無個性は個性をつくる 作:匿名希望
会議が終わった時点で、各ヴィランへ用意する個性兵の構成はほとんど決まっていた。
死柄木なら『崩壊』と『超再生』、それにオール・フォー・ワン由来の個性を使わせない。荼毘なら『蒼炎』を止める。トガなら『変身』を封じた上で、本人の技術による気配遮断や視線誘導へ対応する。スピナーについても、追加された個性や個性由来の機能を止めれば、残るのは元々の異形身体と本人の戦闘技術になる。
問題は、そのために一番使いやすい技術が私の自由に使えるものではないことだった。
「先に許可を取っておきますか」
帰宅する前に、私は相澤先生へ声をかけた。
◇ ◇ ◇
「許可?」
「『抹消』です」
相澤先生の表情が少し変わる。
以前、エリの個性が暴走した場合の対策を作るため、私は相澤先生から『抹消』のデータを正式に提供されている。
その時に作ったのは、エリ専用の発現抑制装置だった。
個性因子そのものを抜くのではなく、一時的に発現だけを止める。相澤先生の『抹消』を参考にして作ったものだ。
ただし、データを提供されたからといって、何にでも自由に転用していいという話ではない。
公安へ供出する戦闘用個性兵へ、そのまま『抹消』を載せる許可までは受けていなかった。
「今回の作戦で使いたいです」
「死柄木たちにか」
「はい」
それだけで、用途は伝わったらしい。
◇ ◇ ◇
相澤先生だけで決める話でもないので、そのまま根津校長と公安担当者も交えて確認することになった。
人数は増やさない。
今の作戦自体が、できるだけ外へ漏らさないことを前提としている。
小さな会議室へ移動すると、私は必要な内容だけ説明した。
「相澤先生の『抹消』を、今回の作戦用に製造する戦闘個性兵へ搭載したいです」
公安担当者が確認する。
「既存の兵には入っていないのか?」
「少なくとも、そちらへ提供している戦闘用個性兵には入れていません」
そこは事実だ。
それ以上。
私自身や私有個体へ何を載せているかまで説明する必要はない。
今回聞かれていることでもなかった。
◇ ◇ ◇
根津校長が机の上で前足を組む。
「具体的には、どういう運用を想定しているのかな?」
「常時発動です」
相澤先生が眉を寄せた。
「常時?」
「人間と同じ構造にする必要がありませんから」
相澤先生の『抹消』には、人間の身体を持っていることによる制約がある。
視界へ対象を捉える必要がある。
そして。
瞬きをすれば解除される。
眼球が乾燥するため、ずっと目を開け続けることもできない。
それは『抹消』そのものの絶対的な条件というより、相澤消太という人間が運用する上で発生する制限の割合が大きい。
「個性兵なら、眼球を人間と同じにする必要はありません。瞬きも不要ですし、乾燥しない視覚器官にできます」
さらに。
目を二つにする理由もない。
◇ ◇ ◇
「複数の視覚器官を配置します。正面だけではなく側面や背面も見られるようにして、死角を減らします」
「……俺より使いやすそうだな」
「個性兵なので」
人間らしく作る意味がない。
対象を見続けることが目的なら、その目的に合わせた身体へすればいい。
頭部。
胸部。
背部。
必要な場所へ視覚器官を置く。
一つを潰されても。
別の視覚器官が対象を捉え続ける。
さらに。
一体だけに任せる必要もない。
「複数体を同時に配置します。一体が視界を失っても、他が『抹消』を維持します」
対象が個性を使える瞬間を。
できる限り作らない。
それが目的になる。
◇ ◇ ◇
相澤先生は少し考えてから聞いた。
「異形型はどうなる」
「身体そのものは消えません」
そこは。
元の『抹消』と同じ。
個性によって常時形成されている身体特徴そのものまで消して、普通の人間へ戻すような能力ではない。
「ただし、その異形身体に付随する個性由来の追加機能や出力は、止められる範囲で止まります。スピナーの場合も、元の身体自体を消すつもりはありません。後から追加された個性や、それによって増えた能力を主な対象にします」
死柄木も同じ。
改造された肉体そのものは。
『抹消』では消えない。
だから、個性を全て止めても。
身体能力だけで相当に強い。
そこを。
オールマイトと緑谷さんが担当する。
役割分担としては。
分かりやすい。
◇ ◇ ◇
公安担当者が聞いた。
「今回だけの使用か?」
「私は今回の作戦に必要だから許可を取りに来ただけです」
今後の恒久的な運用まで。
今ここで決める必要はない。
根津校長も頷く。
「なら、まずは今回の対AFO・残存ヴィラン作戦に限定して考えようか」
「それで問題ありません」
私としても。
許可の範囲が明確な方が楽だった。
余計な解釈をする必要がない。
◇ ◇ ◇
相澤先生が椅子の背にもたれる。
「俺のデータを使った兵器が、今後勝手に増えるのは御免だ」
「今回はそうしませんよ」
「今回は、か」
「必要になったら、その時また聞けばいいでしょう」
勝手に使って問題になるくらいなら。
聞く方が早い。
許可されなければ。
別の方法を作る。
それだけだ。
今回については。
『抹消』が一番簡単。
だから。
使えるか確認している。
◇ ◇ ◇
相澤先生はしばらく黙っていた。
たぶん。
自分の個性が大量の人工生命へ載ることを考えているのだと思う。
人間のヒーローへ個性を渡す話とも違う。
私は同じ機能を。
必要数だけ作れる。
一体ではない。
二体でもない。
必要なら。
もっと。
「死柄木に使うんだな」
「はい」
「荼毘にも?」
「使えます」
「トガは」
「『変身』を止めます。ただ、それだけでは不十分なので専用個体側に別の対策も入れます」
「スピナーも」
「同じですね」
一人ずつ。
相手と使い方を確認する。
◇ ◇ ◇
相澤先生が息を吐いた。
「分かった」
そして。
私を見る。
「今回の作戦に限って、戦闘用個性兵への『抹消』の転用を許可する」
「ありがとうございます」
根津校長も続ける。
「雄英としても、今回の作戦目的と使用範囲が明確である限り、異論はないよ」
公安担当者も記録へ残す。
政府側の作戦として。
使用が認められた。
これで。
問題はなくなった。
◇ ◇ ◇
「では、作りますね」
「今からか?」
相澤先生が聞く。
「はい」
許可を取るために来た。
許可を取った。
なら。
後回しにする理由はない。
私は工廠型へ設計データを送る。
既に。
基礎設計はできていた。
許可されなければ使わない。
許可されたので。
実体化する。
それだけ。
◇ ◇ ◇
最初は。
常時抹消型。
外見は。
意図的に人間らしさを薄くする。
人工的な人型。
視覚器官は複数。
瞬きをする構造は入れない。
涙液もいらない。
乾燥による解除もない。
通常の頭部に当たる部分を壊されても。
胸部や背部の視覚器官が残る。
個体同士でも対象情報を共有し。
誰が。
どの対象を。
どの角度から見ているか。
自動で補完する。
一体が吹き飛ばされれば。
別個体が視界を維持。
複数を同時に失えば。
後方から追加。
「これなら、瞬きで解除される時間はなくせます」
相澤先生が。
少し嫌そうな顔をした。
「俺の弱点だけ綺麗に消したな」
「人間用の制約を残す意味がないので」
◇ ◇ ◇
次に。
死柄木用。
常時抹消型を一体付けて終わりにはしない。
複数体。
異なる方向。
視覚共有。
『崩壊』耐性。
これは既に作ってある。
死柄木本人の検体から。
『崩壊』を無効化するよう設計したもの。
常時抹消が一瞬途切れて。
死柄木が『崩壊』を使ったとしても。
それだけで全個体が消える構成にはしない。
さらに。
超再生。
AFO由来個性。
使用させない。
残る改造肉体には。
高耐久の重戦闘型を追加する。
「死柄木用は、これでいいですね」
◇ ◇ ◇
荼毘用。
『蒼炎』を常時抹消。
耐熱。
防火。
周辺温度監視。
延焼防止。
拘束。
医療。
荼毘本人が高温で身体を損傷し始めた場合は。
死なせないように治療も入れる。
エンデヴァーと轟さんが話をする時間を。
こちらが維持する。
勝つための個体ではなく。
死なせないための安全装置に近い。
それで十分だった。
◇ ◇ ◇
トガ用。
ここは。
『抹消』だけでは足りない。
『変身』は止められる。
でも。
気配を消す技術。
人の注意を逸らす動き。
視線の外へ入り込む癖。
刃物。
関節技。
それらは個性ではない。
だから。
個性兵の身体側で対処する。
三百六十度の空間把握。
熱。
音。
振動。
複数センサー。
人間の注意を誘導されても影響を受けない認識処理。
刃物が通りにくい身体。
関節技が成立しにくい柔軟構造。
そして。
非致死拘束。
その上で。
『変身』だけは常時抹消。
「これなら、かなり捕まえやすいですね」
◇ ◇ ◇
スピナー用。
追加個性を止める。
元々の異形身体は残す。
個性由来の出力。
後から増えた機能。
その辺りを抑えた状態で。
大型の制圧兵が物理的に拘束する。
身体そのものが大きくても。
こちらも大きくすればいい。
質量が必要なら。
最初から用意する。
全面戦争の時のように。
必要になってから作り始めることはしない。
◇ ◇ ◇
ニア・ハイエンド用も。
基本は同じ。
複数個性を。
使わせない。
再生も。
特殊能力も。
止める。
残る肉体性能は。
重戦闘型で押さえる。
脳無の構造については。
既に十分見ている。
今さら。
未知の相手ではない。
「この辺りは汎用化できますね」
複数個性持ち。
高身体能力。
再生。
そういう相手へ。
常時抹消型と重戦闘型を組み合わせる。
ニア・ハイエンド一体ごとに。
全部違う兵を作るほどでもない。
◇ ◇ ◇
製造通知が。
次々に届く。
常時抹消型。
死柄木用。
荼毘用。
トガ用。
スピナー用。
ニア・ハイエンド用。
前回の会議で決めた戦力。
そこへ。
正式に許可された『抹消』を組み込む。
製造時間の長い大型個体は。
すでに前から準備していた。
今回新たに作るのは。
許可待ちだった部分。
だから。
それほど時間はかからない。
◇ ◇ ◇
最初の常時抹消型が。
工廠型から出てくる。
人間とはかなり違う。
複数の視覚器官。
人工的な身体。
瞬きをしない。
私は動作確認用の個性兵を一体用意する。
試験用の人工個性を発動。
常時抹消型が。
対象を視界へ入れる。
発現停止。
別の視覚器官へ切り替える。
維持。
個体を回り込ませる。
側面の視覚器官が追う。
維持。
正面の視覚器官を閉じる想定で無効化。
維持。
一体目の視界を完全に遮る。
二体目が対象を見ている。
維持。
「問題ありませんね」
◇ ◇ ◇
相澤先生も。
モニターを見ていた。
「ずっと消しっぱなしか」
「視界に入っている間は」
「対象が複数でも?」
「相澤先生と同じ基本条件で考えていいです。ただ、個体を複数にするので担当を分けられます」
一体に。
全員を見させる必要はない。
死柄木担当。
荼毘担当。
トガ担当。
スピナー担当。
それぞれ。
専用。
視界を外す理由も減る。
◇ ◇ ◇
「これなら」
公安担当者が言う。
「敵側の個性戦力をかなり削れるな」
「削るというより、使わせない前提で作戦を組めますよ」
それが。
一番大きい。
『崩壊』されたらどうするか。
『蒼炎』を最大出力で撃たれたらどうするか。
『変身』されたらどうするか。
追加個性を使われたらどうするか。
その後を考える必要が減る。
使わせない。
そこから。
残ったものだけ処理する。
◇ ◇ ◇
私は製造済み個体の一覧を確認する。
予定数。
問題なし。
大型兵。
問題なし。
工廠型。
稼働可能。
医療型。
救助型。
防衛型。
工兵型。
待機。
専用追跡型。
運用中。
ワープゲート。
使用可能。
直接転移。
使用可能。
各ヴィラン用メタ個体。
完成。
さらに。
常時抹消型。
完成。
「準備はできました」
◇ ◇ ◇
相澤先生が。
完成した個体を見る。
「許可を出してから早すぎないか」
「設計は先にしてありましたから」
「許可されなかったら?」
「別の方法を使っていました」
『抹消』がなくても。
対策はできる。
ただ。
ある方が。
かなり簡単。
許可されたのなら。
使わない理由もない。
◇ ◇ ◇
根津校長が。
作戦資料を閉じる。
「では、技術面の準備はこれで一段階終わりだね」
「そうですね」
残るのは。
敵を出すこと。
青山から。
情報を渡す。
私が。
大規模戦力から離れる。
一度きりの機会。
そう思わせる。
その後。
敵がどう判断するか。
そこは。
相手の仕事になる。
私たちは。
出てきた後の準備だけ。
しておけばいい。
◇ ◇ ◇
常時抹消型が。
こちらを向く。
複数の視覚器官。
瞬きはしない。
眼球も乾かない。
眠らない。
疲れない。
対象を見続けるためだけに。
作られた身体。
相澤先生の『抹消』は。
人間が使う個性だった。
今回。
それを。
人工生命が戦場で使う形へ変えた。
次に死柄木たちと会った時。
少なくとも。
個性を自由に使わせたまま戦う必要はなくなった。
あとは。
向こうが。
こちらの用意した場所へ。
出てくるだけだった。