春――柔らかい風が吹き抜け、桜の舞い散る季節。
僕は、新調された雄英高校の制服に身を包み、自宅の玄関前に立っていた。
「お兄ちゃん、ネクタイ曲がってるよ。……はい、きれいに直った」
「ありがと、あひるちゃん」
あひるちゃんが爪先立ちになり、僕の胸元で器用にネクタイを整えてくれる。その瞳は心底愛おしそうに潤んでいて、整え終わったあとも僕の胸にすり寄るように甘えてきた。
「いいなぁ、雄英高校……お兄ちゃんが遠くに行っちゃうみたいで、私ちょっと寂しい」
「大丈夫だよ。どこに行こうと、僕の可愛い妹はあひるちゃんだけなんだから」
「んふふ……お兄ちゃん、大好き。今日も帰ってきたら、朝よりいっぱいいちゃいちゃしようね」
ぽっと頬を染めるあひるの頭を優しく撫でまわしていると、地面を揺らすような重厚な足音が近づいてきた。
「静一く〜ん! 待って待って、私も見送りに……! あうっ! 」
「静一くん、いってらっしゃい! 雄英でも一番カッコいいヒーローになってね! 」
やってきたのは幼馴染の二人、美濃ミルクと葉隠標本だ。
ミルクちゃんが自分の顔の何倍もある爆乳を大きく揺らしてこちらへ駆け寄ってくる。その隣では、ひょうちゃんが、元気いっぱいに手を振っていた。
「静一くん、制服姿すっごく似合ってる……カッコよすぎて、私、またお胸が張ってきちゃいそう……っ」
「こらこらミルクちゃん、朝たっぷり搾ってあげたでしょ? 学校に遅刻しちゃうから、続きは帰ってきてからね」
「うん……! 帰ってきたら、静一くんのお口にいっぱい美味しいお乳あげるからね……っ」
「私も! 帰ってきたら一番にぎゅーってしてね、静一くん!」
大切な三人の幼馴染に見送られ、僕は手を振りながら通学路を進んでいく。
道行く人々が、僕のあまりの美形ぶりに何度も振り返っていくのを視線で感じながら、僕は足取りも軽く雄英高校へと向かった。
◆
雄英高校。
敷地内に足を踏み入れると、その圧倒的なスケール感と近代的な建造物の迫力に改めて圧倒される。
幾重にも重なる巨大な校舎、広大な敷地内を巡るシステムと未来的なセキュリティ設備。どこをとっても「ヒーロー養成機関最高峰」の名に恥じない重厚さと輝きに満ちあふれていた。
門をくぐって長い廊下を歩いていく。床は滑らかに磨き上げられ、静寂の中に時折、他の新入生たちの緊張混じりの足音が響いている。
そして、目指す教室の前にたどり着いた。
1-A。
「うわデカっ……。バリアフリー意識しすぎだろ、このドア」
目の前に聳え立つのは、巨大な文字で『1-A』と書かれた超大型のドアだ。
原作知識があるから知ってはいたけれど、実物を前にすると笑ってしまう。異形型の個性でもともと巨体だったり、身体を巨大化させる個性の所有者でもスムーズに出入りできるように作られているのだろうが、初見の圧迫感がすごい。
(さあ……ついに来たぞ。ここからが僕のヒーローアカデミアだ)
ワクワクでドッキドキな心臓の鼓動を感じながらどデカいドアを横にスライドさせて開けた。
ガラララッ!
「机に足をかけるな! 雄英の先輩方や机の製作者方に申し訳ないと思わないのか!? 」
「思わねえよ! てめーどこ中だよ端役が! 」
ドアを開けた瞬間、飛び込んできたのは響き渡る怒号とレスバの嵐だった。
手前の席で、爆豪勝己が柄の悪い態度で机の上に足をドンと乗せている。鋭い目つきで威嚇し、髪を逆立てるその姿はまさに爆発寸前の爆弾そのものだ。
その前に立ちはだかり、チョップのような激しい手振りで注意を促しているのは、眼鏡をかけたガチガチの堅物──飯田天哉くんだ。ピシッと伸びた背筋と几帳面すぎる動作から、彼のいい意味で杓子定規な
(うおーっ! 生の爆豪くんと飯田くんの口論だ! リアルで見ると感慨深いねぇ! )
原作のシーンに、僕の心の中のテンションは爆上がりだ。
気づかなかったけど、僕の後ろには緑谷くんもいる。
僕とは違う理由で唖然茫然硬直している様子。
(個性的で実にいいよねぇ。本当にありがとうございます! )
緑谷くんは教室のドアの前まで来ると、開いたドアの隙間から中の荒れ模様(爆豪と飯田の不穏な争い)を覗き見込み、「ひぃっ……!」と小さな悲鳴をあげて露骨に体を竦ませていた。
(おお、緑谷くんも無事に到着したか。相変わらず爆豪くんに怯えきってる)
緑谷くんは中に入る勇気が出ないのか、ドアの横で青ざめた顔をして固まっている。僕はあえて声をかけず、そのオタク特有の不審者じみた挙動と怯えっぷりを横目で鑑賞することにした。
すると、僕の後ろからパタパタと軽い足音が聞こえ、麗日お茶子ちゃんがやってきた。
「あ! そのモサモサ頭は! 地味めの!! 」
「あ、その! えっと……! 」
お茶子が緑谷くんに親しげに話しかけ、声を掛けられた彼は真っ赤になってオロオロと手足をバタつかせている。入試で助けられた縁での微笑ましい会話だ。
(おー、原作通りお茶子ちゃんと緑谷くんの交流が始まってるね。二人の甘酸っぱいやり取りを生で観察できるなんて最高だねっ)
緑谷くんとお茶子ちゃんが入口で話している間に、教室内で口論を繰り広げていた二人をはじめ、生徒たちの視線が一斉にこちらへと向けられた。
爆豪くんはチッと舌打ちをして緑谷くんを鋭く睨みつけ、飯田はハッと表情を正すと、ロボットのようなギュンギュンした歩調でこちらへ寄ってきた。
「俺は私立聡明中学出身、飯田天哉だ!」
「おおう、初めまして飯田くん。僕は瞬静一、よろしくね。これから3年間仲良くしてくれると嬉しいな」
僕が笑顔を浮かべながら右手を差し出すと、飯田くんはパッと目を輝かせ、しっかりと僕の手を握り返してきた。
「おぉ……! こちらこそよろしく頼む! 雄英の名に恥じぬよう切磋琢磨していこう! 」
飯田との挨拶を交わした流れで、緑谷くんと話し終わったっぽいお茶子ちゃんとも視線が合う。
「あの、私、麗日お茶子! えっと、瞬くん? よろしくね! 」
「よろしくね、麗日さん。困ったことがあったら何でも言ってね」
「え、あ、うん……! ありがとう。よろしく……!(この人顔良っ……! )」
お茶子ちゃんが僕の顔を見て見蕩れるような反応を示す。
分かるぜ。顔が良すぎるからな、僕。
自分でも、鏡の前でうっとりするレベルの顔の良さだからね……。改めて個性ってすごいよね、ほんと。
その横で、デクが「(す、すごい……女の子とあんなに自然に会話してる……!!)」とこじらせた陰キャじみた尊敬のまなざしを送ってきていたが、僕は特に深く踏み込まず、挨拶だけしてすれ違った。
僕は他の生徒たちの視線を全身で受け止めながら、自然な動作で教室内を見渡し、1-Aのクラス全体の配置と面々を確認した。
(んー……ん? あー……口田くんがいない……? 僕が大量にゲットしたことで、ポイントとれなかったのかな……?
まぁ、まぁ、まぁ……仕方ないね! )
口田くんが入学できなかったことは残念だが、まぁ仕方の無いことだよね。
雄英のヒーロー科は2クラス合わせても合格の枠が36しかないんだから。
僕と同じ会場になってしまった不幸を嘆いてくれ。
来世での活躍をお祈りいたします。
そんなことを考えながら席に向かおうとしたら、廊下からけだるげな、しかし耳に残るような声が発せられた。
「お友達ごっこしたいなら他所へ行け」
みんなの会話がピタリと止まり、教室内の空気が一瞬にして凍りついた。全員の視線が、開け放たれたドアの足元へと向けられる。
そこにあったのは──黄色い寝袋に入った、まるで芋虫のような不気味な物体。
ジジッ……と静かな音を立ててファスナーが引き下げられ、中からボサボサの黒髪に血走った目をした、疲れ切った中年男がぬっと顔を出した。
「ここは、ヒーロー科だぞ」
寝袋からずるりと這い出し、手に持ったパックゼリーを音を立てて口に含みながら立ち上がる男。
「はい、静かになるまで8秒かかりました。時間は有限。君たちは合理性に欠くね」
登場したのは誰あろう、1-A担任──イレイザーヘッドこと、相澤消太先生。
「担任の相澤だ。よろしくね」
相澤先生の不気味な登場と、全身から醸し出される尋常ではない不審人物感に、緑谷くんをはじめほかの生徒たちは「な、なにあの人……!? 先生……なこの人が……!?」と完全に呑まれてポカーンとしている。
だが、僕の胸は高鳴っていた。
「早速だが、体操服着てグラウンドに出ろ」
そして始まる個性把握テスト!
ああ、本当に楽しみだ。波乱万丈の学園生活が僕を待っている!!