無個性は個性をつくる 作:匿名希望
次に開いたのは、海外ヒーローの情報ではなかった。
世界中にはまだ見ていない個性がいくらでもあるので、研究対象には困らない。ただ、全面戦争で実際に使った技術には、先に直しておいた方がいい部分がいくつか残っている。
私は追跡型へ海外での観測継続を指示したまま、別の画面に戦争中の記録を表示した。
映像、個性兵の行動履歴、公安から届いた指示、製造数、損傷記録、救助件数。それぞれを時系列で並べ直すと、戦闘そのものよりも戦闘後に手間が残っている部分が目についた。
人間の負傷は、かなり解決できている。
生きてさえいれば、医療型で治せる。
一方で、建物はそうではなかった。
◇ ◇ ◇
画面には、『崩壊』の被害を受けた地域とは別に、通常の戦闘で損傷した建物が映っている。
壁が割れている。
窓がなくなっている。
柱が曲がっている。
家財道具も壊れ、道路や設備も損傷していた。
救助型は瓦礫をどかせる。
防衛型は倒壊を防げる。
『創造』を使えば、必要な物資を新しく用意することもできる。
ただ、それだと元通りにするまでの工程が多い。
「壊れたものを作り直す必要はないんですよね」
私は、自分に使っている人工個性を開いた。
『巻き戻し』。
正確には、エリの個性を理解した後、自分用に作り直した状態固定型。
私の場合は、身体が損傷しても正常な状態へ自動的に戻るようにしてある。老化まで含め、身体の時間変化そのものを制御できる。
今まで対象を生体へ寄せていた。
なら。
対象を物質へ変えればいい。
◇ ◇ ◇
元になった『巻き戻し』は、生物の状態を以前へ戻す個性だった。
そのまま使う必要はない。
私は既に構造を理解しているので、必要なのは「何を過去状態として扱うか」と「どこまでを一つの対象として認識するか」の変更になる。
人体ではなく。
建物。
家具。
機械。
道路。
その他の人工物。
それらへ適応する。
シミュレーター型へ条件を入力する。
最初は単純な物から始めた。
机。
脚を一本折る。
数秒前の状態を基準に戻す。
成功。
次。
ガラス板。
粉々に割る。
破片を範囲内へ残したまま巻き戻す。
破片が移動し、亀裂が消え、一枚の板へ戻る。
「問題ありませんね」
対象認識さえ間違えなければ、やっていることは身体を治す場合と大きく変わらない。
◇ ◇ ◇
次に建物へ広げる。
壁。
柱。
配管。
電線。
内装。
家具。
一つの建物には、かなり多くの物質が組み合わされている。
建物全体を一つの対象として雑に戻すこともできるが、それでは内部にいる人間まで処理対象へ巻き込む可能性がある。
そこは分離した方がいい。
生体は対象外。
建築物と、それに付随する非生体物だけを認識する。
さらに、修復前の状態へ戻す範囲も選択できるようにする。
「これなら、壁だけ直すこともできますね」
シミュレーション内で建物の一角を破壊する。
柱が折れ、壁が崩れ、窓が砕け、室内の棚まで倒れる。
そこへ物質用に変更した『巻き戻し』を発動。
時間を戻す。
壊れた柱が元へ戻り、壁が再形成される。窓の破片は窓枠へ戻り、壊れた棚も元の形へ戻った。
中に配置した人体モデルには変化なし。
「これでいいですね」
◇ ◇ ◇
少し気になったので、別の条件も試す。
汚れ。
床へ泥を付ける。
戻す。
消える。
油汚れ。
戻す。
消える。
表面の擦り傷。
戻す。
消える。
金属の錆。
時間を指定して戻す。
消える。
「便利ですね」
戦後復旧だけに使う必要もなかった。
私は研究室を見る。
家事型はいる。
掃除、洗濯、食事準備、片付け、日用品管理。
生活に必要なことは任せている。
ただし。
研究設備には、指定なしで触れさせていない。
当然だ。
実験中の試料や装置を勝手に動かされる方が困る。
だから研究室そのものの清掃については、生活空間ほど家事型へ任せていなかった。
「ここにも使えますね」
◇ ◇ ◇
壊れた後に直す必要すらない。
私自身へ使っている方式と同じ。
時間経過と同程度の巻き戻しを常時かける。
壁。
床。
天井。
固定設備。
研究室の構造そのもの。
それらについて「正常な状態」を保持し続ける。
傷が付けば戻す。
摩耗すれば戻す。
汚れが付けば、付く前へ戻す。
経年劣化も同じ。
うまくいけば。
研究室そのものがほとんど汚れなくなる。
「そっちの方が楽ですね」
ただし。
何でも固定すると研究の邪魔になる。
新しく設備を取り付けても、以前の状態へ戻される。
机の配置を変えても戻る。
実験材料まで対象にすれば、当然まともに研究できない。
なので対象を限定する。
建物構造。
固定設備。
保護対象として指定した機材。
それ以外は除外。
意図的に改装した場合は、その時点を新しい基準状態として登録し直す。
これなら問題ない。
◇ ◇ ◇
私は自宅研究室の一角へ、実物の人工個性を適用した。
壁面へ小さな傷を付ける。
数秒。
傷が消える。
床へ少量の汚れを付ける。
消える。
固定してある棚の金属部へ小さな変形を加える。
元へ戻る。
「成功ですね」
これで。
少なくとも研究室の維持については、さらに手間が減る。
家事型が研究設備へ触れる必要もない。
何かを壊してから修理する必要もない。
壊れない。
汚れない。
劣化しない。
より正確には。
変化しても、すぐ元へ戻る。
結果として。
ほとんど同じだった。
◇ ◇ ◇
ただ。
研究室だけなら。
私個人へ能力を持たせれば済む。
戦争後の街を直すなら、それでは足りない。
現地へ行って、一軒ずつ私が修復する理由はない。
個性兵へ持たせる。
その方がいい。
「工兵型にしましょう」
新しい設計を開く。
戦闘用ではない。
救助だけでもない。
戦闘や災害の後に残った物理的被害を処理するための個体。
工兵型。
◇ ◇ ◇
役割は単純にする。
損傷範囲を確認する。
生体と非生体を分離して認識する。
修復対象を指定する。
物質用『巻き戻し』で以前の状態へ戻す。
建物なら、構造上危険な部分から優先。
道路なら、通行に必要な部分から直す。
家財道具なら、所有者や現場側が修復対象として指定した物を戻す。
個性兵そのものは、他の標準型と同じように自律判断できる。
逐一私が操作する必要はない。
「復旧作業なら、直接戦闘用の出力はいりませんね」
最低限の防御。
瓦礫を移動させられる程度の身体能力。
構造確認用の観測機能。
そして。
物質用『巻き戻し』。
それで十分。
◇ ◇ ◇
シミュレーター上へ工兵型を置く。
損傷した住宅街。
倒壊しかけた建物。
道路上の瓦礫。
破損した車両。
室内には壊れた家具。
人間も複数配置する。
工兵型が移動。
まず生存者を認識し、修復対象から除外。
倒壊の危険がある部分を確認。
建物単位で過去状態を参照し、安全な順番で戻していく。
壁。
柱。
階段。
窓。
内部設備。
続いて家具。
道路。
車両。
「速いですね」
一から建て直すより。
当然。
早い。
新しい材料を大量に運び込む必要もない。
瓦礫を全て廃棄する必要もない。
壊れる前へ戻せばいい。
戦闘後。
救助型が人を探す。
医療型が負傷者を治す。
防衛型が危険箇所を一時的に支える。
その後。
工兵型が物理被害を戻す。
流れとしても自然だった。
◇ ◇ ◇
実物を作る。
後期の個性兵開発では。
一から培養して試行錯誤する必要はない。
既にある共通素体。
自律OS。
共有機能。
維持機能。
そこへ役割用の人工個性を載せる。
シミュレーターで問題がなければ。
製造する。
工廠型へ新しい設計データを送る。
製造開始。
待つ間。
私は別の戦争記録を見る。
タルタロス。
黒いゲート。
まず防衛型を通す。
安全を確認する。
その後にオールマイト。
プロヒーロー。
警察。
追加個性兵。
この流れ自体に問題はない。
むしろ。
一度通路を作れば、同じ二地点を何人でも行き来できるので非常に便利だった。
今後も。
大量輸送の基本はワープゲートでいい。
ただ。
「一手ありますね」
ゲートを開く。
対象が通る。
二段階。
◇ ◇ ◇
戦闘中の一秒なら。
その一手が問題になる可能性はある。
例えば。
負傷者を緊急離脱させる。
敵の目前から人間を回収する。
一個体だけを別地点へ即座に移す。
その場合。
わざわざゲートを開き。
本人や個性兵がそこへ入る必要はない。
「任意座標から、直接別の座標へ動かせればいいですか」
入口と出口を接続するのではなく。
対象そのものを。
別の場所へ移す。
瞬間移動。
あるいは。
単純な転移。
その方が近い。
◇ ◇ ◇
構造の参考になりそうなものもある。
死柄木から回収した検体。
複数の個性因子を分離した時、その中に空間移動へ近い処理を持つ因子が混じっていた。
黒霧の『ワープゲート』とは系統が違う。
二地点の間へ通路を作るというより。
対象の位置情報そのものへ干渉する。
発現条件や制限までは、実際の運用を十分見ていないので断定しない方がいい。
ただ。
因子構造は参考になる。
「これとワープゲートを比較すれば作れそうですね」
設計メモだけ残す。
今回は触らない。
今始めると。
別の研究になる。
◇ ◇ ◇
工廠型から通知が来た。
工兵型。
完成。
研究室側へ呼び出す。
見た目は、他の個性兵と同じく、人間に似せすぎない人工的な人型。ただし前線戦闘用ほど大きくはなく、現場作業をしやすい体格にしてある。
私は試験用に用意した壁材を壊した。
「修復してください」
『承知しました』
工兵型が対象を確認する。
生体反応なし。
周辺物質の状態を解析。
物質用『巻き戻し』を発動。
亀裂が閉じる。
欠けた部分が戻る。
数秒後。
元の壁材。
次に。
壊した椅子。
直る。
割った食器。
直る。
汚した布。
元の状態へ戻る。
「問題ありませんね」
◇ ◇ ◇
これなら。
戦争後の復旧に使える。
災害でもいい。
事故でもいい。
建物や物資を直す必要があるなら。
かなり広く使える。
そして。
今後。
もう一度大きな戦闘が起きても。
終わった後に。
壊れた街を、そのまま残す必要はない。
私は工兵型の設計を標準ライブラリへ追加する。
工廠型から。
必要数を製造可能。
救助型。
医療型。
防衛型。
制圧型。
重戦闘型。
観測型。
専用追跡型。
そこへ。
新しく。
工兵型。
「これで一つ減りましたね」
全面戦争で見つかった不都合。
まだ。
他にもある。
画面の端には。
先ほど保存した新しい研究項目。
『直接転移』
その文字が残っていた。