『いちご100% ~名脇役は青春の主役になれるか~』   作:Gussan0

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どうもΣ(゚Д゚)

続き書けたで候。

では、どうぞ∠( ゚д゚)/


第二十一話 動き始めるもの

 その朝、東城綾は鏡の前で困り果てていた。

 

「……どうしよう」

 

 少し寝坊した。急げば学校には間に合う。問題は、盛大についた寝癖だった。

 

 水で濡らしても、櫛を通しても、どうにも綺麗にまとまらない。時計の針だけが容赦なく進んでいく。

 

「もう、時間ないよね……」

 

 仕方なく髪を二つに分け、手早く編み込む。最後に眼鏡をかければ、鏡の中には中学時代まで見慣れていた自分がいた。

 

 三つ編みに眼鏡。

 

「……なんだか懐かしい」

 

 高校へ入ってから髪を下ろすようになったせいか、まだそれほど経っていないのに随分久しぶりに感じる。

 

「あっ、急がないと!」

 

 鞄を掴み、東城は家を飛び出した。

 

 学校へ向かう途中だった。

 

「……あれ?」

 

 声に気づいて東城が足を止める。振り返ったのは、泉坂高校の上級生らしい男子生徒たちだった。

 

「もしかして、東城?」

 

「え……はい」

 

 何度か見かけたことのある顔だった。高校へ入ってから声をかけられたこともある。

 

 だが、今日はいつもと反応が違った。

 

 三つ編みと眼鏡。ただそれだけなのに、昨日までとは違う視線を向けられている。

 

「あの……急いでるので」

 

 横を抜けようとする。だが、一人が進路を塞いだ。

 

「ちょっと待てって。髪ほどいてみろよ」

 

「え……」

 

「いつもの感じになるんじゃない?」

 

「や、やめてください……」

 

 東城が身を引いた、その時だった。

 

「――嫌がってるじゃない」

 

 鋭い声が割って入る。

 

「北大路さん……?」

 

 北大路さつきが東城の前に立った。

 

「何なの、あんたたち」

 

「何だよ。一年か?」

 

「だったら何?嫌がってる子にしつこくして、格好悪いと思わないわけ?」

 

「生意気なんだよ」

 

 上級生の一人が手を伸ばす。

 

「遅い!」

 

「ぐっ!?」

 

 直後、さつきの蹴りが決まった。続けて動いた二人目にも、身体を捻って一撃を叩き込む。

 

「す、すごい……」

 

「てめえ……!」

 

 残った一人が前へ出る。

 

「まだやるの?」

 

「調子に乗るな!」

 

「そっちこそ!」

 

 さつきの脚が高く上がり、そのまま踵が振り下ろされる。

 

 だが――止められた。

 

「っ!?」

 

 上級生が腕で受け、そのままさつきの脚を掴む。

 

「離しなさいよ!」

 

「何度もやられるかよ!」

 

 片脚を高く上げたまま体勢が崩れる。スカートまで危うくなり、さつきは慌てて片手で押さえた。

 

「北大路さん!」

 

「東城さんは来ないで!」

 

 さつきが脚を引こうとした、その時。

 

「――東城!」

 

「真中君!?」

 

 真中淳平が走ってきた。東城が囲まれているのを見つけたのだろう。周囲もろくに見ず、一直線に駆けてくる。

 

「東城、大丈夫か!」

 

「真中君、前!」

 

「え?」

 

 ゴッ!!

 

「ぐあっ!?」

 

「いっっってぇぇぇ!!」

 

 真中の頭が、さつきの脚を掴んでいた上級生へまともにぶつかった。衝撃で手が離れる。

 

「きゃっ!」

 

 さつきはすぐに脚を下ろし、どうにか体勢を立て直した。

 

「いってぇ……」

 

「真中君、大丈夫!?」

 

「俺は平気……東城は?」

 

「私は大丈夫。北大路さんが助けてくれたから」

 

「さつきが?」

 

 真中とさつきの目が合う。

 

「さつき、お前は大丈夫か? 怪我してないか?」

 

「っ……し、してないわよ!」

 

「ならいいけど」

 

 いつもの真中。それなのに、なぜかさつきは真っ直ぐ顔を見られなかった。

 

「何だよ?」

 

「何でもない!」

 

「何で怒ってんだよ!?」

 

「うるさい!」

 

 顔を逸らしたさつきの頬は、少しだけ赤かった。

 

「……何か騒がしくない?」

 

「ああ」

 

 同じ頃、俺は西野と学校へ向かっていた。駅を出たところで偶然会い、そのまま一緒に歩いてきた。

 

 前方に人が集まっている。その中から聞き慣れた声がした。

 

「うるさい!」

 

「何なんだよ!?」

 

「……真中?」

 

「淳平君?」

 

 歩調を速める。

 

 人の間から見えたのは、頭を押さえている真中と北大路。そして――三つ編みに眼鏡をかけた東城だった。

 

 その姿。離れていく上級生たち。北大路と真中。

 

 そこまで目に入った瞬間、記憶の底から一つの場面が浮かんだ。

 

 ――ああ。これ、あの場面か。

 

 東城が寝癖のせいで昔の髪型に戻り、それを見た上級生たちの態度が変わる。北大路が怒って、そいつらを相手にして、そこへ真中がやってくる。

 

 確か、そんな流れだった。

 

 ただ――。

 

「……場所が違うな」

 

「え?」

 

「いや、何でもない」

 

 俺の記憶では、学校の廊下だったはずだ。登校中の道じゃない。

 

 けれど、考えてみれば当然なのかもしれない。

 

 俺がいる。西野も泉坂にいる。真中も小宮山も、原作とは違って最初から合格している。人間関係も行動も、少しずつ変わっている。

 

 同じような出来事が起きても、場所や時間まで同じになる保証なんてない。

 

 知っている物語は、参考にはなる。けれど、答えにはならない。

 

「境野君、行こう」

 

「ああ」

 

 今は原作より、目の前の友達だ。

 

「東城さん!」

 

「西野さん?」

 

 西野が駆け寄る。

 

「大丈夫?怪我してない?」

 

「うん。私は大丈夫」

 

「東城、怪我は?」

 

「ないよ。北大路さんが助けてくれたから」

 

 俺は北大路を見る。

 

「ありがとう」

 

「何であんたが礼言うのよ」

 

「東城は友達だから」

 

「……別に。あいつらがムカついただけよ」

 

 ぶっきらぼうに答える。

 

 その横では、真中がまだ額を押さえていた。

 

「ちょっと赤いよ、淳平君」

 

「これくらい平気だって」

 

「本当に?」

 

「ああ」

 

「もう。気をつけてよね」

 

「悪い」

 

 北大路が二人を見る。ほんの一瞬。それから顔を逸らした。

 

 ……昨日までとは少し違う。

 

 そう感じた。ただ、それが何なのかを俺が決めることじゃない。

 

「それにしても東城さん、その髪型懐かしいね」

 

「う、うん。寝坊しちゃって……寝癖が直らなくて」

 

 東城が三つ編みに触れ、少し迷ってからこちらを見る。

 

「……変じゃない?」

 

「別に。中学の時はずっとそれだっただろ」

 

「本当?」

 

「髪を下ろしてても、三つ編みでも、東城は東城だろ」

 

 東城が目を瞬かせ、それから小さく笑った。

 

「……うん。ありがとう、境野君」

 

「私も似合ってると思うよ」

 

「西野さんも……ありがとう」

 

「ほら、東城さん」

 

 北大路も口を挟む。

 

「あんな奴らの言ったこと、気にする必要ないでしょ」

 

「北大路さん……」

 

「それより早く行くわよ。遅刻する」

 

「あ」

 

 時計を確認する。

 

「……確かにまずいな」

 

 五人揃って学校へ急ぐ。

 

 その途中でも真中と北大路はいつものように言い合っていた。ただ、真中に話しかけられるたび、北大路の反応がほんの少しだけ違う。

 

 それに俺だけでなく、西野も気づいているようだった。

 

 けれど、どちらも何も言わなかった。

 

________

______

____

 

 

 その日の昼休み。

 

「真中、ちょっといいか?」

 

「ん?」

 

 教室を出ようとしていた真中を、小宮山が呼び止めた。

 

「何だよ?」

 

「話があるんだよ。ちょっと来い」

 

 小宮山についていくと、教室の隅で一人の男子生徒が待っていた。

 

「お、来たな真中」

 

「……えっと」

 

 真中が相手の顔を見る。

 

「……誰だっけ?」

 

「同じクラスだよ!」

 

「え!?」

 

「入学してから何日経ってると思ってんだ!外村!外村ヒロシ!」

 

「ああ!」

 

「今思い出したみたいに言うな!」

 

 外村が盛大に突っ込む。

 

「俺はお前のことちゃんと知ってるぞ。西野つかさの彼氏で、東城綾とは中学からの知り合い。最近は北大路さつきともよく言い合ってる真中淳平だろ」

 

「何でそんなに詳しいんだよ!?」

 

「同じクラスだから」

 

「絶対それだけじゃねえだろ!」

 

 外村がにやりと笑う。

 

「まあ、その辺は置いといて。お前、映画撮りたいんだって?」

 

「え?」

 

「俺が話した」

 

 小宮山が答えた。

 

「この前、映像部探してただろ」

 

「ああ……」

 

「今はCG部になってて、思ってたのと違ったんだって?」

 

「まあな。CG部も面白そうだったけど、俺が撮りたいのは実写の映画だから」

 

「なるほどね」

 

 外村が頷き、少しだけ声を落とした。

 

「だったら真中。俺たちと組まないか?」

 

「組む?」

 

「ああ。映像研究会を作る」

 

「――映像研究会!?」

 

 真中の目が一気に輝いた。

 

「映画撮れるのか!?」

 

「もちろん。映像研究会なんだから、映画を撮ったって問題ないだろ」

 

「マジか!」

 

「それでだ。映像作品を作るなら、当然出演者が必要になる」

 

「ああ」

 

「どうせなら可愛い女の子に出てもらいたい」

 

「……急に怪しくなったな」

 

「失礼だな。すでに候補はいる」

 

「まさか……」

 

「東城綾、西野つかさ、北大路さつき」

 

「全員知り合いじゃねえか!」

 

「だから都合がいい」

 

「お前、やっぱりそっちが目的だろ!」

 

「何を言う。映画に役者が必要なのは事実だ」

 

 外村は悪びれない。

 

「ちなみに西野がお前の彼女なのも知ってる」

 

「知ってんの!?」

 

「さっき言っただろ」

 

「そうだった!」

 

「ちゃんと聞けよ……」

 

 外村が呆れたように息を吐く。

 

「まあ、西野が彼女だろうと出演を決めるのは本人だ。東城も北大路も同じ。無理強いするつもりはない」

 

「本当だろうな?」

 

「女の子に嫌われて何の得がある」

 

「理由が怪しいんだよなぁ……」

 

「でも筋は通ってるだろ?」

 

「……まあ」

 

 言いくるめられている気がする。だが、映画を撮れるという部分は本物らしい。

 

「で、どうする?俺と小宮山はやる。お前は?」

 

 真中の答えは決まっていた。

 

「やる。俺、映画撮りたいから」

 

「ああ。それでいい」

 

 外村が笑う。

 

「これで三人だ」

 

「でも、どうやって研究会作るんだ?」

 

「そこは調べてある」

 

 外村は鞄から紙を取り出した。

 

「必要な手続きと顧問。活動場所はその後だな」

 

「準備いいな、お前……」

 

「思いつきだけで動いてどうすんだよ」

 

 さっきまで美少女がどうこう言っていた男の台詞とは思えない。

 

「顧問の候補は?」

 

 小宮山が聞く。

 

「黒川先生」

 

 真中は数日前を思い出した。映像部について聞いた時、妙に事情に詳しかった担任だ。

 

「……確かに、先生なら」

 

「だろ?じゃ、話つけに行くぞ」

 

「今から!?」

 

「こういうのは早い方がいい」

 

「お前、こういう時だけ妙にしっかりしてるな」

 

「こういう時『も』だ」

 

 三人はそのまま職員室へ向かった。

 

「――映像研究会?」

 

 黒川先生は、差し出された紙から顔を上げた。

 

「はい」

 

 答えたのは外村だった。

 

「現在のCG部とは別に、実写映像を中心とした自主制作活動を行いたいと考えています。映画や短編映像の制作を通じて、撮影、脚本、演技、編集などを実践的に学ぶことが活動の中心になります」

 

「へえ」

 

「生徒同士で役割を分担して一つの作品を完成させるという意味でも、十分に研究活動として成立するかと」

 

 真中は隣の外村を見る。

 

 さっきまでの軽い調子は綺麗さっぱり消えていた。

 

(こいつ……)

 

「ずいぶん立派な活動目的だな」

 

「ありがとうございます」

 

「本当にそれだけか?」

 

「もちろんです」

 

 即答だった。

 

 黒川先生と外村の視線が数秒ぶつかる。

 

「……まあいいか」

 

「いいんですか!?」

 

「何だ真中。不満か?」

 

「いや、そうじゃなくて!」

 

「お前は本当に映画撮りたいんだな?」

 

「はい。俺、ちゃんと一本作ってみたいんです」

 

 そこだけは真中も真面目に答えた。

 

「そうか」

 

 黒川先生は少し考え、それから頷く。

 

「まあ、面白そうだからいいぞ」

 

「本当ですか!?」

 

「顧問くらいならな。ただし問題起こしたら知らんぞ」

 

「ありがとうございます!」

 

 三人が揃って頭を下げる。

 

「必要な書類は後で確認する。活動場所も空いてるところを探しとく。あと外村」

 

「はい?」

 

「妙なこと企んでないだろうな?」

 

「何のことでしょう?」

 

 爽やかな笑顔だった。

 

「……まあいい」

 

 黒川先生も小さく笑う。

 

「昼休み終わるぞ」

 

「失礼しました」

 

 三人は職員室を出た。

 

 扉が閉まった瞬間、外村が小さく拳を握る。

 

「よし。第一関門突破」

 

「お前……先生の前だと全然違うな」

 

「当たり前だろ」

 

「美少女の話、一言もしなかったじゃねえか」

 

「『美少女を撮りたいから研究会作ります』なんて言って許可が出ると思うか?」

 

「思わねえよ!」

 

「だから言わない。嘘はついてないぞ。映画も撮るし、脚本も演技も編集もやる」

 

「……そうだけど」

 

「その中で美少女も発掘する」

 

「やっぱりそこが本命じゃねえか!」

 

「さあ、何のことかな」

 

 小宮山が笑う。

 

「でも、これで顧問は決まったな」

 

「ああ。だったら次は人集めだ」

 

 外村がにやりと笑った。

 

________

______

____

 

 

 放課後。

 

 俺は真中に呼ばれて、中庭へ向かった。

 

 昼休みの終わり際、教室までわざわざやって来て、

 

『放課後、ちょっと中庭来てくれ!話したいことあるんだ!』

 

 それだけ言って、すぐに戻っていった。何の話かまでは聞いていない。

 

「境野君」

 

 中庭へ着くと、西野が先に来ていた。

 

「西野も呼ばれたのか?」

 

「うん。淳平君に」

 

「私も真中君に呼ばれたよ」

 

 その隣には東城もいた。朝とは違い、髪はいつものように下ろされている。

 

「髪、戻したんだな」

 

「うん。お昼休みに少し直したの」

 

 東城が自分の髪に触れる。

 

「朝よりは、もう気にならなくなったかな」

 

「そうか」

 

「うん。境野君たちのおかげ」

 

「俺は何もしてないけどな」

 

「そんなことないよ」

 

 そこへ足音が近づいてきた。

 

「何なのよ真中。話って」

 

 真中と一緒に歩いてきたのは、北大路だった。

 

「北大路?」

 

「何よ」

 

「いや」

 

 北大路まで呼ばれているとは思わなかった。

 

「東城さん、西野さんも来てたんだ」

 

「うん。北大路さんも真中君に?」

 

「そう。帰ろうとしたら急に『ちょっと来てくれ』って」

 

「悪い悪い。みんなに聞いてほしかったんだよ」

 

「みんな?」

 

 北大路が眉を寄せる。けれど、そのまま俺たちの近くへ来た。

 

 朝の一件があったからだろうか。東城の隣に北大路が立っていても、もうそこまで違和感はなかった。

 

「で、真中。話って何?」

 

「ああ。その前に――おーい!こっち!」

 

 少し遅れて、小宮山と見知らぬ男子生徒がやってくる。

 

「小宮山?」

 

「よう、境野」

 

「そっちは?」

 

「ああ、紹介するよ」

 

 真中が隣の男子を指した。

 

「こいつ、外村ヒロシ。俺と東城とさつきと同じクラス。ちなみに今日ちゃんと覚えた」

 

「それ言う必要あるか?」

 

 外村が即座に突っ込んだ。

 

「同じクラスなのに今日まで真中に名前を覚えられてなかった外村ヒロシです。よろしく!」

 

「自分で言うんだ……」

 

 西野が苦笑する。

 

「で」

 

 北大路が真中を見る。

 

「わざわざ私たち全員呼んだのって、この人を紹介するため?」

 

「それもあるけど、本題は別」

 

 真中が笑う。

 

「実はさ――俺たち、映像研究会を作ることにしたんだ!」

 

「映像研究会?」

 

 東城が目を瞬かせる。

 

「そう!映画撮れるんだよ!」

 

「よかったじゃん、淳平君!映像部なくなって残念そうだったもんね」

 

「ああ!」

 

「真中君、本当に映画作れるんだね」

 

「まだこれからだけどな!」

 

「へえ。よかったじゃない」

 

 北大路も何気なく言う。

 

「おう!」

 

「…………」

 

「何だ?」

 

「別に」

 

 北大路が少しだけ視線を逸らした。

 

 朝から続く、わずかな変化。

 

 やっぱり気づく。でも、それ以上は考えない。

 

 俺はもう一度、外村を見る。

 

 外村ヒロシ。そして、映像研究会。

 

 そこでようやく記憶が繋がった。

 

 ――こいつか。

 

 原作でも、この時期に真中たちは新しく映像研究会を作っていた。小宮山と外村。そして真中。

 

 大まかな流れは覚えている。

 

「それで!」

 

 外村が一歩前へ出た。

 

「研究会を作る以上、人材が必要になる!」

 

「始まった……」

 

 真中が額を押さえる。

 

 どうやら、単なる報告だけで俺たちが呼ばれたわけではないらしい。

 

「まず、映画を作るなら脚本がいる。そこで東城さん」

 

「えっ、私?」

 

「小説書いてるんだろ?」

 

「……どうして知ってるの?」

 

「情報収集」

 

「情報収集って……」

 

 東城が困ったように真中を見る。

 

「俺じゃないぞ!?」

 

「じゃあ誰から……」

 

「そこは企業秘密ってことで」

 

「高校生で企業秘密って何だよ」

 

 真中の突っ込みを流し、外村は続ける。

 

「もちろん小説と脚本は違う。でも、物語を考えられる人間が近くにいるなら声をかけない理由はないだろ?いきなり一本書いてくれなんて言わない。興味があったら、一度考えてみてほしい」

 

「それは……」

 

「東城」

 

 真中も口を開く。

 

「東城が書いてくれた話を、俺は映画にしてみたい」

 

 東城は少し考えてから、小さく頷いた。

 

「分かった……やってみるよ」

 

「本当か!?」

 

「う、うん。でも、脚本なんて書いたことないから……」

 

「そこはこれから覚えればいいって!」

 

 嬉しそうだ。

 

 東城が物語を書いて、それを真中が映像にする。

 

 原作でも、この二人を繋いでいた大きなものの一つだった。

 

 そこは変わらないらしい。

 

 ――少なくとも、今のところは。

 

「よし。脚本候補確保」

 

「候補って……」

 

「次!」

 

 外村の視線が西野へ向く。

 

「西野さん。ぜひ出演を」

 

「やっぱり私?」

 

「映像作品には華が必要だ。西野さんなら――」

 

「外村」

 

「何だよ」

 

「変なこと言うなよ」

 

 真中がじっと睨んでいる。

 

「言わないって。俺を何だと思ってるんだ」

 

「美少女を発掘したい奴」

 

「よく分かってるじゃないか」

 

「認めるのかよ!」

 

 外村は真中を無視して西野へ向き直る。

 

「どう?」

 

「うーん……私、調理部に入ったばっかりなんだよね」

 

「掛け持ちでもいい」

 

「いきなり掛け持ちはちょっと大変かな」

 

「毎回来なくてもいい。撮影する時だけでも」

 

「それなら……内容による、かな?」

 

「十分!」

 

「まだ出るって決めてないよ?」

 

「ゼロじゃなければ交渉の余地はある」

 

「外村君って意外としぶといね」

 

「褒め言葉として受け取っとく」

 

 西野がくすくす笑う。

 

「じゃあ次。北大路さん」

 

「嫌」

 

「まだ何も言ってない!」

 

「どうせ私にも映画に出ろって言うんでしょ?」

 

「察しがいいな」

 

「嫌よ」

 

「そこを何とか」

 

「嫌」

 

「せめて役を聞いてから――」

 

「嫌」

 

「三回目!」

 

 外村が胸を押さえる。

 

「手強い……」

 

「当たり前でしょ。何で私が今日初めて話した男子の作る映画に出なきゃいけないのよ」

 

「今日初めて……同じクラスなのに……」

 

「話したのは今日が初めてでしょ」

 

「正論だ……!」

 

「まあまあ」

 

 真中が間に入る。

 

「さつき、別に今すぐ決めなくてもいいって」

 

「真中」

 

「ん?」

 

「私は出ないから。ちゃんとこいつに言っといて」

 

「何で俺が!?」

 

「同じ研究会なんでしょ?」

 

「そうだけど!」

 

 北大路はふん、と顔を逸らす。

 

 けれど帰ろうとはしない。西野と東城の隣で、そのまま話を聞いている。

 

「くっ……まあいい。時間をかけて交渉するとしよう」

 

「しなくていい!」

 

「そして最後」

 

 外村の視線が俺に止まった。

 

「境野新」

 

「断る」

 

「早い!」

 

「大体分かった」

 

「まだ何も言ってないだろ!」

 

「出演なら断る」

 

「……真中」

 

「何だ?」

 

「こいつ、いつもこんな感じ?」

 

「だいたい」

 

「真中、お前はどっちの味方だ」

 

「でも本当に出ないぞ、境野は。俺も前に頼んだから」

 

「ああ、先客がいたのか」

 

「そういう問題じゃない」

 

「でも、もったいないな」

 

 外村が俺を観察する。顔、身長、体格、立ち姿。視線が順番に動いていく。

 

 なるほど。

 

 ただ美少女を追いかけているだけではないらしい。

 

「境野。お前、画面映えすると思うぞ」

 

「そうか」

 

「反応薄いな。主役でも?」

 

「やらない」

 

「格好いい役でも?」

 

「やらない」

 

「何なら出るんだよ!」

 

「出ない」

 

「強い……!」

 

「諦めろって」

 

 真中が笑う。

 

「境野はこういう奴だから」

 

「そうみたいだな……」

 

 外村は少し考え、それから俺を見る。

 

「じゃあ、出演以外なら?」

 

「ん?」

 

「撮影とか、裏方」

 

「……そっちも人手が必要か?」

 

「当然」

 

「なら、必要な時なら手伝う」

 

「境野!」

 

 真中がぱっと顔を明るくする。

 

「本当か!?」

 

「ああ。ただし、あくまで手伝いだぞ」

 

「分かってるって!」

 

「出演もしない」

 

「それも分かってる!」

 

「お前の場合、念を押しておかないとな」

 

「信用ないな!?」

 

 外村は俺と真中を交互に見る。

 

「……裏方か」

 

「何だ?」

 

「いや。別に」

 

 口ではそう言ったが、目は笑っている。

 

 何か考えているな、こいつ。

 

「よし!これで脚本候補、出演候補二名、裏方候補一名!」

 

「私を数に入れないで!」

 

「私もまだ決めてないよ?」

 

「だから候補」

 

「便利な言葉だな……」

 

 小宮山が呆れたように笑った。

 

「でも、最初としては悪くないだろ」

 

「そうだな」

 

 外村が満足そうに頷く。

 

「真中が監督やって、小宮山と俺が動いて、東城さんが脚本。あとは出演者とスタッフを増やして――」

 

「ちょっと待て」

 

 真中が止める。

 

「俺が監督?」

 

「映画撮りたいんだろ?」

 

「そうだけど……」

 

「だったら撮れよ」

 

「…………」

 

 真中が黙る。

 

 そして、ゆっくり笑った。

 

「……そうだな。俺が撮る」

 

 その声には、迷いがなかった。

 

「俺が監督やって、映画撮る」

 

「決まりだな」

 

「ああ!」

 

 真中の目が輝いている。

 

 映像部がなくなって、一度は行き場を失った夢。

 

 それが形を変えて、また動き始めた。

 

「じゃあ今日はこの辺で解散するか」

 

 小宮山が時計を見る。

 

「あ、俺そろそろ文芸部行かないと」

 

「私も」

 

 東城が鞄を持ち直す。

 

「二人とも文芸部なのか?」

 

 外村が俺と東城を見る。

 

「ああ」

 

「へえ……」

 

 また何か考える顔。

 

「外村」

 

「何だ?」

 

「東城を変な目で見るなよ」

 

「見てないって。脚本家候補として期待してただけだ」

 

「本当か?」

 

「本当本当」

 

 軽い。

 

 けれど、全部が軽いわけでもない。

 

 真中が映画を撮りたいと知って声をかけ、研究会を作るための手順を調べ、顧問の候補まで考えていた。

 

 美少女目当てなのも本当。

 

 映像に興味があるのも本当。

 

 どちらか一つだけというわけではないんだろう。

 

「じゃあ、私もそろそろ行こうかな」

 

 西野が立ち上がる。

 

「調理部?」

 

「うん」

 

「俺たちも行くか」

 

「そうだな」

 

 小宮山と外村も動き出す。

 

「さつきは?」

 

 真中が聞いた。

 

「私?」

 

「ああ。もう帰るのか?」

 

「……そうね」

 

 北大路が答える。けれど、少しだけ間があった。

 

「じゃあ途中まで一緒に行こうぜ」

 

「何であんたと?」

 

「方向同じだろ?」

 

「だからって――」

 

「ほら、行こうぜ」

 

「ちょっと、真中! 勝手に決めないでよ!」

 

 先に歩き出した真中を、北大路が追いかける。

 

「嫌なら来なきゃいいだろ!」

 

「その言い方がムカつくのよ!」

 

「また始まったね」

 

 西野が苦笑する。

 

「朝からずっとあんな感じだな」

 

「……でも」

 

 東城が二人の背中を見る。

 

「北大路さん、楽しそう」

 

「そうだね」

 

 西野も笑う。

 

 俺も二人を見る。

 

 真中に文句を言いながら、その横を歩いている北大路。

 

 今朝までは、まだ少し離れた場所にいた。昼間は同じ教室で真中たちと過ごして、放課後には呼び出され、俺たちと一緒に話をしている。

 

 誰かが「仲間になった」と宣言したわけじゃない。

 

 それでも、気づけば北大路は自然と俺たちの輪の中にいる。

 

 人間関係なんて、案外そういうものなのかもしれない。

 

「境野君?」

 

「ん?」

 

「行こう。遅れちゃうよ」

 

「ああ」

 

 東城と並んで文芸部へ向かう。

 

 少し先では、西野が調理部へ向かう途中で手を振った。

 

「じゃあ二人とも、また明日!」

 

「また明日、西野さん」

 

「またな」

 

 それぞれが、それぞれの放課後へ向かっていく。

 

 そして。

 

 外村ヒロシ。

 

 映像研究会。

 

 黒川先生。

 

 俺の知っている物語と同じ名前が、また一つ揃った。

 

 けれど、その輪の中には原作ではここにいなかった俺がいる。泉坂へ進学しなかったはずの西野もいる。

 

 同じ出来事が起きても、同じ形になるとは限らない。

 

「そういえば境野君」

 

「何?」

 

「真中君たちの映画、楽しみだね」

 

「ああ」

 

「境野君も手伝うんでしょう?」

 

「必要な時だけな」

 

「ふふっ」

 

「何だよ」

 

「ううん」

 

 東城が少し楽しそうに笑う。

 

「境野君、そう言っていつも手伝ってるなって思って」

 

「…………」

 

 否定できない。

 

 文芸部。

 

 調理部。

 

 そして、新しく動き始めた映像研究会。

 

 もっとも、俺は映像研究会の部員じゃない。

 

 あくまでも、必要な時に手伝うだけだ。




またできたら投稿しますー。

では、また∠( ゚д゚)
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