『いちご100% ~名脇役は青春の主役になれるか~』 作:Gussan0
続き書けたで候。
では、どうぞ∠( ゚д゚)/
全員の進路がだいたい固まってから、時間が過ぎるのは早かった。
秋が深まり、制服の上に一枚羽織る生徒が増え、気づけば教室で交わされる話題も文化祭だの部活だのより、模試や過去問の話が多くなっていた。
それは俺達も例外ではない。
「境野!七十二!」
「何が」
「この前の過去問!」
「百点満点で?」
「当たり前だろ!」
「前より上がったな」
「だろ!?」
真中が得意げに答案を突き出してくる。
「でもここ、同じ間違い三回目」
「そこは見るな!」
「見せてきたのはお前だろ」
「境野君、真中君そこ苦手だよね」
隣から答案を覗いた東城が言う。
「東城まで!」
「でも前よりずっとよくなってるよ」
「だろ!?」
「復活早いな」
少し褒められただけでこれだ。とはいえ、実際に真中の成績は上がっている。まだ安心できるほどではないが、夏前と比べればかなりマシだ。
問題はもう一人。
「境野ぉ……」
「気持ち悪い声出すな」
「俺、受かると思う?」
「今のままなら五分五分」
「上がった!」
「喜ぶところなの?」
西野が呆れたように小宮山を見る。
「前はもっと酷かったんだよ!」
「自慢するなよ……」
大草がため息をつく。そんな調子で、放課後や休日の勉強会は続いていた。
最初の頃は「次の土曜、境野の家でいいか」と毎回確認されていた。それがいつからだったか。
「今週、土曜でいいよな?」
昼休み、真中が当然のように聞いてくる。
「何が」
「勉強会」
「どこでやる前提なんだよ」
「境野ん家」
「聞いてないぞ」
「今聞いた」
「決定してから聞くな」
「じゃあ駄目?」
「……別にいいけど」
「よし!」
「境野君、何時から?」
東城まで自然に話へ入ってくる。
「一時くらいでいいだろ」
「うん」
「じゃあ私、また何か持ってくね」
西野が言う。
「いらん。どうせ夕方までいるなら何か作る」
「ほら」
「何が」
「もう夕飯までいる前提じゃん」
「…………」
言われて気づいた。
「境野君も慣れたよね」
西野が楽しそうに笑う。
「誰のせいだ」
「みんな?」
「否定できないのが腹立つな」
大草が肩を揺らして笑い、小宮山が「俺も行くからな!」とわざわざ宣言する。
「お前は来い。来ないと困る」
「えっ」
「一番勉強必要だろ」
「そういう意味!?」
そういう意味だ。
土曜日になると、玄関には俺の分を含めて六人分の靴が並ぶ。少し前までは、そこにあるのは俺の靴だけだった。
「境野ー!消しゴムある!?」
「机にある箱の中!」
「東城、この問題分かる?」
「うん。これはね――」
「境野君、お茶どこ?」
「いつもの棚!」
「了解ー」
廊下の向こうから声が飛んでくる。
……いつもの棚ってなんだ。完全に慣れてるじゃないか。
台所へ向かうと、西野が既に湯呑みを出していた。
「お前、もう場所覚えたの?」
「何回来てると思ってるの」
「人ん家だぞ」
「ちゃんと聞いたじゃん」
「どこにあるか聞いただけだろ」
「細かいなあ」
西野が笑う。
冷蔵庫を開ける。卵、豚肉、野菜、牛乳。それなりに入っている。以前なら、自分一人が数日食べられる量だけ買っていた。今は週末にこいつらが来ると分かっている日は、自然と買う量が増えていた。
「……何作ろうかな」
「今日も作るの?」
「六時過ぎるだろ」
「手伝うよ」
「勉強は?」
「休憩中」
「じゃあ野菜切って」
「はーい」
俺が米を確認していると、後ろからもう一人入ってきた。
「私も手伝う」
東城だった。
「東城は?」
「私も休憩」
「じゃあ味噌汁頼む」
「うん」
「境野!俺は!?」
居間から真中の声が飛んでくる。
「勉強しろ!」
「なんでだよ!」
「お前は休憩したばっかりだろ!」
「バレてる!?」
バレる。笑い声が聞こえた。
騒がしい。
祖父母が亡くなってから、この時間の家はもっと静かだった。テレビをつけなければ、時計の音と庭の木が揺れる音くらいしか聞こえない。それが普通になっていた。
今は居間で真中と小宮山が騒ぎ、大草がそれを適当にあしらっている。台所では西野が野菜を切り、東城が味噌汁の鍋を見ている。別に何か特別なことをしているわけじゃない。勉強して、腹が減ったから飯を食う。ただそれだけだ。
「境野君?」
「ん?」
東城がこちらを見ていた。
「どうしたの?」
「何が?」
「なんか、ぼーっとしてたから」
「夕飯のこと考えてただけ」
「ほんと?」
「ああ」
「ならいいけど」
東城は少しだけ不思議そうな顔をしてから鍋へ視線を戻した。俺も冷蔵庫を閉める。
まあ――悪くない。こういうのも。
十一月を過ぎる頃には、勉強会の役割も自然と決まっていた。数学は東城。英語は俺か大草。暗記科目は各自でやって、分からないところだけ確認する。
西野は得意不得意の差こそあるが、やる時はしっかりやる。東城はもともと心配する必要がない。俺も自分の勉強は自分で進められる。結局、一番時間を取られるのは真中と小宮山だった。
「境野、ここ!」
「さっき説明した」
「忘れた!」
「胸張って言うな」
「境野ぉ!」
「お前はまず問題文を読め、小宮山」
「読んだ!」
「最後まで」
「……読んでなかった」
「だろうな」
何度目か分からないやり取りに、大草が笑う。
「お前、完全に先生だな」
「誰のせいだと思ってる」
「境野君、教えるの上手だもん」
東城が言った。
「東城の方が上手いだろ」
「数学だけだよ」
「いや、他も普通に教えられるだろ」
「そうかな」
「そうだって」
俺が言うと、東城は少し嬉しそうに笑った。
「境野君って、そういうところちゃんと見てるよね」
「何が?」
「……ううん。なんでもない」
最近、こういうのが増えた気がする。途中まで言って、やめる。
前世で散々、人間の表情や声を観察してきた。今の俺なら、東城が何かを言いかけたことくらい分かる。ただ、本人が言わないなら無理に聞く必要もない。
「境野!」
「今度は何だ」
「腹減った!」
「まだ四時だ!」
「育ち盛りなんだよ!」
「俺も同い年だ!」
結局、真中に邪魔された。
十二月に入ると、さすがに空気が変わった。模試の結果に一喜一憂し、過去問の点数を見て顔色を変える。真中も以前ほどふざけなくなり、小宮山ですら勉強会の最中に漫画を開かなくなった。
「……お前ら、やればできるじゃん」
「境野」
「何」
「今まで俺たちを何だと思ってた?」
「勉強から逃げる中学生」
「否定できねえ!」
「できないんだ……」
東城が苦笑する。
「でも、真中君も小宮山君も本当に上がったよね」
「東城先生のおかげです!」
真中が拝む。
「せ、先生じゃないよ」
「境野先生も!」
「やめろ」
「大草先生!」
「俺は推薦決まってるんだけどな」
「推薦組は黙ってろ!」
「理不尽だろ」
いつものやり取り。いつもの声。いつもの場所。それが、すっかり当たり前になっていた。
だからだろう。
ある日の朝、目を覚ました瞬間に身体の違和感へ気づいた。喉が痛い。頭が重い。節々にも軽い痛みがある。
「……だる」
体温計を脇に挟し、数分後に表示された数字を見る。
「三十八度一分」
駄目だな。
今日は土曜日。本来なら午後から勉強会だった。携帯を手に取り、真中へ連絡を入れる。
『悪い。今日なし。熱出た』
これで終わり。薬を飲んで寝ればいい。
そう思って布団へ戻ったが、十分ほどして携帯が鳴った。
『大丈夫か!?』
『寝れば治る』
『何度?』
『38.1』
『普通に熱あるじゃねーか!』
『だから寝る』
返信して携帯を置く。また鳴る。
『飯は?』
『ある』
『ほんとか?』
『ある』
『一人で大丈夫か?』
『いつも一人だ』
送って目を閉じた。
今度こそ終わると思った。
昼過ぎ。
玄関のチャイムが鳴った。
「…………」
無視しようかと思ったが、もう一度。さらにもう一度。
「……誰だよ」
布団から出て上着を羽織り、玄関まで歩いて戸を開ける。
「境野!」
閉めようとした。
「待て待て待て!」
真中が扉に手をかける。
「帰れ」
「病人の第一声がそれかよ!」
「風邪うつすぞ」
「マスクしてる!」
「そういう問題じゃない」
「境野君、大丈夫?」
真中の後ろから東城が顔を出す。
「顔赤いよ」
「熱あるからな」
「知ってる」
さらに西野。
「だから来なくていいって」
「そう言うと思った」
西野が袋を持ち上げる。
「スポーツドリンクとかゼリーとか買ってきたよ」
「ある」
「本当に?」
「……スポーツドリンクはない」
「ほら」
勝ち誇るな。
「境野」
大草までいる。
「お前まで何してんの」
「こいつらだけだと病人の家で騒ぎそうだから監視」
「正解」
「おい!」
真中が抗議する。
「小宮山は?」
「来るって言ったけど止めた」
「なんで?」
「五人で押しかけたらさすがに迷惑だろ」
「四人ならいいと思ったのか?」
「……まあ」
「帰れ」
「境野君」
東城が少し困ったように俺を見る。
「本当に、何もいらない?」
「大丈夫」
「ご飯は?」
「作れる」
「三十八度あるのに?」
「そのくらい――」
「境野君」
遮られた。珍しい。
東城が真っ直ぐ俺を見ている。
「こういう時くらい、頼ってもいいと思う」
「…………」
その言葉に、一瞬だけ返事が遅れた。
「別に大したことじゃない」
「境野君、いつもそれ言うよね」
西野だった。
「何でも自分でやって、大したことないって」
「実際――」
「今日は病人」
「…………」
「だから今日は私たちの言うこと聞く」
「なんで西野が仕切るんだ」
「境野君が言うこと聞かないから」
「横暴だろ」
「病人に発言権はありません」
「あるだろ」
「ないです」
「ある」
「ない」
「お前ら玄関で喧嘩するなよ……」
大草に止められた。納得はいかないが、立っているのも面倒になってきた。
「……三十分」
「何が?」
「三十分で帰れ」
「はいはい」
西野が勝手に靴を脱ぐ。
「聞いてる?」
「聞いてる聞いてる」
「絶対聞いてないだろ」
東城も靴を脱ぐ。
「境野君は寝てて」
「いや、自分で――」
「寝てて」
「…………はい」
なんで今日の東城は強いんだ。
結局、三十分では帰らなかった。当然のように一時間を超えた。
西野が買ってきたものを冷蔵庫へ入れ、東城が台所で簡単なものを作る。真中は「何かする」と言って邪魔になり、大草に追い出された。俺は布団へ戻された。
「……俺ん家なんだけど」
「病人は寝ろ!」
襖の向こうから真中の声。
「うるさい!」
「元気じゃん!」
「お前のせいだ!」
笑い声が返ってくる。
しばらくすると、襖が静かに開いた。
「境野君」
「ん?」
東城が盆を持っていた。
「少し食べられる?」
「何作ったの」
「おかゆ。そんなに上手じゃないけど」
「十分だろ」
身体を起こす。
「ありがとう」
「……うん」
東城が少しだけ目を丸くした。
「何?」
「ちゃんとありがとうって言うんだなって」
「俺を何だと思ってる」
「何でも『大したことない』で済ませる人」
「西野みたいなこと言うな」
「西野さんも同じこと思ってるんだね」
「…………」
東城が小さく笑った。
「食べたら、ちゃんと寝てね」
「分かってる」
「それから、月曜日も熱があったら学校休んで」
「下がったら行く」
「下がっても無理しない」
「はいはい」
「返事が軽い」
「東城、今日厳しくない?」
「……心配してるから」
さらっと言われて、今度は俺の方が黙った。東城自身も言ってから気づいたのか、少し頬を赤くする。
「だ、だって友達だし」
「……そうだな」
「うん」
東城が部屋を出ていく。俺は盆の上のおかゆを見る。湯気が立っていた。
夕方前。
「じゃあ、本当に寝ろよ」
「分かった」
「明日連絡しろよ!」
「なんで」
「生存確認!」
「大げさだ」
「いいから!」
真中が靴を履く。
「境野君、飲み物ここに置いてあるからね」
西野が冷蔵庫を指す。
「分かった。ありがとう」
「素直でよろしい」
「なんで上からなんだよ」
「病人だから」
「関係ないだろ」
「じゃあな、境野」
大草が手を上げる。
「ああ」
最後に東城が振り返った。
「お大事に、境野君」
「ん。ありがとな」
「……うん」
玄関が閉まると、急に家の中が静かになった。
少し前までなら、この静けさが普通だった。むしろ、これが俺の日常だったはずだ。
「……静かだな」
思わず口から出る。
玄関にはもう俺の靴しかない。居間にも誰もいない。それでも台所には、さっきまで誰かがいた痕跡が残っている。冷蔵庫には西野が買ってきた飲み物やゼリー。鍋には東城が作ったおかゆの残り。テーブルの端には真中が忘れていったシャープペン。
「……あいつ」
月曜に返せばいい。
そんなことを考えて、ふと気づく。
俺はずっと、自分は一人で大丈夫だと思っていた。実際、大抵のことは一人でできる。飯も作れる。掃除も洗濯もできる。勉強だって一人でできる。風邪を引いたところで、薬を飲んで寝ていればいい。
それは今も変わらない。
ただ――一人でできることと、一人でいることは、どうやら同じじゃないらしい。
携帯が鳴った。
『ちゃんと寝ろよ!』
真中。
すぐにもう一件。
『明日の朝も熱あったら連絡してね』
西野。
さらに、
『今日はちゃんと休んでね。おやすみ、境野君』
東城。
少し遅れて大草からも来た。
『真中がうるさいと思うけど諦めろ』
「……お前もかよ」
笑ってしまった。
『分かった。ありがとな』
短く返して布団へ戻る。
目を閉じる前に、もう一度だけ静かな家を見回した。
いつの間にか、皆の大切な居場所になっているの巻。
では、また∠( ゚д゚)