『いちご100% ~名脇役は青春の主役になれるか~』 作:Gussan0
続き書けたで候。
では、どうぞ∠( ゚д゚)/
翌日の昼休み。
「できた……と思う」
中庭のいつもの場所で、東城が数枚の紙を差し出した。
「おおっ!もう書いたのか!?」
「まだ完成じゃないよ。昨日話したことを、簡単にまとめただけだから」
「見せて!」
「ちょ、ちょっと待って真中君!」
真中が受け取ろうとするより先に、外村が横から覗き込む。
「タイトルは?」
「まだ決めてないの」
「ヒロインは?」
「そこから聞くのかよ」
「重要だろ、境野」
「美少女は出るのか!?」
「小宮山まで乗るな」
「映画だぞ!?」
「それ答えになってないからな」
最近、この二人の方向性が妙に一致してきている。
「それで東城、どんな話なんだ?」
西野に尋ねられ、東城は少し緊張しながら説明を始めた。
主人公は、ごく普通の高校生。放課後の校舎で一冊のノートを拾い、持ち主を探そうとページを開く。そこには名前のない誰かが書いた短い文章が残されている。それを読むうちに、主人公は書いた人物のことが少しずつ気になっていく。
「最後に持ち主が分かるのか?」
「そこはまだ迷ってるの。分かるところまで書くか、分からないまま終わらせるか」
「俺は分かってほしい!」
「真中君ならそう言うと思った」
「何で!?」
東城が小さく笑う。
「でも短い映画なら悪くないんじゃない?」
西野が紙を覗き込む。
「学校の中で撮れそうだし」
「登場人物も少なくて済みそうだな」
大草も頷いた。
「俺でも分かるぞ。金が掛からない!」
「小宮山、それ大事だけど言い方」
「でも実際大事だろ?」
「それはそう」
昨日確認した機材を考えても、いきなり大掛かりな映画は無理だ。人も道具も経験も足りない。
だから最初は短い作品を一本、実際に完成させてみる。
撮影して、編集して、一本の映像にする。その過程を経験するための作品だ。
東城の案なら、その一作目としてちょうどいい。
「境野君は?」
「俺?」
「うん。どう思う?」
またか。
最初に真中へ見せたのだから、監督の意見を聞いて終わりでもいいはずなのに、東城は俺の返事を待っている。
「いいと思う」
「本当?」
「ああ。ただ、文章で読むのと映像で見るのは違うから、そこは考えた方がいいかもな」
「たとえば?」
「主人公がノートを読んで『この人は寂しいんだ』って考えるとして、小説ならそのまま書ける。でも映画で全部独り言にしたら不自然になるだろ」
「あ……」
「表情で見せるのか、ノートの文章を映すのか、別の場面を入れるのか。その辺は真中と相談した方がいい」
「俺?」
「お前が監督だろ」
「あ、そうだった」
「忘れるなよ」
西野がくすっと笑う。
「境野君、もう普通に映像研究会の人みたい」
「違うぞ」
「まだ言ってるのか?」
「まだも何も最初から部員じゃない。俺は手伝いだ」
「昨日、機材チェックしてたよな」
「手伝い」
「真中にカメラ教えてたよな」
「手伝い」
「今、脚本にも助言したよな」
「……手伝いだ」
「苦しくなってきたぞ」
「うるさい」
「ねえ」
北大路が紙を見ながら口を挟んだ。
「これ、誰が出るの?」
全員が止まった。
「…………」
真中が外村を見る。
外村が笑った。
「ようやくその話になったか」
「嫌な予感がする」
北大路が即座に顔をしかめる。
「主人公は男でも女でも成立するな」
「うん。まだどっちって決めてないから」
「だったら女だ」
「即答!?」
「当然だろ。せっかく東城、北大路、西野という人材がいるんだぞ」
「私はやらないわよ」
「まだ頼んですらいない」
「どうせ頼むんでしょ」
「話が早くて助かる」
「嫌」
「最後まで聞け!」
「嫌」
「二回言った!」
「外村、諦めろ」
「境野。交渉とはここからだ」
「お前の場合、勧誘じゃなくて口説きに近い」
西野が苦笑する。
「私は調理部もあるから、毎日は無理かな」
「毎日じゃなくてもいい」
「内容次第かな」
「よし、一歩前進」
「勝手に決めないでね?」
「はい」
こいつ、西野には弱いな。
「東城は?」
「わ、私?」
「脚本家自ら主演というのも――」
「無理!」
珍しく東城が強く否定した。
「人前で演技なんてできないよ!」
「昨日カメラには映ってただろ」
「あれは立ってただけだから!」
「じゃあ小宮山」
「待て! 何で美少女三人からいきなり俺なんだ!?」
「消去法」
「扱い酷くない!?」
「主人公やりたいのか?」
「やるならカッコいい役がいい!」
「昨日廊下歩いただけで主演俳優名乗ってたもんな」
「境野、それは忘れろ!」
笑いが起きる。
その中で、真中だけは東城の紙を見つめていた。
「……俺、この話撮りたい」
声が少し変わった。
東城が真中を見る。
「本当?」
「うん。派手じゃないけどさ。誰が書いたのか分からない文章を読んで、その相手のこと考えるって、映画にしたら面白そう」
東城の表情が明るくなる。
「じゃあ、もう少しちゃんと書いてみる」
「頼む!」
「うん」
東城が物語を書く。
真中がそれを映像にする。
それでいい。
俺が入るところじゃない。
――そう思っていた。
放課後。
「境野、ここどう思う?」
「何で俺に聞く」
空き教室の机に、東城がさらに整理した脚本案と学校の見取り図が広げられていた。
真中、外村、小宮山、東城。
そして何故か俺。
「昨日言っただろ。今日は文芸部も調理部もないから来ただけだ」
「はいはい」
「外村、その返事腹立つな」
最初の撮影場所を決めるため、結局五人で校舎を歩くことになった。
三階の端。放課後になると人通りが少なくなる廊下で、真中が立ち止まる。
「ここは?」
「さっきよりいいんじゃない?」
東城が周囲を見る。
「窓もあるし」
「夕方なら光も入るな」
口にしてから、視線を感じた。
「……何だ」
「いや、続けて」
「何もない」
「あるだろ」
「境野先生、お願いします!」
「小宮山、その呼び方やめろ」
「師匠!」
「もっとやめろ」
真中が窓際に立つ。
「ここで撮るならどうする?」
「だから俺に聞くなって」
「分かんねえんだよ」
「まず、お前はどう撮りたい?」
「え?」
「この場面で何を見せたいんだ?」
真中が脚本を見る。
「主人公が一人で歩いてて……ノートを見つける」
「それだけ?」
「それだけって……」
「主人公が寂しいのか、退屈してるのか、急いでるのか。それで撮り方も変わるだろ」
真中が黙る。
「……少し、退屈してる感じかな」
東城が答えた。
「毎日同じことの繰り返しで、何か変わらないかなって思ってる。でも、自分から何かするほどでもなくて」
「なるほど」
真中が頷く。
「じゃあ最初は普通の感じにしたい。何でもない放課後みたいにして……ノートを見つけたところから少し変わる」
俺は真中を見る。
ちゃんと考えてる。
「それなら、それで撮ればいい」
「どうやって?」
「そこを考えるのがお前だろ」
「だから手伝ってくれよ!」
「全部答え聞こうとするな。お前が監督だろ」
「監督って大変だな!」
「今さらかよ!」
「主演の俺が支えてやるよ」
「お前まだ主演諦めてなかったの!?」
東城が笑いながら、新しく書いた紙を取り出した。
「じゃあ……少しやってみる?」
「何を?」
「読み合わせ。短いけど、台詞があるところも書いてみたの」
主人公がノートを拾った翌日。
昨日と同じ場所を通り、再びノートを見つける。ページを開くと、昨日にはなかった文章が増えている。
台詞は一つだけ。
『……昨日は、こんなのなかったよな』
「よし」
外村が小宮山を見る。
「やれ」
「俺!?」
「主演だろ?」
「おう!」
「やるのかよ」
「見てろよ境野!俺の俳優人生の第一歩だ!」
「勝手に始めろ」
小宮山が胸を張り、妙に格好をつけて歩き出す。
ノートに見立てた紙を発見。
「むっ!?」
大げさに目を見開いて拾い上げる。
「な、何ぃっ!?これは……昨日にはなかった文章!」
「そんな台詞ないよ!?」
「全部説明した!」
「『……昨日は、こんなのなかったよな』」
キメ顔。
沈黙。
「…………」
「どうだ!」
「小宮山」
真中が真顔になる。
「何だ監督!」
「何か違う」
「何が!?」
「全部」
「全部!?」
外村が笑いを堪えている。
「今のお前、普通の高校生じゃなくて古代遺跡で秘宝を発見した冒険家だったぞ」
「いいじゃねえか!面白いだろ!」
「映画変わっちゃうよ……」
東城まで困っている。
「じゃあ真中、お前やれ!」
「俺!?」
「文句あるなら監督が見本見せろ!」
「俺は監督だぞ!」
「逃げるのか!」
「逃げてねえ!」
結局、真中までやる。
小宮山ほど大げさではない。
普通に歩き、ノートを見つけ、拾う。
「……昨日は、こんなのなかったよな」
終わり。
「…………どう?」
「小宮山よりは普通」
「基準そこ!?」
「でも……」
東城が少し考える。
「真中君、本当に普通に読んだだけって感じかも」
「うっ」
「東城、結構刺すな」
「そ、そういうつもりじゃないよ!」
真中が頭を掻く。
「じゃあどうすればいいんだよ。驚けば小宮山みたいになるし、普通にやったらこうなるし」
まあ、最初ならこんなものだ。
演技経験のない人間に、いきなり自然な芝居をしろという方が難しい。
「境野」
「嫌だ」
「まだ何も言ってねえ!」
「見本やれって言うんだろ」
「分かってるじゃん!」
「嫌だ」
「境野先生、お願いします!」
「小宮山は黙れ」
「境野君」
「……東城?」
「私も、ちょっと見てみたい」
逃げ道がなくなった。
別に演技が嫌いなわけじゃない。
むしろ好きだった。
だから前の人生では何十年も続けた。舞台に立った。カメラの前に立った。声だけでも役を演じた。
何百人という別人になった。
けれど、今の俺は境野新だ。
「……一回だけだぞ」
東城から紙を受け、一度読む。
「覚えた」
「え?」
「もう?」
「これくらいなら」
「早くない?」
「短いだろ」
紙を返す。
「その前に東城」
「うん?」
「主人公ってどんな奴?」
「え?」
「性格」
「えっと……大人しい方かな。友達はいるけど、一人でいるのも嫌いじゃなくて」
「昨日ノートを拾った時は?」
「最初はただの落とし物だと思ってた。でも、中の文章を読んで少し気になった」
「今日ここを通った時は?」
東城が考える。
「昨日読んだ文章が……まだ頭に残ってる」
「じゃあ、ノートを探そうとは思ってない。でも無意識には探してる?」
「あ……」
東城の目が少し大きくなる。
「うん。そうだと思う」
「分かった」
廊下の端へ移動する。
呼吸を変えた。
肩から余計な力を抜き、歩幅を少し狭くする。
視線は前。
けれど意識の一部だけが、昨日ノートのあった場所へ向いている。
別に探しているわけじゃない。
ただ、昨日そこにあったものが少し気になっているだけ。
――あった。
足が止まる。
ほんの一瞬。
何でもないように近づき、拾う。
ページを開く。
昨日と同じ場所。
違う。
増えている。
眉が僅かに動いた。
「……昨日は、こんなのなかったよな」
驚きではない。
疑問。
そして、それ以上に小さな興味。
ページから目を離さないまま数秒。
そこで役を切った。
「――こんな感じか?」
「…………」
誰も答えない。
「何だよ」
「いや待て」
真中がようやく声を出した。
「何?」
「境野?」
「そうだけど」
「今の何?」
「演技」
「それは分かる!」
「じゃあ何だよ」
「分かんねえけど……違う!」
「何が?」
「さっきまでのお前と!」
「演技なんだから当たり前だろ」
「俺も分かるぞ」
小宮山まで妙に真剣な顔をしている。
「さっきまで境野だったのに、急に知らない奴になった」
「今も境野だよ」
「俺と全然違うじゃねえか!」
「経験の差だろ」
「経験!?」
しまった。
「……多少な」
「出た!」
外村が吹き出す。
「また『多少』だ!」
「うるさい」
東城だけはまだ黙っていた。
「東城?」
「……境野君じゃないみたいだった」
「演技なんだから、当たり前だろ」
「そうなんだけど……」
東城は自分の脚本と俺を交互に見る。
「私が考えてた主人公が、本当にそこにいたみたい」
その言葉は、少し嬉しかった。
「東城が説明してくれたからだよ。役について分からないと演じられないからな」
「…………」
東城が脚本へ視線を落とす。
どこか嬉しそうだった。
「境野!」
真中が勢いよく近づいてくる。
「近い」
「お前、主演やれ!」
「嫌だ」
「何でだよ!?」
「俺は出演しないって最初に言っただろ」
「今できてたじゃん!」
「できるかどうかと、やるかどうかは別」
「もったいねえ!」
「俺もそう思う!」
「小宮山はどっちの味方だ」
「映画の味方!」
「便利な立場だな」
「境野」
外村が腕を組んでいる。
「お前、カメラも分かる」
「多少」
「光も分かる」
「多少」
「撮影場所も分かる」
「多少」
「演技もできる」
「多少」
「その『多少』、全部足したらとんでもないことにならないか?」
「気のせいだ」
「今度はそっちか」
外村が笑う。
ただし、その目は明らかに俺を観察していた。
「真中」
「何だ?」
「もう一回やってみろ」
「俺?」
「さっきの」
「でも俺、演技なんて――」
「見本が欲しかったんだろ」
「……分かった」
真中が位置につく。
「さっきの俺、何が違った?」
「台詞を言おうとしすぎてた」
「台詞を?」
「『昨日はこんなのなかった』って誰かに伝えようとしてただろ。でも一人なら説明する必要ない」
「あ……」
「独り言なら、自分の中から漏れるくらいでいい。あと最初からノートを見つけるって分かってる歩き方してた」
「え!?」
「演じる側は脚本を知ってる。でも役は知らない」
「…………」
真中が少し考える。
「分かった。やってみる」
二回目。
まだ硬い。
それでも、さっきとは違う。
ノートを見つけ、一瞬だけ止まる。
拾う。
「……昨日は、こんなのなかったよな」
終わる。
「どう!?」
「さっきよりいい」
「本当!? よっしゃ!」
真中が拳を握る。
「監督が出演してどうするんだ?」
「小宮山、それ今言う!?」
「じゃあ主演は俺だな!」
「それは別問題だ!」
また騒ぎ始める。
その横で、外村が俺を見る。
「……決まりじゃないか?」
「何が」
「主人公」
「小宮山か?」
「何でだよ!」
「違う。お前だ、境野」
「だからやらない」
「でも今の見ただろ」
真中まで戻ってくる。
「俺、境野がやった時が一番分かった」
「何が」
「この主人公」
少しだけ声が真剣だった。
「東城が昼に説明してくれた時も分かったつもりだった。でも境野がやったら、『あ、こういう奴なんだ』って」
「それは見本だからだ」
「見本とか関係あるか?」
「あるだろ」
「俺にはない」
真中が言い切った。
「俺が撮るんだろ?」
「……そうだな」
「だったら俺が『こいつ撮りたい』って思ったの、大事じゃないのか?」
思わず黙った。
それは――正しい。
監督が誰を撮りたいと思うか。
そこは俺が口を挟むところじゃない。
「だから境野。俺はお前に主人公やってほしい」
「…………」
さっきまでの勢い任せとは違った。
監督として、真中が俺を選ぼうとしている。
「私も……」
「東城?」
「境野君が演じてくれた時、私が考えてた主人公が初めてちゃんと見えた気がした」
「でも東城」
「もちろん、決めるのは真中君だと思う。でも……私も、境野君が演じるところ、もう少し見てみたい」
「…………」
困った。
かなり困った。
「境野、観念しろ」
外村が笑う。
「まだ決定じゃない。他の奴も試せばいいだろ」
「俺か!」
「小宮山は何で嬉しそうなんだよ」
「じゃあ明日オーディションだな!」
「何でお前が仕切る」
「美少女も呼ぼう」
「外村、お前の目的変わってるだろ」
「変わってない」
「それはそれで問題だ」
真中が笑う。
「じゃあ明日、みんなに見てもらおうぜ」
「俺は見本やっただろ」
「候補になったからもう一回」
「勝手に候補にするな」
「監督権限!」
「都合よく使うな」
帰り道。
俺は一人、今日のことを考えていた。
主演。
前の人生でも経験がないわけじゃない。長く演じていれば、当然そういう仕事もあった。
ただ、俺の名前が広く知られるようになった理由はそこじゃない。
主人公を輝かせる脇役。
作品を支える役。
僅かな出番でも印象を残し、それでいて主役を食わない。
それが俺の得意分野だった。
――名脇役。
そう呼ばれることを嫌だと思ったことはない。
むしろ誇りだった。
今だってそうだ。
東城が物語を書く。真中が撮る。外村が企画を回し、小宮山が騒ぎながらついていく。
俺は必要なところを手伝う。
それで十分だと思っていた。
『俺はお前に主人公やってほしい』
真中の言葉が残っている。
『私も、境野君が演じるところ、もう少し見てみたい』
東城の言葉も。
「……主人公、ね」
文芸部で五十嵐部長に言われたことまで思い出す。
『主人公より、この友達の方が生き生きしてない?』
小説を書けば、無意識に脇役を描き込む。
映画を撮ろうとすれば、気づけば裏方へ回っている。
何十年もそうやって生きてきたのだから、仕方がない。
そもそも今回だって、最初は機材を見るだけだった。
それがカメラを触り、撮影場所を見て、脚本に口を出し、とうとう演技までしている。
「……どこが手伝いなんだか」
自分で言って、苦笑する。
外村たちに聞かれたら、ここぞとばかりに突っ込まれるだろう。
それでも主演は別だ。
カメラの前に立てば、裏方ではいられない。
作品の中心に立つ。
もちろん、前の人生では何度も経験した。
だから怖いわけじゃない。
できないとも思わない。
むしろ――。
「…………」
そこで気づいた。
さっきから俺は、やらない理由ばかり考えている。
文芸部がある。
調理部もある。
映像研究会の正式な部員でもない。
裏方の方が向いている。
他の誰かでもできる。
いくらでも理由は出てくる。
けれど。
――やりたくない。
その理由だけが、一つも出てこない。
「……参ったな」
演技をした時。
東城が考えた人物を自分の中で組み立て、呼吸を変え、歩き、台詞を口にした時。
楽しかった。
前世の仕事だからじゃない。
長年やっていたからでもない。
ただ、今でも演じることが好きなのだ。
だからこそ困る。
断りたいんじゃない。
どう断ればいいのかを考えているだけだ。
その違いに気づいてしまった。
翌日の昼休み。
「というわけで!」
中庭のいつもの木陰に、外村の声が響いた。
「第一回、映像研究会主演オーディションを開催する!」
「いつ決まったのよ、それ」
北大路が呆れた顔をする。
「今」
「帰っていい?」
「待て!」
「嫌よ」
「まだ何も説明してない!」
「大体分かるもの」
西野がくすくす笑っている。東城は昨日の脚本を持ってその隣に座り、大草まで面白そうにこちらを見ていた。
「主演って誰の?」
西野が尋ねる。
「東城脚本、真中監督による記念すべき第一作!」
「大げさね」
「そして現在、最有力の主演候補が――」
外村が俺を指差す。
「境野だ!」
「何で最初に俺なんだよ」
「えっ」
西野がこちらを見る。
「境野君、出るの?」
「出ない」
「出るかもしれない」
真中が被せる。
「出ない」
「俺は境野にやってほしい」
「勝手に決めるな」
「へえ……」
西野が少し意外そうに俺を見る。
「境野君が演技するところ、私も見たことないかも」
「やらないぞ」
「昨日はやったじゃない」
「東城?」
「見本だけど」
「裏切られた気分だ」
「そんな大げさな……」
東城が笑う。
「ちょっと待ちなさい」
北大路が俺を見る。
「あんた、演技できるの?」
「多少」
「何よ、その答え」
「北大路」
小宮山が重々しく首を振った。
「境野の『多少』は信用するな」
「どういう意味よ」
「カメラも多少。撮影も多少。演技も多少。俺たちはもう騙された」
「騙してない」
「ふーん」
北大路の目が細くなる。
「じゃあ見せてよ」
「何でそうなる」
「多少できるんでしょ?」
「…………」
墓穴だった。
「私も見たいな」
「西野まで?」
「中学の時から境野君のこと知ってるけど、演技してるところなんて見たことないし」
「俺も!」
大草が手を上げる。
「お前まで乗るな」
「面白そうだろ」
真中が脚本を差し出してくる。
「境野!」
「……一回だけだからな」
「昨日も聞いたぞ、それ」
「外村、黙れ」
脚本を受け取る。
周りには真中、東城、西野、北大路、小宮山、大草、外村。
全員が俺を見ている。
――何だこれ。
前の人生なら何百人のスタッフに囲まれていても何とも思わなかった。カメラが何台あろうが、大勢の観客がいようが平気だった。
なのに、友達に見られている方が妙にやりにくい。
「境野?」
「何でもない」
息を吐く。
そして――役に入った。
空気が変わる。
さっきまで騒いでいた小宮山が黙り、北大路の表情も変わった。西野が僅かに目を見開く。
俺はもう、そちらを見ていない。
そこには昨日拾ったノートがある。
気になっていない。
そう思っていたのに、今日も同じ場所を見てしまった。
見つける。
足を止め、近づき、拾う。
知らない文章が増えている。
「……昨日は、こんなのなかったよな」
小さく漏らす。
誰かへ向けた言葉ではない。
ページの向こう側にいる、まだ知らない誰か。
ほんの少しだけ、その人物を知りたいと思い始めた少年。
数秒。
役を切る。
「――終わり」
「…………」
また沈黙。
「何だよ」
「……今の何?」
最初に口を開いたのは北大路だった。
「演技」
「それは分かるわよ!」
「昨日の真中と同じ反応するな」
「だって、急にあんたじゃなくなったじゃない!」
「だから演技だって」
「そういう問題じゃない!」
「境野君」
西野もこちらを見る。
「本当にどこで覚えたの?」
「……色々」
「色々?」
「昔」
「境野君、まだ十五歳だよね?」
「知ってる」
「怪しい」
「西野まで外村みたいになってきたな」
「俺のせいにするな」
「境野!」
真中が立ち上がった。
「何だ」
「決めた」
「何を」
「主演」
「…………」
「俺、やっぱり境野にやってほしい」
昨日よりも迷いがない。
「他も試すんじゃなかったのか?」
「試してもいい。でも俺はもう決めた」
「監督の横暴だぞ」
「監督権限!」
「便利に使うな」
真中が笑う。
「俺、お前を撮ってみたい」
その一言で、返そうとしていた言葉が止まった。
――俺を撮りたい。
前の人生なら何度も聞いた。
監督から。演出家から。プロデューサーから。
仕事として。
でも、友達から言われたのは――たぶん初めてだった。
「私も、境野君にやってほしい」
「東城まで……」
「私が書いた主人公を、境野君がどう演じるのか見てみたい」
東城は昨日よりもはっきりそう言った。
「やればいいじゃない」
北大路まで口を挟む。
「そこまでできるのに、何で嫌がるのよ」
「嫌っていうか……」
言葉が止まる。
昨夜、自分で気づいてしまったからだ。
別に、嫌なわけじゃない。
「じゃあいいでしょ」
「簡単に言うな」
「境野君、楽しそうだったしね」
西野まで言う。
「昨日も今日も」
「…………」
そこまで分かりやすかっただろうか。
「主演境野! 親友役俺!」
「小宮山は黙ってろ!」
「何で!?」
笑いが起きる。
俺はため息をつき、真中を見る。
真剣だった。
東城も期待している。
前の人生なら、求められた役を演じた。
主役でも脇役でも関係ない。
作品に必要なら、その役をやる。
なら――。
「……条件がある」
「!」
真中の顔が明るくなる。
「何でも言え!」
「まず、俺は映像研究会に入ったわけじゃない」
「まだ言うのかよ!」
「重要だ。それと――監督はお前だ、真中」
「え?」
「俺の方が経験あるからって、撮影中に俺の言う通りにするな。どう撮るか決めるのは真中。東城が書いたものをどう映像にするか考えるのも、お前だ」
「俺が違うと思ったら?」
「言え」
「境野の演技に?」
「当たり前だろ」
「でもお前、俺より詳しいじゃん」
「関係ない」
はっきり言う。
「この映画の監督は真中だ」
「…………」
「俺は役者として、お前の指示を聞く」
真中はしばらく俺を見て、それから笑った。
「分かった」
「本当に分かったか?」
「分かったって!」
そして手を差し出してくる。
「頼む、境野」
その手を見る。
昔なら契約書があった。事務所があった。スケジュールがあった。ギャラがあった。
仕事だった。
今は何もない。
ただ高校生が、友達と映画を一本撮ろうとしている。
俺はその手を握った。
「……一本だけだからな」
「よっしゃあああ!」
「うるさい!」
「主演決定!」
「親友役は俺!」
「小宮山はまだ決まってない!」
「何でだよ!」
笑い声が木陰に広がる。
東城が書く。
真中が撮る。
外村と小宮山が動き、俺が演じる。
まだ足りないものはいくらでもある。
相手役も決まっていない。
脚本だって完成していない。
撮影も編集も、これからだ。
これは文化祭に出す大作でもなければ、誰かに評価してもらうための作品でもない。
映像研究会が、まず一本の映画を最後まで作ってみる。
そのための最初の作品だ。
それなのに。
胸の奥にある感覚は、思っていたよりずっと懐かしく、そして新しかった。
名脇役。
その呼び名を誇りに思っていた。
今も、それは変わらない。
ただ――。
まさか二度目の人生で最初に立つカメラの前が、主演になるとは思わなかった。
また投稿しますー。
では、また∠( ゚д゚)