『いちご100% ~名脇役は青春の主役になれるか~』 作:Gussan0
続き書けたで候。
では、どうぞ∠( ゚д゚)/
風邪は二日で治った。
日曜の朝には熱も下がり、月曜日には普通に学校へ行けたのだが――教室に入った瞬間、真中に肩を掴まれた。
「境野!生きてるか!?」
「見れば分かるだろ」
「熱は!?」
「平熱」
「ほんとか!?」
「朝からうるさい」
「だってお前、昨日の連絡『下がった』だけだったじゃん!」
「必要十分だろ」
「足りねえよ!」
何をそんなに怒っているのか。
席へ鞄を置いていると、東城もこちらへやってきた。
「境野君、もう大丈夫?」
「ああ。昨日から平熱」
「無理してない?」
「してない」
「本当に?」
「……なんで疑うんだ」
「境野君だから」
「どういう意味だよ」
東城が小さく笑う。
「でも、よかった」
それだけ言って自分の席へ戻っていく。その背中を見送りながら、俺は首を傾げた。
最近、東城まで西野みたいなことを言うようになってないか?
昼休みには三年二組から西野までやってきた。
「境野君、ちゃんと来てる」
「来るだろ」
「昨日は?」
「寝てた」
「ご飯は?」
「食った」
「薬は?」
「飲んだ」
「よろしい」
「だからなんでお前は上からなんだ」
「心配かけた罰」
「理不尽だろ」
西野は笑って、いつものように俺たちの輪へ入った。
たった二日休んだだけなのに、妙に大げさな連中だ。
そう思いながらも、不快ではなかった。
十二月は、そのまま一気に過ぎていった。
期末テストが終わり、冬休みに入り、年が明ける。勉強会は毎週必ずという形ではなくなり、それぞれが自宅で進めた上で、必要な時だけ集まるようになった。
俺と東城は過去問でも合格圏を安定して取れている。大草は推薦が決まっている。それでも時々顔を出して、真中や小宮山に英語を教えていた。
西野も順調だった。
「八十一点」
「お、上がったな」
「でしょ?」
泉坂の過去問を採点した西野が得意そうに答案を見せてくる。
「前より十点くらい上がってる」
「ちゃんと勉強してるからね」
「その調子なら問題なさそうだな」
「……境野君って、こういう時もうちょっと褒められないの?」
「上がったって褒めただろ」
「もっとこう、『すごいじゃん西野!』とか」
「すごいじゃん西野」
「棒読み!」
西野が答案で俺の腕を叩く。
「痛い」
「絶対痛くないでしょ」
その向こうで、真中が頭を抱えていた。
「……六十三」
「前より下がってるじゃん、淳平君」
「言うなぁ!」
「真中、ここの大問ほぼ落としてるぞ」
「分かってる!」
「分かってるなら直せ」
「境野が冷たい!」
「じゃあ私が見るよ」
東城が真中の答案を覗き込む。
「ここ、途中までは合ってるから――」
「マジ?」
「うん。たぶん途中で符号を間違えてる」
「あ、本当だ!」
真中が身を乗り出し、東城も答案へ顔を近づける。
その様子を見ていた西野が、一瞬だけ二人へ目を向けた。
ほんの一瞬だった。
「西野?」
「ん?」
「どうした」
「別に?」
いつもの笑顔。
ただ、声の調子がほんの少し違った気がした。
視線、呼吸、表情。そういうものから違和感を拾うこと自体は難しくない。
だが、その理由までは分からない。
……いや。
真中と東城を見ていたんだから、ある程度は想像できるか。
「次これやろ」
西野が別の過去問を開いた。
「まだやるのか?」
「やる。私、泉坂受けるって決めたんだから」
軽い口調だったが、その目は真剣だった。
「落ちたら格好悪いじゃん」
「そういう問題か?」
「そういう問題でもあるの」
「なら付き合うよ」
「ありがと」
西野は笑った。
俺はそれ以上聞かなかった。
一月も後半になると、さすがに真中と小宮山の顔から余裕が消えた。
「境野……」
「今度は何点だ」
「聞かないでくれ」
「見せろ」
「嫌だ!」
「見せろ」
「鬼!」
「お前が頼ってきたんだろ」
答案を奪う。
「……五十八」
「うわああああ!」
「騒ぐな。今回は問題との相性も悪い」
「境野……!」
「ただし、この三問は取れた」
「境野ぉ……」
「抱きつくな」
押し返す。
隣では小宮山が東城に答案を見せていた。
「東城!俺は!?」
「えっと……」
東城が困っている。
「正直に言っていいぞ」
「境野!?」
「……もう少し、頑張ろう?」
「東城ぉ!」
「ほら勉強するぞ」
泣き崩れる小宮山の襟を大草が掴む。
「お前なんでいるんだよ!推薦組!」
「暇だったから」
「帰れ!」
「教えてやってんだろ」
「ありがとうございます!」
忙しい奴だ。
それでも、小宮山も確実に伸びている。最初の頃なら解けなかった問題を、今では時間をかければ解けるようになった。
真中も同じだ。
少なくとも、二人とも「運が良ければ」ではなく、ちゃんと合格を狙える位置には来ている。
ここから先は本人次第だ。
入試が近づくにつれ、学校でも進路の話ばかりになった。
そんなある日の放課後。
「境野君」
文芸部の部室で、東城が原稿用紙から顔を上げた。
「ん?」
「もうすぐだね」
「入試?」
「うん」
「そうだな」
俺は読んでいた本を閉じる。
「緊張してる?」
「多少は」
「境野君でも緊張するんだ」
「俺を何だと思ってるんだよ」
「なんでも平気そうな人」
「最近そればっかり言われるな」
東城がくすっと笑った。
「東城は?」
「……ちょっと怖い」
「過去問なら十分取れてるだろ」
「そうなんだけど」
東城は原稿用紙の端を指で撫でる。
「もし駄目だったらって考えちゃう」
「それはみんな同じだろ」
「境野君も?」
「ああ」
「……そっか」
少し意外そうだった。
「試験なんだから絶対はない。でも、今までやったことまでなくなるわけじゃないだろ」
「うん」
「当日やれることやればいい」
「……うん」
東城はもう一度頷いた。
「境野君と話すと、ちょっと落ち着く」
「そう?」
「うん」
そう言って笑う。
以前なら、ここで俯いていた気がする。
眼鏡を外したとか、三つ編みをやめたとか。そういう外見だけじゃない。
東城は少しずつ変わっている。
「それに」
「ん?」
「境野君も受けるし」
「まあな」
「真中君も、西野さんも、小宮山君も」
「大草はもう決まってるけどな」
「うん」
東城が笑う。
「みんなで受かりたいね」
「そうだな」
それは俺も同感だった。
そして入試前日。
なぜか全員、俺の家にいた。
「……お前ら」
「何?」
「前日に集まる必要あった?」
俺の問いに、真中と小宮山が揃って目を逸らす。
「家で一人でいると落ち着かねえんだよ!」
「俺も!」
「知らん」
「まあまあ」
大草が笑う。
「俺は明日受けないから気楽だけど」
「帰れ推薦組!」
「今日は特に腹立つ!」
「ひどくね?」
西野と東城まで笑っている。
結局、最後の確認という名目で集まったものの、今さら新しいことを詰め込む意味はない。苦手な部分を軽く確認して、早めに切り上げることにした。
「今日は八時まで。帰ったら風呂入って寝ろ」
「先生!」
「誰が先生だ」
「境野先生、明日の持ち物は!」
「受験票、筆記用具、時計。あと昼が必要なら昼飯。忘れ物するな」
「はい先生!」
「小宮山まで乗るな」
「境野君、本当に先生みたい」
東城が笑う。
「お前まで言う?」
「だって、みんな境野君に聞くから」
「自分で確認しろって話だよ」
「でも境野なら忘れなさそうじゃん」
真中が当然のように言った。
「困った時に聞けば大体答えてくれるし」
「そうそう」
西野まで頷く。
「境野君に聞けばなんとかなる感じ」
「なんだそれ」
「分かる」
大草も同意した。
「お前、なんだかんだ全部見てるしな」
「俺は!?」
小宮山が聞く。
「お前はまず受験票を鞄に入れろ」
「入れた!」
「確認した?」
「……してくる!」
「ほらな」
全員が笑った。
俺はため息をつく。
いつの間にこんな役になったんだ。
前世でも似たようなことはあった。主演が本番に集中できるように周囲を見て、若い役者が緊張していれば声をかける。スタッフと役者の間を取り持つこともあった。
名脇役。
そう呼ばれていた俺にとって、人を支えるのは珍しいことじゃない。
ただ――。
「境野君」
東城に呼ばれて顔を上げる。
「境野君は、大丈夫?」
「俺?」
「うん」
「何が?」
「みんなのことばっかり気にしてるから」
言われて、少し言葉に詰まった。
「俺は大丈夫だよ」
「受験票は?」
「ある」
「筆記用具」
「ある」
「時計」
「ある」
「緊張は?」
「……多少」
「じゃあ」
東城が微笑む。
「境野君も今日は早く寝ないとね」
西野がすぐ乗ってくる。
「そうだよ。私たちに偉そうに言って、自分だけ夜更かししたら駄目だからね」
「しないよ」
「本当に?」
「お前ら最近俺を信用してないだろ」
「信用してるから言ってるの」
意味が分からない。
「境野」
真中が笑う。
「明日、一緒に受かろうぜ」
「……おう」
「俺も!」
「小宮山は特にな」
「なんで俺だけ!?」
また笑い声が上がった。
八時前。
全員を玄関まで見送る。
「じゃあ明日な!」
「ああ」
「寝坊しないでよ、淳平君」
「しねーよ!」
「小宮山も」
「なんで俺も!?」
「お前はしそうだから」
「境野まで!」
「東城も気をつけて帰れよ」
「うん。境野君もちゃんと休んでね」
「分かってる」
大草だけは明日、俺たちと同じ試験会場へ向かわない。
「頑張れよ、お前ら」
「おう!」
真中が拳を上げる。
「全員受かって、高校でもよろしくな!」
一瞬、誰も何も言わなかった。
東城が最初に笑った。
「うん」
「もちろん」
西野も続く。
「俺も絶対受かる!」
「だから小宮山は声がでかい」
「境野!」
「……まあ」
俺は玄関に並ぶ五人を見る。
「高校でもこの面子ってのも、悪くないな」
口にしてから、少しだけ驚いた。
真中がにやっと笑う。
「だろ?」
「その顔やめろ」
「境野君がそんなこと言うなんてねー」
「西野まで」
東城は何も言わなかった。ただ、嬉しそうに笑っていた。
やがて全員が帰り、門の向こうへ姿が消える。
明日は泉坂高校の入学試験。
机の上には受験票。筆記用具も確認した。時計も問題ない。
準備はできている。
あとは受けるだけだ。
前世では、数え切れないほど本番前夜を経験した。舞台、ドラマ、映画、アフレコ。どれだけ経験しても、本番前に何も感じなくなることはなかった。
それでいい。
緊張するのは、失敗したくないと思っているからだ。
今回も同じだった。
俺は受験票を手に取る。
自分が受かりたい。
それだけじゃない。
真中も。東城も。西野も。小宮山も。
全員で受かりたい。
いつの間にか、そう思うようになっていた。
受験票を鞄へ戻し、部屋の電気を消す。
「……寝るか」
明日の朝は早い。
中学編はもう少しで終わります。
では、また∠( ゚д゚)