いちご100% ~名脇役は青春の主役になれるか~   作:Gussan0

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どうもΣ(゚Д゚)

続き書けたで候。

では、どうぞ∠( ゚д゚)/


第二十六話 初めての撮影

 北大路の出演が決まってから、数日が経った。

 

 その間にも、俺たちの日常は普通に続いていた。授業があって、昼になればいつもの場所に集まり、放課後になればそれぞれの部活へ向かう。

 

 俺と東城は文芸部。俺と西野は調理部。大草はサッカー部。そして真中たちは、空いた時間を見つけて映像研究会の準備を進めていた。

 

 ――俺も何故か、その準備にかなり関わっている。

 

「できた」

 

 昼休み。

 

 いつもの木陰で、東城が一冊のノートを差し出した。

 

「お?」

 

 真中が真っ先に身を乗り出す。

 

「脚本!?」

 

「う、うん。まだ直すところはあるかもしれないけど……最後まで書いてみた」

 

「見せて!」

 

「ちょっと待て真中。東城が持ってるだろ。引っ張るな」

 

「あ、ご、ごめん東城!」

 

「ううん」

 

 東城が笑いながらノートを開いた。

 

 以前よりも整理された形で、台詞や場面が書き込まれている。

 

 主人公は放課後の校内で、一冊のノートを見つける。

 

 持ち主の名前はない。

 

 書かれているのは、誰かが書いた短い文章。

 

 最初は気まぐれに読んだだけだった。

 

 けれど翌日、同じ場所へ行くと、新しい文章が増えている。

 

 誰が書いているのか。

 

 どうしてここに置いているのか。

 

 少しずつ気になり始め、主人公は放課後になると同じ場所へ向かうようになる。

 

 そんな主人公の変化に最初に気づくのが、北大路が演じるクラスメイトだ。

 

 最後まで、ノートを書いた人物の正体は明かされない。

 

 ただラスト。

 

 主人公が自分から、ノートへ短い言葉を書き残す。

 

『続き、待ってます』

 

 翌日。

 

 その下に、一言だけ返事が増えている。

 

『ありがとう』

 

 そこで終わる。

 

「……いいじゃん」

 

 真中が呟いた。

 

 さっきまでの勢いとは違う、少し静かな声だった。

 

「俺、好きだな。これ」

 

「本当?」

 

「ああ!」

 

 途端にいつもの調子へ戻る。

 

「撮りたい!これ撮ろう!」

 

「まだ細かいところは直すかもしれないよ?」

 

「そこは撮りながら考えればいいだろ!」

 

「いや、撮る前にある程度固めろ」

 

「何でだよ!」

 

「撮影中に大きく変えると、前に撮った場面と繋がらなくなる」

 

「……なるほど」

 

「まあ、現場で変わること自体はあるけどな」

 

「どっちだよ!」

 

「変更するなら理由が必要ってことだ」

 

「境野」

 

 外村がこちらを見る。

 

「お前、またさらっと経験者みたいなこと言ったな」

 

「気のせいだ」

 

「最近それで誤魔化せると思ってるだろ」

 

「思ってる」

 

「認めやがった」

 

「俺の役は!?」

 

 小宮山が脚本を覗き込む。

 

「主人公の友達」

 

 東城が答える。

 

「台詞も増やしたよ」

 

「よっしゃ!」

 

「ただし、普通の高校生だからね」

 

「……おう?」

 

「変な喋り方しなくていいから」

 

「何で俺だけ先に釘刺されてんの!?」

 

「前のが前のだったからだろ」

 

「境野!」

 

「事実だ」

 

 笑いが起きる。

 

「私のところは?」

 

 北大路が尋ねた。

 

「この前の読み合わせから少し増やしたの」

 

 東城が該当するページを見せる。

 

「主人公の様子がおかしいことに気づいて、何度か声をかけるようにしてみた」

 

「ふーん」

 

 北大路が目を通す。

 

「結構出るのね」

 

「嫌だった?」

 

「別に」

 

 即答だった。

 

「引き受けたんだからやるわよ」

 

「ありがとう、北大路さん」

 

「だからお礼はいいって」

 

 そう言いながらも、そのまま自分の台詞を確認している。

 

「西野さんにも短い役を作ったよ」

 

「私も?」

 

「うん。でも調理部もあるから、二場面だけ」

 

「それなら大丈夫そう」

 

 西野が俺を見る。

 

「また境野君と演技するんだね」

 

「そうなるな」

 

「今度は台詞忘れないようにしないと」

 

「撮影なら忘れたら止めるぞ」

 

「助けてくれないの?」

 

「前は読み合わせだったからな。撮影で勝手に変えたら東城の脚本と違ってくる」

 

「そっか」

 

 西野は東城を見る。

 

「じゃあちゃんと覚えないとね」

 

「無理しなくて大丈夫だよ」

 

「ううん。せっかくだからやってみる」

 

 東城が嬉しそうに笑った。

 

「それで今日だけど」

 

 真中が脚本を覗き込む。

 

「最初に境野がノートを見つけるところ。そのあと、さつきとの場面まで撮りたい」

 

「分かったわ」

 

 北大路は自分のページを確認したまま答えた。

 

「でも初日なんでしょ? そんなに撮れるの?」

 

「やってみないと分かんないだろ」

 

「まあ、それもそうね」

 

「北大路」

 

「何?」

 

「随分やる気になったな」

 

「引き受けた以上、中途半端にやる方が嫌なのよ」

 

「北大路らしいな」

 

「何よ、それ」

 

「褒めてる」

 

「……ならいいけど」

 

 放課後。

 

 空き教室に、今日の撮影へ参加する人間が集まった。

 

 真中、東城、外村、小宮山、北大路、そして俺。

 

 西野は調理部。

 

 大草はサッカー部だ。

 

 机の上には、倉庫から発掘したMiniDVのビデオカメラ。予備のテープ、三脚、使えることを確認したバッテリー。

 

 その横には外村が作った紙が何枚か置かれている。

 

「何だこれ」

 

「撮影予定表」

 

「作ったのか?」

 

「当然だ」

 

 外村が得意げに胸を張る。

 

「場所、必要な役者、使える時間。分かる範囲でまとめた」

 

「……ちゃんとしてるな」

 

「俺を何だと思ってる」

 

「美少女を撮りたい奴」

 

「否定はしない」

 

「しろよ」

 

「だが、撮るならちゃんと撮る」

 

 そこは本気らしい。

 

「まず境野の一人の場面からだな」

 

 真中がカメラを見る。

 

 少しだけ緊張している。

 

「いよいよだな」

 

「そうだな」

 

 その一言で、教室の空気が少し変わった。

 

 撮影前。

 

 スタッフが配置につき、役者が立ち位置へ向かう直前の空気。

 

 何十年も身を置いてきた場所。

 

 懐かしい。

 

 けれど今は、何もかも違う。

 

 大勢のスタッフはいない。

 

 高価な機材もない。

 

 監督も脚本家も役者も、全員高校一年生。

 

「境野?」

 

「ん?」

 

「どうした?」

 

「何でもない」

 

 真中を見る。

 

「監督。始めようぜ」

 

「……おう!」

 

 真中の顔が変わった。

 

 撮影場所は、校舎の端にある廊下だった。

 

 窓から差し込む夕方の光。

 

 人通りは少ない。

 

 廊下の隅には、物語の鍵になるノートが置かれている。

 

「カメラ、ここでいいかな」

 

 真中が三脚を調整する。

 

 俺は画角を見る。

 

 悪くない。

 

 ただ――

 

「…………」

 

「何だよ」

 

「何も」

 

「絶対何かある顔しただろ!」

 

「監督が決めろ」

 

「気になるだろ!」

 

「じゃあ聞くけど」

 

 カメラの横に立つ。

 

「この場面で何を撮りたい?」

 

「何をって……境野がノートを見つけるところ」

 

「それは起きることだろ。何を見せたい?」

 

「…………」

 

 真中が黙る。

 

「最初からノートを目立たせるのか。それとも主人公が見つけた時に、観客にも初めて気づかせるのか。それだけでも撮り方は変わる」

 

「あ……」

 

 真中がカメラを見る。

 

 少し考える。

 

「後者」

 

「理由は?」

 

「主人公と一緒に見つけてほしい」

 

 答えはすぐに返ってきた。

 

「だったら今の位置だと、ノートが先に見える」

 

「マジ?」

 

「覗いてみろ」

 

 真中がファインダーを確認する。

 

「あ、本当だ」

 

「じゃあどうする?」

 

「……カメラ、もう少しこっち?」

 

「やってみろ」

 

 三脚を動かす。

 

「これなら?」

 

 今度は俺が覗く。

 

「いいんじゃないか」

 

「よし!」

 

 真中が嬉しそうに笑う。

 

 俺は一歩離れた。

 

 これでいい。

 

 どう撮りたいかを決めるのは、真中だ。

 

「境野、立ってくれ」

 

「はいよ、監督」

 

「……それちょっと恥ずかしいな」

 

「慣れろ」

 

「お前が言うと重いんだよ!」

 

 立ち位置につく。

 

「東城」

 

「う、うん」

 

「主人公、ここではまだノートにそこまで興味ないんだよな?」

 

「うん。最初は誰かの忘れ物かなって思うくらい」

 

「分かった」

 

 真中がカメラの後ろへ回る。

 

「じゃあ……撮るぞ」

 

 誰も喋らない。

 

「よーい――スタート!」

 

 歩く。

 

 放課後。

 

 帰宅しようとしている、どこにでもいる高校生。

 

 特別なことは何もない。

 

 廊下を進む。

 

 その途中、視界の端に何かが入る。

 

 二歩。

 

 通り過ぎる。

 

 一歩。

 

 止まる。

 

 少しだけ戻る。

 

 床に置かれたノートを見る。

 

 しゃがむ。

 

 手に取る。

 

 表紙を見る。

 

 名前はない。

 

 軽く眉を寄せ、開く。

 

「…………」

 

 書かれている文章を読む。

 

 ほんの少しだけ目が止まる。

 

 けれど深くは考えない。

 

 閉じる。

 

「……忘れ物か?」

 

「カット!」

 

 役を抜く。

 

「どう?」

 

 真中がすぐに聞いてくる。

 

「俺に聞くなよ」

 

「でも!」

 

「監督がどう思った?」

 

「…………」

 

 真中が撮った映像を確認する。

 

 俺たちも後ろから覗き込んだ。

 

 短い映像。

 

 技術的には粗い。

 

 音も良くない。

 

 プロの現場と比べれば、当然見劣りする。

 

「……映画っぽい」

 

 小宮山が呟いた。

 

「お前、感想が小学生だぞ」

 

「だって映画っぽいんだよ!」

 

「分かる」

 

 外村も画面を見たまま答える。

 

「境野が画面に入った瞬間、急にそれっぽくなった」

 

「主演だからな」

 

「そういう意味じゃない」

 

 東城は何も言わず、画面を見つめていた。

 

「東城?」

 

「……動いてる」

 

「そりゃ映像だからな」

 

「そうじゃなくて」

 

 東城が小さく首を振る。

 

「私が書いた場面が、本当に動いてる」

 

「…………」

 

「何か……不思議」

 

 その顔を見て、少しだけ分かった。

 

 脚本を書いた側にとっての最初の撮影は、こう見えるのか。

 

「真中」

 

「ん?」

 

「もう一回撮ろう」

 

「え?」

 

「今度はどうしたい?」

 

 真中は映像を見る。

 

「……境野。ノート見つけるところ、もう少しだけ遅くできる?」

 

「どこを?」

 

「通り過ぎてから。今だと最初から気づいてたように見える気がする」

 

「なるほど」

 

「一回、本当に通り過ぎて……それから何となく戻る感じ」

 

「分かった」

 

「あと『忘れ物か?』も、もうちょっと独り言っぽく」

 

 真中が東城を見る。

 

「あ……うん。その方が主人公っぽいかも」

 

「境野、できる?」

 

「監督がそうしたいなら」

 

「よし!」

 

 真中がカメラへ戻る。

 

 さっきまで俺に「どう?」と聞いていた奴が、もう自分から注文を出している。

 

 悪くない。

 

 二回目。

 

 三回目。

 

 角度を変えて、もう一度。

 

 ノートの手元。

 

 主人公の視線。

 

 廊下を歩く足。

 

 一本目のテープに、少しずつ東城の物語が入っていった。

 

「次、さつきとの場面」

 

 真中の声に、壁際で待っていた北大路が立ち上がった。

 

「やっとね」

 

「退屈だった?」

 

「撮影って思ってたより待つ時間長いのね」

 

「そっちか」

 

「同じところ何回も撮ってたし」

 

「必要なんだよ」

 

「見てれば分かるわよ」

 

 北大路は東城から脚本を受け取ると、自分の立ち位置へ向かった。

 

「ここ?」

 

「そこ」

 

 真中がファインダーを確認する。

 

「境野はこっち」

 

「了解」

 

 俺も位置につく。

 

 読み合わせは既に済んでいる。

 

 だから、改めて芝居について話す必要はない。

 

「一回そのままやってみよう」

 

 真中が言った。

 

「よーい――スタート!」

 

 主人公が鞄を閉じる。

 

 そこへ北大路の演じるクラスメイトが近づく。

 

「最近、放課後になるといつも同じところ行ってない?」

 

「……そうか?」

 

「行ってるでしょ」

 

「気のせいだろ」

 

「何かあるの?」

 

「別に」

 

「本当に?」

 

 俺が鞄を持って歩き出す。

 

「ちょっと」

 

 北大路が俺を追って一歩踏み出した。

 

 さらにもう一歩。

 

「カット!」

 

「え?」

 

 北大路が止まる。

 

「何?」

 

 真中がカメラを覗いたまま答えた。

 

「さつき、途中で画面からいなくなった」

 

「……は?」

 

「ここ」

 

 撮った映像を見せる。

 

 北大路が俺を追った瞬間、画面の端へ寄り、そのまま半分ほど外れている。

 

「何よこれ」

 

「お前が動いたからだろ」

 

「だって境野が行くから!」

 

「役としてはそれで合ってる」

 

「じゃあ何が悪いのよ」

 

「カメラが追えてない」

 

 真中が困った顔になる。

 

「……難しいな」

 

「そういうこともある」

 

「境野」

 

「何?」

 

「どうすればいい?」

 

「方法はいくつかある」

 

「いくつか?」

 

「カメラを動かす。画角を広くする。北大路の動きを小さくする。俺の動く距離を短くする」

 

「そんなにあるのか」

 

「どれにするかは監督が決めろ」

 

「またそれかよ」

 

「またそれだよ」

 

 真中は少し考え、ファインダーを覗く。

 

「……カメラは動かしたくない」

 

「理由は?」

 

「まだ俺、動かしながら綺麗に撮れる気がしない」

 

「妥当だな」

 

「画角を広くすると?」

 

「二人とも入れやすくなる。ただ、今より遠く見える」

 

「それは嫌だな」

 

「じゃあ残り二つ」

 

 真中が俺と北大路を見る。

 

「二人の動きを少し小さくしてみてくれ」

 

「分かった」

 

「分かったわ」

 

 俺は床を見る。

 

「北大路」

 

「何?」

 

「次、ここまで」

 

 床の継ぎ目を指す。

 

「ここ?」

 

「さっきより半歩くらい小さい」

 

「そんな細かいの?」

 

「カメラだと結構変わる」

 

「……面倒ね、映画って」

 

「そのうち慣れる」

 

「簡単に言うわね」

 

「じゃあ俺も動く距離を縮める」

 

「それならやりやすいか」

 

「たぶん」

 

「たぶんって何よ」

 

「やってみれば分かる」

 

「それ真中と同じじゃない」

 

「監督だからな」

 

「関係ないでしょ!」

 

「よし、もう一回!」

 

 真中の声。

 

 二度目の撮影。

 

 今度はお互いの動きを少し小さくする。

 

「カット!」

 

 真中が映像を確認した。

 

「……入った!」

 

「当たり前だろ」

 

「いや、分かってても嬉しいんだよ!」

 

 北大路も覗き込む。

 

「本当だ」

 

「さっきと全然違うだろ?」

 

「動きはほとんど変えてないのに」

 

「画面の中じゃ数十センチでも大きいからな」

 

「ふーん……」

 

 北大路が映像を見る目が少し変わった。

 

「面白い?」

 

 東城が尋ねる。

 

「……ちょっとね」

 

「ちょっとなんだ?」

 

「東城さんまで笑わないでよね」

 

「ご、ごめん」

 

 その時、真中がもう一度映像を戻した。

 

「待って」

 

「どうした?」

 

「ここ」

 

 北大路が俺を追うところ。

 

「さつき、この動き良くない?」

 

「どれ?」

 

「境野が行った時、一瞬だけ迷ってから追うところ」

 

「ああ」

 

 俺も見る。

 

 悪くない。

 

 役としても自然だ。

 

「これ、別の角度からも撮りたい」

 

 真中が言った。

 

「同じ場面を?」

 

「ああ」

 

「じゃあ撮ればいい」

 

「さつき、今のもう一回できる?」

 

「え?」

 

 北大路が固まった。

 

「今のって?」

 

「今の」

 

「だから、どのくらい?」

 

「一瞬止まって、それから追うやつ」

 

「そんなの覚えてないわよ!」

 

「ええ!?」

 

「普通いちいち何歩歩いたとか覚えてないでしょ!」

 

「あ……」

 

 真中が俺を見る。

 

「境野」

 

「何だよ」

 

「できる?」

 

「俺はできる」

 

「何で!?」

 

 北大路まで振り返った。

 

「仕事なら同じ芝居を何回もやるからな」

 

「仕事?」

 

「……昔、似たようなことを色々やった」

 

「またそれ?」

 

「細かいことは気にするな」

 

「気になるんだけど」

 

「今は撮影」

 

「逃げたわね」

 

「逃げてない」

 

 位置へ戻る。

 

「北大路」

 

「何?」

 

「俺がさっきと同じように動く」

 

「うん」

 

「北大路は無理に同じにしようとしなくていい。俺見てればいい」

 

「それで繋がるの?」

 

「合わせる」

 

「……また簡単に言う」

 

「大丈夫」

 

「その自信どこから来るのよ」

 

「経験」

 

「十五歳の台詞じゃないわよ」

 

 それは俺もそう思う。

 

「真中」

 

「準備できてる!」

 

「じゃあ頼む」

 

「よーい――スタート!」

 

 一度目と同じ位置。

 

 同じ姿勢。

 

 鞄を閉じるタイミング。

 

 視線を動かす角度。

 

 立ち上がる速さ。

 

 台詞の間。

 

 可能な限り、一度目と揃える。

 

 俺が動く。

 

 一瞬遅れて、北大路が追う。

 

 床の継ぎ目の手前で止まる。

 

「カット!」

 

「どう?」

 

 北大路が真中を見る。

 

「ちょっと待って」

 

 真中が一度目の映像と見比べる。

 

「……すげえ」

 

「何が?」

 

「境野」

 

「俺?」

 

「ほとんど同じじゃん」

 

「繋げるなら必要だからな」

 

「いやいやいや」

 

 外村が横から覗き込む。

 

「待て。最初に鞄持ったタイミングまで同じじゃないか?」

 

「大体な」

 

「視線も」

 

「合わせた」

 

「歩幅は?」

 

「そこも」

 

「…………」

 

「何だよ」

 

「気持ち悪いくらい正確だな」

 

「言い方」

 

「だってそうだろ!」

 

 小宮山も映像を覗き込む。

 

「境野、お前機械か何か?」

 

「人間だ」

 

「じゃあ俺にもできる?」

 

「練習すれば多少は」

 

「よし!」

 

「お前の場合、まず普通に台詞言うところからな」

 

「何でだよ!」

 

 北大路は俺ではなく、映像を見ていた。

 

 一度目。

 

 二度目。

 

 俺の動きを見比べる。

 

「……本当にほとんど一緒」

 

「だから言っただろ」

 

「これも演技なの?」

 

「演技というより、撮影の技術に近いかな」

 

「ふーん」

 

 北大路が俺を見る。

 

「やっぱり変な奴」

 

「何でそうなる」

 

「普通の高校生がそんなことできる?」

 

「外村と同じこと言うな」

 

「じゃあ普通なの?」

 

「…………」

 

「ほら」

 

「多少慣れてるだけだ」

 

「出た」

 

 外村が笑う。

 

「境野の『多少』」

 

「便利な言葉ね」

 

「北大路まで使うな」

 

「よし!」

 

 真中がカメラを持ち上げる。

 

「もう一個撮りたい!」

 

「まだやるの?」

 

「今の見たら撮りたくなった!」

 

 北大路が呆れた顔をする。

 

「監督ってこんなに我が儘なの?」

 

「人による」

 

「真中は?」

 

「たぶんこれからもっとなる」

 

「境野!」

 

「否定できるか?」

 

「……頑張る」

 

「そこは否定しなさいよ!」

 

 また笑いが起きた。

 

 片づけを始める頃には、窓の外もかなり暗くなっていた。

 

 途中でバッテリーが一つ死んだ。

 

「うわあああ! バッテリー!」

 

「騒ぐな小宮山」

 

「死んだぞ!」

 

「古いんだから想定内だ」

 

「境野が冷静すぎる!」

 

 予備へ交換する。

 

 今度は小宮山が三脚へ足を引っかけそうになり、外村に首根っこを掴まれた。

 

「危なっ!」

 

「お前は機材から三歩離れろ」

 

「何でだよ!」

 

「壊されたら困る」

 

「俺よりカメラ!?」

 

「カメラ」

 

「即答!?」

 

 完璧とは程遠い。

 

 音も画も粗い。

 

 撮り直しばかり。

 

 ほんの短い場面に、思っていた以上の時間がかかる。

 

 それでも一本目のテープには、確かに映像が残っていた。

 

 東城が書いた主人公が歩いている。

 

 北大路の演じるクラスメイトが、その後を追っている。

 

 それを真中が撮った。

 

「境野」

 

「ん?」

 

 片づけの途中、真中がカメラを持ったまま声をかけてきた。

 

「楽しいな」

 

「……そうだな」

 

「難しいけど」

 

「ああ」

 

「頭の中だともっと簡単だった」

 

「大体そんなもんだ」

 

「でも俺、もっと撮りたい」

 

 その言葉に迷いはなかった。

 

「だったら撮ればいい」

 

「おう!」

 

 真中が笑う。

 

「次は小宮山の場面な!」

 

「ついに俺の出番か!」

 

「普通にやれよ」

 

「任せろ! 俺の演技力を――」

 

「普通に」

 

「境野、俺への当たり強くない!?」

 

「前科がある」

 

「一回だけだろ!」

 

 騒がしい声が廊下に響く。

 

 東城が笑っている。

 

 北大路も呆れながら、その輪の中にいる。

 

 今日、俺たちは初めてカメラを回した。

 

 ほんの数十秒の場面を撮るだけで、何度も止まり、位置を直し、角度を変えた。

 

 読み合わせなら自然にできたことが、カメラの前ではそのまま使えるとは限らない。

 

 画面には枠がある。

 

 別の角度から撮るなら、同じ動きを繰り返す必要もある。

 

 昔は当たり前だったことを、一つずつ思い出していく。

 

 いや。

 

 思い出しているだけじゃない。

 

「境野!」

 

 先を歩いていた真中が振り返る。

 

「早く来いよ!」

 

「ああ」

 

 今は仕事じゃない。

 

 契約もない。

 

 報酬もない。

 

 ただ友達と一本の映画を作っている。

 

 前の人生とは、全然違う。

 

 ――悪くない。

 

 そう思いながら、俺はみんなの後を追った。




また書けたら投稿しますー。

では、また∠( ゚д゚)
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