いちご100% ~名脇役は青春の主役になれるか~ 作:Gussan0
続き書けたで候。
では、どうぞ∠( ゚д゚)/
春も、いつの間にか終わりへ近づいていた。
入学式の頃には朝晩にまだ冬の名残があったというのに、最近では昼間になると汗ばむような日も増えてきた。
校庭を囲む木々の緑も濃くなり、教室では窓を開けて授業を受けるのが当たり前になりつつある。
初夏。
そう呼んでもおかしくない季節だった。
泉坂高校へ入学してから、それなりに時間も経った。最初の頃こそ新しい校舎、新しい教室、新しいクラスと、何をするにもどこか落ち着かなかったが、今ではこの学校で過ごす毎日にもすっかり慣れている。
授業を受け、昼休みになれば友人たちとくだらない話をして、放課後になればそれぞれの部活へ向かう。
俺の場合は、その「それぞれ」が少々多いのだが。
文芸部では東城と顔を合わせ、調理部へ行けば西野がいる。そして映像研究部では真中たちと一緒に過ごす。
(我ながら忙しい高校生活送ってるよな……)
前世で高校生だった頃より、よほど青春している気がする。
六十年以上生きた人間が転生して、もう一度青春をやり直している。改めて考えるとなかなか妙な話だが、今となっては、それも俺の日常になりつつあった。
「あーっ、あっちぃ……」
放課後。
映像研究部の部室へ向かっていると、隣を歩く真中がシャツの胸元をぱたぱたと引っ張った。
「急に暑くなったよなぁ」
「まだ夏本番でもないぞ」
「だから嫌なんだよ。この先もっと暑くなるってことだろ?」
「まあな」
「俺、暑いの苦手なんだよなぁ……」
そんなことを言いながら、真中はうんざりした顔をしている。
廊下の窓から入り込んでくる風も、少し前までの涼しさはなくなっていた。これから梅雨に入れば湿気も増し、それを越えれば本格的な夏がやってくる。
「今からそれじゃ、七月になったら死ぬぞ」
「縁起でもねーこと言うなよ」
「じゃあ鍛えろ」
「暑さって鍛えてどうにかなんの?」
「知らん」
「無責任!」
俺も暑さが得意というわけじゃないが、まだこの程度ならどうということはない。
それより気になるのは――。
「で、なんで急に全員集合なんだ?」
「知らねーよ。黒川先生が緊急招集だって」
「緊急招集ねぇ……」
嫌な予感しかしない。
ただ――。
(……なんだっけ)
どこか引っ掛かる。
初夏になった頃、映像研究部の全員が黒川先生に呼び出される。
何かあったような――。
「どうした?」
「いや。なんでもない」
俺はこの世界が、前世で読んでいた『いちご100%』の世界だと知っている。
とはいえ、原作の出来事を一から十まで覚えているわけじゃない。前世では六十年以上生きたんだ。何十年も前に読んだ漫画の細かな台詞や日付まで覚えているほど、人間の記憶は便利じゃない。
ただ、実際にその場面へ近づくと、『ああ、こんなのあったな』と、ふいに思い出すことはある。
今回もそんな感覚だった。
◇
「よーし! 全員集まってるな!」
部室へ入るなり、黒川先生の大声が響いた。
すでに東城、西野、北大路、小宮山、外村も集まっている。
「あ、淳平君。境野君」
西野が俺たちに気づいた。
「遅かったね」
「悪い悪い」
「先生が急に呼び出すからだろ」
「それは境野君たちだけじゃないけどね」
西野が苦笑する。
東城も俺たちを見て、
「これで全員だね」
と小さく笑った。
「何なんだよ黒川センセー。急に緊急招集なんてしてよ」
小宮山が文句を言う。
「せっかくの放課後なのになー」
真中も机へ突っ伏した。
「よし!」
俺たちの文句など聞いていないらしい。
黒川先生が教壇の前へ立つ。
「全員集まってるな!」
さっき聞いたぞ、それ。
「では今から会議を始めるぞー!!」
黒川先生は勢いよく黒板へ向かい、チョークを手にすると大きく文字を書いた。
『
「今日集まってもらったのは他でもない!」
黒川先生が振り返る。
「泉坂高校の文化祭――『嵐泉祭』についてだ!」
「文化祭?」
真中が顔を上げた。
その瞬間――。
(あ)
記憶が繋がった。
(そうだ。嵐泉祭)
あった。
泉坂高校の文化祭。
そして――ここからだったはずだ。
真中たちが、本格的な映画作りを始めるのは。
「でも先生」
東城がおずおずと手を挙げた。
「文化祭って、まだ先ですよね?」
「その通り!」
黒川先生は腕を組む。
「だが、だからこそだ!」
ビシッ、と俺たちを指差した。
「他の連中が『文化祭なんてまだ先だ』と油断しているこの時期から、我が部は着々と準備していくつもりである!」
「ずいぶん気が早くないスか?」
真中が言う。
「甘い!」
黒川先生が机を叩いた。
「おまえら、我が校の文化祭をナメるな!!」
「は?」
「文化祭はな――我が部の未来を天国にするか地獄にするかの戦いの場なんだからな!!」
「戦い?」
真中が首を傾げる。
すると、外村が口を開いた。
「知らないのか?」
「何を?」
「泉坂高の嵐泉祭って、毎年各部の客集め合戦で有名なんだよ」
「あ、そうなのか?」
「ああ。どの部が一番客を集められるか競うんだ」
「へぇ……」
俺も黙って聞きながら、少しずつ記憶を掘り起こしていく。
(そうそう。そんな制度だった)
黒川先生が説明を引き継いだ。
「そして勝者――つまり一番多く客を集めた部には!」
一拍置く。
「一年間、あらゆる特権が与えられる!!」
「はぁ~?特権~!?」
小宮山が素っ頓狂な声を上げた。
「特権って、例えば?」
真中が聞く。
「そうだな。昼直のトイレ掃除が免除されたり――」
「マジっスか!?」
真っ先に身を乗り出したのは小宮山だった。
「昼直のトイレ掃除なし……」
すでに頭の中で、掃除当番から解放された自分でも想像しているらしい。さっきまで緊急招集に文句を言っていた男とは思えない変わりようだ。
(そんなに嫌なのか、トイレ掃除)
いや、やりたいかと聞かれれば俺もやりたくはないけど。
「じゃあ授業中の居眠りとかも、先生が見逃してくれたり?」
今度は真中が食いつく。
「場合によってはな」
「おお……」
真中の表情が緩む。こいつもこいつで、完全に自分が授業中に堂々と寝ている姿を想像している。
「じゃあ早弁も?」
北大路まで目を輝かせた。
「それも特権次第だな」
「早弁……」
小宮山はトイレ掃除免除、真中は居眠り、北大路は早弁。
三人揃って、完全にその気になり始めている。
(お前ら……)
まだ嵐泉祭で何をやるかすら決まってない。それどころか、優勝するための作戦会議すら始まっていないのに、頭の中ではもう一年分の特権を満喫しているらしい。
東城はそんな三人を見て苦笑している。
西野はというと……
「淳平君たち、まだ優勝してないんだけど……」
呆れたように息を吐いていた。
(ごもっとも)
俺だって高校生だった頃なら、掃除免除くらいは嬉しかったかもしれない。
今の精神年齢で欲しいかと聞かれると微妙だが。
「それにさ」
北大路が部室を見回した。
「ウチの部室、日当たりよくてものすごく暑いんだけど。そういうのも何とかしてもらえたりする?」
「もっと具体的に考えてみねーとな」
「おお……」
北大路の期待がさらに膨らんでいる。
確かに、この部屋は日当たりがいい。春先ならありがたかったが、これから夏になれば話は別だ。
真夏にこの部屋へ全員集まって映画の打ち合わせ――なんてことになれば、想像するだけで暑苦しい。
(その特権だけは、ちょっと欲しいかもしれないな)
そんなことを考えていると、
「先生」
東城が手を挙げた。
「ん?」
「逆に……最下位だったりした場合、どうなるんですか?」
それまで浮ついていた空気が、わずかに変わった。
黒川先生の表情まで変わる。
嫌な間だ。
「最下位は――」
先生が静かに言う。
「部の消滅及び――」
さらに一拍。
「勝者の奴隷!!」
「…………」
部室が静まり返った。
さっきまで一年間の楽しい学校生活を思い描いていた三人の表情から、綺麗に笑顔が消える。
「……は?」
真中の口が開いたまま止まった。
「奴隷……?」
北大路の顔も引きつる。
「男子は主に肉体労働だな」
「えぇ!?」
小宮山が悲鳴を上げた。
さっきまでトイレ掃除から逃れられると喜んでいたのに、下手をすれば掃除どころではなくなるらしい。
天国から地獄とは、まさにこのことだ。
「東城、北大路、西野なんかは……まあ、何をさせられるか分かったもんじゃないな」
「ちょ、ちょっと先生!」
北大路が思わず身を引く。
東城も困ったように頬を赤らめる。
「それは……絶対に最下位にはなりたくないね」
西野もさすがに表情を引きつらせていた。
俺も他人事じゃない。
男子は肉体労働。つまり当然、俺もその中に含まれる。
(……優勝できなくてもいいから、最下位だけは避けたいな)
さっきまでとは違う意味で、全員の意見が一致した瞬間だった。
「まあ、とにかくだ!」
黒川先生が強引に話を戻す。
「何としてでも優勝を掴み取りたいわけだが――何かいい案ある者いるかー?」
部室が静かになった。
文化祭で客を呼ぶ。映像研究部として何をするか。
しばらく誰も口を開かなかった。
その時。
「あの」
真中が立ち上がった。
(――来た)
「俺達、映像研究部なんだし……映画作って上映すればいいんじゃないですか?」
その言葉を聞いた瞬間、胸の奥がほんの少しだけ揺れた。
(映画……)
もちろん、真中が言っているのは高校生の自主制作映画だ。
前世の俺が立っていたプロの撮影現場とは違う。使える機材も、予算も、スタッフの数も、何もかも違うだろう。
それでも――映画は映画だった。
一瞬だけ、昔の光景が脳裏をよぎる。
撮影前の慌ただしい現場。台本を片手に自分の出番を待つ時間。照明の熱。飛び交うスタッフたちの声。
カメラの前に立ち、監督の声を待つ。
そして――本番。
その一言で、それまで騒がしかった現場の空気が変わる。
何十年も繰り返してきた、俺にとっては仕事であり、日常だった時間。
前世が終わった時、当然それも終わった。
もう二度と撮影現場に立つことはない。そう思っていた。
(まさか高校生になって、また映画に関わることになるとはな)
しかも今度は仕事じゃない。
同じ学校に通う仲間たちと、一から作る映画だ。
そう考えると、少しだけ胸が躍った。
そして同時に、曖昧だった記憶がはっきりと形を取る。
(そうだ。ここだ)
この一言から始まる。
真中が本格的に映画を作り始める。
前世で読んだ物語が、少しずつ現実と重なっていく。
「映画か」
黒川先生が腕を組む。
「前に撮ったのは試しみたいなもんだったし」
真中は続ける。
「今度はちゃんと一本作るんです。脚本から作って、撮影して、編集して。それを嵐泉祭で上映する」
「いいんじゃない?」
西野が頷いた。
「映像研究部らしいと思う」
「私も賛成!」
北大路も乗ってくる。
「面白そうじゃん!」
「東城は?」
「え?」
真中に聞かれ、東城は少し戸惑った。それから膝の上に置いていたノートを見る。
「私も……いいと思う」
その仕草を見て、また一つ記憶が戻ってくる。
(東城の物語……)
そうだ。
東城が書く物語と、真中の映画。
この二つが、ここから繋がっていく。
「境野は?」
真中が俺を見る。
「賛成」
俺は迷わず答えた。
「ただし、前に撮ったのとは比べ物にならないぞ」
「分かってる」
「脚本、役者、ロケ場所、撮影日程、編集。文化祭で上映する以上、締め切りも絶対だ」
「……うん」
脅すつもりはない。
ただ、一本の映画を完成させるのが大変なのは、俺が誰より知っている。
現場じゃ、予定通りに進む方が珍しいくらいだった。天候や役者の都合、撮影場所の問題、機材トラブル。予想外のことなんていくらでも起こる。
まして今回は高校生だけで作る映画だ。
「それでもやるか?」
「やる」
即答だった。
「俺、ちゃんと映画撮ってみたい」
その言葉に、俺は少し笑った。
「だったら俺も手伝う」
「おう!」
前世の俺なら、映画制作について教えられることはいくらでもある。撮影現場でどう動けばいいかも分かるし、役者としてどう演技を組み立てればいいかも分かる。
長い役者人生の中では、監督やスタッフが何を考えているのかを横から見る機会だって山ほどあった。
だから、やろうと思えば俺がかなりの部分を仕切ることだってできるだろう。
でも――。
(それは違うよな)
これは真中の映画だ。
こいつが撮りたいと思って始める映画だ。
真中自身が考え、悩み、失敗しながら、その上で一本の作品を完成させる。
俺が先回りして答えを全部教えてしまったら、それは真中の映画じゃなくなってしまう。
俺がやるのは、必要な時に手を貸すこと。
前世で培ったものは、そのために使えばいい。
「しかし!」
黒川先生が声を上げた。
「映画の上映は当然やるとして――それだけでは弱い!」
「え?」
「やはり、おまけは必要だ」
先生の視線が、東城、北大路、西野へと順番に動く。
「幸い、この部には――美女が三人いることだし」
「え?」
東城が目を丸くする。
「何よ、その目」
北大路が警戒する。
「……嫌な予感しかしないんですけど」
西野は呆れたように黒川先生を見る。
「どうだろう」
黒川先生がニヤリと笑う。
「ここは一発、色気で攻めるっていうのは!」
「はぁ!?」
北大路の声が響いた。
「何言ってるんですか先生……」
西野は額へ手を当てる。
東城はどう反応すればいいのか分からないらしく、困ったように苦笑していた。
「勝つためには私は手段は選ばん!」
黒川先生が堂々と言い切る。
「なぜなら――顧問の教師にも特権が与えられるからさ!」
「…………」
なるほど。
俺は納得した。
「先生、それが本音でしょ」
「何を言う境野!」
「いや、今自分で言いましたよね?」
「細かいことは気にするな!」
「全然細かくないでしょう」
「境野君の言う通りだと思います」
西野まで呆れた目を向ける。
「ぐっ……!」
黒川先生が一瞬言葉に詰まった。
けれど、そこはさすがというべきか。すぐに咳払いすると、何事もなかったかのように胸を張る。
「と、とにかくだ!理由がどうあれ、優勝すればお前たちにも利益がある!文句はないだろ!」
「理由がどうあれって、自分で言っちゃってるし……」
北大路が呆れている。
「でも先生」
俺は黒川先生を見る。
「映画一本作るって、口で言うほど簡単じゃないですよ」
「ほう?」
「今から始めるなら時間はあります。でも、脚本を決めて、配役決めて、撮影場所も押さえて、実際に撮って、それから編集でしょう。学校生活と並行してやるなら、結構ギリギリになる可能性もあります」
俺がそう言うと、真中たちが揃ってこちらを見る。
「……境野」
「なんだ?」
「改めて言われると、すげー大変そうなんだけど」
「だから大変だって言ってるんだよ」
「さっきより不安になってきた……」
「始める前から弱気になるな」
思わず苦笑する。
すると黒川先生が腕を組みながら、じっと俺を見ていた。
「……なんですか?」
「いや」
先生がニヤリとする。
「やっぱりお前、こういう話になると妙に詳しいなと思ってな」
「そうですか?」
「そうだぞ。カメラが回った途端に雰囲気は変わるわ、撮影の段取りには口が回るわ」
黒川先生が俺の顔を覗き込んでくる。
「お前、本当に高校一年生か?」
「高校一年生ですよ」
「怪しい」
「何がですか」
「実は年齢を偽ってるとか」
「どうやって入学したんですか、それ」
「戸籍を――」
「先生、それ以上は教師として言わない方がいいと思います」
「む……」
何を疑われているんだ、俺は。
まあ、中身だけなら先生の想像より遥かに年上なんだけど。
「でもまあ」
黒川先生が笑う。
「経験がある奴が一人いるなら心強い」
「買い被らないでくださいよ」
「謙遜するな」
「別に謙遜じゃ――」
「境野」
先生の声が少しだけ真面目になる。
「真中たちが困った時は手を貸してやれ」
その言葉に、俺は一瞬だけ黙った。
真中を見る。
本人は映画を撮ると決めたばかりだ。これから何度も分からないことにぶつかるだろう。
だったら――。
「……それくらいなら」
「よし!」
途端に黒川先生の顔が明るくなる。
「では技術面は境野に丸投げということで!」
「待て」
「なんだ?」
「今のいい話っぽい流れ返してください」
「細かい男だな」
「細かくないです」
この人、本当に教師なんだろうか。
「まあ、冗談はさておき」
「どこから冗談だったんですか……」
黒川先生は俺のツッコミを無視して、部室にいる全員を見回した。
「私から話すことは以上だ」
「え?」
真中が目を瞬かせる。
「映画をやるって決めたのはお前らだろ?」
「まあ……そうですけど」
「だったら、ここから先はお前らで考えろ」
黒川先生はそう言って教卓から離れる。
「何を撮るのか。誰が何をするのか。どうやって客を集めるのか――後はお前らに任せる!」
「ええっ!?」
「先生、投げた!?」
北大路が声を上げる。
「人聞きの悪いことを言うな。生徒の自主性を尊重しているんだ」
「さっきまで散々口出ししてたじゃないですか」
西野の冷静な一言が刺さる。
「それとこれとは話が別だ!」
「便利だなぁ、その言葉……」
俺が呟くと、黒川先生は悪びれもせず笑った。
「顧問というのはな、必要な時にどっしり構えているものなんだよ」
「さっきまで一番騒いでた人が言います?」
「境野、お前今日はやけに私に厳しくないか?」
「先生がツッコまれるようなことばっかり言うからでしょう」
「まったく……可愛げのない生徒だ」
「どうも」
「褒めてない!」
知ってます。
「とにかく!」
黒川先生は最後にもう一度、黒板の『嵐泉祭』を指差した。
「目指すは優勝!期待してるぞ、お前ら!」
そう言い残して――本当に先生は俺たちへ話を丸投げした。
「…………」
残された俺たちは、しばらく黙って黒川先生を見送った。
「……あの人、本当に帰ったぞ」
小宮山が呟く。
「言うだけ言って帰ったな」
外村が苦笑する。
「まあ、黒川先生らしいけどね……」
西野も呆れたように笑った。
真中はというと、黒川先生の去った扉を見たあと、もう一度黒板へ目を向けた。
「……映画か」
「真中?」
「いや」
真中は少し考えてから顔を上げる。
「もし文化祭までに間に合わなくても、ビデオにして残せるし……」
その表情は、さっきまでとは違っていた。
本気で映画のことを考え始めている。
(そうだよな)
黒川先生が何を企んでいようが、ここで大事なのはそれじゃない。
真中が、自分から映画を撮りたいと思った。
そのことだ。
俺は黒板を見る。
そこには大きく、**『嵐泉祭』**と書かれている。
文化祭までは、まだ時間がある。
これから梅雨が来て、夏が来て、その先に秋が待っている。
その間に一本の映画を作る。
真中が監督として、東城が物語を書いて、みんなが力を合わせる。
そして、俺もその中にいる。
(映画作りか……)
前世では数え切れないほど撮影現場に立った。あの頃の俺にとって撮影は仕事だった。
もちろん好きだった。好きじゃなければ、あれほど長く続けられなかっただろう。
だけど今度は違う。
仕事じゃない。
興行収入も視聴率も、スポンサーも関係ない。
高校生が集まって、自分たちの手で一本の映画を作る。
そんな経験は、長かった前世でもほとんどなかった。
前世で知っている展開と同じところもある。
違うところもある。
俺がいる。
西野もいる。
なら、これから出来上がる映画だって、俺の知っているものと全く同じにはならないだろう。
それでいい。
「……面白くなりそうだな」
「境野君?」
西野がこちらを見る。
「いや、なんでもない」
「何それ」
西野が小さく笑った。
俺もつられて笑う。
まだ脚本すらない。配役も決まっていないし、どこで撮るのかも、どんな映画になるのかも分からない。
それでも、久しぶりに味わうことになる撮影の日々を想像すると、少しだけ楽しみだった。
こうして――。
秋の嵐泉祭へ向けた、俺たち映像研究部の本格的な映画作りが始まることになった。
また出来たら投稿しますー。
では、また∠( ゚д゚)