無個性は個性をつくる 作:匿名希望
工兵型の設計を標準ライブラリへ追加した後も、画面の端には一つの項目が残っていた。
『直接転移』
全面戦争とタルタロス襲撃の記録を見直していて気づいた、ワープゲートとは別の移動方法だった。
今使っているワープゲートは便利だ。二地点を一度接続してしまえば、人間でも個性兵でも物資でも、必要なだけ行き来できる。タルタロスへ増援を送った時のように、大人数を継続的に移動させる用途なら今後もこちらを使うことになる。
問題は、ゲートを開くだけでは移動が終わらないことだった。
「一手、多いんですよね」
私は戦争記録を開き直した。
◇ ◇ ◇
映像に映るのは山荘側。
ギガントマキアを止めるために前へ出たミッドナイトが攻撃を受け、落下した後の記録だった。
負傷。
生存を確認。
周辺には超常解放戦線の構成員。
私は救助型と防衛型を向かわせた。
ただし、あの時点でワープゲートを敵のいる場所へ直接開くことは避けている。
出口を敵のすぐ近くに置けば、敵が逆にゲートへ侵入する可能性がある。救助個体が出た瞬間を攻撃されることもあるし、出口そのものが安全である保証も必要だった。
だから安全な転移先を探した。
位置を確認する。
ゲートを開く。
救助型と防衛型を通す。
そこからミッドナイトの落下地点まで移動する。
その間に。
間に合わなくなった。
映像記録の中で、PLF構成員が倒れているミッドナイトへ近づいていく。
救助型はまだ移動中。
到達した時には。
既に死亡していた。
◇ ◇ ◇
私は時間を確認する。
観測型が負傷を把握してから。
救助個体が到着するまで。
その中に、必要のない時間がある。
「ここですね」
安全な出口を決めるまでの時間。
ゲートを形成する時間。
ゲートを通過する時間。
出口から対象まで移動する時間。
一つずつなら、それほど長くない。
ただし。
全部足せば違う。
特に。
救助対象の位置自体は分かっていた。
観測型が見ている。
なら、本当に必要だったのは。
救助型を近くへ送ることではない。
ミッドナイト本人を。
そこから消すことだった。
◇ ◇ ◇
「直接移動できればよかったですね」
対象座標。
転移先座標。
それだけ指定する。
ゲートを作らない。
対象自身に移動させる必要もない。
現在位置から。
別の位置へ。
直接移す。
そういう個性があれば、あの状況では速かった。
私は映像を閉じた。
ミッドナイトが死亡した。
その事実は変わらない。
今から考えても戻せるわけではない。
当時の私はワープゲートで救助する方式しか用意していなかった。しかも、前線への直接ゲートには逆侵入や出口安全性の問題があった。
あの条件で選んだ方法自体は理解できる。
ただ。
技術が足りなかった。
それだけだった。
「次までには直しておきましょう」
◇ ◇ ◇
そもそも。
今、これを作る理由も明確だった。
私は政府と公安との契約を確認する。
AFO。
超常解放戦線。
その脅威が終わるまで、公共安全側へ積極的に技術協力する。
まだ終わっていない。
死柄木は逃走中。
荼毘たちもいる。
AFO本体もタルタロスへ収容されたまま。
次の戦闘が起きる可能性は高い。
その時に。
「同じ理由で間に合いませんでした、では困りますね」
契約した以上。
必要になる可能性があるものは。
準備しておいた方がいい。
◇ ◇ ◇
構造を考える。
最初から完全な新規設計にする必要はない。
使える資料が二つある。
一つ目。
黒霧研究から作った私のワープゲート。
指定した二地点を一時的に接続する。
空間と空間の間を短絡させるという意味では、欲しい機能にかなり近い。
ただし。
通路がある。
そこをなくす。
二つ目。
死柄木から回収した個性因子。
『崩壊』や『サーチ』を分離した時に、空間移動系の構造も確認していた。
オール・フォー・ワンから受け継いだ個性群の一つ。
対象を直接転送する性質を持った因子。
私のワープゲートとは処理方法が違う。
「あれも参考になりますね」
私は保存していた因子情報を呼び出す。
◇ ◇ ◇
死柄木側の転送系個性は、そのまま採用するには制約が多い。
対象。
距離。
転送条件。
使い方。
そもそも私が欲しいものと完全には一致していない。
ただ。
対象そのものを別位置へ移す。
その処理部分は使える。
ワープゲート。
転送系個性。
二つを並べる。
片方は。
空間同士を接続し、対象が通過する。
もう片方は。
対象を直接移す。
「中間を作ればいいですね」
座標指定はワープゲート方式。
対象転移は転送系方式。
制限は必要なものだけ残す。
任意の対象座標。
任意の到達座標。
そこを。
直接繋ぐ。
通路は作らない。
対象だけを移す。
◇ ◇ ◇
最初の問題は。
転移先だった。
何も確認せず座標だけ指定すると。
そこに壁があるかもしれない。
物があるかもしれない。
人がいるかもしれない。
移動させた対象と既存物質が重なる処理は避けた方がいい。
ワープゲートでも出口側の安全確認はしている。
直接転移でも。
そこは変えない。
ただし。
確認済みの安全地点なら。
毎回探す必要はない。
公安施設。
雄英。
私の研究拠点。
個性兵が確保した地点。
観測型が今まさに映像を送っている地点。
そういう座標なら即座に使える。
「緊急救助なら、送り先は後方拠点で固定してもいいですね」
救助対象を見つける。
対象指定。
安全な後方座標。
転移。
終わり。
ゲートへ入る必要はない。
◇ ◇ ◇
シミュレーター型へ設計を入れる。
まず。
物体。
机の上へ小さな金属片を置く。
転移元。
座標取得。
転移先。
別の机。
発動。
金属片が消える。
同時に。
別の机へ現れる。
「成功」
距離を伸ばす。
別室。
成功。
さらに離す。
成功。
座標情報さえ正確なら。
途中の距離に意味はない。
ここはワープゲートと同じだった。
◇ ◇ ◇
次に。
移動中の対象。
個性兵モデルを歩かせる。
位置情報を連続取得。
その途中で発動。
消失。
別座標へ出現。
動作を継続。
「問題ありませんね」
次。
落下中。
空中から落とす。
転移。
安全な床上へ。
成功。
次。
負傷者を模した人体モデル。
転移。
損傷悪化なし。
次。
複数人。
三人。
同時移動。
成功。
十人。
成功。
ただし。
数が増えるほど。
一度の発動で指定する対象数も増える。
「大量輸送ならゲートの方がいいですね」
当然だった。
何十人。
何百人。
物資。
車両。
それらを継続的に移動させるなら、一度ゲートを開いて通した方が管理しやすい。
直接転移は。
少数。
緊急。
即時。
そちらへ寄せる。
◇ ◇ ◇
役割を分ければいい。
ワープゲート。
大量輸送。
継続往来。
人員展開。
補給。
撤収。
直接転移。
緊急救助。
単体回収。
少数即時投入。
位置変更。
危険地点からの離脱。
同じ空間移動でも。
用途が違う。
どちらか一つへ統一する必要はなかった。
「ワープゲートはワープゲートで、今の方が便利ですね」
一度開いてしまえば。
誰が何度通ってもいい。
移動するたびに私が一人ずつ対象指定する必要もない。
今後も。
基本はこちら。
直接転移は。
一手を消したい時だけ使う。
◇ ◇ ◇
シミュレーションを。
戦争時の条件へ近づける。
山荘。
負傷した対象。
周囲に複数の敵。
観測型の共有視界。
私は、当時の記録から位置関係を再現した。
負傷したミッドナイトを模した人体モデル。
敵性個体が近づく。
従来方式。
安全地点探索。
ゲート形成。
救助型通過。
現場へ移動。
その間。
敵が到達する。
次。
直接転移。
観測型が対象を確認。
個人識別。
発動。
消失。
後方の安全地点へ出現。
「間に合いますね」
差は明確だった。
◇ ◇ ◇
私は少しだけ。
シミュレーション結果を見る。
もし。
あの時にこれがあれば。
ミッドナイトは生きていた可能性が高い。
ただ。
それ以上考える必要はない。
技術は。
必要になる前に全部用意できるわけではない。
以前の観測型もそうだった。
追跡専用ではなかったから。
死柄木を見失った。
そこで。
専用追跡型を作った。
今回も同じ。
ゲートでは間に合わない状況があった。
だから。
直接転移を作る。
「不備が分かったなら、直せばいいだけですね」
◇ ◇ ◇
シミュレーション上では問題ない。
実物へ移る。
私は人工個性を製造する。
まず。
物体。
研究室内の工具。
少し離れた机へ。
発動。
消える。
現れる。
次。
別室。
成功。
次。
研究拠点内にいる個性兵。
対象指定。
隣室へ直接転移。
共有情報を確認する。
身体損傷なし。
個性因子異常なし。
記憶処理異常なし。
位置だけが変わっている。
「大丈夫ですね」
◇ ◇ ◇
最後に。
自分。
自宅研究室の中。
転移先は、同じ建物の別室。
座標を確認する。
発動。
視界が切り替わる。
移動感覚は。
ほとんどない。
ゲートを通った時のように。
黒い空間へ踏み込む工程もない。
ただ。
研究室にいた。
次の瞬間には。
別室にいる。
私は身体状態を確認する。
異常なし。
「これなら人間にも使えますね」
戻る。
今度は元の研究室へ直接転移。
問題なし。
◇ ◇ ◇
実用条件を整理する。
対象座標を正確に把握できること。
転移先の安全を確認できること。
知らない場所へ無差別に飛ばさないこと。
複数人の継続輸送にはワープゲートを使うこと。
敵へ使う場合。
強制移動そのものが攻撃や制圧に当たる可能性があるので、公安との作戦権限に従う。
救助なら。
もっと単純。
生存者。
危険区域。
転移先安全。
条件成立。
移動。
それだけでいい。
◇ ◇ ◇
これで。
観測型との組み合わせも良くなる。
個性兵が現場へ到達していなくても。
観測型が救助対象を視認していればいい。
共有視界で位置を取る。
直接転移。
後方へ回収。
医療型が治療。
救助型が現場へ走る必要すらない場合が出てくる。
「戦場に医療型を近づける必要も減りますね」
負傷者を。
医療型のところへ送ればいい。
逆に。
どうしても現場へ人員が必要なら。
医療型だけを直接送る。
防衛型も。
制圧型も。
一体だけなら。
ゲートを開くより速い。
使い道は多い。
◇ ◇ ◇
私は人工個性の設計データを保存する。
名称は。
特に凝る必要もない。
『直接転移』
それで十分だった。
ワープゲートは残す。
こちらへ置き換えない。
大量のヒーローと警察をタルタロスへ運んだ時のような運用なら、ゲートの方が優れている。
ただ。
次に。
一秒でも早く誰かを移動させる必要が出た時。
もう。
入口を作って。
そこまで行って。
通過させる必要はない。
◇ ◇ ◇
画面へ。
現在の技術一覧を表示する。
救助。
医療。
防衛。
制圧。
重戦闘。
工廠。
観測。
専用追跡。
工兵。
ワープゲート。
直接転移。
全面戦争の前より。
かなり増えた。
実際に戦争をすると。
何が足りないのか。
分かりやすい。
「次は、もう少し楽になりますね」
別に。
戦争がしたいわけではない。
ただ。
今の契約は。
脅威が終わるまで続く。
なら。
次がある前提で準備する方が合理的だった。
私は直接転移を使用可能な人工個性一覧へ追加する。
ミッドナイトの記録については。
もう一度見る必要はない。
問題点は分かった。
原因も分かった。
対策もできた。
それで十分だった。