『いちご100% ~名脇役は青春の主役になれるか~』 作:Gussan0
続き書けたで候。
では、どうぞ∠( ゚д゚)/
中間テスト初日。
「……終わった」
一時間目の国語が終わった瞬間、真中が机へ突っ伏した。
「まだ一教科目だぞ」
「だからだよ!まだ一教科目なのにもう疲れたんだよ!」
「知らんがな」
答案用紙を回収した教師が教室を出ていくと、張り詰めていた空気が一気に緩んだ。あちこちから「最後の問題なんだった?」「漢字ミスった!」なんて声が上がり始める。
「境野君」
「ん?」
前の席から東城が振り返った。
「最後の問題、どうだった?」
「ああ、あれか。俺も少し迷った」
「境野君も?」
「選択肢二つまでは絞れたんだけどな」
「私はこっちにしたんだけど……」
東城が問題用紙をこちらへ向ける。
「同じ」
「ほんと?」
「ああ」
ほっとしたように東城が笑った。
その横から、真中が勢いよく顔を出す。
「俺、全部埋めたぞ!」
「おお」
「すごい、真中君」
「だろ!?」
東城に褒められ、真中が露骨に嬉しそうな顔になる。
全部埋めたことを誇る段階なのはどうなんだ、とは思う。
もっとも、以前なら分からない問題を早々に諦めていたらしいので、これでも進歩なのだろう。
「でも今回、俺ちゃんと勉強したからな」
「うん」
「だから逆に怖いんだよ。前までなら『分かんねー!』で終わってたのに、今回は『あそこ間違えたかも』って分かるんだぞ!」
「それが普通なんだよ」
「勉強って怖えな……」
「今さら何を知ったんだ、お前は」
東城がくすっと笑う。
その顔を見て、真中も笑った。
まあ、あれだけ勉強したんだ。
多少は報われるだろう。
二日間のテストが終わり、答案が返却され始めたのは翌週だった。
「…………」
「真中?」
「…………」
「生きてるか?」
「境野」
「何」
「俺……」
真中が震える手で答案を持ち上げた。
「上がってる……!」
「そりゃよかったな」
「もっと驚けよ!」
「勉強したんだから上がることくらいあるだろ」
「俺にとっては奇跡なんだよ!」
「自分で言うな」
とはいえ、前回と比べればかなり上がっている。
上位とは到底言えないが、勉強会の成果はちゃんと数字になっていた。
「真中君、よかったね」
東城も答案を手にやってくる。
「おう!東城は?」
「私は……いつもとあんまり変わらないかな」
「何点?」
「えっと……」
東城が答案を見せる。
「…………」
真中が固まった。
「高っ!」
「そ、そうかな?」
「そうだろ!?」
東城は元々、成績がいい。
目立つことを嫌う性格のせいで普段はあまり意識されないが、テストでは安定して上位にいる。
俺が勉強会で教えたといっても、東城の場合は分からない問題を一から説明することはほとんどなかった。
多かったのは、確認だ。
途中式の符号。
問題文の読み違い。
分かっているのに焦って落とす、細かいミス。
「ここ、惜しかったな」
「あ……」
「また符号」
「やっぱり?」
「途中までは全部合ってる」
「うぅ……」
「前より減ってるからいいだろ」
「境野君にそこ何回も言われたのに……」
「本番で一個なら十分だって」
「……うん」
東城が小さく笑った。
「ありがとう、境野先生」
「それやめろ」
「ふふっ」
「ちょっと待て」
真中が今度は俺の答案を覗き込む。
「境野、お前何点?」
「見るなよ」
「うわっ」
「だから見るなって」
「東城だけでも高いのに!」
「知らん」
「俺、今すごく幸せだったのに!」
「お前は前回の自分と比べろ」
「正論で殴るな!」
別に満点でもない。
前世では台本を覚えるのが仕事の一部だったし、今は一度見たものをかなり正確に記憶できる。暗記科目ではどうしても有利になる。
とはいえ、数学や英語まで見ただけで解けるわけじゃない。
理解して、考えて、覚える。
結局やることは普通の勉強と大して変わらない。
少し効率がいいだけだ。
昼休み。
「境野君」
聞き慣れた声に顔を上げる。
教室の入口から西野が手を振っていた。
「また来た」
「何、その反応」
「いや、最近よく来るなと思って」
「いいじゃん。二組から四組なんてすぐだし」
西野はそう言いながら俺たちのところまで来ると、一枚の答案を差し出した。
「見て」
「数学?」
「うん」
点数を見る。
「いいじゃん」
「でしょ?」
「ここ惜しかったな」
「あー、それ!」
西野が答案を指差す。
「境野君の家でやったところだったのに間違えたの」
「だから復習しろって言っただろ」
「しましたー。した上で間違えましたー」
「威張るな」
「西野!」
そこへ真中が戻ってきた。
「淳平君」
「見てくれ!」
勢いよく答案を差し出す。
「俺、上がった!」
「ほんと?」
西野が点数を見る。
「すごいじゃん、淳平君!」
「だろ!?」
今日何度目か分からない得意顔である。
「またやろうよ」
西野が言った。
「何を?」
「勉強会」
「もう次のテストの話?」
「早めにやった方がいいでしょ?」
「西野がまともなこと言ってる……」
「境野君?」
「何でもない」
「俺も行く!」
真中が即座に手を挙げる。
「境野ん家な!」
「勝手に決めるな」
「だって広いし!」
「あと、ご飯おいしいし」
「西野まで」
「私も……」
小さな声が加わった。
見ると、東城がこちらを見ている。
「また一緒に勉強できたら、いいかなって」
三人の視線が集まる。
「……ちゃんと勉強するならな」
「よっしゃ!」
「やった」
「ありがとう、境野君」
完全に定例化しそうな気配がする。
まあ、いいか。
あの家に人がいるのも、たまになら悪くない。
数日後。
ホームルームで、一枚の紙が配られた。
『進路希望調査票』
それだけで、教室の空気が少し変わる。
「現時点での希望を書け。まだ変更はできるが、もう三年だからな。志望校が決まってる奴も、迷ってる奴も、そろそろ具体的に考えておけよ」
担任の言葉に、あちこちから声が上がった。
「うわー……」
隣では真中が紙を見つめている。
「急に受験生って感じするな」
「今まで何だと思ってたんだ」
「中学三年生」
「同じ意味だろ」
「響きが違うんだよ!」
そんなものか。
「でも真中、行くところは決めてるんだろ?」
「ああ」
そこは迷わなかった。
真中は第一志望の欄へ学校名を書き込む。
『泉坂高校』
「やっぱ泉坂か」
「おう」
真中は書き終えた文字を見る。
「映像部があるからな。映画撮りてぇし」
その辺りは実に真中らしい。
「大草はもう決まってるんだっけ?」
「ああ」
少し離れた席から大草が答える。
「泉坂。推薦」
「くそー!」
「なんで俺が怒られるんだよ」
「もう決まってるのずるくね!?」
「推薦だって何もしないで決まるわけじゃねえよ」
「境野まで大草側につくなよ!」
「事実だろ」
「いいよなぁ、推薦……」
真中が恨めしそうに大草を見る。
「俺も泉坂行くぞ!」
今度は小宮山が割り込んできた。
「お前も?」
「おう!」
「成績は?」
「…………」
「小宮山?」
「気合いでなんとかする!」
「しろ、勉強を」
「だからこれからするんだよ!」
小宮山がこちらを見る。
「境野!」
「嫌だ」
「まだ何も言ってねえだろ!?」
「顔見りゃ分かる」
「頼む! 俺にも勉強教えてくれ!」
「真中一人でも面倒なのに、なんで増やさなきゃならないんだ」
「俺たち友達だろ!?」
「こういうときだけ友達を強調するな」
「境野」
真中が俺の肩を叩く。
「諦めろ」
「お前が言うな」
「一人も二人も変わんねーって!」
「じゃあお前が教えろ」
「無理!」
「堂々と言うな!」
大草が笑っている。
「大変だな、境野」
「他人事みたいに言いやがって」
「俺は推薦決まってるし」
「「推薦決まってる奴は黙ってろ!」」
真中と小宮山の声が綺麗に重なった。
「息ぴったりだな、お前ら」
そんなやり取りをしながら、ふと前を見る。
東城は進路希望調査票を前に、じっと考え込んでいた。
第一志望の欄には、まだ何も書かれていない。
「東城」
「え?」
「まだ決めてない?」
「うん……」
東城は少し迷ってから、机の中から何枚かの学校案内を取り出した。
「一応、候補はいくつかあるんだけど」
「結構あるな」
「先生にも、いくつか勧めてもらってて……」
見れば、泉坂より難易度が高い学校も混ざっている。
まあ、東城の成績なら当然か。
「東城なら、この辺も狙えるだろうな」
「先生にもそう言われた」
「すげえな、東城!」
真中が横から学校案内を覗き込む。
「こんなとこ行けんの?」
「い、行けるかどうかは分からないよ」
「でも狙えるんだろ?」
「成績だけなら、って……」
「十分すげーじゃん!」
「……ありがとう、真中君」
また東城の頬が赤くなる。
「でも、まだ決められなくて」
「何か気になることあるの?」
「うん……」
東城は学校案内を見比べる。
「高校に行っても、小説は書きたいから」
「なら文芸部とかも見た方がいいな」
「うん」
「絶対続けろよ!」
真中が言った。
「え?」
「東城の小説、面白いんだからさ!」
「…………」
東城が目を丸くする。
やがて、照れたように俯いた。
「……ありがとう、真中君」
嬉しそうだった。
俺が最初に背中を押したのは、東城が小説を書くことそのもの。
けれど、東城が実際に書いた物語を読んで、その面白さを真正面から認めたのは真中だ。
そこは俺とは違う。
そして東城にとっては、きっと大きな違いなのだろう。
「そういや西野はどうするんだろ」
真中が呟いた。
「聞いてないの?」
「まだ」
「彼女だろ」
「付き合ってるからって進路まで全部知ってるわけじゃねーよ!」
「それはそうだけど」
「今日聞いてみるかな……」
真中は自分の紙へ目を落とす。
そこには迷いなく書かれた『泉坂高校』。
大草も泉坂。
小宮山も泉坂を目指している。
「境野は?」
大草に呼ばれた。
「何?」
「お前も泉坂来れば?」
「俺?」
「真中も俺も小宮山も行くんだし」
「勝手に俺まで入れるなよ」
「いいじゃん!」
真中まで乗ってくる。
「お前も来いよ、泉坂!」
「進路をノリで決めさせるな」
「映画撮るとき絶対便利だし!」
「その理由なら絶対行かん」
「なんでだよ!?」
教室に笑い声が広がった。
ふと見ると、東城も笑っている。
けれど、その視線は一瞬だけ真中の進路希望調査票へ落ちた。
そこに書かれた『泉坂高校』の文字へ。
そして大草、小宮山。
俺のところで視線が止まる。
「境野君は?」
「俺?」
「まだ決めてないの?」
「ああ。今日帰ってからちゃんと調べる」
「……そっか」
東城はそれ以上何も言わなかった。
放課後。
文芸部の机にも、二枚の進路希望調査票が置かれていた。
「境野君」
「ん?」
「高校を選ぶ理由って……成績だけじゃなくてもいいよね」
「そりゃそうだろ」
東城は何枚かの学校案内を机に並べていた。
その中には、さっき見た上位校のものもある。
「先生にはね、せっかく成績があるんだから、もう少し上も考えてみたらって言われたの」
「まあ、東城なら言われるだろうな」
「でも……」
東城が指先で学校案内の端をなぞる。
「そこに行きたいかって聞かれると、まだよく分からなくて」
「なら、偏差値だけで決めなくていいんじゃない?」
「いいのかな」
「高いところに行けるからって、高いところに行かなきゃいけないわけじゃないだろ」
「……うん」
「東城が三年間通う学校なんだから、東城が行きたいところにすればいい」
東城がこちらを見る。
「境野君は、何を一番大事にする?」
「俺?」
「うん」
「そうだな……」
少し考える。
「通いやすさ」
「そこなんだ」
「大事だろ」
思わず即答すると、東城が笑った。
「一人暮らしだと、通学に一時間も二時間も使いたくないしな。帰ったら家のこともあるし」
「そっか。ご飯も洗濯も掃除も、境野君がやらないといけないもんね」
「だから公立で近ければ、それだけでもかなり有力」
「……すごく境野君らしい」
「そうか?」
「うん。現実的」
「進路なんだから現実的に考えるだろ」
「普通はもうちょっと、憧れとかない?」
「十五歳に何を求めてるんだ」
「境野君も十五歳だよ?」
「……そうだった」
「忘れないでよ」
東城がまた笑った。
危ない危ない。
「じゃあ東城は?」
「私?」
「何を重視したい?」
「私は……」
東城は進路希望調査票の端へ、小さく文字を書き始めた。
勉強についていける。
小説を書き続けられる。
通いやすい。
そこまで書いて、ペンが止まる。
「あと……」
「ん?」
「知ってる人がいることって、理由にしてもいいのかな」
「いいんじゃない?」
東城が顔を上げた。
「いいの?」
「それだけで全部決める必要はないと思うけど」
「うん」
「でも、友達がいる学校に行きたいって思うのは別におかしくないだろ」
「……友達」
東城が小さく繰り返す。
「新しい学校で一から友達作るのも楽しいかもしれないし、今いる友達と高校でも一緒にいたいって考えるのも普通だろ」
「そっか……」
東城は紙へ目を落とした。
そして四つ目を書き加える。
『友達』
小さな二文字だった。
「私ね」
「ん?」
「一年生のときも、今も……あんまり友達、多い方じゃないでしょ?」
「そうか?」
「そうだよ」
本人が言うならそうなのだろう。
「でも最近……」
東城が少し照れたように笑った。
「お昼、一緒に食べたり」
「うん」
「みんなで勉強したり」
「うん」
「西野さんとも話すようになって……」
そこで一度言葉を切る。
「楽しいなって思うの」
「ならいいことじゃん」
「……うん」
東城は頷いた。
「だから、高校を選ぶときに……そういうのも大事にしていいのかなって」
「いいと思うよ」
「そっか」
東城の表情が少しだけ明るくなる。
ただ、俺は一つだけ付け加えた。
「でも、俺たちに合わせる必要はないからな」
「え?」
「真中が泉坂で、大草も泉坂。小宮山も目指してる。でも、それで東城まで泉坂にしなきゃいけないわけじゃない」
「……うん」
「もっと行きたい学校があるなら、そっち行けばいい」
「境野君は?」
「俺はまだ調べてから」
「もし……」
東城が言いかけて止まる。
「何?」
「……ううん。何でもない」
そのまま進路希望調査票へ視線を戻した。
俺もそれ以上は聞かなかった。
「さて」
読みかけの本を開く。
「進路も大事だけど、今日はどうする?」
「え?」
「テスト終わっただろ」
「あっ」
東城がぱっと顔を上げる。
「じゃあ、小説書いていい?」
「好きなだけどうぞ」
「先生の許可が出た」
「誰が先生だ」
「ふふっ」
進路希望調査票を横へ退け、東城はいつもの原稿を取り出した。
その紙の端には、『友達』という二文字が残っていた。
帰宅して夕食を済ませた後。
「……一応、調べるか」
自室の机で、学校案内を広げる。
候補はいくつかある。
その中から通学時間、公立か私立か、学力、校風を順番に確認していく。
そして――。
「…………」
泉坂高校。
地図を確認する。
「近いな」
思わず声が出た。
知ってはいた。
この辺りにあることくらいは。
けれど、自分が毎日通うことを前提に改めて確認すると、思っていた以上に近い。
公立。
学力的にも問題はなさそうだ。
通学時間も短い。
これなら朝に家事をしてからでも余裕があるし、帰宅後の時間も取りやすい。
学校自体にも、特に避ける理由は見当たらない。
「……ここでよくないか?」
我ながら夢のない決め方だとは思う。
だが、三年間毎日通う場所だ。
近いというのは立派な長所だろう。
それに、真中、大草に小宮山。
知っている連中もいる。
だからといって、あいつらがいるから選ぶわけじゃない。
仮に三人が別の学校へ行くとしても、この条件なら泉坂は十分に第一志望になる。
「決まりだな」
進路希望調査票を取り出す。
第一志望の欄。
昼間までは空白だったそこへ、ペンを走らせた。
『泉坂高校』
書いてみれば、随分あっさりしたものだった。
「……十分だろ」
紙を机の端へ置く。
明日になれば、真中あたりが大騒ぎする姿が目に浮かぶ。
『マジで!?境野も泉坂!?』
たぶん、そんなところだ。
それから、ふと放課後の東城を思い出した。
『知ってる人がいることって、理由にしてもいいのかな』
友達、か。
俺にとっては、それは泉坂を選ぶ一番の理由ではない。
けれど――同じ学校に知っている顔がいるのが嫌かと言われれば、そんなことはない。
「まあ……悪くはないか」
学校案内を閉じる。
高校生活なんて、まだ先の話だ。
まずは目の前の中学生活を終わらせなければならない。
そして次の勉強会では――。
「……小宮山まで増えるのか?」
そっちの方が、今はよほど頭の痛い問題だった。
また何話か投稿します。
では、また∠( ゚д゚)