『いちご100% ~名脇役は青春の主役になれるか~』 作:Gussan0
続き書けたで候。
では、どうぞ∠( ゚д゚)/
放課後。
帰り支度をしていると、教室の入口からこちらを覗く人影があった。
「境野君」
東城だった。
「あ、東城さん」
先に気づいた西野が声をかける。
「どうしたの?」
「えっと……境野君と約束してて」
「約束?」
西野の視線が俺へ向く。
「文芸部。見に行くって言ってただろ」
「ああ、そっか」
納得したように西野が頷く。
「二人とも中学でも文芸部だったもんね」
「うん」
東城が答えてから、俺を見る。
「……行ける?」
「大丈夫。ちょうど終わったところ」
鞄を持って立ち上がる。
すると西野が、机の上に広げていた部活動案内へ目を落とした。
「二人とも、もう入る部活決めてるんだ」
「俺は一応そのつもり」
「私は……まだ見学してからだけど」
「そっか」
「西野は?」
「んー、まだ考え中」
西野はそう言いながら案内をぱらぱらとめくる。
いくつか気になるところはあるらしい。
「じゃあ、また後でね」
「後で?」
「みんなで帰るんでしょ?」
「ああ、そういうことか」
今日は真中たちとも帰る約束をしているらしい。
「先に終わったら昇降口にいるから」
「分かった」
「東城さんも、また後で」
「うん」
西野と別れ、東城と二人で廊下へ出る。
放課後の校内は、昼間とはまた違った騒がしさがあった。運動部の勧誘に捕まっている一年生。楽器を抱えて歩く上級生。教室の前で部員募集の紙を配っている生徒もいる。
「人、多いね」
「この時期だからな」
「中学とは全然違う……」
東城が周囲を見回す。
確かに、規模が違う。
俺たちがいた中学の文芸部なんて、最後の方はほとんど俺と東城の二人で過ごしていたようなものだった。
「緊張してる?」
「えっ?」
「さっきから部活動案内握りしめてる」
「あ……」
東城が慌てて手元を見る。
紙の端が少し曲がっていた。
「ご、ごめん」
「俺に謝ることじゃないだろ」
「そうだけど……」
東城が紙を直す。
「やっぱり、一緒に来てもらってよかった」
「そう?」
「うん。一人だったら、部室の前でしばらく入れなかったかも」
「そこまで?」
「……多分」
否定できないあたりが東城らしい。
「まあ、見学するだけだろ」
「境野君は緊張しなさすぎなの」
「緊張しても部室は逃げないし」
「そういう問題じゃないよ……」
少しだけ頬を膨らませる。
その様子を見る限り、さっきよりは緊張も抜けたらしい。
案内を確認しながら校舎を歩き、やがて目的の教室へ辿り着く。
扉の横には『文芸部』と書かれた札が掛かっていた。
東城が立ち止まる。
「……ここだね」
「だな」
「…………」
「入るぞ?」
「ま、待って」
「待つの?」
「ちょっとだけ」
「じゃあ五秒」
「短いよ!」
「十秒」
「そういう問題じゃなくて……!」
小声で抗議してくる。
さっきまでより声が出ているなら大丈夫そうだ。
少し待ってから、扉をノックする。
「失礼します」
「し、失礼します」
中へ入った瞬間、中学との違いが分かった。
部室にはすでに何人もの生徒がいる。本棚には小説や文芸誌が並び、机の上には原稿用紙やノート、過去のものらしい部誌も何冊か置かれていた。
誰かが本を読んでいる横で、別の誰かが原稿を書いている。
二人だけで静かに過ごすことの多かった中学の文芸部とは、空気からして違う。
「一年生?」
声をかけられ、俺と東城がそちらを見る。
「はい。見学に来ました」
「二人とも?」
「はい」
「そっか。歓迎するよ」
声をかけてきた上級生が立ち上がる。
「部長の五十嵐。よろしく」
「一年四組、境野新です」
「一年八組の東城綾です。よろしくお願いします」
東城が少し硬い声で頭を下げた。
「そんなに緊張しなくても大丈夫。見学なんだから」
「は、はい」
「二人は知り合い?」
「同じ中学です」
俺が答えると、東城も頷いた。
「中学でも、一緒に文芸部でした」
「へえ。じゃあ経験者なんだ」
「経験者ってほど大したことしてませんけど」
「境野君」
「事実だろ?」
東城が少し不満そうな顔をする。
中学の文芸部は、良くも悪くものんびりしていた。本を読んだり、感想を話したり。そして俺の場合は、東城が書いている小説を読ませてもらうことが多かった。
「ここは部誌も作るんですか?」
机に置かれた冊子へ目を向ける。
「作るよ。小説を書く人もいるし、詩を書く人もいる。書評なんかもあるし、何を書くかは割と自由かな」
「へえ……」
隣から小さな声が聞こえた。
東城の目が部誌に向いている。
さっきまでの緊張が薄れ、代わりに興味が前へ出てきていた。
「東城さんは何か書く?」
「えっ?」
「中学でも文芸部だったなら、小説とか」
「……書いてます」
声はまだ小さい。
けれど、否定しなかった。
「小説?」
「はい」
「どんな話?」
「えっと……」
東城が言葉に詰まる。
一瞬だけ俺を見る。
ただ、ここで俺が代わりに説明することでもない。
黙って待つ。
「……まだ、完成してないんですけど」
やがて東城が自分で口を開いた。
「ずっと書いている話があって」
「いいじゃん」
五十嵐部長はあっさり言った。
「完成してなくても、書き続けてるなら立派なもんだよ」
「……はい」
「入部したら、いつか読ませてもらえる?」
「えっ」
東城が固まった。
分かりやすい。
「もちろん嫌なら無理にとは言わないけど」
「あ、いえ……嫌じゃないです」
東城が少し迷ってから答える。
「……完成したら」
「うん。それでいいよ」
その言葉に、東城がほっとしたように息を吐いた。
以前なら、自分から小説を書いていると話すこと自体、もっと躊躇していたと思う。
少しずつではあるけど、変わっている。
「境野君は?」
「俺ですか?」
「何か書くの?」
「読む方が多いですね。あとは感想を言ったり」
「境野君の『感想を言うだけ』は、あんまり信用しない方がいいです」
隣からそんな声が飛んできた。
「東城?」
「だって……」
東城が俺を見る。
「いつも私が気づいてないところまで気づくから」
「そう?」
「そうだよ」
妙に強く断言された。
五十嵐部長が俺たちを見比べる。
「ずいぶん長い付き合いなんだね」
「中学一年からなので」
「三年か」
「そうですね」
「……三年」
東城が小さく繰り返した。
言われてみれば、それなりに長い。
中学一年で同じクラスになり、文芸部でも一緒になった。
それから三年。
高校ではクラスが離れたが、こうしてまた同じ文芸部の部室にいる。
「とりあえず今日は好きに見ていって。ほかの部員とも話してみるといいよ」
「ありがとうございます」
「ありがとうございます」
五十嵐部長と別れ、東城と部室の中を見て回る。
好きな作家について話している先輩もいれば、締め切りがどうとか言いながら原稿用紙と睨み合っている先輩もいる。
同じ文芸部でも、中学とは随分違う。
東城も最初こそ俺の隣からほとんど動かなかったが、部誌を見せてもらったり、先輩から好きな小説を聞かれたりするうちに、少しずつ自分から話すようになっていた。
俺と二人だけだった場所から、もっと広い場所へ。
東城にとっては、悪くない変化なのかもしれない。
「境野君」
「ん?」
東城が一冊の部誌を持ってくる。
「これ、見て」
二人で中身を覗き込む。
「小説、いっぱい載ってる」
「東城もそのうち載せれば?」
「えっ!?」
「入るなら書く機会あるだろ」
「そ、それはそうだけど……」
「嫌?」
「嫌じゃない」
東城がもう一度部誌を見る。
「むしろ……ちょっとやってみたい」
「じゃあいいじゃん」
「簡単に言うね、境野君」
「書くのは東城だからな」
「もう……」
困ったように言いながらも、東城は笑っていた。
しばらくして、俺たちは文芸部を後にした。
「どうだった?」
廊下へ出てから聞いてみる。
「……楽しかった」
返事は早かった。
「なら決まり?」
「うん」
東城が部室の扉を一度振り返る。
「私、文芸部に入ろうと思う」
「そっか」
「境野君は?」
「俺も入るよ」
東城がこちらを見る。
「ほんと?」
「最初からそのつもりだって言っただろ」
「そうだけど……」
東城が少しだけ笑う。
「よかった」
「そんなに?」
「だって……」
少し考えてから、東城が言う。
「高校でも、境野君に読んでもらえるから」
一瞬、返事が遅れた。
東城はそのまま続ける。
「中学の時からずっと読んでもらってたし……境野君の感想、私、好きだから」
「……そっか」
「うん」
東城にとって小説は大切なものだ。
その大切なものを俺に読ませたいと思ってくれている。
それなら、それで十分だ。
「今書いてる小説も、いつか完成するといいな」
「うん。ちゃんと完成させるから」
「急がなくていいよ」
東城が俺を見る。
「東城の小説なんだから、東城が納得するまで書けばいい」
「……うん」
少しの沈黙。
それから東城が、小さく笑った。
「完成したら、一番に読んでね」
「ああ」
俺は迷わず答えた。
東城と一緒に昇降口まで下りると、すぐに聞き慣れた声が飛んできた。
「遅いぞ、二人とも!」
真中だった。
近くには西野と小宮山もいる。
「文芸部見てたんだから仕方ないだろ」
「分かってるけどさ」
「おかえり、二人とも」
「ただいま、西野さん」
「大草は?」
姿が見えないので尋ねる。
「あいつならサッカー部」
真中が答えた。
「もう練習行ったぞ」
「ああ、そうか」
高校に入れば、全員がいつでも同じ時間に帰れるわけじゃない。
クラスも違えば、部活も違う。
昼休みには自然と中庭へ集まっていても、放課後まで毎日六人一緒というわけにはいかないらしい。
「それより、どうだったんだ?」
真中が東城を見る。
「文芸部」
「うん。楽しかったよ」
「入るの?」
「そのつもり」
「そっか!」
真中が嬉しそうに笑う。
「東城、小説書いてるもんな。いいじゃん!」
「……うん」
東城も嬉しそうだった。
やっぱり、真中から自分の小説を肯定されることは、東城にとって特別なんだろう。
「境野君も?」
西野が聞いてくる。
「ああ。俺も入る」
「やっぱり二人とも一緒なんだ」
「中学からだしな」
「そっか」
西野は笑って頷いた。
四人――小宮山も含めれば五人で、校門を出る。
大草がいないだけで、いつもの顔ぶれだ。
しばらく歩いたところで、西野がこちらを向いた。
「あ、そうだ。境野君」
「ん?」
「明日の放課後って空いてる?」
「明日?」
特に予定はない。
「空いてるけど」
「じゃあさ」
西野が少しだけ間を置く。
「調理部、一緒に見に行かない?」
「調理部?」
「うん」
俺より先に真中が反応した。
「調理部!?」
「何、淳平君」
「いや……別に」
「声大きかったけど?」
「だから、別に!」
分かりやすい。
とはいえ、俺も少し意外だった。
「西野、普段から料理するの?」
「するよ!」
「何その反応」とでも言いたげに西野が俺を見る。
「私だって料理くらいするって」
「いや、悪い」
「失礼だなあ」
「で、調理部が気になってるの?」
「うん。普通の料理もだけど……」
西野が少し考える。
「お菓子とか作るのも、ちょっと興味あるし」
「お菓子か」
「うん」
将来どうするとか、そんな大げさな話ではないんだろう。
ただ少し興味がある。
今は、それだけらしい。
「それで境野君、料理できるでしょ?」
「まあ、自炊してるからな」
「一人で見学するのもちょっと緊張するし……境野君と一緒なら、普通に楽しそうだから」
「西野でも緊張するんだな」
「境野君、私を何だと思ってるの?」
「一人でも普通に入っていけるタイプ」
「ひどい」
「褒めてる」
「絶対嘘」
西野が笑う。
調理部か。
毎日料理はしているが、ほとんどは祖母から教わったものと独学だ。ほかの人間の作り方を見る機会は、それほど多くない。
「……俺もちょっと興味あるな」
「ほんと?」
西野の表情が明るくなる。
「ああ。家で作るのと、部活でやるのじゃ違いそうだし」
「じゃあ決まりね」
「決まるの早いな」
「いいじゃん。境野君も興味あるんでしょ?」
「まあな」
「じゃあ明日ね」
「ああ」
そんな俺たちのやり取りを、真中が横から見ていた。
「……境野と西野で行くんだ」
「そうだけど?」
「いや、別に」
「またそれ?」
「いいだろ!」
西野がくすくす笑う。
反対側を見ると、東城とも目が合った。
「調理部……境野君、料理上手だもんね」
「毎日作ってるだけだよ」
「でも、この前も美味しかったし」
「ありがと」
「……うん」
東城はそれ以上何も言わなかった。
ただ、一瞬だけ俺と西野を見ていた。
それが何を意味するのか。
無理に答えを出す必要はない。
人間の気持ちは、一つだけじゃない。
「そういう真中は?」
「え?」
「部活。もう考えてただろ?」
尋ねると、真中の顔が一気に明るくなった。
「ああ!」
待ってましたとばかりに胸を張る。
「勿論、映像部!」
真中が拳を握る。
「高校入ったら、絶対見に行こうと思ってたんだよ!映画撮るならやっぱ映像部だろ!」
「もう見に行ったの?」
東城が尋ねる。
「いや、まだ」
「まだなのかよ」
「これから行くんだよ!」
真中が隣を歩く小宮山の肩を叩いた。
「な、小宮山!」
「何で俺まで決定事項なんだよ!?」
「いいだろ。一緒に見に行こうぜ!」
「今初めて聞いたぞ!」
「細かいこと気にすんなって!」
「細かくねえ!」
小宮山の抗議を聞きながら、俺は苦笑する。
文芸部。
調理部。
そして真中が目を輝かせている映像部。
高校に入ってまだ数日。
同じ学校へ進んでも、全員が同じ場所へ向かうわけじゃない。
大草はもうサッカー部の練習に行っている。
東城と俺は文芸部。
西野は調理部に興味を持ち、真中は映像部を目指している。
少しずつ、それぞれの高校生活が始まっている。
「明日、忘れないでよ?境野君」
「忘れないって」
「絶対だからね」
「ああ」
「俺も明日見に行こうかな、映像部!」
「だから俺を巻き込むなって!」
西野が笑い、東城も小さく笑う。
その声を聞きながら、俺たちはいつもの帰り道を歩いていった。
あと何話か投稿しますー。
では、また∠( ゚д゚)