バットもグラブも、使えば消耗する。
だからバットが折れたのも仕方がない。ただ、野球用品にかかる費用は球団持ちの契約なので問題ない。
バッドは替えがきくけどグラブは特注の両利き用だ。
「大河……前から気になってたんだが、そのグラブいつ手入れした?」
「手入れ?したことない」
「親に教わらなかったのか?」
「教わらなかった」
監督の言葉にそのまま返したら監督が一瞬しまったという顔をしていなくなり、それからしばらくして道具を持って来た。
「いいか、まずはブラシでゴミを落とす。こんな感じだ。全体にやってみろ」
俺にはいつも怒ってくる監督なのに珍しい。
手入れ途中のグラブを渡されたので自分で磨いてみる。ロジンや土の汚れが結構出てくる。
「もっとだ。そこ、もうちょっと。そこそこ」
「…………」
横からうるさいけど、多分教えてくれようとしているのだろう。
言われるままに手を動かす。
「次は汚れ落としを使う。ブラシで大まかにゴミを落としてからやらないと汚れを塗り伸ばすみたくなるからな。ハギレにこれぐらい染み込ませて全体を磨く」
「手入れってどれぐらいやるもの?」
「ピッチャーなら毎日って言いたいが、何個か使い分けてるだろ?メンテナンスしていい状態のグラブを何個か維持しておく程度だ」
両手で使えるグラブは特殊な形状をしているし最初に2つ支給された。途中で1個ずつ渡されて現在4つ。1シーズンでこんなに使うこともないかもしれないけど珍しい両利き用で柔らかめに作ってもらっていて耐久性に不安も残る。
手のサイズ的に他のグラブで代用ができないし、何かあれば交代になりかねない。だからチーム側でももう2つほど予備があるそうだ。
グラブはそう壊れるものでもないけど試合に出て使えばそれだけ消耗する。
「つまりどれぐらい?」
「大河なら週に……2回ぐらいか。いやグラブの状態次第で週に1回か2回だな。予備の分も込みでな。……すまんな、登板も多いし負担をかける」
「3日続けて投げるぐらいよゆーよゆー」
実際余裕である。
ただ、自分の身長も体重も、他の選手と比較して大人と子どもと言われるぐらいだ。そんな子供に見える自分が試合に出続ければ監督の采配を問題視している人もそれなりにいる。
「……汚れ落としの次は保湿だ。たくさんは塗らずに薄く塗り込む。つけすぎると悪くなるからな。それとこの時に俺はほんのり全体を伸ばすように教わった。ストレッチみたいに優しくな」
「これ、書いてる説明だと『布に適量出して』ってあるけど、なんで素手でやってんの?」
「手でやった方が表面のダメージとか縫い合わせのガタがわかりやすいんだよ。……やり方は色々あるが、必ず俺のやり方が正しいってわけじゃない。とりあえず俺のやり方は教えてやるから、自分のグラブに合うやり方を見つけてみろ。よし、これで、しばらく置いて染み込んだ後に乾拭きして手入れ終了だ」
保湿の作業は監督が全部やってくれた。
説明書通りのやり方ではないようだけど、これはこれで意味のあるやり方っぽい。
「それとだな。教わらなかったとか言ってすまん」
「なんで謝ってんだよ」
「野球ってのはな、大体誰かに教わって覚えるもんだ。だからって……いや、失言だった」
「別にいーって、こうやって覚えられたし」
「……そうか」
「どしたん?疲れてんの?話聞こか?」
「…………ナンパか。いや、まぁ色々思うところがあってな」
監督が愚痴り始めた。
息子が結婚して人生を見つめ直したとか、ナイツは弱いがなんとか強くしてやりたいだとか、投手としても打者としても出番の多い俺に負担をかけているとか、一条が突っかかっていってすまんだとか。
「最後、おっさんは悪くないのになんで謝ってんだよ」
「おっさん言うな。『落地さん』かせめて『監督』と呼べクソガキが……いいか、野球ってのは1人でやるもんじゃない」
「あぁ」
「試合に出る9人だけじゃない、控えもいれば二軍もいる。それだけじゃなく芝の管理人、受付の人に清掃員、経営してる会社だって仲間だ。皆で一つのチーム一つの家族だ。相手チームだっていなくちゃ試合にならん。そういう意味では野球って業界を支える仲間で審判も…………話がズレたな。一条のやっかみは間違ってるし家族で偉い立場である俺が上手く止められないのが悪い」
一条は何かとつっかかって来る。
最近では俺の使っているタオルをわざと落としたり、足を引っ掛けようとする。
前に7回まで無失点だった自分の後に出てきてボロカスに打たれて、苛立ったのかロッカールームでわざとぶつかってきたからな。
見てたマークが一条に掴みかかるし、空気が悪くなった。
グラブを乾拭きしているおっさんはチームのことも考えているっぽい。
「……なるほど、そういうもんか」
「そうだ。一条も根っこはそう悪いやつじゃないんだが……」
「まぁあの程度気にしてない。たまに反撃してるし」
野球鬼人に鍛えられたのだ。あの程度のチンピラ物の数ではない。
ぶつかってきたのは初めてではないし、逆に弾き返して尻もちをつかせたこともある。
「そうか?……いや、反撃って、それを知ったら知ったで俺はお前に注意しなきゃならんのだが…………ほどほどにな」
「わかってる」
「『わかってる』じゃなくて『わかりました』だ!いつまでも生意気な!!」
横に座っていたおっさんが俺の頭を脇に抱えて締めてきた。プロレス技かなんかっぽいけどそれより――――
「おっさん汗クセェ!離せ!?」
「おっさんに汗クセェは言っちゃだめだろ!?」
脇腹に指を突き刺し、力が抜けたところでピカピカになったグラブを持って逃げ出した。
涼しくてやけにずっと眠たい……( ˘ω˘)スヤァ