無個性は個性をつくる   作:匿名希望

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第99話 崩れなかった社会

全面戦争が終わっても、街から人が消えることはなかった。

 

被害を受けた地域では復旧作業が続き、避難所にはまだ帰宅できない住民もいる。亡くなったヒーローや市民もいて、何もなかったことにはできない。

 

それでも、警察は動いている。ヒーロー事務所も活動を続け、救助要請があればヒーローが向かう。交通も物流も、損傷した地域を除けば通常へ戻ろうとしていた。

 

何より大きかったのは、オールマイトが再び立っていることだった。

 

一度は力を失い、第一線から退いた象徴。

 

その男が、今は再び戦える身体で存在している。

 

全面戦争にも参加し、死柄木と戦った。タルタロスが襲撃された時にも短時間で現地へ入り、オール・フォー・ワンの奪還を阻止する側に立った。

 

かつてとまったく同じ立場に戻ったわけではない。

 

それでも。

 

オールマイトがいる。

 

その事実だけで、社会が受け取る印象はかなり違っていた。

 

◇ ◇ ◇

 

「ヒーロー側にも問題はあった。死柄木弔を逃したことは、間違いなく大きな失敗です」

 

テレビでは、連日戦争についての検証が続いていた。

 

「ただし、超常解放戦線の主要拠点は壊滅。ギガントマキアを含む多数の構成員が拘束されています。さらに、タルタロスへの襲撃でも大規模脱獄は阻止されました」

 

別の出演者が続ける。

 

「ですから、今すぐヒーロー制度そのものが機能していないと考えるのは違うでしょう。問題は残っていますが、警察もヒーローも活動を続けています」

 

その意見に反論する声もある。

 

「しかし、オールマイトまで復帰していたんですよ。それで最大標的を取り逃がした。市民からすれば、なぜだと思うのは当然でしょう」

 

そこは消えなかった。

 

結果だけを見れば。

 

オールマイトがいる。

 

エンデヴァーもいる。

 

多数のプロヒーローも投入された。

 

それでも死柄木弔は逃げた。

 

内部事情を知らない人間からすれば、不満が出るのは当然だった。

 

ただ、その不満がそのまま「ヒーローなど必要ない」という結論には繋がっていない。

 

次は捕まえてほしい。

 

今度こそ失敗するな。

 

そういう要求の方が強かった。

 

ヒーロー制度がなくなることより。

 

ヒーロー制度が、期待されている役割を果たすことを求められていた。

 

◇ ◇ ◇

 

そして。

 

戦争そのものとは別に。

 

世間を最も騒がせている話題があった。

 

『荼毘=轟燈矢』

 

その名前は、もう日本中へ広がっている。

 

敵連合に所属していたヴィラン、荼毘。

 

その正体が、現在のナンバーワンヒーローであるエンデヴァー、轟炎司の長男。

 

死亡したと思われていた轟燈矢だった。

 

本人によって公開された映像は、戦争が終わった後も繰り返し拡散され続けている。

 

そこに含まれていたのは。

 

単なる「ヒーローの息子がヴィランだった」という話だけではなかった。

 

◇ ◇ ◇

 

「オールマイトを超える子供を作るための結婚だったって、本当なの?」

 

街頭インタビューで、一人の女性が困惑したように話している。

 

「それで子供に訓練させて、家族があんなことになって……ヒーローとして強いかどうかとは別の話ですよね」

 

別の男性も答える。

 

「死柄木を逃したことより、俺はこっちの方が無理かな。戦闘で失敗することはあるだろ。でも家庭で何年もやってたことは、戦闘中の判断ミスじゃないし」

 

荼毘の告発だけなら。

 

ヴィランによる一方的な主張として片付ける余地もあった。

 

だが。

 

エンデヴァー自身が。

 

主要な部分を否定しなかった。

 

オールマイトを超えることへ執着したこと。

 

そのために、個性の組み合わせを意識して家庭を作ったこと。

 

子供たちへ負担をかけたこと。

 

焦凍へ過酷な訓練を行ったこと。

 

妻や子供たちを傷つけたこと。

 

そして。

 

長男、燈矢の問題から目を逸らしたこと。

 

少なくとも。

 

自分に責任がないとは言わなかった。

 

◇ ◇ ◇

 

記者会見。

 

無数のカメラの前で。

 

エンデヴァーは頭を下げた。

 

「荼毘――轟燈矢は、私の息子です」

 

会場がざわめく。

 

分かっていたこと。

 

それでも、本人の口から語られるのは違う。

 

「彼が犯した犯罪について、私がすべての責任を代わることはできない。彼自身が選び、行ったこともある」

 

顔を上げる。

 

「だが、彼があそこへ至るまでの家庭を作った責任は、私にある」

 

質問が飛ぶ。

 

「個性婚をしたという告発は事実ですか!」

 

「あなたは子供をオールマイトを超えるための道具として見ていたんですか!」

 

「奥様への暴力は!」

 

「轟焦凍への訓練については!」

 

「長男が危険な状態にあったことを知りながら、なぜ対応しなかったんですか!」

 

戦争についての質問より。

 

轟家についての質問が多い。

 

「死柄木をなぜ逃した」という追及すら、途中から押し流されていった。

 

社会には。

 

まだ警察がある。

 

ヒーローがいる。

 

オールマイトもいる。

 

だからこそ。

 

人々には、エンデヴァー個人の問題へ怒る余裕があった。

 

◇ ◇ ◇

 

「否定はしない」

 

エンデヴァーが答える。

 

「私は、オールマイトを超えることに執着した」

 

静かな声だった。

 

「そして、その執着を家族へ押しつけた」

 

言い訳をしない。

 

過去を修正もしない。

 

今になって改善しようとしていた。

 

家族との関係を変えようとしていた。

 

それも事実ではある。

 

だが。

 

後から変わろうとしたから。

 

以前にしたことまでなくなるわけではない。

 

「じゃあ、ナンバーワンヒーローを続ける資格があるんですか!」

 

記者の一人が叫ぶ。

 

エンデヴァーは少し黙った。

 

「それを私が決めることではない」

 

「辞めないんですか!」

 

「今、私が辞めることで救える人間が増えるなら辞める」

 

言葉を続ける。

 

「だが、今も死柄木たちは逃走している。私に戦える力があり、それを必要とされる限り、責任から逃げるために辞めるつもりはない」

 

会場がまた騒がしくなる。

 

それを。

 

開き直りだと言う人間もいる。

 

責任を取るなら辞職しろという意見もある。

 

逆に。

 

辞めれば済む話ではないという声もあった。

 

家族へしたことと。

 

今後、ヒーローとして人を救えること。

 

両方が事実だからこそ。

 

単純ではなかった。

 

◇ ◇ ◇

 

ただ。

 

世論の方向だけは明確だった。

 

ヒーロー全体を疑う声より。

 

エンデヴァー個人を責める声の方が遥かに大きい。

 

「あの人が最低だったのと、近所で事件が起きた時にヒーローを呼ぶかどうかは別でしょ」

 

ニュースを見ていた男性が言う。

 

「俺は呼ぶよ。普通に」

 

隣にいた友人が頷く。

 

「というかオールマイト戻ってるしな」

 

「あれ本当にでかいよな」

 

「何で戻ったのか全然分かんないけど」

 

世間に知られているのは。

 

オールマイトが再び戦える身体になった。

 

その結果だけだった。

 

誰が。

 

どのように。

 

何を作ったのか。

 

そこまでは知られていない。

 

だが。

 

それで十分だった。

 

◇ ◇ ◇

 

学校へ子供を送る親もいる。

 

仕事へ行く人間もいる。

 

事件が起きれば通報する。

 

警察が来る。

 

必要ならヒーローも来る。

 

復旧工事が進み。

 

避難区域が少しずつ縮小されていく。

 

戦争前と完全に同じではない。

 

不安もある。

 

怒りもある。

 

ヒーローへの要求も以前より厳しくなった。

 

それでも。

 

社会は。

 

まだ普通に。

 

ヒーローがいることを前提として動いていた。

 

◇ ◇ ◇

 

その中で。

 

雄英高校も残っている。

 

休校になったわけではない。

 

避難や警備体制の調整は続いているが、授業も訓練も再開へ向かっていた。

 

演習場では。

 

緑谷出久が一人、空中へ浮いている。

 

「もう少し高さを抑えるんだ、少年!」

 

下から声が飛ぶ。

 

オールマイト。

 

戦える身体へ戻っても。

 

雄英で生徒を見る立場は変わっていない。

 

「はい!」

 

デクが高度を下げる。

 

『浮遊』。

 

同時に。

 

腕から黒いエネルギーが伸びた。

 

『黒鞭』。

 

離れた標的を掴み。

 

身体を引く。

 

着地する直前。

 

蓄積した力を使う。

 

動きが一段加速した。

 

複数の個性を同時に扱う。

 

以前なら。

 

一つ発現するだけでも混乱した。

 

今は。

 

使えること自体は分かっている。

 

問題は。

 

使いこなすことだった。

 

◇ ◇ ◇

 

「今の黒鞭は少し強すぎたな!」

 

「はい。浮遊から切り替える時に出力が上がりました」

 

デクはノートへ書き込む。

 

「もう一回やります!」

 

「休憩は?」

 

「まだ大丈夫です!」

 

「それは君がよく言うやつだから信用しづらいな!」

 

オールマイトが笑う。

 

全面戦争へ。

 

デクは行かなかった。

 

そのため。

 

戦争による大きな負傷もない。

 

死柄木へOFAを狙われる戦闘も起きなかった。

 

だから。

 

雄英を離れる理由もなかった。

 

今やるべきなのは。

 

逃げながら一人で戦うことではない。

 

ここで。

 

次に備えることだった。

 

◇ ◇ ◇

 

黒鞭。

 

浮遊。

 

危機感知。

 

煙幕。

 

発勁。

 

変速。

 

OFAの中に残された個性。

 

アクセス自体は、既にできる。

 

だが。

 

知っていることと。

 

自在に使えることは違う。

 

デクは一つずつ。

 

組み合わせを変え。

 

失敗し。

 

修正する。

 

「次は危機感知を意識しながら、視界を煙幕で切ってみます!」

 

「自分で自分の視界を潰してどうするんだい!?」

 

「だから危機感知でどこまで補えるかを――」

 

「そういう実験は安全設定を確認してから!」

 

「はい!」

 

訓練は続く。

 

戦争が終わったから。

 

終わりではない。

 

死柄木は逃げている。

 

AFOの影響も消えていない。

 

次に戦う時。

 

今度こそ。

 

捕まえるために。

 

◇ ◇ ◇

 

同じ頃。

 

街頭の大型画面では。

 

またエンデヴァーの会見が流れていた。

 

通りすがりの人々が足を止める。

 

「酷いな」

 

「子供は関係ないだろ。焦凍君まで叩くのは違う」

 

「奥さんも被害者じゃないの?」

 

「でも荼毘がやったことまで全部親父のせいってのも違うだろ」

 

意見は一つではない。

 

それでも。

 

誰も。

 

目の前の問題から目を逸らしてはいなかった。

 

エンデヴァーが何をしたのか。

 

燈矢に何があったのか。

 

残された家族はどうするのか。

 

それが。

 

いま社会で最も強く問われていた。

 

ヒーローだから許されるわけではない。

 

ナンバーワンだから。

 

戦争で戦ったから。

 

多くの人を救ったから。

 

家庭で行ったことまで帳消しになるわけではない。

 

むしろ。

 

人を救うことを仕事にし。

 

長年、社会から称賛されてきた人間だったからこそ。

 

家庭で起きていたこととの落差が。

 

より強く責められていた。

 

◇ ◇ ◇

 

エンデヴァーは、その批判を止めようとはしなかった。

 

謝罪したから終わり。

 

会見を開いたから終わり。

 

そういう話ではないことくらい。

 

本人が一番分かっている。

 

燈矢は生きている。

 

そして。

 

今も逃げている。

 

なら。

 

まだ終わっていない。

 

家庭の問題も。

 

ヒーローとしての仕事も。

 

どちらも。

 

これから向き合うしかない。

 

◇ ◇ ◇

 

戦争は。

 

社会へ傷を残した。

 

死者も出た。

 

敵も逃げた。

 

ナンバーワンヒーローの家庭事情まで暴かれた。

 

それでも。

 

朝になれば電車が動く。

 

学校が開く。

 

警察が巡回する。

 

ヒーローが事件へ向かう。

 

雄英では。

 

次の戦いに備えて生徒が訓練している。

 

そして。

 

オールマイトが。

 

まだいる。

 

以前とまったく同じ社会ではない。

 

だが。

 

壊れてもいない。

 

ただ。

 

失敗したもの。

 

隠されていたもの。

 

見ないふりをされていたものが。

 

以前より。

 

はっきり見えるようになった。

 

その中で。

 

社会は。

 

次へ進み続けていた。

 

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