『いちご100% ~名脇役は青春の主役になれるか~』 作:Gussan0
続き書けたで候。
では、どうぞ∠( ゚д゚)/
翌朝。
「真中」
「ん?」
「俺、泉坂にした」
「…………は?」
真中の動きが止まった。
「マジで!?」
「朝からうるさい」
「だって昨日まだ決めてなかっただろ!」
「帰ってから調べた」
「それで一晩で決めたの!?」
「公立。家から近い。学力的にも問題ない。十分だろ」
「夢がねえ!」
「三年間通う場所だぞ。現実的に考えて何が悪い」
「いや、悪くないけどさ!」
文句を言いながらも、真中の口元は笑っている。
「でも、そっか。境野も泉坂か!大草もいるし、小宮山も受けるって言ってるし……高校でも一緒だな!」
「受かってから言え」
「お前、そういうとこ冷たいよな!?」
「境野君」
振り返ると、東城が立っていた。挨拶を交わしたあと、東城は鞄を机へ置きながら俺を見る。
「今の話……泉坂に決めたの?」
「ああ」
「……そっか」
「昨日調べたら思ってたより近かった」
「やっぱり、それが一番なんだ」
「重要だろ」
「ふふっ。昨日言ってた通りだね」
東城の視線が、俺の机の端に置かれた進路希望調査票へ落ちる。第一志望――泉坂高校。
「真中君も泉坂なんだよね」
「おう!」
「大草君も?」
「推薦で決まってる。小宮山も受けるってさ」
「……そっか」
東城はもう一度、俺の進路希望調査票を見てから自分の席へ向かった。
東城自身はまだ決めていない。成績だけなら泉坂より上の学校も狙える。昨日話した通り、何を大事にするかは東城自身が決めればいい。
俺が口を出すことじゃない。
中間テストのために始まった勉強会は、テストが終わってもなくならなかった。むしろ三年生にとっては、ここからが本番だ。
進路希望調査、模試、授業でも少しずつ増えていく受験の話。嫌でも「高校」という言葉を意識する機会が増えていく。
そして――。
「頼む境野!俺も混ぜてくれ!」
「嫌だ」
「即答!?」
昼休み。両手を合わせた小宮山が俺の机の前で叫んでいた。
「真中一人でも面倒なのに、なんで増やさなきゃならないんだ」
「俺を基準にすんなよ!」
「お前も教わってる側だろ」
「それはそれ、これはこれ!」
「何が違うんだよ」
「境野ぉ!」
「近い近い」
顔を寄せるな。
「俺も泉坂行きたいんだよ!」
「知ってる」
「でもこの前のテストが!」
「どうだった?」
「…………」
「見せろ」
「…………」
「小宮山」
「人には見せたくないものがあるんだよ!」
「じゃあ知らん」
「待って!」
結局見せられた答案を確認する。
「…………小宮山」
「おう」
「勉強しよう」
「そんな真顔で言うなよ!」
「いや、これはした方がいい」
「俺も同じこと思った!」
「真中にだけは言われたくねえ!」
「何だと!?」
似た者同士が騒ぎ始める。
「何やってんだ、お前ら」
そこへ大草がやってきた。
「大草!」
「小宮山が勉強会に混ぜろって」
「勉強会?」
「ああ。次の土曜、境野ん家で――」
「真中」
「……あ」
「勝手に俺の家の予定を広めるな」
「別にいいだろ!」
「よくない」
大草は俺たちを見回すと、
「じゃあ俺も行こうかな」
軽い調子で言った。
「お前、推薦決まってんだろ!」
真中が即座に突っ込む。
「決まってたら勉強しちゃいけないのかよ」
「そういうことじゃねえけど!」
「じゃあいいじゃん」
「なんかムカつく!」
「理不尽だな」
「大草、お前何しに来るんだよ!」
小宮山まで噛みつく。
「勉強」
「推薦決まってるくせに!」
「お前もかよ」
「境野!こいつだけ余裕あるぞ!」
「俺に言われても知らん」
そもそも大草は泉坂への推薦が決まっているだけで、卒業まで勉強しなくていいわけではない。
「別にいいんじゃない?」
東城が言った。
「みんなでやった方が、分からないところも聞きやすいし」
「ほら、東城もこう言ってる」
「くっ……!」
「東城に言われたら反論できねえ……!」
「お前ら東城を何だと思ってるんだ」
「じゃあ決まりだな」
「待て大草。場所は俺の家だぞ」
「駄目?」
「…………」
まあ、一人増えたところで座る場所には困らない。
「ちゃんと勉強するなら」
「するする」
「軽いな」
「境野!」
小宮山が再び両手を合わせる。
「俺も!」
「お前は大草よりちゃんとやれ」
「よっしゃあ!」
こうして次の勉強会は、いつの間にか六人になった。
土曜日。
「広っ!」
門をくぐった瞬間、小宮山が叫んだ。
「お前も言うのか」
「いや、これ家なの!?」
「家だよ」
「真中から聞いてたけど想像以上だぞ!」
「だろ!?」
「なんでお前が得意げなんだ」
その横で大草も屋敷を見上げている。
「これは確かに広いな」
「大草まで」
「いや、普通に驚くだろ」
「境野、お前本当にここ一人で住んでんの?」
「ああ」
「マジかよ……」
小宮山が絶句する。
「俺も最初それ聞いたとき同じ反応した」
「十五歳だよな?」
「その話は前に三人から散々されたから、もういい。入れ」
「お邪魔しまーす」
西野はすっかり慣れた様子で靴を脱ぎ、東城も「お邪魔します」と続く。
「西野、慣れてない?」
「二回目だもん」
「二回目で慣れる家じゃねえだろ!」
「小宮山うるさい」
「真中に言われた!?」
大草が笑った。
和室に六人分の教材を広げる。
最初の三十分は静かだった。
正確には、比較的静かだった。
「境野」
「何」
「ここ」
「さっき教えた」
「分かんなくなった」
「五分前だぞ」
「五分も経ったら忘れるだろ!」
「忘れるな」
真中の横では、小宮山が問題集と睨み合っている。
「…………」
「小宮山」
「話しかけるな。今、俺は集中している」
「そこ一問目だぞ」
「だから集中してんだよ!」
「開始から十分経ってるけど」
「大草は黙ってろ!」
「なんで俺が怒られるんだよ」
推薦組への当たりが強い。
「小宮山君」
東城が声をかけた。
「そこ、最初にこっちを計算した方が分かりやすいよ」
「え?」
「ほら。この式を先に整理して、それから代入すれば――」
「おお……」
「ここまでなら分かる?」
「分かる!」
「じゃあ、あとは自分でやってみて」
「東城先生……!」
「せ、先生じゃないよ」
「境野より優しい……!」
「じゃあ今後全部東城に聞け」
「待って境野!」
大草が笑う。
「境野、一人で全員見ようとしなくていいだろ」
「別にそのつもりはないけど」
「東城は頭いいし、俺もいる。西野だって教科によっては教えられるだろ」
「私は『教科によっては』なんだ」
「いや、そういう意味じゃ――」
「大草君?」
「……悪かった」
「よろしい」
西野が満足そうに頷く。
「じゃあ分からないところは、分かる奴に聞く方式で」
「最初からそうしろよ」
「真中は自力でやれ」
「なんで俺だけ!?」
「冗談だ」
「分かりにくいんだよ!」
それからは自然と教える側と教わる側が入れ替わった。英語は俺と大草。数学は東城。暗記系は各自でやって、分からないところだけ確認する。
全員が同じところで詰まるわけじゃない。こっちの方が効率がいい。
「東城」
「うん?」
真中が問題集を差し出した。
「これ、教えてくれない?」
「いいよ。どこ?」
「ここからもう分からん」
「最初から?」
「はい……」
「えっとね、ここは――」
東城がペン先で式を追いながら説明する。
「まずこの式を使って、それからこっちに数字を入れるの」
「……あ、そういうことか!」
「うん。だから次は――」
「分かった! 東城、教えるの上手いな!」
「そ、そう?」
「境野より優しいし!」
「聞こえてるぞ」
「聞かせたんだよ!」
「じゃあ次から全部東城に――」
「それは困る!」
「どっちだよ」
笑いが起こる。
東城も口元を押さえて笑っていた。
その後も真中は何度か東城に質問した。東城はそのたび丁寧に説明し、真中も珍しく真面目に聞いている。
元々、東城は成績がいい。俺が教えるといっても、東城の場合はケアレスミスの確認をするくらいだ。むしろこうして教える側に回る方が自然だった。
「できた!」
「ほんと?」
「ほら!」
「あ、合ってる。すごい、真中君」
「よっしゃ!」
真中が嬉しそうに笑い、東城も嬉しそうに笑う。
こういう時間は、俺が間に入る必要もない。
二時間ほど経った頃、東城が何度か瞬きをした。眼鏡の位置を直し、目元を押さえる。
「東城、目疲れた?」
「え?あ……うん。ちょっとだけ」
「休憩するか」
「賛成!」
「俺も!」
真中と小宮山が同時にペンを置く。
「お前らだけ元気だな」
大草が呆れる。
「頭が疲れてんだよ!」
「俺も!」
「分かった分かった」
区切りもいいので全員で休憩にする。
俺が麦茶と菓子を持って戻ってくると、東城が眼鏡を外していた。目を閉じ、軽く目元を揉んでいる。
俺にとっては、それだけだった。
ところが。
「…………東城さん」
「え?」
西野が東城を凝視している。
「ちょっとそのまま」
「な、何?」
「動かないで」
西野が顔を近づける。
「西野さん?」
「……東城さん。眼鏡、外した方がかわいいよ」
「ええっ!?」
東城の声が響いた。
「急に何!?」
「だって本当に雰囲気違うもん。目も綺麗だし、もったいないよ」
「もったいないって言われても……」
「コンタクトとか使わないの?」
「使ったことない」
「じゃあ試してみれば?」
「えぇ……」
西野は楽しそうに東城を眺めると、今度はその後ろへ回った。
「あと、これ」
三つ編みの先を軽く持ち上げる。
「髪も下ろしてみない?」
「髪!?」
「うん」
「無理無理!」
「なんで?」
「だ、だってずっとこれだし……!」
「だから変えてみるんじゃん」
「恥ずかしいよ」
「ここなら学校じゃないし、嫌だったら戻せるよ?」
「でも……」
東城が周囲を見る。
俺、真中、大草、小宮山。
「男子、多すぎるよ……」
「あ」
西野が今気づいたような顔をした。
「四人とも向こう向いてて」
「俺も?」
大草が自分を指差す。
「男子でしょ?」
「まあ、そうだけど」
「俺の家なんだが」
「境野君」
「はいはい」
「なんで俺まで!」
「小宮山、諦めろ」
「真中まで素直に従うなよ!」
結局、男四人で後ろを向く。
「なあ」
小宮山が小声で言う。
「何」
「女子って大変だな」
「知らん」
「でも東城、眼鏡外したら結構――」
「小宮山君、聞こえてるよ!」
「すみません!」
「お前、馬鹿だろ」
「大草にだけは言われたくねえ!」
「なんでだよ」
背後で西野と東城のやり取りが続く。
「本当にやるの?」
「大丈夫だって」
「変じゃない?」
「絶対大丈夫。東城さん、髪長いし、絶対似合うよ」
しばらくして、
「いいよ」
西野の声がした。
振り返る。
「…………」
眼鏡はない。
いつもの三つ編みもない。
ほどかれた長い黒髪が、東城の肩から背中へ流れていた。
その瞬間、俺は言葉を失った。
驚いたから――というのとは、少し違う。
知っていたからだ。
この姿を、俺は知っている。
眼鏡を外し、三つ編みをほどいた東城綾。
前世で読んだ『いちご100%』の中で、俺が知っている彼女の姿だった。
もちろん、まったく初めて見るわけじゃない。真中が屋上で出会った少女も、今と同じように長い髪を下ろしていた。
ただ――。
(……早くないか?)
記憶にある流れでは、東城が普段からこの姿になるのはもっと後だったはずだ。
少なくとも、こんな時期に西野が東城の眼鏡と髪型へ目をつけ、本人にイメージチェンジを勧める。そんな展開に覚えはない。
理由は、考えるまでもなかった。
俺がいるからだ。
俺の家で勉強会をするようになった。西野と東城が原作より早く、こうして普通に話すようになった。その結果、西野が東城の素顔を見る機会ができた。
原作に俺はいない。
なら、俺をきっかけに生まれた出来事を俺が知らないのは当たり前だ。
「……変じゃない?」
東城の不安そうな声で、意識を戻す。
その姿を見ながら、もう一つ思う。
――真中。
ちらりと横を見る。
案の定、真中は東城を見ていた。
あいつが屋上で探していた少女は、この姿の東城だ。
眼鏡を外して、髪を下ろした。
ここまで同じ姿になれば、気づく可能性はある。
(さて……どうなるか)
教えてやる気はない。
逆に、東城へ眼鏡を掛け直せとも、髪を編み直せとも言うつもりはなかった。
原作と違うから何だという話だ。
俺が知っている展開に合わせるために、目の前の人間の選択を止めるなんて、それこそおかしい。
西野が勧めた。
東城がやってみた。
ただそれだけのことだ。
それに――。
改めて東城を見る。
放課後、隣で小説を書いている東城。自信がなくなるとすぐ俯く東城。最近は以前よりよく笑うようになった東城。
前世で知っていた『東城綾』より、今の俺にとってはそっちの方がずっと馴染み深い。
「境野君?」
「ん?」
「……何も言わないんだね」
「何が?」
「眼鏡とか……髪とか」
「外して、ほどいただけだろ?」
「…………」
東城が目を瞬く。
「何?」
「ううん」
少しだけ笑った。
「境野君らしいなって」
「そう?」
「境野君」
西野が口を挟む。
「そこはちゃんと言わなきゃ駄目でしょ」
「何を」
「似合ってるかどうか」
「俺?」
「うん」
「そ、そんなこと聞かなくていいよ!」
「じゃあ聞かれて困る?」
「それは……」
「ほら」
なんで俺が。
東城と目が合う。
「…………」
「…………」
頬が少しずつ赤くなっていく。
「東城」
「……うん」
「似合ってるよ」
「――っ」
さらに赤くなった。
「ほら!」
「なんで西野が勝ち誇るんだ」
「私の見立てが正しかったから」
「に、西野さん!」
西野が楽しそうに笑う。
「いや、でもマジで変わるな」
大草が感心したように言った。
「一瞬誰かと思った」
「そ、そんなに?」
「いい意味でな」
「東城、すげえじゃん!」
小宮山まで身を乗り出す。
「お前もそういう顔できるんだな!」
「小宮山」
「何?」
「その言い方は失礼だ」
「えっ!?」
大草に頭を小突かれる。
「痛っ!」
「もう……」
東城が困りながらも笑った。
その横で、真中だけが黙っていた。
「真中?」
「え?」
「どうした」
「いや……」
真中の視線が東城へ向く。
「東城、すげえ雰囲気変わるな」
「……変?」
「違う違う!似合ってる!すげー似合ってる!」
「……ほんと?」
「おう!」
東城が嬉しそうに笑った。
さっき俺に言われたときとは、少し違う笑顔。
分かりやすい。
やっぱり東城が好きなのは、真中なんだろう。
「ね、東城さん」
西野が再び口を開く。
「学校でもやってみない?」
「えっ」
「コンタクトにして、髪も下ろして」
「学校で……?」
「うん」
「む、無理だよ。みんな見るでしょ」
「最初だけだって。嫌だったら戻せばいいんだから」
「でも……」
東城は長い髪に触れる。
拒否するというより、迷っていた。
「一回やってみて、それから決めればいいよ」
「…………」
しばらく考えて。
「……少しだけなら」
「ほんと?」
「うん。やってみよう、かな」
西野が嬉しそうに笑った。
それは西野に言われたから仕方なく、という顔ではない。
ほんの少し、自分から変わってみたい。
そんな顔だった。
俺ももう一度だけ東城を見る。
原作より早い。
知っていた展開とも違う。
でも――別に、それでいい。
ここにいる東城は漫画の登場人物じゃない。
自分で髪型を決め、自分で進路に悩み、自分で好きな相手に一喜一憂している、一人の人間なのだから。
週明け。
教室の入口が妙にざわついた。
「え?」
「誰?」
「……東城?」
顔を上げる。
「お、おはよう……」
東城が立っていた。
眼鏡はなく、三つ編みもない。長い黒髪をそのまま下ろしている。
注目を浴びることに慣れていないのだろう。既に帰りたそうな顔をしていた。
「おはよう、東城」
「境野君」
俺がいつも通り声をかけると、少し安心したようにこちらへ来る。
「やっぱり……変じゃない?」
「土曜に聞いただろ」
「学校だと違うから」
「似合ってるよ」
「……ありがとう」
東城が笑う。
隣を見る。
真中が固まっていた。
「真中?」
「…………」
「おい」
「え?」
真中は東城を凝視する。
「東城」
「な、なに?」
「お前……」
長い髪。
顔。
そして、もう一度長い髪。
「…………あ」
その瞬間、真中の顔色が変わった。
「屋上……」
東城の目が見開かれる。
「……え」
「お前、あの時の……?」
「――っ!」
東城の顔が真っ赤になる。
それだけで十分だったらしい。
「えええええええっ!?」
「うるさい!」
朝の教室に真中の絶叫が響いた。
「な、なんでもない!なんでもないから!」
「真中君!」
「東城、お前だったの!?」
「声大きいよ!」
クラス中から注目されている。
俺はため息をついた。
予想はしていた。
していたが――本当に一発で繋がるとは。
原作では、真中がこの答えへ辿り着くまでにもう少し時間がかかったはずだ。
今回は、西野がその時間を一気に縮めた。
本人はそんなこと、知る由もないだろうが。
昼休み。
「東城さん!」
教室へ入ってきた西野が、東城を見るなり顔を輝かせた。
「やってくれたんだ!」
「西野さん」
「似合ってる!」
「……ありがとう」
「どうだった?」
「朝からずっと見られてて……恥ずかしい」
「でも戻してないじゃん」
「……うん。せっかくだから、今日はこのままでいようかなって」
「うんうん」
西野は満足そうに頷く。
「淳平君もそう思うでしょ?」
「えっ!?」
真中が必要以上に驚いた。
「何その反応」
「いや、何でも!」
「……?」
西野が首を傾げる。
真中は朝から明らかに東城を意識していた。目が合うたびに逸らす。かと思えば、また見る。東城も東城で、真中を見るたびに落ち着かない。
「淳平君?」
「な、何?」
「今日変じゃない?」
「変じゃない!」
「そう?」
「おう!」
西野が真中を見る。それから東城を見て、もう一度真中を見る。
「……ふーん」
何かに気づいたのか。
まだ何も分かっていないのか。
俺には判断できなかった。
こういうとき、人の視線や表情が読めても、その意味まで一つに決められるわけじゃない。
「とりあえず飯食おうぜ」
「境野君、逃げた?」
「何から?」
「別にー」
西野は笑っていた。
放課後。
文芸部。東城はまだ髪を下ろしたままだった。
「結局、一日そのままだったな」
「うん」
「どうだった?」
「恥ずかしかった。でも……思ってたより、嫌じゃなかったかも」
「ならよかったじゃん」
「うん」
東城は少し笑ってから、鞄から進路希望調査票を取り出した。
「境野君」
「ん?」
「泉坂にしたんだよね」
「ああ」
「真中君も。大草君も、小宮山君も……」
「小宮山は受かればな」
「もう」
東城が苦笑する。
「西野さんは?」
「まだ聞いてない」
「そっか……」
机の上には何校かの資料がある。先生から勧められた、泉坂より上の学校も含まれていた。
「まだ決められない?」
「……うん。でもね」
東城がペンを取る。
「候補には、入れてみようと思う」
いくつか並んだ学校名。その一つに、『泉坂高校』と書き加えた。
「泉坂?」
「うん」
「俺たちが行くから?」
「それも……少しはあるよ。でも、それだけじゃなくて。ちゃんと調べてみたい。文芸部のこととか、通いやすさとか……学校のこと」
「それがいいと思う」
「うん」
まだ第一志望ではない。先生から勧められている学校も残っている。
それでも東城は、自分の手で泉坂を候補に書き加えた。
「……それに、高校でも知ってる人がたくさんいたら……楽しそうだから」
「そうだな」
「うん」
東城は笑い、進路希望調査票を鞄へ戻していつもの原稿を取り出した。
眼鏡も三つ編みもない。
けれど、ペンを握って原稿へ向かう姿はいつもの東城だった。
それから、勉強会の回数は少しずつ増えていった。
毎週必ずというわけではない。模試が近づけば誰かが声をかけ、分からない問題が溜まれば集まる。
真中と小宮山は泉坂を目指して。
東城はまだ迷いながら。
西野も自分の進路を考えながら。
大草は推薦が決まっているくせに、なぜか普通に参加していた。
「境野……」
「何」
「俺、泉坂行けると思う?」
ある日の勉強会。問題集を前に、小宮山が真剣な顔で聞いてきた。
「今のままなら知らん」
「そこは『行ける』って言ってくれよ!」
「俺が受験するわけじゃない」
「小宮山!」
真中が肩を叩く。
「一緒に頑張ろうぜ!」
「真中……!」
「お前も危ない側だからな」
「「えっ」」
二人揃ってこちらを見る。
「嘘だろ、境野!?」
「俺、この前点数上がったぞ!?」
「上がったことと合格圏にいることは別だ」
「現実を突きつけるな!」
「受験生だろ」
「まあ頑張れよ、二人とも」
大草が麦茶を飲みながら言った。
「「推薦組は黙ってろ!」」
「なんでだよ!」
東城が吹き出し、西野も声を上げて笑う。
「境野君」
東城が笑いながら言った。
「もう少し優しく言ってあげても……」
「じゃあ東城から言ってやって。二人とも今のままだと危ないって」
「え?」
東城が真中と小宮山を見る。
二人が縋るような目を向けた。
「…………」
東城は少し困ってから、
「……一緒に、頑張ろう?」
「東城ぉ!」
「優しい!」
「何も否定してないぞ」
「境野は黙ってろ!」
「お前ら本当に仲いいな」
「大草も黙ってろ!」
また笑いが起こる。
中間テストのために始まっただけの勉強会。
それがいつの間にか――受験勉強のための集まりへと変わり始めていた。
東城さん、早目にバレるの巻。
では、また∠( ゚д゚)