無個性は個性をつくる 作:匿名希望
呼び出された理由を、僕は知らされていなかった。
指定された会議室へ入ると、轟くんが先に来ていた。その向かいにはオールマイト、エンデヴァー、相澤先生、根津校長が揃っている。顔ぶれを見た時点で、普通の授業や進路についての話ではないことだけは分かった。
「緑谷少年、座ってくれ」
「はい」
オールマイトに促され、轟くんの隣へ座る。扉が閉じると、根津校長が僕たち二人を順番に見た。
「二人を呼んだのは、近く実行する作戦について話があるからだよ」
胸の奥が少し固くなった。
オール・フォー・ワンと死柄木弔。今、この人たちが揃って僕たちへ話さなければならないことがあるとすれば、考えられるのはそれくらいだった。
◇ ◇ ◇
「最初に前提から説明する」
相澤先生が口を開く。
「今回も、生徒を戦力として動員する予定はない。仮免を持っていようが、戦える実力があろうが、原則として前線には出さない」
前回の全面戦争でも同じだった。
多くのプロヒーローや雄英の教師たちが作戦へ参加したことで、学校では授業が停止した。それでも僕たち生徒が戦場へ呼ばれることはなく、安全な後方支援に出ることさえなかった。
戦争がどうなったのかを知ったのは後からだ。ニュースで報じられた内容や、ヒーロー科の授業で共有して問題ないと判断された範囲の記録を見た。
死柄木が覚醒し、街を広範囲に崩壊させたこと。『抹消』で個性を止められてなお、異常な身体能力でトップヒーローたちと戦ったこと。オールマイトやエンデヴァーたちが追い詰めながらも、最後には逃走を許したこと。
僕はその戦場にいなかった。
直接、死柄木と戦ってもいない。
「今回も基本方針は変わらない」
相澤先生は続ける。
「プロ、警察、それから空木が用意する個性兵で必要な戦力は揃う。他の生徒を出す理由はない」
「なら、何で俺たちを呼んだんですか」
轟くんが尋ねた。
相澤先生は僕たちを見る。
「お前たち二人だけ、例外にする可能性があるからだ」
◇ ◇ ◇
最初に視線を向けてきたのはオールマイトだった。
「緑谷少年。死柄木弔との戦闘に参加してほしい」
一瞬、呼吸が止まる。
覚悟していなかったわけではない。それでも、実際に言葉にされると重さが違った。
「……僕が、死柄木と」
僕と死柄木の間に、長い因縁があるわけではない。
直接出会ったのはUSJが最初だった。あの時はまだ、死柄木はヴィラン連合を率いてオールマイトを殺そうとしていた男で、僕にとっては突然学校を襲ってきた敵だった。
その次に直接会ったのは、ショッピングモールだ。首を押さえられながら言葉を交わした。それ以降、僕は死柄木と直接戦っていない。
全面戦争にも出ていない。
だから死柄木本人と僕との間に、何度も戦って積み重なったような個人的な因縁はない。
ただ。
あいつがどれだけ危険なのかは知っている。
映像でも、報告でも、授業でも見てきた。
そして今の死柄木の中には、オール・フォー・ワンの力がある。
「理由は二つある」
オールマイトが説明を続けた。
「一つは純粋な戦力だ」
根津校長が机の上へ資料を置く。そこには死柄木に対して予定されている対策がまとめられていた。
「『崩壊』、『超再生』、それからオール・フォー・ワン由来の複数個性については、戦場で常時発現を封じる予定だよ」
「相澤先生の『抹消』を使うんですか?」
「ああ。ただし俺がずっと見続けるわけじゃない」
相澤先生が答える。
「俺の個性データを正式に使った個性兵が配置される。瞬きが必要なく、複数の視覚器官を持ち、複数体で死柄木を監視し続ける。個性を使わせないこと自体は、今までより遥かに安定する」
そこまで聞けば、かなり有利に思える。
けれど、資料にはその次があった。
「改造された身体そのものは残る……」
僕が読み上げると、オールマイトが頷いた。
「そうだ。あれは個性を消せば普通の人間に戻る身体ではない。死柄木の肉体そのものが、私の全盛期に近い身体能力を持っている」
個性なしで。
あのオールマイトに近い。
改めて言われると、異常さが分かる。
「正面からあの身体と戦える人間は限られている。今の私、そしてワン・フォー・オールを十分に扱えるようになった君だ」
「だから僕を……」
「ああ」
戦力として必要。
少なくとも、そこには分かりやすい理由があった。
◇ ◇ ◇
「もう一つは、ワン・フォー・オールそのものだ」
オールマイトが続ける。
「君と死柄木本人との間に、深い個人的な因縁があるとは私は考えていない。直接会った回数も多くないからね」
その言い方に、少しだけ安心した。
僕自身もそう思っていたからだ。
「だが、ワン・フォー・オールとオール・フォー・ワンには長い因縁がある。今の死柄木は、そのオール・フォー・ワンを宿す存在だ」
僕の中にある力は、何代にもわたって受け継がれてきた。
僕が死柄木を個人的に追い続けてきたわけではない。
それでも、持っている力そのものが、この戦いと無関係ではいられない。
「もっとも、それだけなら君を戦場へ出す理由にはしないよ」
根津校長が補足する。
「象徴的な意味だけで生徒を危険に晒すつもりはない。あくまで第一の理由は、君が死柄木の改造肉体へ正面から対抗できる戦力だからだ」
「それに私も一緒に戦う」
オールマイトが言う。
顔を上げる。
「オールマイトも?」
「ああ。私と君で死柄木に当たる」
昔のオールマイトなら、それだけで勝てると思ったかもしれない。
でも今は、死柄木の脅威も知っている。
僕自身も、ワン・フォー・オールだけではなく、内部にあった六つの個性を長く訓練してきた。
その僕と、近全盛期の力を取り戻したオールマイト。
二人を同時にぶつける。
そういう作戦だった。
◇ ◇ ◇
「ただし勘違いするな」
相澤先生の声が割って入る。
「お前がいなければ勝てない作戦にはしていない」
「え?」
「必要なら個性兵を増やす。重戦闘型もいる。空木は戦場自体を制御して、逃走経路も塞ぐ予定だ。お前が負けたら全部終わる、なんて状況にはしない」
根津校長も頷く。
「戦力が足りないから学生まで駆り出す、という話ではないんだよ。前回の戦争でもそうしなかったし、今回もする必要はない」
その言葉で、今回の立場がはっきりした。
僕は穴埋めではない。
大人だけでは戦力が足りないから呼ばれたわけでもない。
勝つための準備が整った上で、その中でも死柄木に対して特に相性のいい戦力として選ばれた。
「それでも危険なのは変わらない」
相澤先生が僕を見る。
「参加するかどうかは、説明を全部聞いた上で決めろ」
僕は少し考えた。
怖くないわけじゃない。
ニュースや授業で見た死柄木は、それまでのヴィランとは明らかに違った。『崩壊』を封じても、身体だけでトップヒーローと戦える。
でも。
そのための準備はある。
オールマイトもいる。
最初から僕一人に何かを背負わせる作戦ではない。
「参加します」
今度は、落ち着いて答えた。
「僕の力が必要なら、行かせてください」
オールマイトが静かに頷く。
相澤先生も、それ以上止めなかった。
「分かった」
◇ ◇ ◇
次に話が移ったのは轟くんだった。
「焦凍」
エンデヴァーが呼ぶ。
「燈矢との戦場に来てほしい」
轟くんは父親を見る。
「俺が必要なのか」
エンデヴァーはすぐには答えなかった。
少しの沈黙の後、首を横へ振る。
「戦力としてなら、必要ではない」
僕とは逆だった。
「燈矢の『蒼炎』は常時抹消で止められる」
相澤先生が説明する。
「耐熱、防火、拘束、治療用の個性兵も用意される。純粋に荼毘を捕まえるだけなら、轟を前線へ出す必要はない」
「じゃあ、何で」
轟くんが聞く。
エンデヴァーは息子から目を逸らさなかった。
「轟家の問題だからだ」
静かな声だった。
「燈矢が人を殺し、ヴィランとして戦ってきた責任は燈矢自身にある。それでも、あいつがあそこまで壊れたことに、俺のしたことが関わっている」
轟くんは黙って聞いている。
「個性兵に任せれば、安全に捕まえられるだろう。だが、それだけで終わらせれば、また俺が一人で家族のことを決めることになる」
エンデヴァーが拳を握る。
「だから来てほしい。俺と一緒に、燈矢と向き合ってほしい」
◇ ◇ ◇
「俺に兄貴を止めろってことか」
「違う」
エンデヴァーは即座に否定した。
「止める責任をお前に押しつけるつもりはない。勝つためにお前が必要なわけでもない」
それは、かつてのエンデヴァーからは想像しにくい言葉だった。
勝つためではない。
焦凍の力が必要だからでもない。
家族としてその場にいてほしい。
そう頼んでいる。
「危険はある」
相澤先生が現実的な部分を補足する。
「だが『蒼炎』は使わせない。空木の個性兵も後方で待機する。エンデヴァーか轟が対応不能になるか、致命的な状況になれば即座に介入する」
轟くんが少し考えてから尋ねる。
「俺たちが自分で話したいって言った場合は?」
「任せる」
「戦いになっても?」
「それも程度による。個性を使わない殴り合い程度なら止めない。殺し合いになりそうなら介入する」
相澤先生は淡々と言った。
根津校長が苦笑する。
「普通なら許可しにくい話だけど、今回は勝てるかどうかを心配する段階ではないからね。安全を確保した上で、どう決着をつけるかを選べる余裕がある」
◇ ◇ ◇
轟くんはしばらくエンデヴァーを見ていた。
「兄貴は、俺を見たら余計に怒ると思う」
「ああ」
「親父を見ても怒る」
「ああ」
「二人揃ってたら、もっと怒るだろ」
「そうだろうな」
「分かってて呼ぶのか」
エンデヴァーは頷いた。
「それでもだ」
轟くんは目を伏せ、少しだけ考えた。
やがて顔を上げる。
「なら行く」
エンデヴァーの表情がわずかに変わった。
「焦凍」
「親父を助けるためじゃねえからな」
「ああ」
「兄貴のためだけでもない。俺自身が、ちゃんと兄貴と向き合いたいから行く」
「……ありがとう」
「まだ何もしてねえ」
轟くんは少し気まずそうに視線を逸らした。
◇ ◇ ◇
根津校長が僕たち二人を見渡す。
「これで、前線へ参加する生徒は二人だけになる。その他の生徒を作戦へ参加させる予定はないよ」
前回も、僕たちは戦場へ行かなかった。
今回だって、本来なら同じだ。
例外になるのは僕と轟くんだけ。
ただし、理由はそれぞれ違う。
僕は死柄木の改造肉体と戦える戦力であり、ワン・フォー・オールの継承者だから。
轟くんは勝つためではなく、燈矢と家族として向き合うため。
「君たちが戦えることを疑っているわけじゃない」
根津校長は穏やかに続ける。
「むしろ十分に戦えると分かっているからこそ、必要がない生徒まで使わない。大人が用意できる戦力で足りるなら、まず大人が出る。それが本来の順番だからね」
オールマイトが頷く。
「その通りだ」
その言葉は、妙に納得できた。
◇ ◇ ◇
「当日まで連携訓練は続ける」
相澤先生が最後に言う。
「緑谷はオールマイトと、死柄木の身体能力を想定した連携を詰めろ。轟はエンデヴァーと、燈矢を前にした時にどこまで個性兵へ任せ、どこから自分たちで動くか確認しておけ」
「はい」
「分かりました」
「それと、二人とも勝手に配置を離れるな。作戦通りに動け」
僕は頷く。
「はい」
相澤先生が少しだけ僕を見る時間が長かった気がしたけれど、特に何も言わなかった。
◇ ◇ ◇
会議が終わり、僕と轟くんは一緒に廊下へ出た。
少し歩いたところで、轟くんが口を開く。
「緑谷」
「何?」
「死柄木と直接戦うの、USJ以来か」
「うん。ショッピングモールでは話したけど、戦ったわけじゃないから」
「そうか」
轟くんは少し考える。
「ニュースで見た時より、今はもっと強くなってるんだろうな」
「多分。でも、僕もあの頃とは違うよ」
六つの個性も使える。
ワン・フォー・オールの出力も、ずっと上がった。
何より今回は、最初からオールマイトと二人で戦うための準備をする。
「轟くんは?」
「何がだ」
「荼毘……お兄さんのところに行くの」
轟くんは少し黙った。
「面倒くせえとは思ってる」
「そっか」
「でも行く。今さら親父一人にやらせるのも違う」
その答えは。
轟くんらしかった。
「緑谷も、死ぬなよ」
「うん。轟くんも」
それ以上は言わなかった。
僕たちは同じ作戦へ参加する。
でも。
向かう相手も。
そこへ行く理由も。
まったく違う。
それぞれの理由で、二人だけが例外として戦場へ出ることになった。