『いちご100% ~名脇役は青春の主役になれるか~』 作:Gussan0
続き書けたで候。
では、どうぞ∠( ゚д゚)/
「……まあ、見るだけ見てみるか」
真中はそう呟き、目の前の扉を開けた。
「失礼しまーす……」
恐る恐る中を覗く。
まず目に入ったのは、何台か並んだパソコンだった。画面には見慣れないソフトや作りかけの画像が映り、部員らしい生徒たちがそれぞれ作業をしている。
真中が想像していた光景とは、かなり違った。
「……カメラは?」
「ん?」
一人の部員が振り返った。
「あ、いや。ここ、コンピューターグラフィック部ですよね?」
「そうだけど。見学?」
「一応……」
真中は室内を見回した。
映像部。
その名前から、ずっと想像していたものがあった。
カメラがあって、脚本があって、役者がいて。みんなで一本の映画を作る。
そんな場所を思い描いていた。
「黒川先生に、昔は映像部だったって聞いたんですけど」
「ああ、そうらしいね」
「今は映画とか撮ってないんですか?」
「映画?」
聞かれた部員が少し考える。
「映像作品なら作ることもあるけど、実写映画はほとんどやらないかな」
「……そうですか」
真中の肩が少し落ちる。
もちろん、CGが嫌いなわけじゃない。
映画にもCGは使われる。それくらいは真中にも分かる。
ただ――違う。
自分がやりたいのは、こういう映像だけじゃない。
自分でカメラを持って、自分で撮る場所を決めて、役者に演じてもらって、一本の映画を作りたい。
「見学してく?」
「あ……はい。せっかく来たんで」
黒川先生にも言われた。
見もしないで決めるのは違う。
真中は空いている椅子へ座り、部員から簡単に説明を受けた。
画像を作る。加工する。それを組み合わせ、動きをつける。映像として編集する。
「へえ……」
説明を聞いているうちに、真中も少しずつ画面へ顔を近づけていた。
「これ、結構すごいですね」
「だろ?」
「ここ動かすの、どうやるんですか?」
「これは――」
興味がないわけじゃない。
むしろ面白い。
映像を作るという意味では、知らなかったことも多かった。
けれど見学を終えて部室を出た真中は、廊下で一度振り返った。
『コンピューターグラフィック部』
「……違うんだよなあ」
面白かった。
すごいとも思った。
それでも、自分がやりたいこととは違う。
「俺は、映画が撮りたいんだよ」
誰に聞かせるでもなく、真中は呟いた。
翌日の昼休み。
「で、どうだった?」
いつもの中庭。木陰のベンチ周辺に集まり、弁当を広げたところで真中に聞くと、あいつは難しい顔をした。
「CG部?」
「ああ」
「すごかった」
「おお」
小宮山が反応する。
「じゃあ入るのか?」
「いや」
「どっちだよ」
「すごいのと、俺がやりたいのは別なんだよ!」
真中が力説する。
「CGで映像作ったりしててさ。面白かったし、映画にも使えると思う。でも……俺が撮りたいのは、そういうのだけじゃなくて」
「実写の映画?」
東城が尋ねる。
「そう!」
真中が大きく頷いた。
「カメラ持って、役者がいて、脚本があって……そういう映画!」
「前に言ってたやつだな」
「ああ」
受験勉強をしていた頃から、真中は何度も映画の話をしていた。
高校に入ったら映画を撮りたい。
そのために映像部へ入りたい。
けれど、肝心の映像部はもう存在しなかった。
「じゃあ、淳平君どうするの?」
西野が聞く。
「それなんだよな……」
真中が箸を止める。
「他に映画撮ってる部活ないの?」
「今のところ見つかってない」
「そっか……」
「真中君……映画、撮れないの?」
東城が心配そうに聞く。
「いや、諦める気はないよ」
そこだけは真中も即答した。
「せっかく泉坂入ったんだし。何か方法探す」
「そっか」
東城の表情が少し和らぐ。
俺もそれでいいと思う。
何をするかは真中が決めればいい。
映画を撮りたいのは、真中なのだから。
「……映画か」
不意に小宮山が呟いた。
「ん?」
「いや、何でもねえ」
「何だよ。気になるだろ」
「だから何でもねえって」
小宮山はそう言って弁当へ戻る。
だが、その横顔を見た瞬間、記憶の奥に引っかかるものがあった。
――そういえば。
原作では、この頃だったか。
真中が入ろうとしていた映像部はすでになくなっていて、その後、新しく映像研究会が作られる。
そこに関わっていたのが、真中と小宮山。そして――外村ヒロシ。
まだ俺は会ったことがない。
だが、名前も、どんな奴だったかも覚えている。
確か、表向きは映像の研究や制作。
その一方で、外村には美少女を見つけて育てるだとか、随分と欲望に忠実な目的もあったはずだ。
……改めて考えると、とんでもない研究会だな。
「境野君?」
「ん?」
西野に呼ばれ、意識を戻す。
「何か変な顔してるよ?」
「いや。ちょっと思い出しただけ」
「何を?」
「大したことじゃない」
誤魔化しながら小宮山を見る。
俺の記憶通りなら、この先あいつは外村と一緒に映像研究会の立ち上げに関わり、真中もそこへ加わっていく。
ただし、同じようになるとは限らない。
俺がいる。
西野も泉坂にいる。
真中と小宮山だって、原作とは違って最初から普通に合格している。
ここまでですでに、小さな違いはいくつも生まれていた。
知っている物語は、参考にはなる。
けれど、答えにはならない。
目の前にいるのは漫画の登場人物じゃない。
俺にとっては、もう普通に付き合ってきた友人たちだ。
「境野、本当にどうした?」
今度は真中が聞いてくる。
「何でもないって」
「怪しいな」
「お前に言われたくない」
「何でだよ!」
真中が騒ぎ始める。
その隣で、小宮山はまだ何かを考えているようだった。
俺はそれ以上何も言わなかった。
もし記憶通りなら、近いうちに分かることだ。
放課後。
文芸部の部室へ入ると、すでに何人かの部員が集まっていた。
「こんにちは」
「こ、こんにちは」
隣の東城が少し緊張した声で続く。
今日から俺たちも正式な部員だ。
「来たね」
五十嵐部長がこちらを見る。
「ちょうどよかった。二人とも座って」
言われた通り席につくと、俺と東城の前へ一枚ずつ紙が置かれた。
「新入部員には、最初に一つ書いてもらうことにしてるの」
「小説ですか?」
「そう。短いものでいいから、この課題に沿って一本」
東城の表情が変わった。
さっきまでの緊張が少し消え、代わりに紙へ意識が集中する。
書くこととなると違うらしい。
「境野君もね」
「やっぱり俺もですか」
「文芸部員でしょう?」
「ですよね」
横を見ると、東城が小さく笑っていた。
「何だよ」
「ううん。境野君が小説書くの、ちょっと楽しみ」
「期待するなよ。書いたことないぞ」
「私も読みたい」
「だから期待するなって」
「ふふっ」
さて。
何を書くか。
課題を見ながら、頭の中で登場人物を組み立てる。
主人公。その友人。置かれている状況。
誰が何を知っていて、何を知らないのか。
この人物なら、ここで何を言う。何を言わない。どこを見る。どう立つ。どう呼吸する。
人物が嘘をつく場面を書こうとして、鉛筆が止まった。
台詞だけなら、いくらでも思いつく。
問題は、その時に人間がどう動くかだ。
視線。呼吸。指先。声の高さ。言葉を発するまでの、ほんのわずかな間。
――こういうところは、昔から変わらない。
正確には、八歳のあの日からだ。
前世の記憶を思い出した時、最初はただ混乱した。
知らないはずの撮影所を知っている。会ったこともない人間の顔を覚えている。台本の読み方も、カメラの前での立ち方も、声の作り方も分かる。
一人の人間が一生かけて積み重ねた記憶が、八歳の俺の中へ一気に戻ってきた。
だが、変わったのは記憶だけじゃなかった。
それまで意識していなかったものまで、妙にはっきり捉えられるようになった。
一度見た景色が細部まで頭に残る。
人混みの中でも、一度意識した人間を見失わない。
表情、声、歩き方。人間が無意識に見せる小さな変化まで、以前よりずっと多く拾える。
何かが起こりそうな時には、周囲の状況からいくつもの可能性が勝手に頭へ浮かぶ。
そして、自分の身体が今どこにあって、どう動けばいいのかも、以前とは比べものにならないほど正確に分かるようになった。
前世の俺に、こんな力はなかった。
役者として長く生きる中で鍛えた観察眼や記憶力はあったが、それは経験の積み重ねだ。
今のこれは、それだけじゃ説明できない。
おそらく前世の記憶が戻ったことがきっかけで、この身体――境野新が元々持っていた何かまで、一緒に目を覚ました。
そう考えるのが一番しっくりきた。
もっとも、未来が見えるわけじゃない。
何でも分かるわけでもない。
見ていないものは分からないし、材料が足りなければ予測も外れる。
まして、人の気持ちなんて答えが一つとは限らない。
ただ、人より多くの情報を拾って、覚えて、組み合わせて、自分の身体へ反映できる。
それだけだ。
――その「それだけ」が普通じゃないことくらいは、俺も分かっている。
鉛筆を動かす。
嘘をついた男が、一瞬だけ相手から視線を逸らす。
直後、誤魔化すように笑う。
その笑い方を文章にして、読み返す。
「……やっぱり脚本っぽいな」
「え?」
「いや、何でもない」
東城がこちらを見るが、誤魔化して続きを書く。
演じることと、書くことは違う。
頭の中には人物が立っている。声も聞こえる。動きも分かる。
だが、それを文章だけで読者に見せるとなると、勝手が違った。
横を見る。
東城は完全に自分の世界へ入っていた。
鉛筆が止まっては動き、少し考えて、また書き始める。
なるほど。
これは俺より、あいつの領分だ。
数日後。
俺と東城は、それぞれ書き上げた課題を五十嵐部長へ提出した。
先に返されたのは東城の方だった。
「東城さん。やっぱり文章を書くのが好きなんだね」
「え?」
「読んでて分かる。情景も綺麗だし、主人公の気持ちの変化も丁寧」
「あ、ありがとうございます……!」
東城の顔がぱっと明るくなる。
「ただ、ここ」
五十嵐部長が原稿の一箇所を指す。
「少し説明しすぎかな。もう前の場面で、この子がどう感じてるかは伝わってるから」
「あ……」
「全部書かなくても、読んでる人に任せていいところもあるよ」
「はい」
東城が真剣な顔で頷く。
嬉しそうだ。
褒められたからというだけじゃない。自分の文章をきちんと読んでもらい、具体的な言葉を返してもらえること自体が嬉しいんだろう。
「次、境野君」
「はい」
五十嵐部長が俺の原稿を捲る。
「……面白いね」
「それはよかったです」
「文章そのものは、まだちょっと硬いかな。それと……ト書きっぽくなるところがある」
「……ですよね」
「分かってた?」
「書いてる途中で」
長年読んできたのは、小説より台本の方が圧倒的に多い。
癖というものは恐ろしい。
「でも、会話はすごく自然。それと人物の動きが細かい。台詞を言う前に指を動かすとか、視線を逸らすとか」
五十嵐部長が原稿を捲っていく。
「よく人を見てるんだね」
「まあ……人を見ることは好きなので」
仕事だった、とまでは言えない。
「ただ――境野君」
「はい」
「主人公より、この友達の方が生き生きしてない?」
「…………」
東城が俺の原稿へ視線を落とす。
俺も見る。
主人公を助ける友人。
物語の途中で背中を押し、最後には主人公を送り出す役だ。
「……言われてみれば」
「この人だけ人物像が妙にはっきりしてるんだよね。台詞も一番自然だし」
「そんなつもりはなかったんですけど」
「無意識か」
「みたいですね」
思わず苦笑する。
前世で何十年もやってきたことが、小説を書いてまで出るとは思わなかった。
主役を食うつもりはない。
主役が一番輝くように、自分の役割を果たす。
それが俺の仕事だった。
――名脇役。
昔、何度そう呼ばれただろう。
「でも、面白い個性だと思うよ」
五十嵐部長が原稿を返してくる。
「小説なら、主人公も脇役も全部自分で作ることになるからね。境野君が主人公をどう書くようになるか、ちょっと楽しみ」
「……頑張ります」
何となく、妙な宿題を出された気分だった。
部活が終わった後、俺と東城は互いの原稿を交換した。
近くの窓際で読み、先に俺が顔を上げる。
「……やっぱり上手いな」
「えっ」
「景色が浮かぶ。主人公の気持ちが変わっていくところも自然だった」
「ほ、本当?」
「ああ。ただ、ここは俺も部長と同じこと思った。この前でもう気持ちは伝わってるから、こっちはなくても分かる気がする」
「……そっか」
東城が俺の指した場所を見る。
「うん。直してみる」
「参考程度にな」
「ううん。境野君の感想、聞きたかったから」
「そう?」
「うん」
そう答えてから、東城は再び俺の原稿へ視線を落とした。
「私もね、五十嵐部長が言ってたこと、ちょっと分かる」
「脇役?」
「うん。でも……境野君らしいと思った」
「どこが?」
「この友達の人」
「そっち?」
「うん。主人公のこと、ずっと見てるでしょう?」
言われて原稿を見る。
「困った時に助けるけど、代わりにはやらないし。最後も、自分が前に出るんじゃなくて、主人公に行かせてあげる」
「……そう書いたな」
「すごく優しく書かれてる」
「…………」
「だから、境野君らしいなって」
東城はそう言って、俺の原稿を大事そうに揃えた。
前世なら、最高の褒め言葉だったかもしれない。
主役を支える人間を上手く描けた。
名脇役だった俺には、これ以上ないくらい似合っている。
なのに、五十嵐部長の言葉が妙に頭へ残った。
『境野君が主人公をどう書くようになるか、ちょっと楽しみ』
主人公、か。
俺はこれまで、数え切れないほどの主人公を見てきた。その隣に立ってきた。支えてきた。
けれど、自分で主人公を書くとなると、どうにも勝手が違うらしい。
「境野君?」
「いや。小説って難しいな」
「……うん。でも、楽しいよ」
「それは分かる」
俺も少し笑った。
演じるのとは違う。台本を読むのとも違う。
自分で人物を作り、自分で物語を進ませる。
それも案外、悪くない。
ただ――主人公より脇役の方が生き生きしている。
その指摘だけは、しばらく忘れられそうになかった。
ちょっと長くなったので分けます。
またできたら投稿しますー。
では、また∠( ゚д゚)