰く、他のマスターはこちらの身元を既に割っていると考えたほうがいい、という。先の交戦をどこかで観測していた可能性もあるし、現代的な技術やコネで洗い出した可能性もあるようだ。
まったく、ただの学生が参加するのはなかなかに厳しい世の中だ。
「セイバー、その鎧は着替えられるのか?」
「はい、可能です。日中活動するにあたっては、かなり目立つものですね」
セイバーが手を少しかざすと、ギランギランと光を反射していた大きな鎧は、まるでそこに何もなかったかのように消え去った。かわりに、黒一色のシンプルな格好が現れる。生地はかなり柔そうだ。
ちょっと悪く言うと、パジャマにも見える。
「とはいえ、あまりこの格好も外出には向きません。ちょっとどこかで購入お願いできませか?」
「まあユニクロかGUに行けばいいのが見つかるだろう。そう遠くはないし、ついでにそこにも寄ろうか」
というわけで、今回の買い物プランが整った。聖杯戦争は戦い以外も大変だ。
* * *
「動きやすくていいですね。これを購入お願いできませか」
早速、セイバーはGUの店舗で比較的安めな黒いジャケットを試着し、鏡に写った自分の姿を見て満足気に頷いた。
上下揃ってだいたい一万円弱、といったところだ。まあまあな出費だが、菜無野が支払ってくれるので痛くはない。
「菜無野、お財布の中は?」
「ヨユーで足りるぜ。なんならスペアであと十着ぐらい買ってもいいぐらい」
十着か……金額にして九万ほどするが。
こいつ、バイトをしていそうには見えないが、どこでそんな金額を入手してくるのだろうか。僕が知らないだけで実はいいところの出だったり……いや、どうだろう。
「流石にそこまで出していただくのは……。しかし、もう一式ほどは欲しいですが、それだけよろしくお願いします」
「ああ、構わんぜ! ドンパチやるってなると破れたりするかもだしな」
さっそくそれらの服をカゴへ入れ、レジへ向かおうとした時、菜無野から呼び止められた。
「なんだ」
「ついでにオマエの服も買ってやろうか? いつもずっとそのよく分からんスーツ着てるだろ」
「別に同じ服でもいいだろう。あまりファッションには興味は――」
「いいからいいから! オレが似合うやつ選んでやるぜ、ははっ!」
……。
菜無野は広い店内をだーっと駆け出し、あっちこっち走り回っていろいろな服を吟味し始めた。やれやれ。
「前から思っていましたが、賑やかな方ですね」
「付き合わされる側は大変さ」
「私がただの生者だった頃、このような光景を見たような……気がします」
「孫でもいたのかい? 成田博幸には」
「さあ……」
セイバーは少し悲しげな目をした。
「いくつか、記憶が欠けているのです。おおまかなかつての生活は思い出せますが、私――成田博幸というひとりの人間の、核心的な記憶が……あまり」
「災難だね」
記憶というのは、人間を形づくるもっとも主要な要素だ。自分が自分であると信じられる、その根幹にあるのが積み重なった記憶。
無論記憶がすべてではないし、セイバーは多少なりと記憶を保持しているようなのでそこまでではないだろうが、アイデンティティの欠如で心理的な負担も多いはずだ。
「お構いなく。サーヴァントになった時点で、もはや正常な人間ではないのですから」
「そういうものかい」
「はい」
少しすると、菜無野が数着のいろいろな服を持って走ってきた。
セイバーに買ったのと似た黒いジャケットや、グレーのスーツ、少し丈の長いベージュのレギンスにアメカジ風のデニム、など。
「多くないかな」
「絶対似合うって!」
「そういう問題じゃないが」
まあまあ、と言いながら菜無野はためらいなくカゴへそれらすべてを突っ込んだ。まさか試着もせずにすべて買う気か。
「ないとは思うが、借金はしてないだろうね。破産しても助けてやる気はないぞ」
「まっさか! オレはちゃんとバイトしてるし、あとはうちのじいさんから小遣い貰ってんだよ」
バイト……でこの額はポンポン出せないな。やはりいいとこのお嬢様なのか、この不良。ありえない……。
「最近はシフト少ねぇけど、こっから十五分ぐらいのマックとガストで掛け持ちしてんだぜ」
「あそこか」
「マックもガストも従業員割があるから、今度奢ってやろうか」
「機会があればね」
セルフレジにカゴを通し、菜無野が躊躇なく数枚の一万円札をレジに投入する。レザーの財布の中に、まあまあ分厚いぐらいのお札が見えた。全部一万円だとすると……普通に三十万はあるな。
「……キャッシュレスはないのか? アカウント。現金でそんな額持ち歩く人間は初めて見たな」
「あるけど、オレのじいさんがそういうのニガテだからいつも現金で貰ってんだ。チャージも面倒だろ」
「……」
やっぱりこの人、財閥か何かに入っているのだろうか。後ろで控えるセイバーも少し面白い顔をしている。
手早くレジで決済を済ますと、僕は紙袋に服をすべて突っ込んで店を出た。
「さ〜て次はランチパックだな! 行こうぜ」
「買いすぎなくていいからね。消費期限もある」
「おう!」