――少し時間はさかのぼる――
目の前で炸裂した激しい光芒と、鼓膜を裂くような重低音がようやく収まりを見せ始めていた。
「ウェ〜イ……」
両手の親指を立てながら間抜けた声を漏らしているのは上鳴くんだ。彼の頭脳は許容量を超えた放電によってショートしたことで、著しく知能が低下していた。
そのすぐそばで、巨大な絶縁シートの下から百ちゃんと響香ちゃんが這い出てくる。
残念ながら衣服は創り直されてしまったようだ。
クソ…………ッ!
「……ふぅ。やりましたわね、上鳴さん」
百ちゃんは額の汗を拭い、息を整えながら立ち上がった。その隣では、耳のプラグを巻き取った響香ちゃんが、周囲の山肌一面に倒れ伏す数十人のヴィランたちを見渡して胸を撫で下ろしている。
「マジで助かったわ、八百万。
山岳ゾーンにたむろしていたヴィランの群れは、上鳴くんの放電によってその全員が黒焦げになって倒れていた。勝負はついた──そう彼女たちが確信した、まさにその一瞬の油断が命取りだった。
「詰めが甘いな」
「っ!?」
突如、声とともに地面から這い出てくる影があった。
異形の体に電気を帯電させる、電気系統の個性を持つヴィランの生き残りだ。
彼は上鳴の放電を自身の体質で耐え抜き、無防備に突っ立っていた上鳴の背後に一瞬で肉薄すると、アホ面の上鳴くんにバチバチと電気をスパークさせる自身の腕を突き突きつけた。
「手ぇ上げろ。個性は禁止だ。使えばこいつを殺す」
「上鳴さんっ!?」
「嘘でしょ……ッ!?(やられた……! 完全、油断してた……ッ! )」
二人の顔が焦燥に染まる。
先ほどまでの勝利の安堵は一瞬にして吹き飛び、山岳ゾーンの冷たい風が二人の身体を凍りつかせる。人質を取られた絶体絶命の状況。ホールドアップした二人の両手が恐怖と悔しさで微かに震える。
──そして。
その厄介な光景を、すぐ至近距離の高台から見下ろしている存在がいた。
というか僕だった。
(間に合った間に合った! )
こそこそ、音を立てずに近づいて、透明のドーパント『インビジブルドーパント』へと変身を維持したままの僕──瞬静一は、岩の腰掛けに身を委ねながら、心の中で狂喜の声を上げていた。
(いいよねー、人質とられてなすすべがない美少女二人とか! マジでそそるよ! )
僕の手が、透明のままで愉悦に震える。
助けに入る?
冗談じゃない。こんな最高のシチュエーションを好感度稼ぎに使うなんてナンセンス!!
もっと有効活用しなきゃね♪
僕は時間停止を発動し、ゾーンメモリをドライバーにセット。ゾーンの能力をレイズしたことで瞬間移動を発動。人質をとったヴィランの背後に回って声をかける。
『……ねぇ、危ないよ』
「っ!? 誰だッ!?」
電気ヴィランがギクリとして周囲を見回す。だが、姿が見えるわけもない。声だけの存在として優しく声をかける。
『慌てなくていいよ……僕は味方だ。姿を見えなくする『透明化の個性』でずっと潜伏していたのさ』
「味方……!? 透明の個性だと……!?」
『そうだ。安心していいよ。君には僕がいる。僕という見えない味方をつけられるくらいには重要視されてるのさ。それはそうと、あの二人には気を付けて。幼くてもヒーローの卵だ。人質をとった程度じゃ諦めないよ』
『二人の個性も教えよう。ポニーテールの色っぽい子の個性は『創造』。生物以外ならなんでも生み出せる万能個性だ。短髪のロックな子の個性は『イヤホンジャック』。耳のプラグを刺すことで爆音を響かせられる個性だよ。二人とも直接的な戦闘力は薄いから、注意してれば君に負けはないさ』
ヴィランの顔に、邪悪な笑みが戻ってきた。見えない「味方」からの助言に、すっかり気を良くしたようだ。
「ハッ……一応念は押しておくか……。 長髪の女。いいか、何か作ろうとした瞬間にこのガキの首を切り落とすぞ。短髪の女。お前はその耳のプラグを伸ばすなよ。何度でもいうが個性は一切不許可だ」
「なっ……!? なぜ私たちの個性の詳細や狙いを……ッ!?」
「くっ……! 」
考えを見抜かれた響香ちゃんが悔し気に耳のプラグを縮める。百ちゃんも自分の個性をあの短時間で見抜かれたのかと瞳を見開く。
答え合わせが必要かな?
『気になる? 気になるよね! それは私が教えたからさ! 』
瞬間移動! 百ちゃんの背後に!
声とともに! ホールドアップした彼女の両脇からがばっと!!
もみゅっっ!!
「――――きゃあっっ?! 」
ナイス悲鳴!
透明人間になったらこれはしないとねっ!
セクハラ最高!
『動いちゃだめですよ? 動いたり抵抗したら人質になっている彼がどうなるか、賢そうなあなたならわかるでしょう? 』
意図的にいつもと変えた喋り口調で嘲笑いながら、手は止めない。
もみもみもみもみ!
やっば、楽しっ! 透ちゃんとはまた違って、なにより発育の暴力!!
これで高一とかマジで笑う。ドスケベボディすぎでしょ。
「八百万……?!(なにあれ? 八百万の胸が歪んで……違う! 葉隠と同じ透明な個性の
「おいおい、ガキ相手に盛るなよ……」
『はっはっは! いやいやいや、これはガキってカラダじゃないですよ! まさにマーベラス! ああ、至福至福』
「――いやっ! 離れなさい……ッ! 」
百ちゃんが身をよじって何とか逃れようと反射的に体をひねる。
んー、実に好ましい。こういう反応いいよね!
『じゃあ、離れよう。――今度はこっちだね』
「え……」
ぺたり。百ちゃんにフラレてしまったので、響香ちゃんに標的を移す。
貧乳はステータスだ! 希少価値だ!
そこまでぺったんこではないと思うのだけどね。
響香ちゃんかわいいよ~。ペタペタ胸を触ったり、首筋に匂い付けしてみたり、おしりを揉み揉みしていく。
「…………。――――ぃやああああ!! 」
硬直していた彼女だったが、数秒後に絶叫。全身に鳥肌を立たせながら、プラグを背後の僕に伸ばして攻撃してきた。
無意識なんだろう。体を触られた嫌悪感と忌避感で思わず攻撃してしまった。
だが残念。
『あーあ、逆らっちゃった~』
ハッとなった二人だけど残念。
『やっちゃって! 』
「(なるほど、そういう趣向だったのか)同じ電気型個性としては殺したくはないが、まぁ、しょうがない。すこし炙るか」
電気ヴィランの凶刃が未だにアホの上鳴くんに振り下ろされる!
(ああ、楽しい! 最高だ!! )
◆
その頃──USJの中心部、「中央広場」の空気は、まさに神話の死闘と呼ぶにふさわしい異様な圧迫感に包まれていた。
バァンッ!!
「……もう大丈夫!」
メインエントランスの巨扉を粉砕し、煙の中から姿を現したのは、平和の象徴──オールマイトであった。いつもの象徴的な笑顔は消え失せ、全身から鬼気迫る怒りのオーラを立ち上らせている。
「私が来た!!」
言うが早いか、視認不可能な超スピード。一瞬にして中央広場へ高速移動したオールマイトは、血みどろになって倒れていた相澤消太を抱え上げると同時に、周囲を取り囲んでいた数十人のヴィランを一瞬の風圧だけで叩き伏せてみせた。さらに、水辺で死柄木の手が迫っていた緑谷出久、蛙吹梅雨、峰田実の三人を瞬時に救出。
「皆、入口へ。相澤君を頼んだ。意識が無い、早く! 」
「オ、オールマイト……! ダメだ、あの脳ミソ
「緑谷少年――」
緑谷が血吐くような思いで叫ぶ。しかし、オールマイトは笑顔で返答する。
「――大丈夫! 」
「CAROLINA――――SMASH! 」
オールマイトのクロススラッシュが、漆黒の怪物『脳無』の顔面に直撃した。
凄まじい衝撃波が巻き起こる。圧倒的な破壊力。
だが──脳無は倒れない。全くのノーダメージであるかのように、オールマイトを捕えようと襲い掛かってくる。
「マジで全っ然……効いてないな!! 」
「効かないのは『ショック吸収』だからさ。脳無にダメージを与えたいならゆうっくりと肉をえぐり取るとかが効果的だね、それをさせてくれるかは別として」
死柄木がなんでもないように脳無の力を明かす。
それを受け、動きを固定しようとオールマイトが脳無にバックドロップをかますが、地面に広がる黒いモヤ──黒霧のワープホールが、脳無の身体が埋まった地表に出現。オールマイトの腰から下がに脳無の上半身が出現した。
「がはっ……!?」
さらに、ワープホールの中から伸びた脳無の両手が、オールマイトの腹部──過去の凄惨な戦いで負った、最悪の古傷の場所を正確に、力強く掴み取った。
メキメキメキ……ッ!!
「ぐうッ!?」
脳無の強靭な五指が、オールマイトの腹部に食い込んでいく。血が噴き出し、オールマイトの巨体が苦悶に歪む。
「終わりだ、オールマイト。脳無がお前の身体を掴み、黒霧がお前の体をワープで引きちぎる……お前の負けだ」
死柄木が勝利を確信し、冷酷な笑みを浮かべたその時。
「オールマイトぉぉぉぉぉッッ!!」
中央広場で、一人の少年が飛び出した。緑谷出久だ。
全力で駆け、オールマイトを救うべく黒霧へと突進する!
「浅はか」
黒霧のモヤが緑谷を呑み込もうと広がった──その直前!
「どっっけ!! 邪魔だデク――死ねぇぇぇッ!!」
爆風とともに飛来したのは、爆豪勝己だ!
爆豪は空中から手掌の爆破を叩きつけ、黒霧の首元を正確に地面へ叩きつけ、ガッチリと抑え込んだ!
「ぐっ……!?」
さらに!
脳無が凍り付いていく。
地表を伝う冷気が、脳無の半身とワープホールを一瞬にして凍りつかせた。土砂エリアの雑魚を瞬殺して駆けつけた轟焦凍だ!
氷結によって脳無の拘束が緩み、オールマイトは危機一髪でワープホールの罠から脱出を果たす。
「だあーーらぁ!! 」
切島鋭児郎が腕を硬化させて死柄木へ襲いかかり、死柄木は咄嗟にバックステップでかわす。
「くっそ! いいとこねー!! 」
「スカしてんじゃねぇぞ! モヤモブが!! 」
「平和の象徴はてめぇらごときに殺れねぇよ」
一瞬にして形勢は逆転した。
爆豪勝己、轟焦凍、切島鋭児郎、そして緑谷出久。1-Aの卵たちが、オールマイトの周囲を取り囲むように立ち集まったのだ。
「脳無、爆発小僧をやっつけろ。出入り口の奪還だ」
オーダーを受けた脳無が凍り付いたまま体を起こす。
脳無の凍りついた右半身が、ミシミシと不気味な音を立てひび割れる。しかし脳無はなんの痛痒もないように問題なく動き、起き上がる。
「身体が割れてるのに……動いてる?! 」
「皆 下がれ!! なんだ!? 『ショック吸収』の個性じゃないのか?! 」
「別にそれだけとは言ってないだろう。これは『超再生』だな」
死柄木がなんでもないように言う。二つ目の個性。それは本来あり得ないことだ。
脳無が命令に従い駆動する。狙いは当然爆豪。
爆豪は脳無に反応できない。致命的な状況で動けたのはただ一人。オールマイトだけだった。
「……加減を知らんのか」
血反吐とともに言葉を漏らす。
爆豪をかばい、受けた脳無の攻撃はオールマイトに確実にダメージを与えていた。
絶望的な状況。しかし──ナンバーワンヒーローの瞳からは、光が消えていなかった。
「ショック吸収……なるほどな」
オールマイトが、ゆっくりと腰を落とし、両拳を固く握り締める。
「効かないのではない。無効ではなく吸収ならば……!! 上限があるのだろう?! 『吸収』しきれないほどの圧倒的な威力を……叩き込めばいいだけの話だ! 」
「ハッ! 何を言っている、そんな芸当──」
「私対策!? 私の100%を耐えるなら!! さらに上からねじ伏せよう!! 」
「ヒーローとは! いつだってピンチを穿つもの!!」
オールマイトの全身から、暴風のような圧力が爆発した。
「ヴィランよ……こんな言葉を知っているか!?」
超スピードで踏み込むオールマイト!
脳無もまた、巨躯を弾けさせて真っ向から激突する!
「Plus Ultra(さらに向こうへ)ぁぁぁぁぁぁぁッッ!!!! 」
ズドガアアアアアアアンッッ!!!!
音速を超えた拳と拳の衝突。USJ全体の空間が歪むほどの凄まじい衝撃波が吹き荒れ、石畳、瓦礫、空調設備までもが嵐のように巻き上げられていく!
脳無もまた、許容量を超え機能を停止して何処化へ吹き飛んでいった。
「……やはり衰えた。全盛期なら5発も撃てば充分だったろうに……300発以上も撃ってしまった」
「チートがぁ……! 」
死柄木が憤る。
しかし彼らには計りかねない事ではあるが、オールマイトは限界。
活動限界が近づいていた。
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