無個性は個性をつくる   作:匿名希望

104 / 148
第103話 内通者

青山くんの様子がおかしいことには、少し前から気づいていた。

 

戦争が終わって、授業も訓練も少しずつ元へ戻り始めた。それでもみんな以前とまったく同じではなくて、疲れている人もいれば、考え込むことが増えた人もいる。

 

だから最初は、青山くんも同じなのだと思っていた。

 

けれど、少し違った。

 

食堂でも教室でも、誰かと目が合うと笑う。それはいつもの青山くんらしい笑顔なのに、その直後、誰も見ていないと思った瞬間だけ顔が沈む。

 

何かを怖がっているように見えた。

 

◇ ◇ ◇

 

その日、寮から離れていく青山くんを見つけたのは偶然だった。

 

私は声をかけようとして、やめた。青山くんの歩き方が、散歩へ行く人のものではなかったからだ。

 

少し迷った後、私は姿を消したまま後を追った。

 

青山くんは雄英の敷地内でも人目の少ない場所まで進み、そこで待っていた二人の大人と合流した。

 

顔を見れば分かる。

 

青山くんの両親だった。

 

「もう無理だよ……」

 

最初に聞こえた青山くんの声で、私は足を止めた。

 

「優雅……」

 

「もうできない。みんなを騙して、また先生の言うことを聞いて……僕はもう……」

 

先生。

 

雄英の先生を指しているようには聞こえなかった。

 

胸の奥が冷たくなる。

 

私は息を潜めた。

 

◇ ◇ ◇

 

「仕方なかったのよ」

 

お母さんが泣きそうな声で言う。

 

「あなたに個性がなかったから……私たちは、あなたが苦しまないようにって」

 

青山くんは俯いたままだった。

 

「だから、あの人に頼んだ」

 

その言葉で。

 

私は理解しかけてしまった。

 

聞きたくないのに、続きを聞かなければならないと思った。

 

「オール・フォー・ワンに……」

 

名前が出た。

 

間違いようがなかった。

 

◇ ◇ ◇

 

青山くんは無個性で生まれた。

 

両親は、周囲と違うことに苦しむ息子を見て、どうにか個性を持たせたいと考えた。

 

そして辿り着いた相手が。

 

オール・フォー・ワンだった。

 

与えられた個性が『ネビルレーザー』。

 

けれど、ただでもらえたわけではない。

 

一度関係を持った後。

 

要求が届くようになった。

 

拒めば。

 

家族がどうなるか分からない。

 

「USJの時も……」

 

青山くんの声が震える。

 

「僕が伝えた。授業のことを」

 

身体が動かなくなった。

 

「林間合宿も……場所を教えた」

 

私は口元を押さえた。

 

あの時。

 

どうしてヴィランが来たのか。

 

ずっと分からなかった情報が。

 

一つずつ繋がっていく。

 

◇ ◇ ◇

 

「それだけじゃない」

 

青山くんが続けた。

 

「先生は、途中から別のことも僕に調べさせてた」

 

「優雅、それは……」

 

「もう全部言うよ」

 

お父さんの制止を振り切るように、青山くんは顔を上げた。

 

「空木零司について調べろって」

 

今度は。

 

予想していなかった名前が出た。

 

空木くん。

 

サポート科の生徒。

 

体育祭でヒーロー科相手に勝ち上がって、私たちの装備も何度か作っている人。

 

青山くんにとっては。

 

ネビルレーザー用の装備を作ってくれた相手でもある。

 

「どうして空木くんを?」

 

お母さんが尋ねる。

 

「先生が気にしてたんだ。神野の後から、特に」

 

◇ ◇ ◇

 

私はその場から動けなかった。

 

青山くんは。

 

空木くんについて。

 

調べていた。

 

ただ。

 

すぐに続いた言葉は。

 

私が想像したようなものではなかった。

 

「でも、何も分からなかった」

 

青山くんが苦しそうに笑う。

 

「僕と空木くんって、仲がいいわけじゃないから」

 

装備を頼む。

 

調整してもらう。

 

必要なことを話す。

 

関係は。

 

ほとんどそれだけ。

 

「分かったのは名前と、サポート科の生徒だってこと。僕たちの装備を作ってること。教師からも何か頼まれることがあるらしいってこと。それくらい」

 

それ以上。

 

青山くんが聞いても。

 

空木くんは話さなかったらしい。

 

というより。

 

聞く理由がなければ話さない。

 

私にも。

 

それは想像できた。

 

◇ ◇ ◇

 

「研究内容も聞けなかった」

 

青山くんが言う。

 

「どこで何を作ってるのかも知らない。僕が見たのは装備を調整してるところばっかりだった」

 

それでも。

 

オール・フォー・ワンは調べさせた。

 

何度か。

 

繰り返し。

 

「僕の個性を見た時、空木くんはすぐに『後から入れられたように見える』って言った」

 

青山くんの手が腹の辺りへ触れる。

 

ネビルレーザーは。

 

身体に合っていない。

 

使いすぎると腹痛を起こす。

 

それも。

 

空木くんは知っていた。

 

「それで怖くなった。でも……同時に、ちょっとだけ期待もした」

 

声が小さくなる。

 

「後から入れた個性でも分かるのかって聞いた。身体に合わない個性なら外せるのかって、遠回しに聞いたこともある」

 

その時。

 

空木くんは。

 

普通に答えたらしい。

 

技術的な質問として。

 

ただそれだけ。

 

青山くんが何を抱えているかまでは。

 

気づかなかった。

 

◇ ◇ ◇

 

「戦争の前にも、先生から聞かれた」

 

青山くんが続ける。

 

「空木零司は何をしている、って」

 

その頃には。

 

空木くんが普通のサポート科生徒ではないことくらい。

 

雄英内部でも知られていた。

 

けれど。

 

何をどこまでできるのか。

 

青山くんが知っていたわけではない。

 

「僕が伝えられたのは、あの日、空木くんも学校にはいなくて、政府側の作戦に技術協力で出てるらしいってことだけだった」

 

前線で戦っている。

 

そういう話ではなかった。

 

どこにいるかも知らない。

 

何をしているかも知らない。

 

ただ。

 

同じ作戦へ関わっている。

 

青山くんが伝えたのは。

 

そこまで。

 

「そしたら、先生は……」

 

青山くんの表情が歪む。

 

「戦場に出てきた、あの人形みたいな戦力も空木くんのものだろうって言った」

 

◇ ◇ ◇

 

私は。

 

戦争の映像を思い出した。

 

救助する個体。

 

防壁を作る個体。

 

負傷者を治す個体。

 

上空から映像を送る個体。

 

ギガントマキアを止めた小型の個体。

 

一般には詳しく公開されていない。

 

私たちだって。

 

全部を知っているわけではない。

 

でも。

 

オール・フォー・ワン側には。

 

他に候補がなかった。

 

神野で。

 

見たことのない人工的な戦闘体が現れた。

 

その後。

 

空木零司という、特殊な研究をしているサポート科生徒について青山くんから断片的な情報が入る。

 

そして全面戦争の日。

 

空木くんも政府側の作戦へ技術協力に出ていた。

 

同じ日に。

 

大量の人工的な戦力が突然現れた。

 

それだけ揃えば。

 

確定情報ではなくても。

 

推測するには十分だった。

 

◇ ◇ ◇

 

「先生は、空木くんを危険だって言ってた」

 

青山くんが言う。

 

「自分で前に出て戦う人じゃない。でも、放っておくほど敵の戦力が増えるって」

 

私は何も言えない。

 

「だから調べろって言われた。でも、本当に何も分からなかった。どこに研究施設があるのかも、何体持ってるのかも、何ができるのかも」

 

青山くんは首を振った。

 

「僕が渡した空木くんの情報なんて、ほとんど役に立ってない」

 

それでも。

 

戦争へ関わっているという一つの情報が。

 

最後の推論材料にはなった。

 

そして。

 

タルタロスでは。

 

オール・フォー・ワン側は初めて。

 

さらに別の能力を知ることになった。

 

人間まで運べる。

 

長距離のワープ。

 

そこまで青山くんが知っていたわけではない。

 

それは。

 

敵自身が見て知ったことだった。

 

◇ ◇ ◇

 

「僕はヴィランだ」

 

青山くんが言った。

 

「みんなを危険にした」

 

「優雅!」

 

「だってそうだろ!」

 

声が大きくなる。

 

「USJも、林間合宿も! 僕が情報を渡したから!」

 

もう。

 

これ以上聞いているだけではいられなかった。

 

私はその場を離れた。

 

向かう先は。

 

一つしかない。

 

◇ ◇ ◇

 

「緑谷くん!」

 

息を切らして。

 

私はデクくんを探した。

 

「葉隠さん?」

 

「来て!」

 

「え?」

 

「青山くんが……!」

 

うまく説明できない。

 

それでも。

 

私の顔を見て。

 

デクくんはすぐに何かあったと分かった。

 

二人で戻る。

 

青山くんたちは。

 

まだそこにいた。

 

◇ ◇ ◇

 

「青山くん」

 

デクくんの声に。

 

三人が振り向く。

 

青山くんの顔が。

 

真っ青になった。

 

「緑谷……くん」

 

その瞬間。

 

全部終わったのだと思う。

 

隠すことも。

 

逃げることも。

 

もうできない。

 

青山くんの両親が慌てる。

 

けれど。

 

デクくんは青山くんだけを見ていた。

 

「今の話……本当なの?」

 

青山くんは。

 

すぐには答えなかった。

 

やがて。

 

小さく。

 

「うん」

 

と言った。

 

◇ ◇ ◇

 

それからのことは早かった。

 

先生たちへ報告され。

 

青山くん一家は確保された。

 

私とデクくんも事情を説明する。

 

そして。

 

1-Aのみんなにも。

 

話されることになった。

 

教室に。

 

青山くんはいない。

 

いつもなら。

 

絶対にそこにいる人が。

 

いない。

 

「嘘だろ……」

 

誰かが呟いた。

 

誰だったか。

 

分からなかった。

 

◇ ◇ ◇

 

相澤先生は。

 

まだ治療を終えたばかりとは思えないほど。

 

いつも通りの顔をしていた。

 

「青山優雅と、その両親から証言が取れた」

 

教室が静まる。

 

「青山は生まれつき無個性だった。両親がオール・フォー・ワンへ接触し、個性を与えられた。その後、家族を盾に指示を受けていた」

 

言葉を。

 

一つずつ。

 

確認するように話す。

 

「USJ、林間合宿。敵側への情報漏洩に青山一家が関わっていたことも認めている」

 

耳郎さんが。

 

口元を押さえた。

 

芦戸さんは。

 

何か言おうとして。

 

言えなかった。

 

爆豪くんは。

 

机を睨んでいる。

 

轟くんも。

 

黙っていた。

 

◇ ◇ ◇

 

「それと」

 

相澤先生が続ける。

 

「青山には、別件の調査命令も出ていた」

 

デクくんが顔を上げる。

 

「空木零司についてだ」

 

少し。

 

教室がざわめく。

 

体育祭。

 

装備。

 

何度か関わったことがある人。

 

「青山は装備調整を依頼していたため、AFO側から見れば雄英内部で最も自然に接触できる生徒の一人だった」

 

ただし。

 

得られた情報は少ない。

 

サポート科所属。

 

装備を作る。

 

教師からも依頼を受けることがある。

 

特殊な研究をしているらしい。

 

そして。

 

全面戦争時。

 

政府側への技術協力で学校外に出ていた。

 

「青山が把握していたのは、その程度だ」

 

八百万さんが尋ねる。

 

「では、戦争で使われていたあの戦力についても……?」

 

「青山は知らなかった」

 

相澤先生は答えた。

 

「だがAFO側は、空木が作戦へ関与していることと、過去に確認した情報を組み合わせて推測していたらしい」

 

確定ではない。

 

ただ。

 

かなり確度の高い推測。

 

◇ ◇ ◇

 

「空木くんも……狙われてたってこと?」

 

麗日さんが言う。

 

「そうなる」

 

相澤先生の答えは短かった。

 

「AFO側は、空木を単独の戦闘員としてではなく、敵戦力全体を増強する技術者として見ている」

 

それは。

 

言われれば分かる。

 

オールマイトの身体が戻ったこと。

 

戦争で使われた見たことのない戦力。

 

その他にも。

 

私たちが知らないものがあるのかもしれない。

 

「でも」

 

瀬呂くんが言う。

 

「青山はそこまで調べられてないんだろ?」

 

「ああ」

 

「じゃあ、空木のせいでバレたとかじゃないんだな」

 

「違う」

 

そこは。

 

はっきり否定された。

 

青山くんが渡した情報は。

 

断片。

 

AFOが。

 

そこから自分で繋げた。

 

◇ ◇ ◇

 

デクくんは。

 

ずっと黙っていた。

 

怒っているのか。

 

悲しいのか。

 

たぶん。

 

両方なんだと思う。

 

「青山くんは」

 

やっと口を開く。

 

「今、どうしてるんですか」

 

「別室だ。両親も一緒にいる」

 

「会えますか?」

 

相澤先生は。

 

少しだけ間を置いた。

 

「話はできる」

 

デクくんが立ち上がる。

 

みんなも。

 

一人。

 

また一人。

 

立った。

 

◇ ◇ ◇

 

青山くんは。

 

私たちを見た瞬間。

 

顔を伏せた。

 

「ごめん」

 

最初の言葉が。

 

それだった。

 

「ごめんなさい」

 

いつもの。

 

きらきらした感じはない。

 

ただ。

 

何度も謝る。

 

「僕は、みんなを裏切った」

 

誰もすぐには返さない。

 

それは。

 

簡単に「違うよ」と言っていいことでもない。

 

実際に。

 

情報は渡された。

 

危険な目にも遭った。

 

「僕はヴィランだ」

 

青山くんが言う。

 

「違う」

 

デクくんが。

 

すぐに返した。

 

青山くんが顔を上げる。

 

「君はまだ――」

 

言葉を選ぶ。

 

「ここから何をするか決められる」

 

◇ ◇ ◇

 

青山くんは。

 

泣いていた。

 

「無理だよ」

 

「無理じゃない」

 

「先生は何でも知る。僕たちが逆らったら……」

 

「でも今、僕たちは知った」

 

デクくんは言う。

 

「青山くんがAFOと繋がってたことも。向こうが青山くんから情報を取ってたことも」

 

そして。

 

向こうが。

 

まだ青山くんを使えると思っている可能性もある。

 

相澤先生の目が。

 

少し変わった。

 

私には。

 

それが何を意味しているのか。

 

まだ分からなかった。

 

◇ ◇ ◇

 

ただ。

 

すぐに別の問題が出た。

 

青山くんの『ネビルレーザー』。

 

それ自体が。

 

オール・フォー・ワンから与えられた個性。

 

「個性に何か仕込まれてる可能性は?」

 

上鳴くんの言葉で。

 

空気が変わる。

 

通信。

 

位置情報。

 

遠隔操作。

 

何か。

 

本人も知らない機能。

 

今まで青山くん自身が気づいていなかっただけで。

 

AFO側へ情報を送る仕組みが入っていたら。

 

このまま作戦へ使うことはできない。

 

相澤先生も。

 

そこは同じ判断だった。

 

「確認が必要だ」

 

「でも、そんなの誰が調べられるんですか?」

 

切島くんが聞く。

 

少しだけ。

 

沈黙があった。

 

それから。

 

相澤先生が答える。

 

「一人いる」

 

◇ ◇ ◇

 

青山くんが。

 

その言葉だけで。

 

誰か分かったような顔をした。

 

自分の個性を。

 

ずっと前から。

 

「後付けされたように見える」と言っていた人。

 

身体との不適合まで。

 

最初の装備検査で見抜いていた人。

 

青山くんが。

 

何度も遠回しに質問して。

 

それでも。

 

事情までは読み取らなかった人。

 

「空木に見てもらう」

 

相澤先生が言った。

 

青山くんは。

 

しばらく黙ってから。

 

小さく頷いた。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。