『いちご100% ~名脇役は青春の主役になれるか~』 作:Gussan0
続き書けたで候。
では、どうぞ∠( ゚д゚)/
翌朝。教室に入ると、真中淳平が妙にそわそわしていた。席に座るでもなく教室の中を見回し、誰かを探している。何をしているのかは、聞くまでもない。
昨日、屋上に残されていた数学のノート。そこに書かれていた名前――東城綾。真中は今、その名前の持ち主を探している。
「おはよう、境野君」
「おはよう、東城」
声をかけてきたのは、その本人だった。三つ編みに大きな黒縁眼鏡。いつもの東城綾だ。
「昨日借りた本、もう少しで読み終わりそう」
「早いな」
「面白かったから……」
「ならよかった」
そんな会話をしていると、横から声が飛んできた。
「東城綾って……お前?」
「え?」
真中だった。
「そうだけど……」
東城が不思議そうに答える。
「…………」
真中が東城を凝視する。顔、髪、眼鏡、そしてまた顔。
「あ、あの……真中君?」
「…………違うか」
「え?」
「いや! なんでもない!」
分かりやすい。昨日、夕焼けの屋上で見た長い髪の美少女と、目の前にいる三つ編み眼鏡の東城が結びついていない。同じクラスなのに、名前を見てもすぐ顔が浮かばなかったくらいだ。無理もない……と言っていいのかは微妙だけど。
「あ、そうだ! 東城、お前昨日、数学のノート落としただろ?」
「数学の……あっ!」
東城が慌てて鞄を開ける。
「ない……!」
「昨日、屋上に落ちてたんだよ。俺が拾った」
「真中君が?」
「ああ」
「よかった……。じゃあ、返してもらってもいい?」
「あ」
真中が固まった。
「……真中君?」
「忘れた」
「え?」
「家に」
「…………」
「いや、今日数学ないだろ? だから持ってくるの忘れてて……」
「そ、そう……」
東城が少し残念そうに肩を落とす。だが、次の瞬間。
「――真中君!」
「うおっ!?」
東城が勢いよく顔を上げた。
「あのノート、中見た!?」
「え?」
「見てない!?」
「み、見てねーよ!」
「本当!?」
「本当だって!」
「じゃあ絶対見ないでね!」
「お、おう」
「絶対だからね!?」
「分かったって!」
真中が気圧される。普段おとなしい東城がここまで強く出れば、そりゃ驚くか。
俺は黙って二人を見る。理由は分かっている。あの数学ノートには、東城が書いている小説がある。
「境野君……」
「ん?」
東城がこちらを見る。何も言わない。でも言いたいことは分かった。
「大丈夫。俺は何も言わない」
「……ありがとう」
「何だよ?」
当然、真中が食いついてくる。
「お前ら何か知ってんの?」
「文芸部の秘密」
「なんだよそれ!」
「秘密だから言わない」
「余計気になるだろ!」
「じゃあ気にしとけ」
「境野ぉ!」
真中がうるさい。横を見ると、東城が小さく笑っていた。
◇
「絶対西野だって!」
「だから、まだ分かんねーって!」
休み時間。教室の外から聞こえてきた声に、本を読んでいた俺は顔を上げた。
……うるさい。声の主はだいたい分かる。
廊下へ出ると、真中、大草、小宮山の三人が騒いでいた。
「何してんだ、お前ら」
「お、境野!」
「ちょうどいい!」
「何がちょうどいいんだよ」
嫌な予感しかしない。
「聞いてくれよ! 昨日真中が屋上ですっげー美少女に会ったんだって!」
「知ってる」
「え!?」
三人が揃ってこっちを見る。しまった。
「……屋上に行ったことはな」
「なんだよ!」
「紛らわしいんだよ!」
「勝手に勘違いしただけだろ」
真中が身を乗り出してくる。
「なあ境野!長い髪で、めちゃくちゃ可愛くてさ!でも東城じゃなかったんだよ!」
「本人に向かって言うなよ、それ」
「言ってねーよ!」
「で、何の話?」
「その女が誰かって話だよ!」
大草がニヤニヤしながら口を挟む。
「俺らは西野つかさじゃねーかって言ってんの」
「西野?」
「この学校で美少女っつったら、まず西野だろ?」
「それだけで?」
「十分だろ!」
「十分じゃないだろ」
「お前、夢ねーな」
「人探しに夢を持ち込むな」
俺はため息をつく。西野つかさ。金色のショートヘアで、学年でも有名な美少女。確かに可愛い。ただし真中が昨日見た少女とは、髪の長さからして違う。普通なら候補から外す。普通なら。
「でもさ!」
真中が妙に熱っぽい声を出した。
「俺、あの子のことが好きとか、そういうのじゃねーんだよ!」
「ほう」
「俺はただ――あの瞬間を撮りたいんだ!」
「…………」
来たな。真中淳平の映画馬鹿。
こいつは女の子に興味がないわけじゃない。むしろ年相応以上にある。ただ、それと同じくらい――いや、場合によってはそれ以上に「撮る」ということに執着する。
「夕焼けの屋上で、突然女の子が降ってきて……あんなの映画みたいだったんだよ! もう一回あの瞬間が撮れたら……!」
「お前の場合、別の部分も撮りたいだけじゃねーの?」
大草が笑う。
「うるせー!」
「否定しろよ」
「境野まで!」
「真中!」
突然、小宮山が真中の肩を掴んだ。
「だったらお前、つかさちゃんに告れ!」
「はあ!?」
「お前も告ってフラれろ!」
「なんでそうなるんだよ!?」
話が飛躍した。いや、知ってたけど。
「彼氏になりゃ、西野のこと好きなだけ撮れるんじゃねーの?」
大草まで面白がって煽り始める。
「お前まで何言ってんだよ!」
「…………」
俺は少し離れる。
「おい境野!どこ行くんだよ!」
「巻き込まれる前に避難する」
「もう巻き込まれてんだろ!」
「お前らが勝手に巻き込んだんだろ」
俺は手を振って、その場を離れた。後ろではまだ三人が騒いでいる。
この流れも知っている。そして今夜、真中は東城から「絶対に見るな」と言われた数学ノートを開く。
そこから、真中と東城のもう一つの物語が始まる。
◇
翌日。教室へ入ってすぐ、気づいた。真中の様子がおかしい。
東城を見ている。昨日とは目が違う。屋上の美少女かどうか確かめようとしている目じゃない。驚いている。興奮している。それから、何かを伝えたくて仕方がない顔。
――読んだな。
「東城!」
「え?」
東城が振り返る。
「ちょっと来てくれ!」
「えっ? ど、どこに?」
「いいから!」
「え、ちょ、真中君……!」
真中が東城を連れて教室から出ていく。
行き先は知っている。屋上。
真中はそこで、東城の書いた小説を褒める。ただ「面白かった」と言うだけじゃない。自分には才能なんてない。ありがちな話だ。受験勉強から逃げているだけ。そんなふうに自分の作品を否定する東城に、真中は本気で反発する。
そして、自分の夢を話す。
映画を作る人間になりたい。東城の物語を映像にしたら、どんな景色になるのか。二人が初めて、同じものを見る。
それは俺が入っていい場所じゃない。
俺は自分の席へ座り、本を開いた。
◇
しばらくして教室へ戻ってきた東城を見て、だいたい察した。頬が赤い。視線が落ち着かない。でも、嬉しそうだ。
本人は隠しているつもりなんだろうけど、俺には分かりやすすぎる。
「東城」
「ひゃいっ!?」
「…………」
「…………」
「今のは聞かなかったことにする」
「お、お願い……」
東城が顔を覆う。
「ノート、返ってきた?」
「……うん」
胸元には数学のノート。
「読まれた?」
「――っ」
「その反応で分かった」
「……真中君、ひどい」
「見るなって言われたのに見たなら、そこは真中が悪いな」
「うん……」
そう言いながら、怒っている顔じゃない。むしろ――。
「でも……」
東城がノートを胸に抱く。
「何?」
「ううん。なんでもない」
言わないのか。だったら聞かない。俺はそれ以上踏み込まなかった。
「あ……境野君」
「ん?」
「小説」
「うん」
「完成したら……境野君にも、ちゃんと読んでもらうから」
「ああ」
「だから……待っててね」
「分かった」
「……うん」
東城が微笑む。昨日までとは少しだけ違う笑顔だった。
真中に何を言われたのか。俺は知っている。でも、それは東城から聞くことじゃない。あの屋上で交わされた言葉は、真中と東城のものだ。
俺はそれでいい。
◇
そして放課後。
「…………マジか」
校庭の鉄棒を見ながら、思わず呟いた。知っていた。もちろん知っていた。それでも実際に目の前で見ると、やっぱり言いたくなる。
「本当にやるのか、真中」
「やる!」
真中は真剣そのものだった。
「東城が言ってたんだよ! 運動しながら告白すればカッコいいし、緊張もしないって!」
「…………」
少し離れたところにいる東城を見る。目が合った。東城が気まずそうに目を逸らした。
ああ。あれ、やっぱり本気の助言じゃなかったな。
「境野!」
「なんだ」
「どう思う!?」
「何が」
「成功すると思うか!?」
「普通に告白した方が成功率は高いと思う」
「今さら言うなよ!」
「聞いたのはお前だろ」
「もう西野呼んじゃったんだぞ!」
「なら頑張れ」
「軽い!」
「俺が告白するわけじゃないし」
「冷てえ!」
そこへ声がした。
「真中君?」
金色のショートヘア。西野つかさが歩いてくる。
「どうしたの? こんなところに呼び出して」
「いや、その……!」
さっきまでの勢いが消えた。真中の顔が真っ赤になる。西野が首を傾げる。
俺は少し下がった。大草と小宮山も見ている。東城も。
これは真中の場面だ。
「よし……!」
真中が鉄棒を握る。
「え?」
西野が目を丸くした。
真中がぶら下がる。そして――懸垂を始めた。
「…………」
西野がぽかんとしている。当然だ。呼び出された男子が、突然目の前で懸垂を始めた。前世を含めてかなり長く生きてきたが、こんな告白は見たことがない。
「西野つかさちゃん!好きだあぁぁぁ!!」
真中が叫ぶ。校庭中に響きそうな声だった。そして、息を切らしながら自分の気持ちをぶつける。
西野は一瞬、呆気に取られていた。やがて、
「……ふふっ」
笑った。
「な、なんだよ!」
真中が焦る。
「こっちは真剣なんだぞ!」
「だって真中君、おもしろいんだもん」
「お、おもしろい……?」
西野は楽しそうに真中を見る。そして――その告白を受け入れた。
「……いいよ」
「…………え?」
真中が固まる。
数秒。
「や……やったぁぁぁぁ!!」
「うるさいよ、真中君!」
西野が笑う。大草と小宮山も騒ぎ始める。
俺も小さく息を吐いた。
原作通り。
真中淳平と西野つかさ。二人の交際が、ここから始まる。
そして俺は、東城を見る。
「…………っ」
東城の目から、涙が零れていた。
分かっていた。こうなることも。東城は真中に惹かれ始めている。その真中が、目の前で別の女の子に告白した。
「東城……」
「――っ!」
東城が顔を伏せ、そのままその場を離れていった。
一歩、俺の足が前へ出る。けれど――止めた。
今追いかけて、俺は何を言う?
大丈夫か。元気出せ。真中なんかやめておけ。
どれも違う。
東城自身だって、まだこの涙の意味を全部理解していないかもしれない。だったら今は、俺が踏み込む場所じゃない。
「境野!」
「ん?」
「俺、西野と付き合えることになった!」
振り返ると、真中が満面の笑みを浮かべていた。
「聞いてたよ」
「マジだぞ!マジで!」
「ああ。おめでとう」
「おう!」
嬉しそうな真中。笑っている西野。そして、ここから離れていった東城。
誰も悪くない。なのに、一人は笑って、一人は泣く。
「――あれ?」
真中の声。
「どうした?」
「今……!」
真中が西野の向こう側を見る。俺も視線だけを向ける。
長い髪の少女が走り去っていく。
ほんの一瞬。でも、真中には十分だった。
「…………」
顔色が変わる。
ようやく気づいたか。
西野つかさは、あの日屋上で出会った少女ではない。
俺は何も言わなかった。
◇
放課後。文芸部へ向かう途中、水道の方から水音が聞こえた。
足を止める。
東城がいた。
顔を洗っている。眼鏡を外し、三つ編みも少し崩れている。そして、目元が赤い。
声はかけなかった。
東城は俺に気づいていない。蛇口を閉め、しばらく俯いたまま立っている。
やがて、小さな声が聞こえた。
「……ラスト……」
それ以上は聞き取れなかった。でも、なんとなく分かった。
小説のことだ。
自分が書いている物語。その結末。
俺は静かに踵を返した。
今は、一人にしておこう。
◇
文芸部の部室。
俺は一人で本を開いていた。一ページ、もう一ページ。
「…………」
駄目だ。全然頭に入ってこない。
俺は本を閉じた。
「……知ってたんだけどな」
真中が西野に告白すること。西野がそれを受け入れること。東城が泣くこと。
全部知っていた。
前世で読んだから。漫画の中で。
ページをめくれば、次の展開があった。
でも――目の前で見た東城の涙は、漫画の一コマで見たものとはまるで違った。
当たり前だ。
ここにいるのは登場人物じゃない。真中淳平も、西野つかさも、東城綾も。笑って、悩んで、誰かを好きになって、傷つく。俺と同じ人間だ。
そんなことは、とっくに分かっていたつもりだった。八歳で前世の記憶を取り戻してから七年。この世界が『いちご100%』の世界だと気づいてからだって、ずっとそう思ってきた。
でも今日、初めて本当の意味で分かった気がする。
俺が知っているのは『物語』。
ここにあるのは『現実』。
窓の外を見る。夕焼け。
昨日、あの屋上から始まった。真中が一人の少女と出会った。数学ノートを拾った。東城の小説を読んだ。西野へ告白した。西野がそれを受け入れた。そして東城が泣いた。
――ここまでは、俺の知っている『いちご100%』だった。
ただし、原作には存在しなかった人間が一人だけいる。
俺――境野新。
俺が東城と話す。真中と関わる。西野と言葉を交わす。そのたびに、原作にはなかった時間が生まれる。
大きな流れは変わらない。俺は少し離れたところから、こいつらを見ていればいい。誰かが困ったときに少し手を貸す。それくらいでいい。
前世と同じ。
主役の隣にいる、名脇役。
それでいいはずだ。
原作一話終了!
ちょっと違うのは主人公いる影響と思ってもらえれば。
では、また∠( ゚д゚)