ニドン   作:胡麻団子

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奇形児の誕生

 あるニドリーナのメスが、卵を産んだ。

 

 子育て経験豊富な彼女は、これまで何体ものニドランを産み、育ててきた。

 今回もその子供に愛情を注ごうと、何日も何日も、丹念に卵を温めてきた。

 オスかメスかは、まだわからない。しかしニドリーナなどちらが産まれるにしても、可愛がってやろうと思っていたのだ。

 

 その卵が孵り、我が子の姿を見るまでは。

 

「ギィ、ギィ……」

 

 言葉を失うとは、まさにそれだろう。

 普段よりも早く割れた卵の殻から覗いた角は、幼体にしては不釣り合いに大きく長い。

 続いて出てきた頭部は……歪。そのニドランの子は、大きな角に吸われてしまったかのように両目が無く、耳も短い。両手は付いているのかわからないほどに小さく、しかし両脚は既に地面に踏ん張れるほど発達していた。

 

「ギィッ」

 

 それは、ニドランと呼ぶにはあまりにも奇怪な容貌であった。

 部分的には似ているが、あくまでそれだけ。むしろ中途半端にニドランとしての特徴を有している分、その赤ん坊の姿はニドリーナにとって強い嫌悪感を催すものであった。

 

「キィッ!」

 

 ニドリーナはその子の姿を見た瞬間、親としての愛を放棄した。

 野生生物としての本能が、目の前の我が子を異物と認識したのである。

 彼女はニドランに対して警戒するような鳴き声をあげ、飛び退き、しばらく割れた殻の中で蠢く異形を見つめた後……静かに自らの巣を離れていった。

 

 セキエイ高原の麓、人里離れた森の中。

 険しい自然の只中で、その歪なニドランは産声を上げ、そして、誰もその誕生を祝福することはなかった。

 

 身体の欠けた、奇形のニドランのオス。

 彼の産声は醜く、しかし大きく、力強かった。

 

 

 

 生まれたばかりのポケモンの子供が無事に育つかどうかは、種と環境による。

 虫ポケモンであればその多くは子育てされることなく自然に育つが、ガルーラなどの大型のポケモンとなるとある程度身体が出来上がるまでは、親の手厚い子育てが必要になるだろう。

 しかし虫ポケモンであっても、豊かな自然がなければ無事に育つ確率は低くなる。天敵の多い場所ではその多くが育つことなく捕食されるであろうし、ガルーラの子育ても険しい環境では上手くいかない。

 

 奇形のニドランのオス、彼を仮にニドンと呼ぶ。

 ニドンは、種も環境も、どちらにも恵まれていなかった。

 

 彼は親に見放され、孵化した直後に放置された。ニドランは出産後、ある程度まで子育てするポケモンである。親が手を貸さなければ、生まれたばかりの子供はほとんどなす術がない。

 また、彼の放置された場所は木の根元に掘られた浅い穴の中。茂みで辺りを覆われた巣だが、決して守りの堅牢な場所ではない。

 

 普通ならば、長く生き残れるものではなかった。

 

「ギィ、ギィィ」

 

 だがニドンは、普通ではなかった。

 彼は暫く卵の殻の中で身体をバタバタ動かすと、やがてうつ伏せの姿勢で落ち着いた。腹ばいになり、後ろ脚を曲げて、大きく重い角の先を地面に傾ける。全体がバランス良く、大きな頭部を楽に置くことのできる姿勢であった。

 ニドンはこの姿勢が気に入ったのか、しばらくはその体勢のまま固まり、穏やかな呼吸を続けた。

 

 ニドンには目が見えない。耳も小さく、一般的なニドランよりも聴覚は鈍かった。

 そして、彼の大きな角はその発達と同時に、彼の脳の一部を萎縮させていた。

 

 ニドンは自分の置かれている状況がよく理解できていない。

 生まれたばかりの自分に親が必要なことも、自分が何者かも、考えようがなかった。

 

 しかし生物の本能として、彼は思った。

 腹が減った、と。

 

「ギィ」

 

 彼は大きな角の下に並ぶ牙を剥いて、涎を垂らした。

 本能が警鐘を鳴らしているのだ。この口に何かを入れなければならないと。

 

 しかし彼には目がない。耳も悪い。親もいない。狩りのやり方など、わかるはずもなかった。

 

「……」

 

 だが彼がとっていた姿勢が偶然、何かの動きを察知した。

 地面に垂らした大きな角の先端が、近くの茂みを移動する何かの振動を拾ったのである。

 何かがいる。それだけで、ニドンが動くには充分であった。

 

「ギィィッ!」

「ピィッ」

 

 ニドンの強靭な後ろ脚が、彼の体をバッタのように跳躍させる。

 無防備に近くの草葉の上を這いずっていたビートルは、己に飛びかかる異形の姿を見上げ……次の瞬間には、巨大な角によって身体を貫かれていた。

 

「ギッギッ」

 

 角に刺されたビートルを振り回し、角伝いに流れ落ちる体液を啜るニドン。

 彼は鋭い牙を何度も開閉しながら、己の身体が求めていた滋味に狂喜する。

 

 ニドンは生まれにも環境にも恵まれなかったが、幸か不幸か、険しいそれらを跳ね返せるだけの力を有していた。

 巨大化した角、力強い後ろ脚。それらは偶然と不幸の産物ではあったものの、この幼少期のニドンにとっては、逆に唯一の武器でもあったのだ。

 

 その日、異形のニドランは一人で狩りを覚え、生命の味を知った。

 愛を注がれることのなかった彼の精神性は酷く原始的で粗暴であるが、己を不幸とは考えていなかった。

 

 愛は、失われて初めて痛みや喪失感を覚えるものだ。

 最初から与えれていなかったニドンにとって、世界は常にシンプルである。

 

 世界は、狩り、食うためにできている。

 

 

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