無個性は個性をつくる 作:匿名希望
青山くんの様子がおかしいことには、少し前から気づいていた。
戦争が終わって、授業も訓練も少しずつ元へ戻り始めた。それでもみんな以前とまったく同じではなくて、疲れている人もいれば、考え込むことが増えた人もいる。
だから最初は、青山くんも同じなのだと思っていた。
けれど、少し違った。
食堂でも教室でも、誰かと目が合うと笑う。それはいつもの青山くんらしい笑顔なのに、その直後、誰も見ていないと思った瞬間だけ顔が沈む。
何かを怖がっているように見えた。
◇ ◇ ◇
その日、寮から離れていく青山くんを見つけたのは偶然だった。
私は声をかけようとして、やめた。青山くんの歩き方が、散歩へ行く人のものではなかったからだ。
少し迷った後、私は姿を消したまま後を追った。
青山くんは雄英の敷地内でも人目の少ない場所まで進み、そこで待っていた二人の大人と合流した。
顔を見れば分かる。
青山くんの両親だった。
「もう無理だよ……」
最初に聞こえた青山くんの声で、私は足を止めた。
「優雅……」
「もうできない。みんなを騙して、また先生の言うことを聞いて……僕はもう……」
先生。
雄英の先生を指しているようには聞こえなかった。
胸の奥が冷たくなる。
私は息を潜めた。
◇ ◇ ◇
「仕方なかったのよ」
お母さんが泣きそうな声で言う。
「あなたに個性がなかったから……私たちは、あなたが苦しまないようにって」
青山くんは俯いたままだった。
「だから、あの人に頼んだ」
その言葉で。
私は理解しかけてしまった。
聞きたくないのに、続きを聞かなければならないと思った。
「オール・フォー・ワンに……」
名前が出た。
間違いようがなかった。
◇ ◇ ◇
青山くんは無個性で生まれた。
両親は、周囲と違うことに苦しむ息子を見て、どうにか個性を持たせたいと考えた。
そして辿り着いた相手が。
オール・フォー・ワンだった。
与えられた個性が『ネビルレーザー』。
けれど、ただでもらえたわけではない。
一度関係を持った後。
要求が届くようになった。
拒めば。
家族がどうなるか分からない。
「USJの時も……」
青山くんの声が震える。
「僕が伝えた。授業のことを」
身体が動かなくなった。
「林間合宿も……場所を教えた」
私は口元を押さえた。
あの時。
どうしてヴィランが来たのか。
ずっと分からなかった情報が。
一つずつ繋がっていく。
◇ ◇ ◇
「それだけじゃない」
青山くんが続けた。
「先生は、途中から別のことも僕に調べさせてた」
「優雅、それは……」
「もう全部言うよ」
お父さんの制止を振り切るように、青山くんは顔を上げた。
「空木零司について調べろって」
今度は。
予想していなかった名前が出た。
空木くん。
サポート科の生徒。
体育祭でヒーロー科相手に勝ち上がって、私たちの装備も何度か作っている人。
青山くんにとっては。
ネビルレーザー用の装備を作ってくれた相手でもある。
「どうして空木くんを?」
お母さんが尋ねる。
「先生が気にしてたんだ。神野の後から、特に」
◇ ◇ ◇
私はその場から動けなかった。
青山くんは。
空木くんについて。
調べていた。
ただ。
すぐに続いた言葉は。
私が想像したようなものではなかった。
「でも、何も分からなかった」
青山くんが苦しそうに笑う。
「僕と空木くんって、仲がいいわけじゃないから」
装備を頼む。
調整してもらう。
必要なことを話す。
関係は。
ほとんどそれだけ。
「分かったのは名前と、サポート科の生徒だってこと。僕たちの装備を作ってること。教師からも何か頼まれることがあるらしいってこと。それくらい」
それ以上。
青山くんが聞いても。
空木くんは話さなかったらしい。
というより。
聞く理由がなければ話さない。
私にも。
それは想像できた。
◇ ◇ ◇
「研究内容も聞けなかった」
青山くんが言う。
「どこで何を作ってるのかも知らない。僕が見たのは装備を調整してるところばっかりだった」
それでも。
オール・フォー・ワンは調べさせた。
何度か。
繰り返し。
「僕の個性を見た時、空木くんはすぐに『後から入れられたように見える』って言った」
青山くんの手が腹の辺りへ触れる。
ネビルレーザーは。
身体に合っていない。
使いすぎると腹痛を起こす。
それも。
空木くんは知っていた。
「それで怖くなった。でも……同時に、ちょっとだけ期待もした」
声が小さくなる。
「後から入れた個性でも分かるのかって聞いた。身体に合わない個性なら外せるのかって、遠回しに聞いたこともある」
その時。
空木くんは。
普通に答えたらしい。
技術的な質問として。
ただそれだけ。
青山くんが何を抱えているかまでは。
気づかなかった。
◇ ◇ ◇
「戦争の前にも、先生から聞かれた」
青山くんが続ける。
「空木零司は何をしている、って」
その頃には。
空木くんが普通のサポート科生徒ではないことくらい。
雄英内部でも知られていた。
けれど。
何をどこまでできるのか。
青山くんが知っていたわけではない。
「僕が伝えられたのは、あの日、空木くんも学校にはいなくて、政府側の作戦に技術協力で出てるらしいってことだけだった」
前線で戦っている。
そういう話ではなかった。
どこにいるかも知らない。
何をしているかも知らない。
ただ。
同じ作戦へ関わっている。
青山くんが伝えたのは。
そこまで。
「そしたら、先生は……」
青山くんの表情が歪む。
「戦場に出てきた、あの人形みたいな戦力も空木くんのものだろうって言った」
◇ ◇ ◇
私は。
戦争の映像を思い出した。
救助する個体。
防壁を作る個体。
負傷者を治す個体。
上空から映像を送る個体。
ギガントマキアを止めた小型の個体。
一般には詳しく公開されていない。
私たちだって。
全部を知っているわけではない。
でも。
オール・フォー・ワン側には。
他に候補がなかった。
神野で。
見たことのない人工的な戦闘体が現れた。
その後。
空木零司という、特殊な研究をしているサポート科生徒について青山くんから断片的な情報が入る。
そして全面戦争の日。
空木くんも政府側の作戦へ技術協力に出ていた。
同じ日に。
大量の人工的な戦力が突然現れた。
それだけ揃えば。
確定情報ではなくても。
推測するには十分だった。
◇ ◇ ◇
「先生は、空木くんを危険だって言ってた」
青山くんが言う。
「自分で前に出て戦う人じゃない。でも、放っておくほど敵の戦力が増えるって」
私は何も言えない。
「だから調べろって言われた。でも、本当に何も分からなかった。どこに研究施設があるのかも、何体持ってるのかも、何ができるのかも」
青山くんは首を振った。
「僕が渡した空木くんの情報なんて、ほとんど役に立ってない」
それでも。
戦争へ関わっているという一つの情報が。
最後の推論材料にはなった。
そして。
タルタロスでは。
オール・フォー・ワン側は初めて。
さらに別の能力を知ることになった。
人間まで運べる。
長距離のワープ。
そこまで青山くんが知っていたわけではない。
それは。
敵自身が見て知ったことだった。
◇ ◇ ◇
「僕はヴィランだ」
青山くんが言った。
「みんなを危険にした」
「優雅!」
「だってそうだろ!」
声が大きくなる。
「USJも、林間合宿も! 僕が情報を渡したから!」
もう。
これ以上聞いているだけではいられなかった。
私はその場を離れた。
向かう先は。
一つしかない。
◇ ◇ ◇
「緑谷くん!」
息を切らして。
私はデクくんを探した。
「葉隠さん?」
「来て!」
「え?」
「青山くんが……!」
うまく説明できない。
それでも。
私の顔を見て。
デクくんはすぐに何かあったと分かった。
二人で戻る。
青山くんたちは。
まだそこにいた。
◇ ◇ ◇
「青山くん」
デクくんの声に。
三人が振り向く。
青山くんの顔が。
真っ青になった。
「緑谷……くん」
その瞬間。
全部終わったのだと思う。
隠すことも。
逃げることも。
もうできない。
青山くんの両親が慌てる。
けれど。
デクくんは青山くんだけを見ていた。
「今の話……本当なの?」
青山くんは。
すぐには答えなかった。
やがて。
小さく。
「うん」
と言った。
◇ ◇ ◇
それからのことは早かった。
先生たちへ報告され。
青山くん一家は確保された。
私とデクくんも事情を説明する。
そして。
1-Aのみんなにも。
話されることになった。
教室に。
青山くんはいない。
いつもなら。
絶対にそこにいる人が。
いない。
「嘘だろ……」
誰かが呟いた。
誰だったか。
分からなかった。
◇ ◇ ◇
相澤先生は。
まだ治療を終えたばかりとは思えないほど。
いつも通りの顔をしていた。
「青山優雅と、その両親から証言が取れた」
教室が静まる。
「青山は生まれつき無個性だった。両親がオール・フォー・ワンへ接触し、個性を与えられた。その後、家族を盾に指示を受けていた」
言葉を。
一つずつ。
確認するように話す。
「USJ、林間合宿。敵側への情報漏洩に青山一家が関わっていたことも認めている」
耳郎さんが。
口元を押さえた。
芦戸さんは。
何か言おうとして。
言えなかった。
爆豪くんは。
机を睨んでいる。
轟くんも。
黙っていた。
◇ ◇ ◇
「それと」
相澤先生が続ける。
「青山には、別件の調査命令も出ていた」
デクくんが顔を上げる。
「空木零司についてだ」
少し。
教室がざわめく。
体育祭。
装備。
何度か関わったことがある人。
「青山は装備調整を依頼していたため、AFO側から見れば雄英内部で最も自然に接触できる生徒の一人だった」
ただし。
得られた情報は少ない。
サポート科所属。
装備を作る。
教師からも依頼を受けることがある。
特殊な研究をしているらしい。
そして。
全面戦争時。
政府側への技術協力で学校外に出ていた。
「青山が把握していたのは、その程度だ」
八百万さんが尋ねる。
「では、戦争で使われていたあの戦力についても……?」
「青山は知らなかった」
相澤先生は答えた。
「だがAFO側は、空木が作戦へ関与していることと、過去に確認した情報を組み合わせて推測していたらしい」
確定ではない。
ただ。
かなり確度の高い推測。
◇ ◇ ◇
「空木くんも……狙われてたってこと?」
麗日さんが言う。
「そうなる」
相澤先生の答えは短かった。
「AFO側は、空木を単独の戦闘員としてではなく、敵戦力全体を増強する技術者として見ている」
それは。
言われれば分かる。
オールマイトの身体が戻ったこと。
戦争で使われた見たことのない戦力。
その他にも。
私たちが知らないものがあるのかもしれない。
「でも」
瀬呂くんが言う。
「青山はそこまで調べられてないんだろ?」
「ああ」
「じゃあ、空木のせいでバレたとかじゃないんだな」
「違う」
そこは。
はっきり否定された。
青山くんが渡した情報は。
断片。
AFOが。
そこから自分で繋げた。
◇ ◇ ◇
デクくんは。
ずっと黙っていた。
怒っているのか。
悲しいのか。
たぶん。
両方なんだと思う。
「青山くんは」
やっと口を開く。
「今、どうしてるんですか」
「別室だ。両親も一緒にいる」
「会えますか?」
相澤先生は。
少しだけ間を置いた。
「話はできる」
デクくんが立ち上がる。
みんなも。
一人。
また一人。
立った。
◇ ◇ ◇
青山くんは。
私たちを見た瞬間。
顔を伏せた。
「ごめん」
最初の言葉が。
それだった。
「ごめんなさい」
いつもの。
きらきらした感じはない。
ただ。
何度も謝る。
「僕は、みんなを裏切った」
誰もすぐには返さない。
それは。
簡単に「違うよ」と言っていいことでもない。
実際に。
情報は渡された。
危険な目にも遭った。
「僕はヴィランだ」
青山くんが言う。
「違う」
デクくんが。
すぐに返した。
青山くんが顔を上げる。
「君はまだ――」
言葉を選ぶ。
「ここから何をするか決められる」
◇ ◇ ◇
青山くんは。
泣いていた。
「無理だよ」
「無理じゃない」
「先生は何でも知る。僕たちが逆らったら……」
「でも今、僕たちは知った」
デクくんは言う。
「青山くんがAFOと繋がってたことも。向こうが青山くんから情報を取ってたことも」
そして。
向こうが。
まだ青山くんを使えると思っている可能性もある。
相澤先生の目が。
少し変わった。
私には。
それが何を意味しているのか。
まだ分からなかった。
◇ ◇ ◇
ただ。
すぐに別の問題が出た。
青山くんの『ネビルレーザー』。
それ自体が。
オール・フォー・ワンから与えられた個性。
「個性に何か仕込まれてる可能性は?」
上鳴くんの言葉で。
空気が変わる。
通信。
位置情報。
遠隔操作。
何か。
本人も知らない機能。
今まで青山くん自身が気づいていなかっただけで。
AFO側へ情報を送る仕組みが入っていたら。
このまま作戦へ使うことはできない。
相澤先生も。
そこは同じ判断だった。
「確認が必要だ」
「でも、そんなの誰が調べられるんですか?」
切島くんが聞く。
少しだけ。
沈黙があった。
それから。
相澤先生が答える。
「一人いる」
◇ ◇ ◇
青山くんが。
その言葉だけで。
誰か分かったような顔をした。
自分の個性を。
ずっと前から。
「後付けされたように見える」と言っていた人。
身体との不適合まで。
最初の装備検査で見抜いていた人。
青山くんが。
何度も遠回しに質問して。
それでも。
事情までは読み取らなかった人。
「空木に見てもらう」
相澤先生が言った。
青山くんは。
しばらく黙ってから。
小さく頷いた。