『いちご100% ~名脇役は青春の主役になれるか~』   作:Gussan0

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どうもΣ(゚Д゚)

続き書けたで候。

では、どうぞ∠( ゚д゚)/


第九話 いつもの場所

 全員の進路がだいたい固まってから、時間が過ぎるのは早かった。

 

 秋が深まり、制服の上に一枚羽織る生徒が増え、気づけば教室で交わされる話題も文化祭だの部活だのより、模試や過去問の話が多くなっていた。

 

 それは俺達も例外ではない。

 

「境野!七十二!」

 

「何が」

 

「この前の過去問!」

 

「百点満点で?」

 

「当たり前だろ!」

 

「前より上がったな」

 

「だろ!?」

 

 真中が得意げに答案を突き出してくる。

 

「でもここ、同じ間違い三回目」

 

「そこは見るな!」

 

「見せてきたのはお前だろ」

 

「境野君、真中君そこ苦手だよね」

 

 隣から答案を覗いた東城が言う。

 

「東城まで!」

 

「でも前よりずっとよくなってるよ」

 

「だろ!?」

 

「復活早いな」

 

 少し褒められただけでこれだ。とはいえ、実際に真中の成績は上がっている。まだ安心できるほどではないが、夏前と比べればかなりマシだ。

 

 問題はもう一人。

 

「境野ぉ……」

 

「気持ち悪い声出すな」

 

「俺、受かると思う?」

 

「今のままなら五分五分」

 

「上がった!」

 

「喜ぶところなの?」

 

 西野が呆れたように小宮山を見る。

 

「前はもっと酷かったんだよ!」

 

「自慢するなよ……」

 

 大草がため息をつく。そんな調子で、放課後や休日の勉強会は続いていた。

 

 最初の頃は「次の土曜、境野の家でいいか」と毎回確認されていた。それがいつからだったか。

 

「今週、土曜でいいよな?」

 

 昼休み、真中が当然のように聞いてくる。

 

「何が」

 

「勉強会」

 

「どこでやる前提なんだよ」

 

「境野ん家」

 

「聞いてないぞ」

 

「今聞いた」

 

「決定してから聞くな」

 

「じゃあ駄目?」

 

「……別にいいけど」

 

「よし!」

 

「境野君、何時から?」

 

 東城まで自然に話へ入ってくる。

 

「一時くらいでいいだろ」

 

「うん」

 

「じゃあ私、また何か持ってくね」

 

 西野が言う。

 

「いらん。どうせ夕方までいるなら何か作る」

 

「ほら」

 

「何が」

 

「もう夕飯までいる前提じゃん」

 

「…………」

 

 言われて気づいた。

 

「境野君も慣れたよね」

 

 西野が楽しそうに笑う。

 

「誰のせいだ」

 

「みんな?」

 

「否定できないのが腹立つな」

 

 大草が肩を揺らして笑い、小宮山が「俺も行くからな!」とわざわざ宣言する。

 

「お前は来い。来ないと困る」

 

「えっ」

 

「一番勉強必要だろ」

 

「そういう意味!?」

 

 そういう意味だ。

 

 土曜日になると、玄関には俺の分を含めて六人分の靴が並ぶ。少し前までは、そこにあるのは俺の靴だけだった。

 

「境野ー!消しゴムある!?」

 

「机にある箱の中!」

 

「東城、この問題分かる?」

 

「うん。これはね――」

 

「境野君、お茶どこ?」

 

「いつもの棚!」

 

「了解ー」

 

 廊下の向こうから声が飛んでくる。

 

 ……いつもの棚ってなんだ。完全に慣れてるじゃないか。

 

 台所へ向かうと、西野が既に湯呑みを出していた。

 

「お前、もう場所覚えたの?」

 

「何回来てると思ってるの」

 

「人ん家だぞ」

 

「ちゃんと聞いたじゃん」

 

「どこにあるか聞いただけだろ」

 

「細かいなあ」

 

 西野が笑う。

 

 冷蔵庫を開ける。卵、豚肉、野菜、牛乳。それなりに入っている。以前なら、自分一人が数日食べられる量だけ買っていた。今は週末にこいつらが来ると分かっている日は、自然と買う量が増えていた。

 

「……何作ろうかな」

 

「今日も作るの?」

 

「六時過ぎるだろ」

 

「手伝うよ」

 

「勉強は?」

 

「休憩中」

 

「じゃあ野菜切って」

 

「はーい」

 

 俺が米を確認していると、後ろからもう一人入ってきた。

 

「私も手伝う」

 

 東城だった。

 

「東城は?」

 

「私も休憩」

 

「じゃあ味噌汁頼む」

 

「うん」

 

「境野!俺は!?」

 

 居間から真中の声が飛んでくる。

 

「勉強しろ!」

 

「なんでだよ!」

 

「お前は休憩したばっかりだろ!」

 

「バレてる!?」

 

 バレる。笑い声が聞こえた。

 

 騒がしい。

 

 祖父母が亡くなってから、この時間の家はもっと静かだった。テレビをつけなければ、時計の音と庭の木が揺れる音くらいしか聞こえない。それが普通になっていた。

 

 今は居間で真中と小宮山が騒ぎ、大草がそれを適当にあしらっている。台所では西野が野菜を切り、東城が味噌汁の鍋を見ている。別に何か特別なことをしているわけじゃない。勉強して、腹が減ったから飯を食う。ただそれだけだ。

 

「境野君?」

 

「ん?」

 

 東城がこちらを見ていた。

 

「どうしたの?」

 

「何が?」

 

「なんか、ぼーっとしてたから」

 

「夕飯のこと考えてただけ」

 

「ほんと?」

 

「ああ」

 

「ならいいけど」

 

 東城は少しだけ不思議そうな顔をしてから鍋へ視線を戻した。俺も冷蔵庫を閉める。

 

 まあ――悪くない。こういうのも。

 

 十一月を過ぎる頃には、勉強会の役割も自然と決まっていた。数学は東城。英語は俺か大草。暗記科目は各自でやって、分からないところだけ確認する。

 

 西野は得意不得意の差こそあるが、やる時はしっかりやる。東城はもともと心配する必要がない。俺も自分の勉強は自分で進められる。結局、一番時間を取られるのは真中と小宮山だった。

 

「境野、ここ!」

 

「さっき説明した」

 

「忘れた!」

 

「胸張って言うな」

 

「境野ぉ!」

 

「お前はまず問題文を読め、小宮山」

 

「読んだ!」

 

「最後まで」

 

「……読んでなかった」

 

「だろうな」

 

 何度目か分からないやり取りに、大草が笑う。

 

「お前、完全に先生だな」

 

「誰のせいだと思ってる」

 

「境野君、教えるの上手だもん」

 

 東城が言った。

 

「東城の方が上手いだろ」

 

「数学だけだよ」

 

「いや、他も普通に教えられるだろ」

 

「そうかな」

 

「そうだって」

 

 俺が言うと、東城は少し嬉しそうに笑った。

 

「境野君って、そういうところちゃんと見てるよね」

 

「何が?」

 

「……ううん。なんでもない」

 

 最近、こういうのが増えた気がする。途中まで言って、やめる。

 

 前世で散々、人間の表情や声を観察してきた。今の俺なら、東城が何かを言いかけたことくらい分かる。ただ、本人が言わないなら無理に聞く必要もない。

 

「境野!」

 

「今度は何だ」

 

「腹減った!」

 

「まだ四時だ!」

 

「育ち盛りなんだよ!」

 

「俺も同い年だ!」

 

 結局、真中に邪魔された。

 

 十二月に入ると、さすがに空気が変わった。模試の結果に一喜一憂し、過去問の点数を見て顔色を変える。真中も以前ほどふざけなくなり、小宮山ですら勉強会の最中に漫画を開かなくなった。

 

「……お前ら、やればできるじゃん」

 

「境野」

 

「何」

 

「今まで俺たちを何だと思ってた?」

 

「勉強から逃げる中学生」

 

「否定できねえ!」

 

「できないんだ……」

 

 東城が苦笑する。

 

「でも、真中君も小宮山君も本当に上がったよね」

 

「東城先生のおかげです!」

 

 真中が拝む。

 

「せ、先生じゃないよ」

 

「境野先生も!」

 

「やめろ」

 

「大草先生!」

 

「俺は推薦決まってるんだけどな」

 

「推薦組は黙ってろ!」

 

「理不尽だろ」

 

 いつものやり取り。いつもの声。いつもの場所。それが、すっかり当たり前になっていた。

 

 だからだろう。

 

 ある日の朝、目を覚ました瞬間に身体の違和感へ気づいた。喉が痛い。頭が重い。節々にも軽い痛みがある。

 

「……だる」

 

 体温計を脇に挟し、数分後に表示された数字を見る。

 

「三十八度一分」

 

 駄目だな。

 

 今日は土曜日。本来なら午後から勉強会だった。携帯を手に取り、真中へ連絡を入れる。

 

『悪い。今日なし。熱出た』

 

 これで終わり。薬を飲んで寝ればいい。

 

 そう思って布団へ戻ったが、十分ほどして携帯が鳴った。

 

『大丈夫か!?』

 

『寝れば治る』

 

『何度?』

 

『38.1』

 

『普通に熱あるじゃねーか!』

 

『だから寝る』

 

 返信して携帯を置く。また鳴る。

 

『飯は?』

 

『ある』

 

『ほんとか?』

 

『ある』

 

『一人で大丈夫か?』

 

『いつも一人だ』

 

 送って目を閉じた。

 

 今度こそ終わると思った。

 

 昼過ぎ。

 

 玄関のチャイムが鳴った。

 

「…………」

 

 無視しようかと思ったが、もう一度。さらにもう一度。

 

「……誰だよ」

 

 布団から出て上着を羽織り、玄関まで歩いて戸を開ける。

 

「境野!」

 

 閉めようとした。

 

「待て待て待て!」

 

 真中が扉に手をかける。

 

「帰れ」

 

「病人の第一声がそれかよ!」

 

「風邪うつすぞ」

 

「マスクしてる!」

 

「そういう問題じゃない」

 

「境野君、大丈夫?」

 

 真中の後ろから東城が顔を出す。

 

「顔赤いよ」

 

「熱あるからな」

 

「知ってる」

 

 さらに西野。

 

「だから来なくていいって」

 

「そう言うと思った」

 

 西野が袋を持ち上げる。

 

「スポーツドリンクとかゼリーとか買ってきたよ」

 

「ある」

 

「本当に?」

 

「……スポーツドリンクはない」

 

「ほら」

 

 勝ち誇るな。

 

「境野」

 

 大草までいる。

 

「お前まで何してんの」

 

「こいつらだけだと病人の家で騒ぎそうだから監視」

 

「正解」

 

「おい!」

 

 真中が抗議する。

 

「小宮山は?」

 

「来るって言ったけど止めた」

 

「なんで?」

 

「五人で押しかけたらさすがに迷惑だろ」

 

「四人ならいいと思ったのか?」

 

「……まあ」

 

「帰れ」

 

「境野君」

 

 東城が少し困ったように俺を見る。

 

「本当に、何もいらない?」

 

「大丈夫」

 

「ご飯は?」

 

「作れる」

 

「三十八度あるのに?」

 

「そのくらい――」

 

「境野君」

 

 遮られた。珍しい。

 

 東城が真っ直ぐ俺を見ている。

 

「こういう時くらい、頼ってもいいと思う」

 

「…………」

 

 その言葉に、一瞬だけ返事が遅れた。

 

「別に大したことじゃない」

 

「境野君、いつもそれ言うよね」

 

 西野だった。

 

「何でも自分でやって、大したことないって」

 

「実際――」

 

「今日は病人」

 

「…………」

 

「だから今日は私たちの言うこと聞く」

 

「なんで西野が仕切るんだ」

 

「境野君が言うこと聞かないから」

 

「横暴だろ」

 

「病人に発言権はありません」

 

「あるだろ」

 

「ないです」

 

「ある」

 

「ない」

 

「お前ら玄関で喧嘩するなよ……」

 

 大草に止められた。納得はいかないが、立っているのも面倒になってきた。

 

「……三十分」

 

「何が?」

 

「三十分で帰れ」

 

「はいはい」

 

 西野が勝手に靴を脱ぐ。

 

「聞いてる?」

 

「聞いてる聞いてる」

 

「絶対聞いてないだろ」

 

 東城も靴を脱ぐ。

 

「境野君は寝てて」

 

「いや、自分で――」

 

「寝てて」

 

「…………はい」

 

 なんで今日の東城は強いんだ。

 

 結局、三十分では帰らなかった。当然のように一時間を超えた。

 

 西野が買ってきたものを冷蔵庫へ入れ、東城が台所で簡単なものを作る。真中は「何かする」と言って邪魔になり、大草に追い出された。俺は布団へ戻された。

 

「……俺ん家なんだけど」

 

「病人は寝ろ!」

 

 襖の向こうから真中の声。

 

「うるさい!」

 

「元気じゃん!」

 

「お前のせいだ!」

 

 笑い声が返ってくる。

 

 しばらくすると、襖が静かに開いた。

 

「境野君」

 

「ん?」

 

 東城が盆を持っていた。

 

「少し食べられる?」

 

「何作ったの」

 

「おかゆ。そんなに上手じゃないけど」

 

「十分だろ」

 

 身体を起こす。

 

「ありがとう」

 

「……うん」

 

 東城が少しだけ目を丸くした。

 

「何?」

 

「ちゃんとありがとうって言うんだなって」

 

「俺を何だと思ってる」

 

「何でも『大したことない』で済ませる人」

 

「西野みたいなこと言うな」

 

「西野さんも同じこと思ってるんだね」

 

「…………」

 

 東城が小さく笑った。

 

「食べたら、ちゃんと寝てね」

 

「分かってる」

 

「それから、月曜日も熱があったら学校休んで」

 

「下がったら行く」

 

「下がっても無理しない」

 

「はいはい」

 

「返事が軽い」

 

「東城、今日厳しくない?」

 

「……心配してるから」

 

 さらっと言われて、今度は俺の方が黙った。東城自身も言ってから気づいたのか、少し頬を赤くする。

 

「だ、だって友達だし」

 

「……そうだな」

 

「うん」

 

 東城が部屋を出ていく。俺は盆の上のおかゆを見る。湯気が立っていた。

 

 夕方前。

 

「じゃあ、本当に寝ろよ」

 

「分かった」

 

「明日連絡しろよ!」

 

「なんで」

 

「生存確認!」

 

「大げさだ」

 

「いいから!」

 

 真中が靴を履く。

 

「境野君、飲み物ここに置いてあるからね」

 

 西野が冷蔵庫を指す。

 

「分かった。ありがとう」

 

「素直でよろしい」

 

「なんで上からなんだよ」

 

「病人だから」

 

「関係ないだろ」

 

「じゃあな、境野」

 

 大草が手を上げる。

 

「ああ」

 

 最後に東城が振り返った。

 

「お大事に、境野君」

 

「ん。ありがとな」

 

「……うん」

 

 玄関が閉まると、急に家の中が静かになった。

 

 少し前までなら、この静けさが普通だった。むしろ、これが俺の日常だったはずだ。

 

「……静かだな」

 

 思わず口から出る。

 

 玄関にはもう俺の靴しかない。居間にも誰もいない。それでも台所には、さっきまで誰かがいた痕跡が残っている。冷蔵庫には西野が買ってきた飲み物やゼリー。鍋には東城が作ったおかゆの残り。テーブルの端には真中が忘れていったシャープペン。

 

「……あいつ」

 

 月曜に返せばいい。

 

 そんなことを考えて、ふと気づく。

 

 俺はずっと、自分は一人で大丈夫だと思っていた。実際、大抵のことは一人でできる。飯も作れる。掃除も洗濯もできる。勉強だって一人でできる。風邪を引いたところで、薬を飲んで寝ていればいい。

 

 それは今も変わらない。

 

 ただ――一人でできることと、一人でいることは、どうやら同じじゃないらしい。

 

 携帯が鳴った。

 

『ちゃんと寝ろよ!』

 

 真中。

 

 すぐにもう一件。

 

『明日の朝も熱あったら連絡してね』

 

 西野。

 

 さらに、

 

『今日はちゃんと休んでね。おやすみ、境野君』

 

 東城。

 

 少し遅れて大草からも来た。

 

『真中がうるさいと思うけど諦めろ』

 

「……お前もかよ」

 

 笑ってしまった。

 

『分かった。ありがとな』

 

 短く返して布団へ戻る。

 

 目を閉じる前に、もう一度だけ静かな家を見回した。




いつの間にか、皆の大切な居場所になっているの巻。

では、また∠( ゚д゚)
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