無個性は個性をつくる 作:匿名希望
専用追跡型を死柄木だけに使う必要はなかった。
設計上の目的は、対象を長期間見失わず追い続けることにある。そのために高高度飛行、隠密、遠距離観測、長時間稼働、複数個体による冗長化まで入れた。
戦闘能力は必要最低限だが、観測性能だけなら以前の観測型よりかなり高い。
そして今の私には、共有視界へ映った人間から個性因子を解析する機能がある。
「これ、研究用としても便利ですね」
完成させた時点で気づいてはいた。
死柄木を追跡するためだけに待機させておくより、空いている個体を別の観測へ回した方がいい。
世界には。
まだ見たことのない個性が大量にある。
◇ ◇ ◇
対象を探すこと自体は難しくなかった。
有名なプロヒーローなら、所属国、活動地域、外見、ヒーロー名くらいは公開されている。個性についても、正確な内部構造や細かな制限まで公開されていなくても、どんな能力を使うのかという概要くらいは知られている場合が多い。
そこから。
面白そうなものを選べばいい。
「まず、この辺ですかね」
画面には世界地図。
複数の地点に印を付ける。
私は追跡型へ命令を送った。
既存のワープゲートを使い、各個体を目的地域のかなり高い位置へ分散して送り出す。地上へ直接出す必要はなく、人間から見つけられにくい高度から対象を探させればいい。
一体ずつ。
複数の国へ。
追跡対象を犯罪者に限定する理由もない。
今回は。
ヒーローを見る。
◇ ◇ ◇
最初に選んだのは、アメリカだった。
理由は単純。
スターアンドストライプ。
アメリカを代表するプロヒーロー。
世界規模で名前が知られている人間であり、戦闘能力についても非常に高い評価を受けている。
それだけなら。
別に珍しくない。
世界には強力なヒーローが何人もいる。
ただ。
彼女は少し違った。
「明らかに身体強化だけではないんですよね」
公開されている映像を見ても、起きている現象の幅が広い。
単純に殴る。
飛ぶ。
炎を出す。
物体を動かす。
そういう一種類の現象では説明しにくい。
なら。
見てみる価値がある。
◇ ◇ ◇
追跡型はアメリカ国内を移動しながら、公開情報から活動地域を絞っていった。
目標が著名人なので、発見そのものにはそれほど時間がかからない。
共有視界が切り替わる。
遠方。
地上。
大柄な女性。
星条旗を意識した衣装。
スターアンドストライプ。
「見つけましたね」
追跡型は高度を維持したまま位置を固定する。
近づく必要はない。
今の解析は、視界へ捉えれば始まる。
私は共有映像を見る。
それだけで。
個性因子の構造が少しずつ認識へ上がってきた。
◇ ◇ ◇
「……これは」
思わず画面へ意識を寄せる。
複雑。
というより。
発想がかなり変わっている。
何か一つの物理現象を発生させる個性ではない。
対象を指定する。
条件を認識する。
そして。
その対象へ、一定の規則を与える。
構造上。
そういう処理をしている。
「面白いですね」
かなり。
発現の様子も見たい。
追跡型はそのまま待機する。
しばらくして、スターアンドストライプが個性を使用した。
対象へ触れる。
名称を口にする。
その直後。
対象側の状態が変わる。
解析が一段進む。
「なるほど」
『ニューオーダー』。
名前の通り。
新しい規則を対象へ与える個性。
ただし。
無制限ではない。
個性因子側にも処理できる範囲があり、対象指定や認識にも条件がある。本人の使い方によって成立している部分も多く、一度見ただけで運用上の細かな制限まで全部分かるものではない。
それでも。
個性構造として何をしているのかは把握できた。
「これは保存しておきましょう」
かなり珍しい。
今まで見た個性の中でも。
上位に入る。
同じ構造を作ること自体は可能だろう。
ただ。
今すぐ作る必要はない。
使い道を考えてからでいい。
私は解析結果を研究用データへ保存する。
スターアンドストライプ本人は。
最後まで。
遥か上空から見られていたことには気づかなかった。
◇ ◇ ◇
次。
エジプト。
画面が切り替わる。
こちらも対象は見つけやすかった。
サラーム。
エジプトを代表するプロヒーロー。
映像の中にいるだけで、かなり特徴的だった。
身体そのものが薄い。
立体的な人間というより。
壁画に描かれた人物が、そのまま現実へ出てきたような見た目をしている。
「異形型ですね」
共有視界から解析を始める。
個性名は『パピルス』。
身体を紙のように薄くできる。
実際に活動するところを見ると、公開されている説明以上に分かりやすい。
狭い隙間を通る。
身体を折り曲げる。
風を利用して移動する。
一見すると単純な変形だが。
個性因子を見れば、身体の維持方法が面白い。
「厚みを変えても、内部構造が潰れているわけではないんですね」
普通の人体をそのまま薄くすれば。
当然。
成立しない。
臓器も。
骨も。
血管も。
物理的に収まらない。
だが。
サラームの場合。
身体そのものが最初から『薄くなれる人体』として成立している。
単なる変形個性ではなく。
生理構造の方まで個性へ合わせている。
「こういう異形型は、やっぱり面白いですね」
能力だけを見るなら。
ニューオーダーの方が遥かに派手だ。
研究対象としては。
どちらも価値がある。
異形型には。
発動時だけ構造が変わる個性とは違う情報がある。
私はしばらくサラームを観測し、身体を薄くした状態と通常時の差を比較する。
十分。
保存。
「次へ行ってください」
追跡型が移動を始めた。
◇ ◇ ◇
三人目。
シンガポール。
ビッグ・レッド・ドット。
こちらも。
国を代表するヒーロー。
体格が大きく、頭部には獅子を思わせる特徴がある。
個性は。
『大海嘯』。
口から大量の水を放出する。
「生成型ですね」
私は映像を拡大する。
大量の水。
これだけなら。
水を生み出す個性。
そう説明して終わる。
でも。
私が見たいのは。
どこから水が出ているかではない。
どういう個性因子構造で。
人体から。
あの量の水を成立させているのか。
共有視界へ収めただけでも解析は始まるが、実際の発現を見れば精度が上がる。
追跡型を待機。
運よく。
それほど待たずに機会が来た。
ビッグ・レッド・ドットが能力を使う。
口から。
大量の水。
人間の体積から考えれば。
明らかに内部へ保存できる量ではない。
「やっぱり、体内貯蔵型ではないですね」
個性による生成。
あるいは。
それに近い処理。
発現部位が口なので。
見た目だけなら身体の中に貯めているようにも思えるが。
違う。
個性因子が、水そのものを発現時に供給している。
「『創造』ほど自由ではないですけど、特定物質の大量生成としては効率がいいですね」
用途も広い。
消火。
救助。
制圧。
大量の水そのものが必要な作業。
能力としては非常に分かりやすい。
ただ。
分かりやすいことと。
研究価値が低いことは同じではない。
私は構造を記録する。
これで三人。
◇ ◇ ◇
もちろん。
三人だけでは終わらない。
追跡型は既に複数ある。
全部を一か所へ集めておく理由もない。
アメリカ。
ヨーロッパ。
アジア。
アフリカ。
その他。
活動地域と外見が公表されているヒーローを中心に、順番に視界へ入れていく。
公開情報で。
『身体を硬化する』
『特定の物質を操る』
『飛行できる』
『電気を発生させる』
『感覚範囲を拡張する』
『動物的な身体特徴を持つ』
程度まで概要が分かっていれば十分だった。
そこから。
私がまだ持っていない構造。
既存個性と似ていても、処理方法が違うもの。
組み合わせれば別の用途がありそうなもの。
そういう対象を優先する。
◇ ◇ ◇
公になっている説明と。
実際の構造が。
少し違う場合もある。
「この人、能力の説明だと熱を出しているだけですけど、実際には周辺の分子運動へ干渉していますね」
記録。
次。
「これは筋力強化というより、筋肉そのものの出力上限を一時解除する個性ですか」
記録。
次。
「感覚強化じゃなくて、感覚情報を別形式に変換しているんですね」
記録。
面白い。
公開プロフィールは。
あくまで。
人間が分かりやすく説明したもの。
個性因子が実際に行っている処理とは。
一致しないことも多い。
だから。
見る価値がある。
◇ ◇ ◇
追跡型の本来の目的は。
対象を見失わないこと。
そのため。
一人のヒーローを一度視界へ収めた後も。
必要なら距離を取って行動を追える。
個性を発動するまで。
待つこともできる。
長時間。
何時間でも。
一体が対象を見失えば。
別個体へ引き継ぐ。
破壊されれば。
補充する。
今回は犯罪者を追っているわけではないので。
そこまで徹底する必要はなかったが。
研究には向いている。
「以前の観測型だと、ここまでやると気づかれる可能性がありましたからね」
専用化した意味は。
別のところでも出た。
高高度。
隠密。
遠距離観測。
対象のヒーロー側にも。
ほとんど気づかれない。
実際。
今のところ一人もこちらを見つけていない。
◇ ◇ ◇
公安には。
この使い方を伝えていない。
専用追跡型を完成させたこと自体は。
必要なら共有できる。
死柄木を次に見つけた時。
見失わないための戦力だから。
でも。
空いている機体で。
世界中のヒーローを眺めて。
個性因子を解析していることまで報告する必要はない。
知られれば。
たぶん。
いろいろ言われる。
国外。
無許可。
監視。
プライバシー。
外交。
その辺り。
「面倒ですね」
だから。
言わない。
少なくとも。
今のところ誰にも実害はない。
近づいて何かを奪っているわけでもない。
攻撃もしていない。
ただ。
見る。
解析する。
保存する。
それだけ。
私としては。
十分だった。
◇ ◇ ◇
画面の横に。
個性データが増えていく。
日本国内だけを見ていた頃とは。
量が違う。
同じように見える個性でも。
国が変われば。
まったく別系統の構造が出てくる。
遺伝。
環境。
偶然。
個性因子の組み合わせ。
世界規模で見れば。
私がまだ知らない構造の方が。
当然。
多い。
「卒業後は、これをもっと効率化したいですね」
会社を作れば。
利用者が自分から来る。
国内だけではなく。
海外にも拠点を作れる。
許可された国で。
検査を受けた人間の個性データを集める。
そうなれば。
わざわざ追跡型で一人ずつ見る必要もなくなる。
ただ。
まだ会社はない。
なら。
今は。
今使える方法で集めればいい。
◇ ◇ ◇
アメリカ側の画面へ戻す。
スターアンドストライプ。
解析結果は。
やはり。
かなり特殊だった。
対象指定。
認識。
規則付与。
現象改変。
単純な出力ではない。
「これ、応用範囲かなり広いですね」
同じものを作るかどうかは別として。
考え方だけでも。
使える。
個性というのは。
まだ。
こんな構造がある。
私は保存したデータへ。
研究優先度。
高。
と付ける。
その下。
サラーム。
ビッグ・レッド・ドット。
その他。
世界各地。
研究対象候補。
数は。
もうかなり増えていた。
◇ ◇ ◇
追跡型のうち何体かを。
そのまま海外へ残す。
対象へ張り付かせる必要はない。
公開情報から興味のある人間を探し。
見つけたら。
私へ視界を送る。
十分に解析できたら。
次。
それだけの命令。
個体側で判断できる。
「継続してください」
命令を送る。
複数の追跡型が。
世界各地へ散っていく。
死柄木を追うために作ったものが。
今は。
世界中の個性を探している。
少し用途が変わったが。
問題はない。
本来の追跡任務が必要になれば。
そちらを優先させればいい。
それまでは。
遊ばせておくより。
ずっといい。
「さて」
新しい解析結果を開く。
見たことのない構造。
知らない個性。
まだ。
いくらでもある。
「次は、どれにしましょうか」