無個性は個性をつくる   作:匿名希望

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第101話 次の戦争のために

次に開いたのは、海外ヒーローの情報ではなかった。

 

世界中にはまだ見ていない個性がいくらでもあるので、研究対象には困らない。ただ、全面戦争で実際に使った技術には、先に直しておいた方がいい部分がいくつか残っている。

 

私は追跡型へ海外での観測継続を指示したまま、別の画面に戦争中の記録を表示した。

 

映像、個性兵の行動履歴、公安から届いた指示、製造数、損傷記録、救助件数。それぞれを時系列で並べ直すと、戦闘そのものよりも戦闘後に手間が残っている部分が目についた。

 

人間の負傷は、かなり解決できている。

 

生きてさえいれば、医療型で治せる。

 

一方で、建物はそうではなかった。

 

◇ ◇ ◇

 

画面には、『崩壊』の被害を受けた地域とは別に、通常の戦闘で損傷した建物が映っている。

 

壁が割れている。

 

窓がなくなっている。

 

柱が曲がっている。

 

家財道具も壊れ、道路や設備も損傷していた。

 

救助型は瓦礫をどかせる。

 

防衛型は倒壊を防げる。

 

『創造』を使えば、必要な物資を新しく用意することもできる。

 

ただ、それだと元通りにするまでの工程が多い。

 

「壊れたものを作り直す必要はないんですよね」

 

私は、自分に使っている人工個性を開いた。

 

『巻き戻し』。

 

正確には、エリの個性を理解した後、自分用に作り直した状態固定型。

 

私の場合は、身体が損傷しても正常な状態へ自動的に戻るようにしてある。老化まで含め、身体の時間変化そのものを制御できる。

 

今まで対象を生体へ寄せていた。

 

なら。

 

対象を物質へ変えればいい。

 

◇ ◇ ◇

 

元になった『巻き戻し』は、生物の状態を以前へ戻す個性だった。

 

そのまま使う必要はない。

 

私は既に構造を理解しているので、必要なのは「何を過去状態として扱うか」と「どこまでを一つの対象として認識するか」の変更になる。

 

人体ではなく。

 

建物。

 

家具。

 

機械。

 

道路。

 

その他の人工物。

 

それらへ適応する。

 

シミュレーター型へ条件を入力する。

 

最初は単純な物から始めた。

 

机。

 

脚を一本折る。

 

数秒前の状態を基準に戻す。

 

成功。

 

次。

 

ガラス板。

 

粉々に割る。

 

破片を範囲内へ残したまま巻き戻す。

 

破片が移動し、亀裂が消え、一枚の板へ戻る。

 

「問題ありませんね」

 

対象認識さえ間違えなければ、やっていることは身体を治す場合と大きく変わらない。

 

◇ ◇ ◇

 

次に建物へ広げる。

 

壁。

 

柱。

 

配管。

 

電線。

 

内装。

 

家具。

 

一つの建物には、かなり多くの物質が組み合わされている。

 

建物全体を一つの対象として雑に戻すこともできるが、それでは内部にいる人間まで処理対象へ巻き込む可能性がある。

 

そこは分離した方がいい。

 

生体は対象外。

 

建築物と、それに付随する非生体物だけを認識する。

 

さらに、修復前の状態へ戻す範囲も選択できるようにする。

 

「これなら、壁だけ直すこともできますね」

 

シミュレーション内で建物の一角を破壊する。

 

柱が折れ、壁が崩れ、窓が砕け、室内の棚まで倒れる。

 

そこへ物質用に変更した『巻き戻し』を発動。

 

時間を戻す。

 

壊れた柱が元へ戻り、壁が再形成される。窓の破片は窓枠へ戻り、壊れた棚も元の形へ戻った。

 

中に配置した人体モデルには変化なし。

 

「これでいいですね」

 

◇ ◇ ◇

 

少し気になったので、別の条件も試す。

 

汚れ。

 

床へ泥を付ける。

 

戻す。

 

消える。

 

油汚れ。

 

戻す。

 

消える。

 

表面の擦り傷。

 

戻す。

 

消える。

 

金属の錆。

 

時間を指定して戻す。

 

消える。

 

「便利ですね」

 

戦後復旧だけに使う必要もなかった。

 

私は研究室を見る。

 

家事型はいる。

 

掃除、洗濯、食事準備、片付け、日用品管理。

 

生活に必要なことは任せている。

 

ただし。

 

研究設備には、指定なしで触れさせていない。

 

当然だ。

 

実験中の試料や装置を勝手に動かされる方が困る。

 

だから研究室そのものの清掃については、生活空間ほど家事型へ任せていなかった。

 

「ここにも使えますね」

 

◇ ◇ ◇

 

壊れた後に直す必要すらない。

 

私自身へ使っている方式と同じ。

 

時間経過と同程度の巻き戻しを常時かける。

 

壁。

 

床。

 

天井。

 

固定設備。

 

研究室の構造そのもの。

 

それらについて「正常な状態」を保持し続ける。

 

傷が付けば戻す。

 

摩耗すれば戻す。

 

汚れが付けば、付く前へ戻す。

 

経年劣化も同じ。

 

うまくいけば。

 

研究室そのものがほとんど汚れなくなる。

 

「そっちの方が楽ですね」

 

ただし。

 

何でも固定すると研究の邪魔になる。

 

新しく設備を取り付けても、以前の状態へ戻される。

 

机の配置を変えても戻る。

 

実験材料まで対象にすれば、当然まともに研究できない。

 

なので対象を限定する。

 

建物構造。

 

固定設備。

 

保護対象として指定した機材。

 

それ以外は除外。

 

意図的に改装した場合は、その時点を新しい基準状態として登録し直す。

 

これなら問題ない。

 

◇ ◇ ◇

 

私は自宅研究室の一角へ、実物の人工個性を適用した。

 

壁面へ小さな傷を付ける。

 

数秒。

 

傷が消える。

 

床へ少量の汚れを付ける。

 

消える。

 

固定してある棚の金属部へ小さな変形を加える。

 

元へ戻る。

 

「成功ですね」

 

これで。

 

少なくとも研究室の維持については、さらに手間が減る。

 

家事型が研究設備へ触れる必要もない。

 

何かを壊してから修理する必要もない。

 

壊れない。

 

汚れない。

 

劣化しない。

 

より正確には。

 

変化しても、すぐ元へ戻る。

 

結果として。

 

ほとんど同じだった。

 

◇ ◇ ◇

 

ただ。

 

研究室だけなら。

 

私個人へ能力を持たせれば済む。

 

戦争後の街を直すなら、それでは足りない。

 

現地へ行って、一軒ずつ私が修復する理由はない。

 

個性兵へ持たせる。

 

その方がいい。

 

「工兵型にしましょう」

 

新しい設計を開く。

 

戦闘用ではない。

 

救助だけでもない。

 

戦闘や災害の後に残った物理的被害を処理するための個体。

 

工兵型。

 

◇ ◇ ◇

 

役割は単純にする。

 

損傷範囲を確認する。

 

生体と非生体を分離して認識する。

 

修復対象を指定する。

 

物質用『巻き戻し』で以前の状態へ戻す。

 

建物なら、構造上危険な部分から優先。

 

道路なら、通行に必要な部分から直す。

 

家財道具なら、所有者や現場側が修復対象として指定した物を戻す。

 

個性兵そのものは、他の標準型と同じように自律判断できる。

 

逐一私が操作する必要はない。

 

「復旧作業なら、直接戦闘用の出力はいりませんね」

 

最低限の防御。

 

瓦礫を移動させられる程度の身体能力。

 

構造確認用の観測機能。

 

そして。

 

物質用『巻き戻し』。

 

それで十分。

 

◇ ◇ ◇

 

シミュレーター上へ工兵型を置く。

 

損傷した住宅街。

 

倒壊しかけた建物。

 

道路上の瓦礫。

 

破損した車両。

 

室内には壊れた家具。

 

人間も複数配置する。

 

工兵型が移動。

 

まず生存者を認識し、修復対象から除外。

 

倒壊の危険がある部分を確認。

 

建物単位で過去状態を参照し、安全な順番で戻していく。

 

壁。

 

柱。

 

階段。

 

窓。

 

内部設備。

 

続いて家具。

 

道路。

 

車両。

 

「速いですね」

 

一から建て直すより。

 

当然。

 

早い。

 

新しい材料を大量に運び込む必要もない。

 

瓦礫を全て廃棄する必要もない。

 

壊れる前へ戻せばいい。

 

戦闘後。

 

救助型が人を探す。

 

医療型が負傷者を治す。

 

防衛型が危険箇所を一時的に支える。

 

その後。

 

工兵型が物理被害を戻す。

 

流れとしても自然だった。

 

◇ ◇ ◇

 

実物を作る。

 

後期の個性兵開発では。

 

一から培養して試行錯誤する必要はない。

 

既にある共通素体。

 

自律OS。

 

共有機能。

 

維持機能。

 

そこへ役割用の人工個性を載せる。

 

シミュレーターで問題がなければ。

 

製造する。

 

工廠型へ新しい設計データを送る。

 

製造開始。

 

待つ間。

 

私は別の戦争記録を見る。

 

タルタロス。

 

黒いゲート。

 

まず防衛型を通す。

 

安全を確認する。

 

その後にオールマイト。

 

プロヒーロー。

 

警察。

 

追加個性兵。

 

この流れ自体に問題はない。

 

むしろ。

 

一度通路を作れば、同じ二地点を何人でも行き来できるので非常に便利だった。

 

今後も。

 

大量輸送の基本はワープゲートでいい。

 

ただ。

 

「一手ありますね」

 

ゲートを開く。

 

対象が通る。

 

二段階。

 

◇ ◇ ◇

 

戦闘中の一秒なら。

 

その一手が問題になる可能性はある。

 

例えば。

 

負傷者を緊急離脱させる。

 

敵の目前から人間を回収する。

 

一個体だけを別地点へ即座に移す。

 

その場合。

 

わざわざゲートを開き。

 

本人や個性兵がそこへ入る必要はない。

 

「任意座標から、直接別の座標へ動かせればいいですか」

 

入口と出口を接続するのではなく。

 

対象そのものを。

 

別の場所へ移す。

 

瞬間移動。

 

あるいは。

 

単純な転移。

 

その方が近い。

 

◇ ◇ ◇

 

構造の参考になりそうなものもある。

 

死柄木から回収した検体。

 

複数の個性因子を分離した時、その中に空間移動へ近い処理を持つ因子が混じっていた。

 

黒霧の『ワープゲート』とは系統が違う。

 

二地点の間へ通路を作るというより。

 

対象の位置情報そのものへ干渉する。

 

発現条件や制限までは、実際の運用を十分見ていないので断定しない方がいい。

 

ただ。

 

因子構造は参考になる。

 

「これとワープゲートを比較すれば作れそうですね」

 

設計メモだけ残す。

 

今回は触らない。

 

今始めると。

 

別の研究になる。

 

◇ ◇ ◇

 

工廠型から通知が来た。

 

工兵型。

 

完成。

 

研究室側へ呼び出す。

 

見た目は、他の個性兵と同じく、人間に似せすぎない人工的な人型。ただし前線戦闘用ほど大きくはなく、現場作業をしやすい体格にしてある。

 

私は試験用に用意した壁材を壊した。

 

「修復してください」

 

『承知しました』

 

工兵型が対象を確認する。

 

生体反応なし。

 

周辺物質の状態を解析。

 

物質用『巻き戻し』を発動。

 

亀裂が閉じる。

 

欠けた部分が戻る。

 

数秒後。

 

元の壁材。

 

次に。

 

壊した椅子。

 

直る。

 

割った食器。

 

直る。

 

汚した布。

 

元の状態へ戻る。

 

「問題ありませんね」

 

◇ ◇ ◇

 

これなら。

 

戦争後の復旧に使える。

 

災害でもいい。

 

事故でもいい。

 

建物や物資を直す必要があるなら。

 

かなり広く使える。

 

そして。

 

今後。

 

もう一度大きな戦闘が起きても。

 

終わった後に。

 

壊れた街を、そのまま残す必要はない。

 

私は工兵型の設計を標準ライブラリへ追加する。

 

工廠型から。

 

必要数を製造可能。

 

救助型。

 

医療型。

 

防衛型。

 

制圧型。

 

重戦闘型。

 

観測型。

 

専用追跡型。

 

そこへ。

 

新しく。

 

工兵型。

 

「これで一つ減りましたね」

 

全面戦争で見つかった不都合。

 

まだ。

 

他にもある。

 

画面の端には。

 

先ほど保存した新しい研究項目。

 

『直接転移』

 

その文字が残っていた。

 

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