『いちご100% ~名脇役は青春の主役になれるか~』   作:Gussan0

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どうもΣ(゚Д゚)

続き書けたで候。

では、どうぞ∠( ゚д゚)/


第七話 変わっていくもの

 翌朝。

 

「真中」

 

「ん?」

 

「俺、泉坂にした」

 

「…………は?」

 

 真中の動きが止まった。

 

「マジで!?」

 

「朝からうるさい」

 

「だって昨日まだ決めてなかっただろ!」

 

「帰ってから調べた」

 

「それで一晩で決めたの!?」

 

「公立。家から近い。学力的にも問題ない。十分だろ」

 

「夢がねえ!」

 

「三年間通う場所だぞ。現実的に考えて何が悪い」

 

「いや、悪くないけどさ!」

 

 文句を言いながらも、真中の口元は笑っている。

 

「でも、そっか。境野も泉坂か!大草もいるし、小宮山も受けるって言ってるし……高校でも一緒だな!」

 

「受かってから言え」

 

「お前、そういうとこ冷たいよな!?」

 

「境野君」

 

 振り返ると、東城が立っていた。挨拶を交わしたあと、東城は鞄を机へ置きながら俺を見る。

 

「今の話……泉坂に決めたの?」

 

「ああ」

 

「……そっか」

 

「昨日調べたら思ってたより近かった」

 

「やっぱり、それが一番なんだ」

 

「重要だろ」

 

「ふふっ。昨日言ってた通りだね」

 

 東城の視線が、俺の机の端に置かれた進路希望調査票へ落ちる。第一志望――泉坂高校。

 

「真中君も泉坂なんだよね」

 

「おう!」

 

「大草君も?」

 

「推薦で決まってる。小宮山も受けるってさ」

 

「……そっか」

 

 東城はもう一度、俺の進路希望調査票を見てから自分の席へ向かった。

 

 東城自身はまだ決めていない。成績だけなら泉坂より上の学校も狙える。昨日話した通り、何を大事にするかは東城自身が決めればいい。

 

 俺が口を出すことじゃない。

 

 中間テストのために始まった勉強会は、テストが終わってもなくならなかった。むしろ三年生にとっては、ここからが本番だ。

 

 進路希望調査、模試、授業でも少しずつ増えていく受験の話。嫌でも「高校」という言葉を意識する機会が増えていく。

 

 そして――。

 

「頼む境野!俺も混ぜてくれ!」

 

「嫌だ」

 

「即答!?」

 

 昼休み。両手を合わせた小宮山が俺の机の前で叫んでいた。

 

「真中一人でも面倒なのに、なんで増やさなきゃならないんだ」

 

「俺を基準にすんなよ!」

 

「お前も教わってる側だろ」

 

「それはそれ、これはこれ!」

 

「何が違うんだよ」

 

「境野ぉ!」

 

「近い近い」

 

 顔を寄せるな。

 

「俺も泉坂行きたいんだよ!」

 

「知ってる」

 

「でもこの前のテストが!」

 

「どうだった?」

 

「…………」

 

「見せろ」

 

「…………」

 

「小宮山」

 

「人には見せたくないものがあるんだよ!」

 

「じゃあ知らん」

 

「待って!」

 

 結局見せられた答案を確認する。

 

「…………小宮山」

 

「おう」

 

「勉強しよう」

 

「そんな真顔で言うなよ!」

 

「いや、これはした方がいい」

 

「俺も同じこと思った!」

 

「真中にだけは言われたくねえ!」

 

「何だと!?」

 

 似た者同士が騒ぎ始める。

 

「何やってんだ、お前ら」

 

 そこへ大草がやってきた。

 

「大草!」

 

「小宮山が勉強会に混ぜろって」

 

「勉強会?」

 

「ああ。次の土曜、境野ん家で――」

 

「真中」

 

「……あ」

 

「勝手に俺の家の予定を広めるな」

 

「別にいいだろ!」

 

「よくない」

 

 大草は俺たちを見回すと、

 

「じゃあ俺も行こうかな」

 

 軽い調子で言った。

 

「お前、推薦決まってんだろ!」

 

 真中が即座に突っ込む。

 

「決まってたら勉強しちゃいけないのかよ」

 

「そういうことじゃねえけど!」

 

「じゃあいいじゃん」

 

「なんかムカつく!」

 

「理不尽だな」

 

「大草、お前何しに来るんだよ!」

 

 小宮山まで噛みつく。

 

「勉強」

 

「推薦決まってるくせに!」

 

「お前もかよ」

 

「境野!こいつだけ余裕あるぞ!」

 

「俺に言われても知らん」

 

 そもそも大草は泉坂への推薦が決まっているだけで、卒業まで勉強しなくていいわけではない。

 

「別にいいんじゃない?」

 

 東城が言った。

 

「みんなでやった方が、分からないところも聞きやすいし」

 

「ほら、東城もこう言ってる」

 

「くっ……!」

 

「東城に言われたら反論できねえ……!」

 

「お前ら東城を何だと思ってるんだ」

 

「じゃあ決まりだな」

 

「待て大草。場所は俺の家だぞ」

 

「駄目?」

 

「…………」

 

 まあ、一人増えたところで座る場所には困らない。

 

「ちゃんと勉強するなら」

 

「するする」

 

「軽いな」

 

「境野!」

 

 小宮山が再び両手を合わせる。

 

「俺も!」

 

「お前は大草よりちゃんとやれ」

 

「よっしゃあ!」

 

 こうして次の勉強会は、いつの間にか六人になった。

 

 土曜日。

 

「広っ!」

 

 門をくぐった瞬間、小宮山が叫んだ。

 

「お前も言うのか」

 

「いや、これ家なの!?」

 

「家だよ」

 

「真中から聞いてたけど想像以上だぞ!」

 

「だろ!?」

 

「なんでお前が得意げなんだ」

 

 その横で大草も屋敷を見上げている。

 

「これは確かに広いな」

 

「大草まで」

 

「いや、普通に驚くだろ」

 

「境野、お前本当にここ一人で住んでんの?」

 

「ああ」

 

「マジかよ……」

 

 小宮山が絶句する。

 

「俺も最初それ聞いたとき同じ反応した」

 

「十五歳だよな?」

 

「その話は前に三人から散々されたから、もういい。入れ」

 

「お邪魔しまーす」

 

 西野はすっかり慣れた様子で靴を脱ぎ、東城も「お邪魔します」と続く。

 

「西野、慣れてない?」

 

「二回目だもん」

 

「二回目で慣れる家じゃねえだろ!」

 

「小宮山うるさい」

 

「真中に言われた!?」

 

 大草が笑った。

 

 和室に六人分の教材を広げる。

 

 最初の三十分は静かだった。

 

 正確には、比較的静かだった。

 

「境野」

 

「何」

 

「ここ」

 

「さっき教えた」

 

「分かんなくなった」

 

「五分前だぞ」

 

「五分も経ったら忘れるだろ!」

 

「忘れるな」

 

 真中の横では、小宮山が問題集と睨み合っている。

 

「…………」

 

「小宮山」

 

「話しかけるな。今、俺は集中している」

 

「そこ一問目だぞ」

 

「だから集中してんだよ!」

 

「開始から十分経ってるけど」

 

「大草は黙ってろ!」

 

「なんで俺が怒られるんだよ」

 

 推薦組への当たりが強い。

 

「小宮山君」

 

 東城が声をかけた。

 

「そこ、最初にこっちを計算した方が分かりやすいよ」

 

「え?」

 

「ほら。この式を先に整理して、それから代入すれば――」

 

「おお……」

 

「ここまでなら分かる?」

 

「分かる!」

 

「じゃあ、あとは自分でやってみて」

 

「東城先生……!」

 

「せ、先生じゃないよ」

 

「境野より優しい……!」

 

「じゃあ今後全部東城に聞け」

 

「待って境野!」

 

 大草が笑う。

 

「境野、一人で全員見ようとしなくていいだろ」

 

「別にそのつもりはないけど」

 

「東城は頭いいし、俺もいる。西野だって教科によっては教えられるだろ」

 

「私は『教科によっては』なんだ」

 

「いや、そういう意味じゃ――」

 

「大草君?」

 

「……悪かった」

 

「よろしい」

 

 西野が満足そうに頷く。

 

「じゃあ分からないところは、分かる奴に聞く方式で」

 

「最初からそうしろよ」

 

「真中は自力でやれ」

 

「なんで俺だけ!?」

 

「冗談だ」

 

「分かりにくいんだよ!」

 

 それからは自然と教える側と教わる側が入れ替わった。英語は俺と大草。数学は東城。暗記系は各自でやって、分からないところだけ確認する。

 

 全員が同じところで詰まるわけじゃない。こっちの方が効率がいい。

 

「東城」

 

「うん?」

 

 真中が問題集を差し出した。

 

「これ、教えてくれない?」

 

「いいよ。どこ?」

 

「ここからもう分からん」

 

「最初から?」

 

「はい……」

 

「えっとね、ここは――」

 

 東城がペン先で式を追いながら説明する。

 

「まずこの式を使って、それからこっちに数字を入れるの」

 

「……あ、そういうことか!」

 

「うん。だから次は――」

 

「分かった! 東城、教えるの上手いな!」

 

「そ、そう?」

 

「境野より優しいし!」

 

「聞こえてるぞ」

 

「聞かせたんだよ!」

 

「じゃあ次から全部東城に――」

 

「それは困る!」

 

「どっちだよ」

 

 笑いが起こる。

 

 東城も口元を押さえて笑っていた。

 

 その後も真中は何度か東城に質問した。東城はそのたび丁寧に説明し、真中も珍しく真面目に聞いている。

 

 元々、東城は成績がいい。俺が教えるといっても、東城の場合はケアレスミスの確認をするくらいだ。むしろこうして教える側に回る方が自然だった。

 

「できた!」

 

「ほんと?」

 

「ほら!」

 

「あ、合ってる。すごい、真中君」

 

「よっしゃ!」

 

 真中が嬉しそうに笑い、東城も嬉しそうに笑う。

 

 こういう時間は、俺が間に入る必要もない。

 

 二時間ほど経った頃、東城が何度か瞬きをした。眼鏡の位置を直し、目元を押さえる。

 

「東城、目疲れた?」

 

「え?あ……うん。ちょっとだけ」

 

「休憩するか」

 

「賛成!」

 

「俺も!」

 

 真中と小宮山が同時にペンを置く。

 

「お前らだけ元気だな」

 

 大草が呆れる。

 

「頭が疲れてんだよ!」

 

「俺も!」

 

「分かった分かった」

 

 区切りもいいので全員で休憩にする。

 

 俺が麦茶と菓子を持って戻ってくると、東城が眼鏡を外していた。目を閉じ、軽く目元を揉んでいる。

 

 俺にとっては、それだけだった。

 

 ところが。

 

「…………東城さん」

 

「え?」

 

 西野が東城を凝視している。

 

「ちょっとそのまま」

 

「な、何?」

 

「動かないで」

 

 西野が顔を近づける。

 

「西野さん?」

 

「……東城さん。眼鏡、外した方がかわいいよ」

 

「ええっ!?」

 

 東城の声が響いた。

 

「急に何!?」

 

「だって本当に雰囲気違うもん。目も綺麗だし、もったいないよ」

 

「もったいないって言われても……」

 

「コンタクトとか使わないの?」

 

「使ったことない」

 

「じゃあ試してみれば?」

 

「えぇ……」

 

 西野は楽しそうに東城を眺めると、今度はその後ろへ回った。

 

「あと、これ」

 

 三つ編みの先を軽く持ち上げる。

 

「髪も下ろしてみない?」

 

「髪!?」

 

「うん」

 

「無理無理!」

 

「なんで?」

 

「だ、だってずっとこれだし……!」

 

「だから変えてみるんじゃん」

 

「恥ずかしいよ」

 

「ここなら学校じゃないし、嫌だったら戻せるよ?」

 

「でも……」

 

 東城が周囲を見る。

 

 俺、真中、大草、小宮山。

 

「男子、多すぎるよ……」

 

「あ」

 

 西野が今気づいたような顔をした。

 

「四人とも向こう向いてて」

 

「俺も?」

 

 大草が自分を指差す。

 

「男子でしょ?」

 

「まあ、そうだけど」

 

「俺の家なんだが」

 

「境野君」

 

「はいはい」

 

「なんで俺まで!」

 

「小宮山、諦めろ」

 

「真中まで素直に従うなよ!」

 

 結局、男四人で後ろを向く。

 

「なあ」

 

 小宮山が小声で言う。

 

「何」

 

「女子って大変だな」

 

「知らん」

 

「でも東城、眼鏡外したら結構――」

 

「小宮山君、聞こえてるよ!」

 

「すみません!」

 

「お前、馬鹿だろ」

 

「大草にだけは言われたくねえ!」

 

「なんでだよ」

 

 背後で西野と東城のやり取りが続く。

 

「本当にやるの?」

 

「大丈夫だって」

 

「変じゃない?」

 

「絶対大丈夫。東城さん、髪長いし、絶対似合うよ」

 

 しばらくして、

 

「いいよ」

 

 西野の声がした。

 

 振り返る。

 

「…………」

 

 眼鏡はない。

 

 いつもの三つ編みもない。

 

 ほどかれた長い黒髪が、東城の肩から背中へ流れていた。

 

 その瞬間、俺は言葉を失った。

 

 驚いたから――というのとは、少し違う。

 

 知っていたからだ。

 

 この姿を、俺は知っている。

 

 眼鏡を外し、三つ編みをほどいた東城綾。

 

 前世で読んだ『いちご100%』の中で、俺が知っている彼女の姿だった。

 

 もちろん、まったく初めて見るわけじゃない。真中が屋上で出会った少女も、今と同じように長い髪を下ろしていた。

 

 ただ――。

 

(……早くないか?)

 

 記憶にある流れでは、東城が普段からこの姿になるのはもっと後だったはずだ。

 

 少なくとも、こんな時期に西野が東城の眼鏡と髪型へ目をつけ、本人にイメージチェンジを勧める。そんな展開に覚えはない。

 

 理由は、考えるまでもなかった。

 

 俺がいるからだ。

 

 俺の家で勉強会をするようになった。西野と東城が原作より早く、こうして普通に話すようになった。その結果、西野が東城の素顔を見る機会ができた。

 

 原作に俺はいない。

 

 なら、俺をきっかけに生まれた出来事を俺が知らないのは当たり前だ。

 

「……変じゃない?」

 

 東城の不安そうな声で、意識を戻す。

 

 その姿を見ながら、もう一つ思う。

 

 ――真中。

 

 ちらりと横を見る。

 

 案の定、真中は東城を見ていた。

 

 あいつが屋上で探していた少女は、この姿の東城だ。

 

 眼鏡を外して、髪を下ろした。

 

 ここまで同じ姿になれば、気づく可能性はある。

 

(さて……どうなるか)

 

 教えてやる気はない。

 

 逆に、東城へ眼鏡を掛け直せとも、髪を編み直せとも言うつもりはなかった。

 

 原作と違うから何だという話だ。

 

 俺が知っている展開に合わせるために、目の前の人間の選択を止めるなんて、それこそおかしい。

 

 西野が勧めた。

 

 東城がやってみた。

 

 ただそれだけのことだ。

 

 それに――。

 

 改めて東城を見る。

 

 放課後、隣で小説を書いている東城。自信がなくなるとすぐ俯く東城。最近は以前よりよく笑うようになった東城。

 

 前世で知っていた『東城綾』より、今の俺にとってはそっちの方がずっと馴染み深い。

 

「境野君?」

 

「ん?」

 

「……何も言わないんだね」

 

「何が?」

 

「眼鏡とか……髪とか」

 

「外して、ほどいただけだろ?」

 

「…………」

 

 東城が目を瞬く。

 

「何?」

 

「ううん」

 

 少しだけ笑った。

 

「境野君らしいなって」

 

「そう?」

 

「境野君」

 

 西野が口を挟む。

 

「そこはちゃんと言わなきゃ駄目でしょ」

 

「何を」

 

「似合ってるかどうか」

 

「俺?」

 

「うん」

 

「そ、そんなこと聞かなくていいよ!」

 

「じゃあ聞かれて困る?」

 

「それは……」

 

「ほら」

 

 なんで俺が。

 

 東城と目が合う。

 

「…………」

 

「…………」

 

 頬が少しずつ赤くなっていく。

 

「東城」

 

「……うん」

 

「似合ってるよ」

 

「――っ」

 

 さらに赤くなった。

 

「ほら!」

 

「なんで西野が勝ち誇るんだ」

 

「私の見立てが正しかったから」

 

「に、西野さん!」

 

 西野が楽しそうに笑う。

 

「いや、でもマジで変わるな」

 

 大草が感心したように言った。

 

「一瞬誰かと思った」

 

「そ、そんなに?」

 

「いい意味でな」

 

「東城、すげえじゃん!」

 

 小宮山まで身を乗り出す。

 

「お前もそういう顔できるんだな!」

 

「小宮山」

 

「何?」

 

「その言い方は失礼だ」

 

「えっ!?」

 

 大草に頭を小突かれる。

 

「痛っ!」

 

「もう……」

 

 東城が困りながらも笑った。

 

 その横で、真中だけが黙っていた。

 

「真中?」

 

「え?」

 

「どうした」

 

「いや……」

 

 真中の視線が東城へ向く。

 

「東城、すげえ雰囲気変わるな」

 

「……変?」

 

「違う違う!似合ってる!すげー似合ってる!」

 

「……ほんと?」

 

「おう!」

 

 東城が嬉しそうに笑った。

 

 さっき俺に言われたときとは、少し違う笑顔。

 

 分かりやすい。

 

 やっぱり東城が好きなのは、真中なんだろう。

 

「ね、東城さん」

 

 西野が再び口を開く。

 

「学校でもやってみない?」

 

「えっ」

 

「コンタクトにして、髪も下ろして」

 

「学校で……?」

 

「うん」

 

「む、無理だよ。みんな見るでしょ」

 

「最初だけだって。嫌だったら戻せばいいんだから」

 

「でも……」

 

 東城は長い髪に触れる。

 

 拒否するというより、迷っていた。

 

「一回やってみて、それから決めればいいよ」

 

「…………」

 

 しばらく考えて。

 

「……少しだけなら」

 

「ほんと?」

 

「うん。やってみよう、かな」

 

 西野が嬉しそうに笑った。

 

 それは西野に言われたから仕方なく、という顔ではない。

 

 ほんの少し、自分から変わってみたい。

 

 そんな顔だった。

 

 俺ももう一度だけ東城を見る。

 

 原作より早い。

 

 知っていた展開とも違う。

 

 でも――別に、それでいい。

 

 ここにいる東城は漫画の登場人物じゃない。

 

 自分で髪型を決め、自分で進路に悩み、自分で好きな相手に一喜一憂している、一人の人間なのだから。

 

 週明け。

 

 教室の入口が妙にざわついた。

 

「え?」

 

「誰?」

 

「……東城?」

 

 顔を上げる。

 

「お、おはよう……」

 

 東城が立っていた。

 

 眼鏡はなく、三つ編みもない。長い黒髪をそのまま下ろしている。

 

 注目を浴びることに慣れていないのだろう。既に帰りたそうな顔をしていた。

 

「おはよう、東城」

 

「境野君」

 

 俺がいつも通り声をかけると、少し安心したようにこちらへ来る。

 

「やっぱり……変じゃない?」

 

「土曜に聞いただろ」

 

「学校だと違うから」

 

「似合ってるよ」

 

「……ありがとう」

 

 東城が笑う。

 

 隣を見る。

 

 真中が固まっていた。

 

「真中?」

 

「…………」

 

「おい」

 

「え?」

 

 真中は東城を凝視する。

 

「東城」

 

「な、なに?」

 

「お前……」

 

 長い髪。

 

 顔。

 

 そして、もう一度長い髪。

 

「…………あ」

 

 その瞬間、真中の顔色が変わった。

 

「屋上……」

 

 東城の目が見開かれる。

 

「……え」

 

「お前、あの時の……?」

 

「――っ!」

 

 東城の顔が真っ赤になる。

 

 それだけで十分だったらしい。

 

「えええええええっ!?」

 

「うるさい!」

 

 朝の教室に真中の絶叫が響いた。

 

「な、なんでもない!なんでもないから!」

 

「真中君!」

 

「東城、お前だったの!?」

 

「声大きいよ!」

 

 クラス中から注目されている。

 

 俺はため息をついた。

 

 予想はしていた。

 

 していたが――本当に一発で繋がるとは。

 

 原作では、真中がこの答えへ辿り着くまでにもう少し時間がかかったはずだ。

 

 今回は、西野がその時間を一気に縮めた。

 

 本人はそんなこと、知る由もないだろうが。

 

 昼休み。

 

「東城さん!」

 

 教室へ入ってきた西野が、東城を見るなり顔を輝かせた。

 

「やってくれたんだ!」

 

「西野さん」

 

「似合ってる!」

 

「……ありがとう」

 

「どうだった?」

 

「朝からずっと見られてて……恥ずかしい」

 

「でも戻してないじゃん」

 

「……うん。せっかくだから、今日はこのままでいようかなって」

 

「うんうん」

 

 西野は満足そうに頷く。

 

「淳平君もそう思うでしょ?」

 

「えっ!?」

 

 真中が必要以上に驚いた。

 

「何その反応」

 

「いや、何でも!」

 

「……?」

 

 西野が首を傾げる。

 

 真中は朝から明らかに東城を意識していた。目が合うたびに逸らす。かと思えば、また見る。東城も東城で、真中を見るたびに落ち着かない。

 

「淳平君?」

 

「な、何?」

 

「今日変じゃない?」

 

「変じゃない!」

 

「そう?」

 

「おう!」

 

 西野が真中を見る。それから東城を見て、もう一度真中を見る。

 

「……ふーん」

 

 何かに気づいたのか。

 

 まだ何も分かっていないのか。

 

 俺には判断できなかった。

 

 こういうとき、人の視線や表情が読めても、その意味まで一つに決められるわけじゃない。

 

「とりあえず飯食おうぜ」

 

「境野君、逃げた?」

 

「何から?」

 

「別にー」

 

 西野は笑っていた。

 

 放課後。

 

 文芸部。東城はまだ髪を下ろしたままだった。

 

「結局、一日そのままだったな」

 

「うん」

 

「どうだった?」

 

「恥ずかしかった。でも……思ってたより、嫌じゃなかったかも」

 

「ならよかったじゃん」

 

「うん」

 

 東城は少し笑ってから、鞄から進路希望調査票を取り出した。

 

「境野君」

 

「ん?」

 

「泉坂にしたんだよね」

 

「ああ」

 

「真中君も。大草君も、小宮山君も……」

 

「小宮山は受かればな」

 

「もう」

 

 東城が苦笑する。

 

「西野さんは?」

 

「まだ聞いてない」

 

「そっか……」

 

 机の上には何校かの資料がある。先生から勧められた、泉坂より上の学校も含まれていた。

 

「まだ決められない?」

 

「……うん。でもね」

 

 東城がペンを取る。

 

「候補には、入れてみようと思う」

 

 いくつか並んだ学校名。その一つに、『泉坂高校』と書き加えた。

 

「泉坂?」

 

「うん」

 

「俺たちが行くから?」

 

「それも……少しはあるよ。でも、それだけじゃなくて。ちゃんと調べてみたい。文芸部のこととか、通いやすさとか……学校のこと」

 

「それがいいと思う」

 

「うん」

 

 まだ第一志望ではない。先生から勧められている学校も残っている。

 

 それでも東城は、自分の手で泉坂を候補に書き加えた。

 

「……それに、高校でも知ってる人がたくさんいたら……楽しそうだから」

 

「そうだな」

 

「うん」

 

 東城は笑い、進路希望調査票を鞄へ戻していつもの原稿を取り出した。

 

 眼鏡も三つ編みもない。

 

 けれど、ペンを握って原稿へ向かう姿はいつもの東城だった。

 

 それから、勉強会の回数は少しずつ増えていった。

 

 毎週必ずというわけではない。模試が近づけば誰かが声をかけ、分からない問題が溜まれば集まる。

 

 真中と小宮山は泉坂を目指して。

 

 東城はまだ迷いながら。

 

 西野も自分の進路を考えながら。

 

 大草は推薦が決まっているくせに、なぜか普通に参加していた。

 

「境野……」

 

「何」

 

「俺、泉坂行けると思う?」

 

 ある日の勉強会。問題集を前に、小宮山が真剣な顔で聞いてきた。

 

「今のままなら知らん」

 

「そこは『行ける』って言ってくれよ!」

 

「俺が受験するわけじゃない」

 

「小宮山!」

 

 真中が肩を叩く。

 

「一緒に頑張ろうぜ!」

 

「真中……!」

 

「お前も危ない側だからな」

 

「「えっ」」

 

 二人揃ってこちらを見る。

 

「嘘だろ、境野!?」

 

「俺、この前点数上がったぞ!?」

 

「上がったことと合格圏にいることは別だ」

 

「現実を突きつけるな!」

 

「受験生だろ」

 

「まあ頑張れよ、二人とも」

 

 大草が麦茶を飲みながら言った。

 

「「推薦組は黙ってろ!」」

 

「なんでだよ!」

 

 東城が吹き出し、西野も声を上げて笑う。

 

「境野君」

 

 東城が笑いながら言った。

 

「もう少し優しく言ってあげても……」

 

「じゃあ東城から言ってやって。二人とも今のままだと危ないって」

 

「え?」

 

 東城が真中と小宮山を見る。

 

 二人が縋るような目を向けた。

 

「…………」

 

 東城は少し困ってから、

 

「……一緒に、頑張ろう?」

 

「東城ぉ!」

 

「優しい!」

 

「何も否定してないぞ」

 

「境野は黙ってろ!」

 

「お前ら本当に仲いいな」

 

「大草も黙ってろ!」

 

 また笑いが起こる。

 

 中間テストのために始まっただけの勉強会。

 

 それがいつの間にか――受験勉強のための集まりへと変わり始めていた。




東城さん、早目にバレるの巻。

では、また∠( ゚д゚)
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読者層が似ている作品 総合 二次 オリ

天災の問題児がヒロアカの世界で自由気侭にヒーローを目指す(作者:びっくり葉加瀬)(原作:僕のヒーローアカデミア)

 葉加瀬(はかせ)唯我(ゆいが)。▼ 彼は天才科学者の姉と未来からやってきた火星人と共に周りの人間を巻き込み困らせながらも幸せに人生を大往生したはずであった。▼ しかし、彼は何の因果か、前世の記憶を持ちながらこの世に誕生した。そんな問題児の天才科学者が今世では何をするのか。


総合評価:228/評価:5.2/連載:22話/更新日時:2026年09月21日(月) 00:15 小説情報

個性『異生獣(スペースビースト)』~僕とトガちゃんの共犯者物語~(作者:復活のB)(原作:僕のヒーローアカデミア)

『連続失血死事件』▼世間を騒がせるヴィラン───トガヒミコ▼その傍らには、もう一人の‘‘怪物,,がいた▼ヴィラン名『スペースビースト』▼本名『綾瀬黒斗』▼無数の‘‘異生獣(スペースビースト),,を操り、自らもビーストへと変貌する少年▼だが彼は、生まれながらの怪物でありながら誰よりも人間を理解していた▼そして誰よりも、一人の少女を理解していた▼これはヒーローの…


総合評価:591/評価:7.06/連載:16話/更新日時:2026年09月08日(火) 19:14 小説情報

非凡な少年はこの学校で何を考えるのか(旧:ようこそ凡人がいく実力至上主義の教室へ)(作者:神威 )(原作:ようこそ実力至上主義の教室へ)

変人(天才)達に育てられた凡才の少年が実力至上主義の教室で学校生活を送る話 。


総合評価:2739/評価:7.68/連載:42話/更新日時:2026年08月20日(木) 14:33 小説情報

チャンイチの弟はハジケリスト(作者:ドンうさぎ)(原作:BLEACH)

黒崎二葉▼年齢 13歳。▼職業 中学生そして死神代行▼特技 周りを振り回すハジケリスト▼尊敬する人 そんなのボーボボさんにきまってんだろぉ!!なぁ!!デップー!!


総合評価:128/評価:-.--/連載:11話/更新日時:2026年09月01日(火) 21:34 小説情報

~転生したら奈良シカマルの双子の兄でした~(作者:ZAZAI)(原作:NARUTO)

奈良シカマルの双子の兄・カゲマルとして転生した主人公。アカデミーで仲間との絆を育みながら、未来を変えるため忍として歩み始める。


総合評価:1635/評価:7.08/連載:32話/更新日時:2026年09月20日(日) 22:51 小説情報


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