……───こんなジンクスがある。
例えば『俺、帰ったら故郷の恋人と結婚するんだ』と言った戦友が次のシーンでは吹っ飛ばされたり。
またある時は必殺技をぶち込んで『やったか!?』と口に出したら、敵キャラは大したダメージもなく首筋をコキコキして「何か?」みたいな顔をしていたり。
最初の犠牲者が出た雪山のロッジで『俺は殺人犯なんかと一緒に居れねぇ!部屋に戻らせてもらう!』と宣った人間の連絡が途絶え無惨な姿で発見されたり。
ある種のお約束となっているシチュエーション。
フラグ建立と回収の“言ってはいけない言葉”というものは、色々な職種で各々多々存在する。
「今日、静かッスねぇンガッ!?」
「おいバカやめろ」
そんな言葉を発しやがった後輩の頬をむんずと掴み、
「……」
「ひぇんぱいごべんなざい!!もう゛いわ゛ないッス!!い゛わ゛な゛い゛ッス゛か゛ら゛!!!!」
ヤバいマズいこのままだと自慢のマシュマロ頬っぺがマジでチギられかねないと危機感を抱いた
ビキビキと手の甲に浮いていく青筋。次第にミシミシと軋む自らの
ベチンッ!!
「えべぇッ!!?」
脳裏に真っ二つになった大福が浮かんでそろそろ涙目になってきたところで、ようやくアンリのマシュマロ頬っぺ(笑)は解放された。最後に洗濯バサミパッチンのおまけ付きで。
「~~~~ッッッッ!!!」
痛みに耐えるアンリの尻尾は地面へビタンビタンと叩きつけられ、遺憾の意を大いに表明する。といっても、当のウラガは意に介さず卓へと向き直った。今は業務中。緩み過ぎないように気を引き締めなければならない。
───ここはハイランダー鉄道学園、運輸指令室
何でもありのキヴォトス住民たちが日々織り成すトラブルは数知れず。それでも列車の定時運行に命をかける現場の管理者にして中間管理職ポジなここは、上から無理を押し付けられ現場から突き上げを食らう
そんな彼女らの担当であるゲヘナ急行線、通称ヘナ急はハイランダー鉄道学園路線の中で特に悪名高いポジションと言われていた。
ヘナ急を一言で表せば
自由と混沌入り交じるゲヘナは、お嬢様ばかりの
そんなゲヘナにさらされた係員や乗務員も大概で、従わなければ即発砲即鎮圧。ハイランダー鉄道学園の中でも特に喧嘩っ早い。おかげでトラブル数はダントツの多さ。そんな中でも定時運行を達成するため独自に醸成された現場は
えてして、運転士も車掌も「不正乗車がいたので撃ちました。なにもしてないのに窓ガラスわれました。てへぺろ」ぐらいの報告書しか上げてこないし、車両管理室からは「またしゃりょうこわされた」と血の涙で書かれた呪詛が届く。
ウラガもアンリもハイランダーに入った時から
その
「ご、ご安全にぃ……や、やっと終わった……」
交代した
「相変わらずの報告書の数ですわね?こちらは軽微なものが5件でしてよ?」
「……いいよ、こっちと変わる?」
「冗談おっしゃい。蕁麻疹が出ますわ」
ニヤニヤと、嫌味ったらしく口元を手で覆ったトウ横線担当のやつが勝ち誇った顔を向けてきた。
声高く絡んでくる様はまるで小型犬のよう。ゲヘナとトリニティの仲が良くないのは周知の事実だが、ハイランダーの中であってもその禍根は根深く、出身によるいざこざが有る。生粋のトウ横線上がりの彼女はゲヘナ線区を見下している節があった。
別に───
『別に言うほどそんな事ないんだけどな』とか考えてるんでしょうウラガ。その思考がもうゲヘナだと言っていますのよ?」
「実際そんなにワケないし。事務仕事が面倒くさいだけで」
「嘘おっしゃい!」
確かに彼女は羽有りだし、私も角と尻尾付きである。しかしハイランダーに属した以上、ゲヘナもトリニティも出身関係なく一緒に仕事もしないといけないわけで……。けど、CCCはこの問題を解決する気も無いし。
───私らまでいがみ合う事はないのにな
「ふん、オマエなんて5分で音を上げるッスわ」
「言ってなさいな捻れ角」
「腹黒羽が。黒染めした方がお似合いッス」
「やめなアンリ!あんたも非番なら事務終わらせて早よ帰りな」
アンリが舌を出して彼女へ雑に手を払った。向こうも向こうでちょっかいを真に受けチクチク全開。もう、ちょっと目を離したらすぐコレだ。とりあえずアンリの首根っこを掴んで卓へと引きずり、話は終わりだと追い払う。
彼女たちが個人的にバチバチするのは勝手だが、部署全体でこうなのだから目も当てられない。単一線区で手に負えない有事が発生したらどうするつもりなのか。ノゾミとヒカリは……あいつら運転に生きてるから、話のできるアサヒかツバサに宥和案を提出するのも検討するか。
────そんなことを考えていると、さっそく列車から呼び出しがかかった。
在線モニター*1から呼び出しボタンをタップし通話する。
「はい、指令を呼んでる列車?」
『下り888S車掌でーす。無賃乗車2名とっ捕まえましたぁー。どうしますかー?』
「支払いの意思は?」
『あるそうでーす』
「次で駅員に引き渡してください」
列番*2 88Sは主要駅にしか停車しないヘナ急花形の特速特急。次の停車駅まではあと10分ちょっとある。
さっさと駅員を手配してしまおう。朝ラッシュのピークを過ぎるまで、特に無賃乗車が増加する……無賃乗車に限らず朝10時程度までは色々起こるのだが。
アンリが受話器を手に取り、番号を押して呼び出して通話を始めた。88Sの次の停車駅へ、回収要員を手配するため連絡を入れる。
『はいゲヘ南』
「指令所です。88Sから無賃乗車2名回収お願いします」
『お?
「
『えーつまんな。ボコせないじゃん』
「まぁ、よろしくやってください」
『承知』
ヨシ、何も無かったな!
支払いの意思ありなら列車内で
「はい、指令を呼んでる列車?」
『の、上り725列車運転士ですぅ……』
「725列車?」
続いて、別の列車から呼び出しが入った。ヘナ急では列番の末尾についたアルファベットで種別を表していて
Sが特速特急=特特
Aが新特急
Bが特急
Cが急行
無印が普通
といった具合に分けられている。つまり、今は普通列車に呼び出されたことになる。
呼び出しした列車は、終点まであと20分程度という位置におり今までなんらトラブルなく走っていたはずだ。
「725列車運転士用件どうぞ」
『う、運転士
「終点まではキツい?」
『厳しいですぅ……』
おっと、これはちょっと面倒な事になったぞ。
人として生理現象が訪れるのは仕方ないことであり、それは乗務中でも例外ではない。ひとたび乗務が始まれば短くとも30分程度は自由に動けないし、長ければ2時間は運転しっぱなしだ。しかし列車を遅らせるわけにもいかず、ウラガが運転士をやっていた時は意図して食事を抜いていたぐらいだ。
ウラガとアンリは顔を見合せ目線で合図した。アンリは急いでスジ表*3 を見渡して725列車を探す。
「725って逃げ普?」
「あ、あった。逃げ普ッスね」
「マジかぁ……後ろ舐めてる?」
「急行が終点着差1分30秒ッス。ただヘナ川で急行先回しなんで順変しても戻せるッスね」
「だよねぇ」
さて、逃げ普……終点まで先に着く普通列車だが、すぐ後ろには急行が走っている。このまま普通が遅れれば急行も遅れ、当然その後ろまで遅れる。朝のラッシュに対応する為に、この時間は列車の間隔が狭い。本数をギリギリまで増やすために線路のキャパシティをフルに使ってぶん回すからである。
だからこそ一滴の遅れが次の遅れを呼び、大波となって全体に波及するなんてことは珍しくもなんともない。朝ラッシュに電車が遅れやすいのはその為だ。駆け込み乗車で発生する15秒の遅れすら、時間が惜しい。
「よし、急行を先通そう」
「退避変更通告*4出すッス」
どんなに急いだって運転士が用を足して戻ってくるまでに3分はかかる 。その間後ろを塞き止めるワケにもいかないし、遅れを抑えるためには列車の順番を変えてしまうしかない。
725列車から直近の待避ができる駅は2つ先の〈学園裏〉。トイレが近くにあり急行も停まる駅だから都合が良く、普通の乗客を急行へ流せば解決だ。ここから列車、信号所、駅へと情報を発出しなければならない。ウラガとアンリは手分けして動き始めた。
「学園裏駅信号所取れますか?」
『うぃ学園裏』
「上り725列車T対応のため待避線へ入れて、後続の717C先出ししてください」
『725退避、717C先出し承知。接続は?』
「取ります。案内強化を」
『承知と……ったく、またアイスのドカ食いかぁ?』
これで信号所への連絡は済。次は関係する列車への通告だ。受話器を置いて今度は列車無線へと手を伸ばす。
「725列車運転士応答してください」
『725ですぅ……!』
「あなたの車は学園裏で退避、T対応してください。急行を先に通します。車掌にも通告を」
『学園裏でT対応了解ですぅ……』
「そのあと後ろからA特来てるから死ぬ気で運転詰めてね」
『は、はいぃぃぃ……!』
「続いて717C列車、乗務員応答してください」
『はぁい、717Cです』
「前の725列車が学園裏でT対応入ります。あなたの車は先行しますので接続取ってから信号の指示に従ってください」
『学園裏から先行の旨承知でーす』
列車無線*5で交信し、これで乗務員への連絡も終了。あとはこの情報を各駅へと流せば終わりである。
「全駅一斉、指令所です。上り場面725列車、学園裏でT対応を行います。そのため順変し717C先行、学園裏からお客様への案内注意してください。終点では17C先回しのため下り順序は所定復帰です。以上、運輸指令」
これで各駅にも情報が飛び、列車の遅れについて共有が図られた。後は725列車が何分遅れで発車するかによって、後の始末が変わってくる。
カメラを学園裏駅に切り替え様子を見ると、725列車の運転士が停車させたあと急いでホーム端の信号所へと入っていった。普通列車から吐き出された乗客達は向かいのホームへと並び、少しして本線に入ってきた717C列車へと続々乗り込んでいく。
「725……入ったッス」
「オッケー」
乗客があらかた乗り終えたのを確認すると717C列車の車掌は笛を鳴らしてドアを閉める。急行が発車してから少しして、725列車の運転士も戻り信号が変わるまで待機。手筈どおりに順番を変え、普通列車は遅れて発車していった。
あとは後ろから来る新特急に追いつかれないよう気合いを入れて走ればいい。このまま行けば終点までギリギリ逃げ切れるはずだ。
モニターを弄り、カメラを全体監視モードへと切り替える。イスの背もたれへ身体を沈め首を回した。こうも頭を使うデスクワークだけではそりゃあ肩も凝る。
「ほら、アンリが余計な事言うから」
「え~!?アタシのせいッスかぁ!!?」
たまには私もフルノッチ*6で最高速、ATS*7をぶっ叩くようなツッコミ制動をしたいものである。それで0ピタ停車した時などたまらなく脳汁が出るもんだ。それに、
少し空気が弛緩した。幸い後ろに指示待ちは無いし、コーヒーでも淹れ───
『指令所指令所!応答願います!』
ほら見た事か。間髪入れずの指令呼び出しに思わず溜息が漏れる。アンリをじっとりと見つめると、サッと目を逸らしやがった。こんの……!
列車無線から響く叫び声……この声は最近ミレ環から異動してきたニュービーちゃんじゃないか。どうやら独車*8初乗務で早速ゲヘナの洗礼を受けているらしい。師匠がいる時は全くトラブルに当たらないのに、1人になった途端ぶち当たるのはなんなんだろうね。
「はい指令所」
『こちらゴールデンタウン通過しました上り861A車掌です!』
「861A車掌、用件どうぞ」
『車内トラブルですぅ!不良同士が喧嘩して発砲しましたぁ!』
「不良はどこに乗ってますか?」
『あ、あの応援を……!』
「ど こ に 乗 っ て ま す か ? 何号車でしょう?」
『あ、は、8号車に』
「そいつらは発砲した時点で客じゃないので、車掌で鎮圧できませんか?」
『わ、私だけじゃ無理ですっ!な、なんか流れ弾が当たったとかで周りもヒートアップしちゃって』
「マトモな人は前後車両に移して、その車だけ締切ってください。次の停車駅で駅員を手配します」
どうやら車掌はテンパってしまっており、
まだ、彼女は完全にヘナ急に染まってないのだろう。平然と銃を突きつけられるこの線区で必要なのは気合と根性、そして
「サイドビーチ駅応答できますか」
『サイドビーチでございます』
「次、上り到着の61A8号車、車内にて不良同士のトラブルで発砲ありです。人数不明ですが鎮圧対応願えますか」
『ち、鎮圧対応でございますか?…………ヨッシャアアアアアアアアアアア!!野郎共仕事が来たぞオラ!!!!!』
うん、やべえ所に電話かけちまった。こいつら暴れたいだけだわ。受話器の向こうでは野太い鬨の声が響き、音割れノイズが耳をつん裂く。思わず顔を顰めてしまったが許して欲しい。
『何分だァ!?何分でヤりゃいい!!!?!?』
「2分で。後は運転士に巻かせます」
『そんだけありゃ充分だァァァァァ!全員やっちまって良いんだなぁ!?!!?』
「やっちゃえバーサーカー」
「サンライズタウン通過した上り61A、運転士応答できますか?」
『61A運転士』
「車掌から話は聞いてますか?」
『済』
「次のサイドビーチで駅員対応入ります。3分で片付けますのでそのあと、回復*9に努めてください」
『承知』
そうこうしてる内に、まもなく列車は
『お客様ァァァァ!!車内での銃撃戦は困りますよお客様ァァァァァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙!!!』
『おわぁ!?なんだテメェら!!??』
『駅員だ!やっちまえ!!ふぎゃっ!!?』
1、2、3……いや多い多い。車掌が扉を開けた途端、総勢6名の駅員たちが前後から乗り込み、トラブっていた不良共を
車両内のトラブルは原因がどちらにしろ喧嘩両成敗。それがハイランダー。それがヘナ急。
『待て待て!あっちがぶつかってきたんだって!』
『あぁ!?テメェが邪魔くせえ所から動かねえからだろうが!』
『で?』
『いやだからあっちがぐべぇ!!?』
『遅れてんだよ電車がよォ!!!』
主任のシールドバッシュからの0距離
『暴れていた
「承知しました。車掌に通告後発車させてください」
ここまで1分44秒。風邪をひきそうな落差だが、本当に彼女らは2分以内で捌き切った。後は転がっている不良共を簀巻きにして連行するだけだ。
駅員から合図を受けた861Aは扉を閉め、多少の遅れを持って発車していく。
「1分52秒延発、報告書要らずッスね」
「上出来だよ」
僅かな遅れに収めることができれば報告書を書かなくて済む。上出来だ。そもそも報告書を書いたところで、上層部が気にするところなぞ遅延による損害とどれだけ修理費が飛ぶかだ。生徒の怪我や現場の疲弊なんて見ちゃいない。
「もぉこれだからアンリの日は」
「えぇー!それ言うならパイセンが出番の日ッスよぉー!!」
この業界には、こんなジンクスもある。
特定の、