『うげっ』
『どしたんすか、先輩』
『やっばいなぁ……今日の指令ウラガとアンリだわ』
『えっ!?あの嵐を呼ぶコンビっすか!』
『そう、その特攻野郎共だよ……たぶん今日は荒れるぞ?片方でもやべぇのに』
『うちの駅になんもなきゃいいですけどね』
『だといいんだがな……こればっかりは祈るしかねぇや』
────ある駅員たちの会話
『指令所、指令所』
少しもしないうちに、再び呼び出される列車無線。今日はよく鳴るなぁと溜め息を吐いた後すぐこれだ。
「大人気だね私ら」
「ファンサでもしとくッスか?わっぴ~☆って」
「いいねそれも。後で乗務区に縛られるかもだけど」
私だったら緊急で呼び出した無線に『わっぴ~☆』なんて返答されたらブチ切れる自信があるな。無言の笑顔でにじり寄ってくる奴らなんて怖くてたまらないよ。
「はい、指令を呼んでる列車?」
『カヴァータ到着上り913B車掌です』
「913B?はい、用件どうぞ」
『戸袋*1障害発生です』
「戸袋障害、場所は?」
『4号車2番ドアです。応援お願いします』
おおっと。ラッシュ時間帯稀によくある戸袋障害。ドアが引っ込むところに身体や荷物が引き込まれてしまうトラブルだ。すぐに現物を回収できればいいものの、面倒な引っかかり方をすればドアが開かなくなったりするため厄介なものである。
目で合図をする前に、既にアンリは件の駅へ連絡を始める。初めは戸惑っていたのに成長したなぁ……と感慨深い気持ちが湧き上がった。おっと、まだ私のやる事は終わってない。
「913B車掌、挟まってるモノは何です?体ですか?」
『MP5のストックですね。リトラストックなんで抜けなくて』
「では、ドアコック*2操作許可します。復帰点検後指令呼び出してください」
『承知です』
終話と同時、後続列車が進まないよう前駅に抑止表示*3を出す。
「カラフル到着上りの827列車は応答してください」
『はーい、827列車でース』
「あなたの前を走る車がカヴァータでドア点検行っているため抑止とします。再度指示出しするまでカラフルで停車してください」
『あい了解でス』
カヴァータ駅のカメラにアクセスし、当該車両のアングルに切り替えてみると、車掌と駅員がワラワラ集まり試行錯誤を繰り返していた。 こういう時、指令室からは見ていることしかできないもどかしさがある。
『おいこれ完全に抜けねえ』
『捻ってみ?』
『あー折れる!折れるって!オレのMP5!』
『あ?てめえがドア横地蔵してんのが悪いんだろうが!』
まだ少し時間がかかりそうだな……。しかし、当該が優等種別だから先程やったように待避駅変更はかけられない。そうしている内に、遅れ時分は2分を回る。
「さて何分持つか……」
もう破壊するなりなんなりして引っこ抜いてしまえばいいのに。客の荷物なんぞ知らぬ存ぜぬ自己責任……とは思うものの後々モメる可能性も無きにしも非ず。
今はSNSに対応した係員が晒されるなんてこともあるのだ。現場を守る為には待つしかない。まあキヴォトスじゃ、その前に乗客の暴動という別の問題が起こるのだが。
「運輸指令から各列車に通達です。カヴァータ場面では上り913Bドア点検のため後続抑止としております。機外停車*4しないよう努めてください。先行も指定なしの調整とします」
各所一斉に列車無線を流しているうちにも、TIDに表示される列車の遅延時分がどんどん加算されていく。そろそろ誤魔化しのできない遅延になってきてしまった。
カヴァータ駅のホームは右、対してこの先の停車駅は左側のドアしか使わない。よし、決めた。もうこれ以上は後続も待たせられない。業務用の端末を手に取り、現場にいる主任へとコールする。
『はい!カヴァータです!』
「こちら指令所です。状況はどうですか?」
『いやーどうにも噛み合っちゃって抜けんすよ!』
「では、その扉は鎖錠*5のうえ、閉固定としてください。処置完了次第運転再開します」
『鎖錠!閉固定!承知です!』
913Bの乗務員にも内容を伝え、程なくして運転の再開許可を出す。遅れた時間は約7分……まだ平和な方だ。
終点のヘナ川がちょっと
後続の列車の抑止を解除し、時間差で先行列車の調整も解除する。
「よしアンリ、913Bが裏屋敷通過したら先行の普通調整解除して」
「了解ッス」
さあ動かしてからが本番だ。ここから、動き出した列車たちの間隔や順番を調整し、遅れを均一化させなければならない。
前の列車はさっさと動かせと思うかもしれないが、そうすれば間隔が空いてしまった分乗客が集中し、余計に遅れが増大してしまうのだ。
「シオリ!」
「あいー」
「ヘナ川に検車員お願い」
「913Bの4号車2番ドアね。手配しとく」
「さすが耳がお早い。それと8両もんの余りあったっけ?」
「んー……4+4にすれば捻出できるね。
「あればいいよ。もし車交*6なら組まなきゃだから」
「それも検車区とやり取りね」
折り返しで多少の時間ができるので終点駅に専門の生徒を手配し、より詳しく点検を試みる。直るならそれで万々歳、ダメなら途中で車両交換するしかない。その為の布石ま。
「ヤスコー!」
「ほいほい~『ヘナ急線はカヴァータ駅でドア点検のため一部列車に遅れが発生しています』と、サイトとアプリ反映ヨシ」
「あざます!」
指令所には運転を指示する指令員だけではなく、車両のシフト管理や駅施設の管理、運行情報を更新するなど、それぞれの分野で手分けして業務を行う生徒がいる。
だいたいの路線で5~10人程度、運輸指令室全体なら実は結構な人数が詰めていたりするのだ。しかも今日は3年生ばかり、歴戦の猛者が集ってる当たり日。やり易さが全然違う。
まあ、何かあって騒がしいのはだいたい
「本当に忙しくて見てて嫌になりますわね?ゲヘナさん?」
「ああ、やり甲斐あって楽しいよ」
ああ、スミヨのやつ出番だったか……今日は隣からずっとチクチク言われんのかな。くそー出勤簿ちゃんと見てなかった。
「そういえば、この前そちらの車掌さんが『シャーレの先生』に食ってかかったそうですわね?」
「あれはトリニティ生とセットで無賃乗車してたからね」
「事情も聞かず
「食ってかかったの、元トウ横の車掌だけどその辺大丈夫そ?」
「んな……!?」
その後、車両が爆破されるわ横転するわゲヘナ風紀委員会が介入するわ護送車編成まるまる破壊されるわで、てんやわんやしてしまったが。
まーCCCは『そっちでやっといて』って丸投げだし、上層部は金貰ってるからダンマリ。完全復旧までに数日を要したのだ。あの時は大変だった。
アレに比べたら日常のあれこれなんて些細なモノと言えよう。ぴーぴー言う隣は意識の外に追いやり、運行の振替えを続ける。
「913B運転士応答してください」
『はい913B運転士ですぅ』
「あなたの車はヘナ川で検車員の点検が入ります。ホームではなく引き上げ線*72番回しとなりますので信号に従ってください」
『あはい、折り返し1014Aなんですが車は?』
「後続の急行を直で使いますので待機としてください。折り返しスジは1012C予定です」
『折り返し1012C予定承知ですぅ』
先程戸袋障害を発生させた車両は本来であれば、終点のヘナ川駅に着いたらそのまま下りの新特急として使用するはずだった。しかし車交の必要性を判断するために少し点検する時間が欲しい。
その為には一旦引き上げ線で休憩させ、故障した扉の点検を試みる必要があった。だが、そうすると使うはずだった車両が無くなってしまう事態が発生する。使える車両が無くなってしまったら“運休”という措置に踏み切らざるを得ない。
そうならない為に、“車両のシフトを交換”してしまうのだ。
「ちょっと先輩、引き上げ2番埋めたら車回せないッスよ」
「?」
「もう1本、普通車挟んでるんで引き上げ線詰まっちゃいます」
まあ、その指摘はごもっとも。だがその為の方法はもう考えてある。
「下り本線空いてるじゃん。渡り線突っ込んで車回そ」
「あっスゥー……」
「覚えておきなよ。渡り線の使い方」
こと鉄道において、上り下りの線路があるなら通常は方向固定で一方通行。だから、これからやる事はある意味禁忌。既に察しのついたアンリが妙な顔をしてる。
「911C列車運転士応答できますか?」
『911Cです~』
「あなたの車は恐れ入りますが、ヘナ川到着後お客様降ろしましたら
『ヘナ川到着後逆出発、下り据え付け承知です~』
『はいヘナ川~』
「運輸指令です。913Bなんですが点検の時間を取りますので引き上げ線2番へ入れて折り返しを1012Cの急行へ落とします。911Cを逆出発させて下り本線据え付け、1014A充当しますのでUST発動準備しておいてください」
『UST準備了解です~』
いったん下り線側へ出した列車を
「これが
これが他の指令なら思いついてもやらないだろう。禁忌を犯すわけだから、遵法精神どこいったとスオウに詰められかねない。だけど配線と信号回路はなぜかそれができるように設計されているなら使わない手はない。
初めは「えぇっ!?」みたいな反応だったが、私が指令の時に頻繁に指示したおかげで今では皆「あーあれね」みたいな反応になっている。それどころか皆して使うようになったのが現金なもので。
これで順番はズレないし、遅れを引きずったまま折り返す事もなしっと。
「相変わらずめちゃくちゃやりますわね……」
「まーこれで一段落ッスね」
「お前はまた……ま、いいや」
さすがにこれだけ