無個性は個性をつくる 作:匿名希望
翌朝、朝食を作っている途中で携帯端末が鳴った。
学校からではない。
ニュースの速報だった。
雄英高校の訓練施設へ、ヴィラン集団が侵入。
授業中だったヒーロー科の生徒と教員が巻き込まれた。
私は火を弱め、画面を見る。
詳細はまだ少ない。
事件そのものはすでに収束しているらしい。
複数の負傷者。
施設の損傷。
警察が捜査中。
画面には雄英の外から撮影された映像が流れている。
施設内部はほとんど映っていなかった。
当然だろう。
事件発生直後なら、学校も警察も詳しい情報を公開しない。
「USJ……」
名称には覚えがある。
ヒーロー科が災害救助訓練に使う施設だ。
サポート科の授業では今のところ使っていない。
映像が切り替わる。
雄英高校の正門前。
報道関係者が集まっている。
内部の状況について質問する声が重なっていた。
私は画面に表示された情報を読む。
ヴィランの目的。
侵入方法。
人数。
使用された個性。
どれも確定情報は少ない。
現時点で分かるのは、外部の人間が校内の訓練施設へ侵入し、ヒーロー科と交戦したということくらいだった。
それだけでも異常ではある。
ただ、今の映像から考えても情報が足りない。
私は端末を置いた。
フライパンの方が先だ。
朝食を焦がして得る情報はない。
◇ ◇ ◇
雄英へ着くと、普段とは明らかに違っていた。
校門付近に人が多い。
報道関係者もいる。
学校側の警備も増えていた。
生徒の出入りを確認している。
私は生徒証を提示して中へ入った。
「昨日の事件、見た?」
「見た見た」
「ヒーロー科やばくない?」
「本物のヴィランだろ?」
廊下でもその話だった。
当然だと思う。
同じ学校の生徒が授業中にヴィランと戦った。
普段の授業より話題にはなりやすい。
一年H組へ入っても状況は変わらなかった。
クラスの何人かが集まって話している。
「空木くん!」
発目さんがこちらを見る。
「はい」
「ニュース見ました!?」
「見ました」
「USJ壊れたらしいですよ!」
最初にそこなのか。
「一部損傷は出ているようですね」
「どれくらい壊れたんでしょう!」
「公開映像だけでは分かりません」
発目さんは少し残念そうだった。
「現場見たいなあ」
「立入禁止になると思いますよ」
「修理するならサポート科も呼ばれません?」
「一年生へ任せるとは思いませんが」
壊れた設備を直すなら、担当業者か学校の管理部門が先だろう。
授業用施設の修復に、入学直後の一年生を投入する理由は薄い。
「でも見たいですよね?」
「損傷状況は少し興味があります」
「ですよね!」
発目さんが嬉しそうにする。
意味は少し違う。
私は壊れたものを見ること自体が楽しいわけではない。
どの程度の力が使われ、設備がどう壊れたのかに興味がある。
材料。
構造。
破壊方向。
個性による損傷と通常の衝撃の違い。
情報があれば、使われた能力の一部を推測できる可能性がある。
もっとも、現物を見られないなら推測以上にはならない。
「空木は怖くないの?」
別の生徒が聞いた。
「何がですか?」
「ヴィランが学校に入ってきたんだぞ?」
意味を理解する。
「警備上の問題は気になります」
「そっち?」
「侵入経路が分かっていないので」
ヴィランが怖いかと聞かれれば、危険だとは思う。
攻撃してくる相手なら警戒すべきだ。
ただ、現在ここにヴィランがいるわけではない。
昨日の事件は終了している。
今考えるなら、再発防止の方が重要だった。
「普通もっと、ヒーロー科大丈夫かなとかない?」
「負傷者は出たようですが、死亡者が出たという報道は今のところありません」
「いや、そうだけどさ……」
相手は曖昧な顔をした。
会話が終わったらしい。
私は席へ座った。
◇ ◇ ◇
授業の前に、パワーローダーから説明があった。
「昨日の件はニュースで知ってると思う」
教室が静かになる。
「学校から正式に出てない情報を勝手に広めるな。報道に何か聞かれても、自分の知ってる範囲で好き勝手答えるなよ」
何人かが頷く。
「サポート科は昨日の現場には関わってない。授業も基本的には通常通りだ」
発目さんが手を上げた。
「壊れた設備の修理は!?」
「お前らの出番じゃない」
即答だった。
「見学は!」
「ない」
「残念です!」
予想通りだった。
パワーローダーが続ける。
「ただ、警備体制はしばらく変わる。施設利用にも一部制限が出るかもしれない。指示には従え」
「はい」
私は返事をする。
研究や課題に必要な設備が使えなくなるなら困る。
ただ、一時的な制限なら仕方がない。
「それと」
パワーローダーの声が少し低くなる。
「同じ学校の奴らが実戦に巻き込まれた。面白半分で本人たちに聞きに行くな」
教室の空気が少し変わった。
「分かってます!」
発目さんが答える。
他の生徒も頷いた。
私も異論はない。
当事者へ聞きに行けば、情報を得られる可能性はある。
しかし、そのためだけに面識のないヒーロー科生へ接触するのは効率が悪い。
必要な情報が後から記録や報道で出る可能性も高い。
わざわざ今聞く必要はなかった。
◇ ◇ ◇
昼頃には、朝より情報が増えていた。
ニュースサイトを開く。
事件の経緯。
施設へ多数のヴィランが侵入したこと。
教員とヒーロー科一年が対応したこと。
プロヒーローも戦闘に参加したこと。
いくつかの映像。
詳細は伏せられている部分も多い。
私は映像を止めた。
画面の端。
黒い霧のようなものが見える。
人影を包むように広がっている。
次の映像では場所が違う。
同じ現象かどうかは分からない。
空間移動系だろうか。
ただ、映像だけでは判断できない。
視覚的に霧へ見えるからといって、本当に気体とは限らない。
個性現象では外見と機能が一致しないこともある。
私はメモに、
『侵入・分断に利用された可能性のある空間移動系現象。詳細不明』
とだけ書いた。
断定する材料がない。
別の映像。
施設の一部が破損している。
床。
壁。
設備。
損傷範囲が広い。
複数人の個性が使われている以上、一つの原因へ絞るのは難しい。
ヒーロー科側も戦っている。
ヴィラン側も戦っている。
プロヒーローもいる。
どの痕跡が誰のものか、映像だけでは区別できない。
ただし、大きな力が使われた場所があることは分かる。
一部は破壊というより、強い衝撃を繰り返し受けたように見えた。
私は映像を拡大する。
画質が足りない。
それ以上は無理だった。
別の記事を開く。
あるヴィランが、非常に高い耐久性を示したらしい。
報道では詳細不明。
映像も不鮮明。
強い打撃を受けても戦闘を続けていたという証言だけがある。
「耐久性……」
単純な身体強化か。
衝撃への耐性か。
損傷後の回復か。
複数の要素か。
分からない。
仮説はいくらでも立つ。
情報がなければ選べない。
私はメモへ、
『高耐久個体。機序不明。追加情報待ち』
と書いた。
興味はある。
しかし、興味があることと理解できることは別だった。
◇ ◇ ◇
「空木くん、何見てるんです?」
発目さんが横から覗き込んだ。
「昨日の事件です」
「やっぱり設備?」
「それもあります」
「何書いてるんです?」
画面を見る。
「使用された個性についてです」
「ヒーロー科の?」
「両方ですね」
ヴィランだから研究対象から外す理由はない。
個性という現象に、使用者の職業や犯罪歴は関係しない。
ただし、実際に試料を取る機会もなければ、詳細な測定もできない。
今できるのは公開情報の整理だけだった。
「これ、ワープですよね?」
発目さんが黒い現象を指す。
「その可能性はあります」
「便利そう!」
「機能が映像通りなら、そうですね」
「サポートアイテムにできません?」
「今の情報では無理です」
構造が分からない。
個性因子もない。
発動条件も分からない。
作用範囲も不明。
それで再現を考えるのは早い。
「じゃあ調べれば!」
「調べる対象がありません」
「本人捕まったら調べられるんじゃないですか?」
「私に検査させてもらえる理由がないでしょう」
「それもそうですね!」
納得は早かった。
発目さんは別の映像を見る。
「こっちの壊れ方すごいですね」
「そうですね」
「何使ったんでしょう?」
「複数の戦闘があったので、特定できません」
「現場見たいですね!」
「それは少し分かります」
発目さんがこちらを見た。
「おっ」
「何ですか?」
「空木くんが見たいって言った」
「設備損傷の原因分析には現物が有用ですから」
「やっぱりそっち!」
何を期待していたのか分からない。
◇ ◇ ◇
数日間、学校は落ち着かなかった。
報道関係者。
警備。
事件についての噂。
ヒーロー科の生徒を見かけたという話。
教師が怪我をしたという話。
ヴィランの正体についての憶測。
確定していない情報も大量に混ざっていた。
私は、出所が分からない話は記録しなかった。
「聞いた話なんだけど」
という情報には、研究上の価値が低い。
誰が見たのか。
どの距離だったのか。
何を確認したのか。
条件が分からない。
噂から個性の構造を推測するのは難しい。
使えるのは、公式に公開された情報と、映像で確認できる範囲だけだった。
それでも、いくつか分かったことはある。
個性を戦闘で使う場合、単純な出力だけでは結果が決まらない。
場所。
人数。
相手との相性。
初見かどうか。
移動能力。
拘束。
視界。
設備。
それらが絡む。
一人の個性が強くても、分断されれば状況が変わる。
逆に、直接攻撃力が低くても、移動や配置を操作できれば戦場全体へ影響する。
これは研究室で個性単体を調べているだけでは見えにくい部分だった。
個性因子を解析すれば、何ができるのかは分かる。
しかし、その能力が実際の環境でどう使われるかは別問題だ。
私はそこを面白いと思った。
◇ ◇ ◇
放課後、自宅へ戻る。
学校の騒ぎは家までついてこない。
玄関を閉めれば静かだった。
夕食を済ませ、机へ向かう。
学校で集めた情報を研究記録とは別のファイルへまとめる。
USJ事件。
公開情報のみ。
個別の個性については確定しない。
現時点で研究へ直接使えるものはほとんどない。
私はそう結論した。
黒い空間移動らしき現象。
高耐久のヴィラン。
戦闘による施設損傷。
複数の個性が同時に使われた時の状況変化。
どれも興味はある。
ただし、試料も詳細記録もない。
映像だけでは不足している。
今の私が優先して時間を使う対象ではなかった。
記録を閉じる。
代わりに、個人研究の方を開く。
小型人工個性装備の試作品。
こちらには測定できる対象がある。
改善できる問題がある。
私は作業を再開した。
ヴィランが雄英へ侵入した。
学校では大きな事件だった。
ヒーロー科にとっては、もっと大きな意味を持っているのだろう。
私にとっても興味深い情報はいくつかあった。
しかし、私が現場にいたわけではない。
実際の個性因子を見たわけでもない。
分からないものを、分かったことにはできない。
だから、現時点では記録しておけば十分だった。
個性の使われ方。
戦闘結果。
設備の損傷。
通常とは違う現象。
もし今後、より正確な情報を得る機会があれば、その時に改めて調べればいい。
私は試作品へ電源を入れた。
今こちらで確認できるものの方が、研究対象としては確実だった。