2月26日、雄英高校入学試験当日。
寒空が広がる早朝、僕は雄英高校の巨大な門の前に立っていた。
「うわぁ……生で見るとやっぱりデカいな、雄英」
見上げるような校舎の大きさに、僕は思わず声を漏らす。
敷地内に足を踏み入れた瞬間から、周囲の受験生たちから視線が痛いほど突き刺さってくるのが分かった。特に女子受験生たちの反応が露骨だ。
「え、ちょっと待って……あの人、ヤバくない……?」
「モデル……? 芸能人かなにか……!?」
「めちゃくちゃイケメンなんだけど! どこの中学!?」
ひそひそと囁かれる感嘆と動揺の声。
フッフッフ、そうでしょう、そうでしょう。
あひるちゃんの個性を移植して手にしたこのイケメンフェイス。
今世の両親の遺伝子を完全に無視した超絶美男子だ。
自画自賛になるが、控えめに言っても画面映えが凄まじい。通りすがるだけで女子の目を奪えるのは、男として実に気分がいいね。
そんな優越感に浸りながら校門の近くをぶらついていると、人込みの中に「一方的に見知った姿」を発見した。
(おっと……早速見つけちゃいました)
緑色のボサボサ頭を揺らし、校門を見上げてガタガタと全身を震わせている少年──緑谷出久くんだ。
リアルで見ると、想像以上にオドオドしていて挙動不審である。
「どけデク!!」
そこへ、怒気を撒き散らしながら歩み寄ってくる金髪爆破男──爆豪勝己くん。
「俺の前に立つな殺すぞ! 」
感動。マジ切れだ……!
緑谷くんがどもりながら応対するけど歯牙にもかけない。
爆豪くんも結構注目されてるね。ヘドロ事件で有名だしね。
コレのある意味、入学前から頭角を現していると言えるのだろうか?
そして! 爆豪くんがが通り過ぎた後、気を取り直して一歩踏み出そうとして、緊張のあまり足をもつれさせて前に倒れ込む緑谷くん。
その体が地面に激突する直前、ふわりと宙に浮き上がった。
「大丈夫? 」
丸顔にほわほわした雰囲気、可愛らしい笑顔──麗日お茶子ちゃんだ!
「私の『個性』。ごめんね勝手に。でも転んじゃったら縁起悪いもんね」
緊張するよねぇ~、と自然に会話を続ける彼女。
(生お茶子ちゃんだ~~~! うわぁ、本物だ! 可愛い! そして分厚い制服とタイツの上からでもはっきりとわかる、あのプリッとしたお尻と豊満な太もも! エッチだなぁ……! )
目の前で繰り広げられる原作の展開に、僕のテンションは最高潮に達していた。
心の中で大興奮しつつも、表面上は爽やかな微笑みを崩さず、僕は二人の横を通り過ぎて会場へと向かった。
筆記試験について語ることはない。楽勝だったとだけ言っておこう。
いよいよ本日のメインイベントである実技試験――「模擬市街地演習」の説明が始まった。
大ホールに集められた受験生たちを前に、プロヒーローのプレゼント・マイクが壇上でノリノリのガイダンスを行う。
「受験生諸君、オレのライブへようこそ!! エブリバディ・セイ・ヘイ!! 」
シーンと静まり返る会場。プレゼント・マイクの不憫な空振りを鑑賞しながら、僕は受験票に目を落とした。
(うーん、僕の指定演習場は……AでもBでもないか)
僕は小さく息を吐いた。
(同じ中学校出身ってわけじゃないから、一緒の会場で試験受けられるかもって思ってたけど、緑谷くんやお茶子ちゃんと同じ演習場になれなかったのは残念だな。ヒーローデクがワン・フォー・オールを爆発させて0Pヴィランを殴り飛ばす会心の一撃をかぶりつきで見たかったんだけど……まあ、仕方ないね)
気を取り直した僕は、その後の原作のアレコレ(飯田くんがヴィランの種類について質問したり、緑谷くんが叱責されたり)を楽しみつつ指定された演習場へと向かった。
◆
バスに揺られて運ばれ下りた僕の前には、巨大な壁と重厚な門が聳え立っていた。
その向こうには、本物の街をそっくり模した広大な演習会場が広がっている。
「うわ、金かかってんなぁ雄英。さすが日本最高峰のヒーロー科」
周囲の受験生たちが緊張で顔を強張らせ、ストレッチをしたり深呼吸をしたりしている中で、僕はリラックスして集団の最前列に陣取った。
(うーん、原作キャラは~……あ、口田くんだ。あの特徴的な頭の形は多分絶対彼だろ。……彼含めて、ロボ破壊に向いてない個性持ちってどうやって合格したんだろ。素の腕力でロボボコボコにしたのかな? )
そして──
『ハイ、スタートーーーーーーッ!!』
『実戦じゃカウントなんざねえんだよ!! 走れ走れぇ!! 賽は投げられてんぞ!!? 』
プレゼント・マイクのマイク越しの試験開始の大声が響き渡ると同時に、僕は飛び出していた。
原作知識さまさまだね。多分知らなきゃ反応できてたか怪しい。
「えっ!? もう始まった!? 」
「うそ、あれがスタートの合図かよ!? 」
後ろで間抜けな声を上げる受験生どもを置き去りにし、僕は一番乗りで市街地を駆けていく。
僕は走ったまま右手を挙げ、
「(やっぱり時間停止といえばコレだよね)――変身」
指パッチン。
と同時に僕の個性が発動する。
僕の意識を除いたすべてが静止する。
時が止まった世界。
僕は虚空からガイアメモリを現出させ、起動する。
『バード! 』
ワンアクションを使い切り、完全に動けなくなった僕の首筋にコネクターが現れ、バードメモリがひとりでに吸い込まれていく。
僕の体は止まった時の中で変身を完了する。
バードドーパントになった僕は時間停止を解除。
時間が止まったことを認識していない他人からは、僕が「変身」といった瞬間にドーパントの体に変化したように見えるだろう。
「うんとこしょっ!! 」
大地を蹴った勢いのまま、僕――バードドーパント――は空中へ飛翔する。
空を飛び、会場の中心、建物のてっぺんへ!
「なんだあいつ、変身した?! 」
「変身する個性!? 空飛ぶとかヤベェ! 」
はーっはっは! モブどもの声が心地いいわ!
飛んでいく最中、眼下に見えた敵ロボットには羽爆弾をお見舞いしてポイントゲット!
でもこんなもんじゃ足りない! もっともっとポイントが欲しい!
「ので……! 」
指パッチン!(時間停止)
(からの)
変身解除、メモリチェンジ!
『アイズ! 』
変身完了! 時間停止解除!
アイズドーパントに変身。
そして、
――ズモモモモッッ
視界を共有する浮遊義眼端末を放出、演習場に散らばらせて情報収集!
「敵ロボット、全機位置情報を…………捕捉……っ! 」
頭痛って~~!
視界がぐちゃぐちゃで死にそう!
でも平気!
これでポイントの位置はすべて分かった!
10分の試験時間、効率的にポイントをゲットするルートも目途が立った。
なんか不自然にまとまってるボーナスエリアみたいな区域があるし、索敵系の個性持ちに対しての救済措置?
本気の本気なら、ガイアドライバー使って、アノマロカリスの狙撃能力をレイズしたうえでここから全機狙撃! が最適解だけど……。
「それをやるわけにはいかないよね~」
個性の補助ならともかく、申請もしていない機械で変身したりしたら失格……というか、そもそも論。僕の個性が『変身』じゃないってバレちゃうもんね~。
僕は再びメモリチェンジ。
バードドーパントに変わって、効率的なポイント獲得に動き出す。
屋上から飛び降りて、風を受けながら飛び上がり、角を曲がると、ビルの影からこの目で見た通り、3体のロボットが現れる。
1Pヴィランが2体、2Pヴィランが1体。
『標的確認………ブッ殺す……!! 』
「悪いけど、蹴散らさせてもらうよ! 」
僕のバードは強化態。羽を飛ばすだけでなく、火球も自由に操れる!
ズドォォォォンッ!!!!
僕が放った火球は狙い違わず命中し、3体の仮想ヴィランが爆発とともに弾け飛び、火花と鉄くずとなって路上に散らばった。
「まだまだいくよ! 」
通りすがりで目に映る敵ロボは容赦なく沈黙させていく!
「ボーナスタイムだ! 」
到着した密集地帯!
ヴィランどもがうじゃうじゃ!!
やみくもに街を駆けまわるより、ここの奴らを一網打尽にしたほうがポイントは稼げる!
僕は連中を薙ぎ払うためのうってつけの姿に変身する!
『ウェザー! 』
◆
試験開始からおよそ7分が経過した頃。
僕は残骸となった敵ロボットの山の上で暴力の快楽に身を震わせていた。
(やっば~~! 気持ちいい~~っ! 雑魚敵で無双するの気持ちよすぎる……っ! 攫った人間をメモリの力でぶっ殺すのも気持ちよかったけど、あれは基本タイマンだったからな~。これはこれで気持ちよさのベクトル違ってゾクゾクする……! )
なによりウェザードーパントの力は多彩だし、応用もいくらでも可能だし、力を使うのが楽しくて仕方ない。
井坂先生の気持ちが分かるかも。
そんな緩みきった顔面をドーパントの読み取りづらい怪人の貌で隠して次の獲物を求めて歩いていると、突然、足元から地響きが鳴り響いた。
ズズズズズズズズズズズズ……ッ!!!!
「きゃあああああっ!?」
「な、なんだ!? 地震か!?」
ビル群が揺れ、舗装された道路に亀裂が入る。
模擬市街地の中心部、巨大なビルの影から、太陽の光を遮るほどの「影」が立ち上がった。
見上げるような超巨大ロボット──「0Pヴィラン」の登場だ。
一歩踏み出すだけで周囲の建物を踏み潰し瓦礫を生み、凄まじい暴風が吹き荒れる。
「ひ、ひえぇぇぇぇっ!? デカすぎる!!」
「逃げろ! あんなの勝てるわけない!!」
「プレゼントマイクの言ってたドッスンってこれかよ!? 冗談じゃない!! 無理だって!! 」
パニックを起こし、蜘蛛の子を散らすように逃げ惑う受験生たち。
僕は素の状態のままで、近くまで行ってその光景を見上げていた。
(うおー……デカい! マジでデカいな! 何十メートルあるんだろこれ!? 原作のコミックスやアニメでもバカデカかったったけど、生で見るとマジで巨大ロボだわ。雄英高校、予算どうなってんの? 金かけすぎだろ~! )
僕は呑気に感心しながら、大暴れを始める0Pヴィランロボットを見物していた。当たり前だけど、呆気にとられたような表情と仕草でだ。この状況だって、カメラで見られてるからね。
僕のハイドープ能力でも把握済み。とんでもない量のカメラが仕掛けられてる。
そんな時、
「た、たすけ……誰か……っ!」
0Pヴィランが踏み潰したビルのガレキの陰から、悲痛な叫び声が聞こえてきた。
見ると、一人の受験生(小太りの男子)が、崩れてきたコンクリート塊に足を挟まれ、倒れ込んでいる。
その頭上には、0Pヴィランの巨大な鉄の足がゆっくりと振り下ろされようとしていた。
「助けて! 足が抜けないんだ! 誰か、お願いだから!!」
涙と鼻水で顔をぐしゃぐしゃにして、こちらに手を伸ばしてくる男子。周囲の受験生たちは自分の身を守るのに必死で、誰も彼を振り返ろうとしない。
僕と、その男子の視線が、バッチリと交差した。
男子の目に「助かった、気づいてくれた!」という希望の光が宿る。
だけど──
(んー……男かぁ……)
僕の心は、1ミリも動かなかった。
(男なんてどうでもいいし、流石に目が合ったとかそんなことまで監視してないよね?
レスキューポイントがあるのは知ってるけど、助けたら何ポイントもらえるか分からないしなぁ。基準が曖昧なポイント稼ぎなんて興味ないし、何より可愛い女の子じゃないってのが致命的だよね。知~らないっと♪ )
僕はまるで気づいていないかのように装いながら、くるりと踵を返した。
「え……? あ……待って! 待ってくれぇぇぇぇっ!?」
絶望の悲鳴を背中で聞き流しながら、僕は颯爽と立ち去った。
ごめんね! 来世は女の子に生まれ変わってくれ!
「よし、残り時間はあともうちょっと! 張り切っていこう! 」
◆
『終了~~!!!! 』
プレゼントマイクの終了アナウンスが演習場全体に響き渡った。
試験終了。
静まり返る模擬市街地に、受験生たちの悲喜交々な安堵の声がさざ波のように広がっていく。
(ふう、あー楽しかった! ポイントどれだけ取れたかハイになってたから数えてないけど、文句なしの全演習場トップだろ)
それにしても……。
(終了間際にデカい衝撃。緑谷くん、ワン・フォー・オールを全開にして0Pヴィランを殴り飛ばしたな? 今頃、両腕と両足をバキバキに折って地面に転がってるんだろうなぁ)
僕は飛んでたからうっすら見えた、0Pヴィランが殴り飛ばされる情景を思い出しながらクスリと笑う。
(生覚醒シーンを見られなかったのはちょっと残念だったけど、まあいいや。彼もこれでレスキューポイントを大量獲得して、合格枠に入ってくるでしょ。合格ライン的に最下位ってわけじゃなかったはずだから、僕が得点順位上位になっても合格は確実のはずだし)
ゾロゾロと退場していく受験生たちの列に混ざりながら、僕も雄英高校の門へ向かって歩き出した。
夕日に染まる雄英の巨大な校舎。
その壮麗な建物を仰ぎ見ながら、僕は周囲に悟られないよう、口元にドロリとした笑みを浮かべた。
(さてさて……これで雄英高校合格は確定だ。入学したら、原作の熱い展開を高みの見物で楽しむとしよう。そして……)
脳裏に浮かぶのは、今日すれ違った麗日お茶子ちゃんのプリプリとしたお尻や、これから出会うであろう原作キャラの姿。
「あはは、楽しみだなぁ、高校生活!」
すれ違う女子に向かって爽やかなイケメンスマイルを振り撒きながら、僕は上機嫌で帰路につくのだった。