無個性は個性をつくる 作:匿名希望
全面戦争が終わっても、街から人が消えることはなかった。
被害を受けた地域では復旧作業が続き、避難所にはまだ帰宅できない住民もいる。亡くなったヒーローや市民もいて、何もなかったことにはできない。
それでも、警察は動いている。ヒーロー事務所も活動を続け、救助要請があればヒーローが向かう。交通も物流も、損傷した地域を除けば通常へ戻ろうとしていた。
何より大きかったのは、オールマイトが再び立っていることだった。
一度は力を失い、第一線から退いた象徴。
その男が、今は再び戦える身体で存在している。
全面戦争にも参加し、死柄木と戦った。タルタロスが襲撃された時にも短時間で現地へ入り、オール・フォー・ワンの奪還を阻止する側に立った。
かつてとまったく同じ立場に戻ったわけではない。
それでも。
オールマイトがいる。
その事実だけで、社会が受け取る印象はかなり違っていた。
◇ ◇ ◇
「ヒーロー側にも問題はあった。死柄木弔を逃したことは、間違いなく大きな失敗です」
テレビでは、連日戦争についての検証が続いていた。
「ただし、超常解放戦線の主要拠点は壊滅。ギガントマキアを含む多数の構成員が拘束されています。さらに、タルタロスへの襲撃でも大規模脱獄は阻止されました」
別の出演者が続ける。
「ですから、今すぐヒーロー制度そのものが機能していないと考えるのは違うでしょう。問題は残っていますが、警察もヒーローも活動を続けています」
その意見に反論する声もある。
「しかし、オールマイトまで復帰していたんですよ。それで最大標的を取り逃がした。市民からすれば、なぜだと思うのは当然でしょう」
そこは消えなかった。
結果だけを見れば。
オールマイトがいる。
エンデヴァーもいる。
多数のプロヒーローも投入された。
それでも死柄木弔は逃げた。
内部事情を知らない人間からすれば、不満が出るのは当然だった。
ただ、その不満がそのまま「ヒーローなど必要ない」という結論には繋がっていない。
次は捕まえてほしい。
今度こそ失敗するな。
そういう要求の方が強かった。
ヒーロー制度がなくなることより。
ヒーロー制度が、期待されている役割を果たすことを求められていた。
◇ ◇ ◇
そして。
戦争そのものとは別に。
世間を最も騒がせている話題があった。
『荼毘=轟燈矢』
その名前は、もう日本中へ広がっている。
敵連合に所属していたヴィラン、荼毘。
その正体が、現在のナンバーワンヒーローであるエンデヴァー、轟炎司の長男。
死亡したと思われていた轟燈矢だった。
本人によって公開された映像は、戦争が終わった後も繰り返し拡散され続けている。
そこに含まれていたのは。
単なる「ヒーローの息子がヴィランだった」という話だけではなかった。
◇ ◇ ◇
「オールマイトを超える子供を作るための結婚だったって、本当なの?」
街頭インタビューで、一人の女性が困惑したように話している。
「それで子供に訓練させて、家族があんなことになって……ヒーローとして強いかどうかとは別の話ですよね」
別の男性も答える。
「死柄木を逃したことより、俺はこっちの方が無理かな。戦闘で失敗することはあるだろ。でも家庭で何年もやってたことは、戦闘中の判断ミスじゃないし」
荼毘の告発だけなら。
ヴィランによる一方的な主張として片付ける余地もあった。
だが。
エンデヴァー自身が。
主要な部分を否定しなかった。
オールマイトを超えることへ執着したこと。
そのために、個性の組み合わせを意識して家庭を作ったこと。
子供たちへ負担をかけたこと。
焦凍へ過酷な訓練を行ったこと。
妻や子供たちを傷つけたこと。
そして。
長男、燈矢の問題から目を逸らしたこと。
少なくとも。
自分に責任がないとは言わなかった。
◇ ◇ ◇
記者会見。
無数のカメラの前で。
エンデヴァーは頭を下げた。
「荼毘――轟燈矢は、私の息子です」
会場がざわめく。
分かっていたこと。
それでも、本人の口から語られるのは違う。
「彼が犯した犯罪について、私がすべての責任を代わることはできない。彼自身が選び、行ったこともある」
顔を上げる。
「だが、彼があそこへ至るまでの家庭を作った責任は、私にある」
質問が飛ぶ。
「個性婚をしたという告発は事実ですか!」
「あなたは子供をオールマイトを超えるための道具として見ていたんですか!」
「奥様への暴力は!」
「轟焦凍への訓練については!」
「長男が危険な状態にあったことを知りながら、なぜ対応しなかったんですか!」
戦争についての質問より。
轟家についての質問が多い。
「死柄木をなぜ逃した」という追及すら、途中から押し流されていった。
社会には。
まだ警察がある。
ヒーローがいる。
オールマイトもいる。
だからこそ。
人々には、エンデヴァー個人の問題へ怒る余裕があった。
◇ ◇ ◇
「否定はしない」
エンデヴァーが答える。
「私は、オールマイトを超えることに執着した」
静かな声だった。
「そして、その執着を家族へ押しつけた」
言い訳をしない。
過去を修正もしない。
今になって改善しようとしていた。
家族との関係を変えようとしていた。
それも事実ではある。
だが。
後から変わろうとしたから。
以前にしたことまでなくなるわけではない。
「じゃあ、ナンバーワンヒーローを続ける資格があるんですか!」
記者の一人が叫ぶ。
エンデヴァーは少し黙った。
「それを私が決めることではない」
「辞めないんですか!」
「今、私が辞めることで救える人間が増えるなら辞める」
言葉を続ける。
「だが、今も死柄木たちは逃走している。私に戦える力があり、それを必要とされる限り、責任から逃げるために辞めるつもりはない」
会場がまた騒がしくなる。
それを。
開き直りだと言う人間もいる。
責任を取るなら辞職しろという意見もある。
逆に。
辞めれば済む話ではないという声もあった。
家族へしたことと。
今後、ヒーローとして人を救えること。
両方が事実だからこそ。
単純ではなかった。
◇ ◇ ◇
ただ。
世論の方向だけは明確だった。
ヒーロー全体を疑う声より。
エンデヴァー個人を責める声の方が遥かに大きい。
「あの人が最低だったのと、近所で事件が起きた時にヒーローを呼ぶかどうかは別でしょ」
ニュースを見ていた男性が言う。
「俺は呼ぶよ。普通に」
隣にいた友人が頷く。
「というかオールマイト戻ってるしな」
「あれ本当にでかいよな」
「何で戻ったのか全然分かんないけど」
世間に知られているのは。
オールマイトが再び戦える身体になった。
その結果だけだった。
誰が。
どのように。
何を作ったのか。
そこまでは知られていない。
だが。
それで十分だった。
◇ ◇ ◇
学校へ子供を送る親もいる。
仕事へ行く人間もいる。
事件が起きれば通報する。
警察が来る。
必要ならヒーローも来る。
復旧工事が進み。
避難区域が少しずつ縮小されていく。
戦争前と完全に同じではない。
不安もある。
怒りもある。
ヒーローへの要求も以前より厳しくなった。
それでも。
社会は。
まだ普通に。
ヒーローがいることを前提として動いていた。
◇ ◇ ◇
その中で。
雄英高校も残っている。
休校になったわけではない。
避難や警備体制の調整は続いているが、授業も訓練も再開へ向かっていた。
演習場では。
緑谷出久が一人、空中へ浮いている。
「もう少し高さを抑えるんだ、少年!」
下から声が飛ぶ。
オールマイト。
戦える身体へ戻っても。
雄英で生徒を見る立場は変わっていない。
「はい!」
デクが高度を下げる。
『浮遊』。
同時に。
腕から黒いエネルギーが伸びた。
『黒鞭』。
離れた標的を掴み。
身体を引く。
着地する直前。
蓄積した力を使う。
動きが一段加速した。
複数の個性を同時に扱う。
以前なら。
一つ発現するだけでも混乱した。
今は。
使えること自体は分かっている。
問題は。
使いこなすことだった。
◇ ◇ ◇
「今の黒鞭は少し強すぎたな!」
「はい。浮遊から切り替える時に出力が上がりました」
デクはノートへ書き込む。
「もう一回やります!」
「休憩は?」
「まだ大丈夫です!」
「それは君がよく言うやつだから信用しづらいな!」
オールマイトが笑う。
全面戦争へ。
デクは行かなかった。
そのため。
戦争による大きな負傷もない。
死柄木へOFAを狙われる戦闘も起きなかった。
だから。
雄英を離れる理由もなかった。
今やるべきなのは。
逃げながら一人で戦うことではない。
ここで。
次に備えることだった。
◇ ◇ ◇
黒鞭。
浮遊。
危機感知。
煙幕。
発勁。
変速。
OFAの中に残された個性。
アクセス自体は、既にできる。
だが。
知っていることと。
自在に使えることは違う。
デクは一つずつ。
組み合わせを変え。
失敗し。
修正する。
「次は危機感知を意識しながら、視界を煙幕で切ってみます!」
「自分で自分の視界を潰してどうするんだい!?」
「だから危機感知でどこまで補えるかを――」
「そういう実験は安全設定を確認してから!」
「はい!」
訓練は続く。
戦争が終わったから。
終わりではない。
死柄木は逃げている。
AFOの影響も消えていない。
次に戦う時。
今度こそ。
捕まえるために。
◇ ◇ ◇
同じ頃。
街頭の大型画面では。
またエンデヴァーの会見が流れていた。
通りすがりの人々が足を止める。
「酷いな」
「子供は関係ないだろ。焦凍君まで叩くのは違う」
「奥さんも被害者じゃないの?」
「でも荼毘がやったことまで全部親父のせいってのも違うだろ」
意見は一つではない。
それでも。
誰も。
目の前の問題から目を逸らしてはいなかった。
エンデヴァーが何をしたのか。
燈矢に何があったのか。
残された家族はどうするのか。
それが。
いま社会で最も強く問われていた。
ヒーローだから許されるわけではない。
ナンバーワンだから。
戦争で戦ったから。
多くの人を救ったから。
家庭で行ったことまで帳消しになるわけではない。
むしろ。
人を救うことを仕事にし。
長年、社会から称賛されてきた人間だったからこそ。
家庭で起きていたこととの落差が。
より強く責められていた。
◇ ◇ ◇
エンデヴァーは、その批判を止めようとはしなかった。
謝罪したから終わり。
会見を開いたから終わり。
そういう話ではないことくらい。
本人が一番分かっている。
燈矢は生きている。
そして。
今も逃げている。
なら。
まだ終わっていない。
家庭の問題も。
ヒーローとしての仕事も。
どちらも。
これから向き合うしかない。
◇ ◇ ◇
戦争は。
社会へ傷を残した。
死者も出た。
敵も逃げた。
ナンバーワンヒーローの家庭事情まで暴かれた。
それでも。
朝になれば電車が動く。
学校が開く。
警察が巡回する。
ヒーローが事件へ向かう。
雄英では。
次の戦いに備えて生徒が訓練している。
そして。
オールマイトが。
まだいる。
以前とまったく同じ社会ではない。
だが。
壊れてもいない。
ただ。
失敗したもの。
隠されていたもの。
見ないふりをされていたものが。
以前より。
はっきり見えるようになった。
その中で。
社会は。
次へ進み続けていた。