無個性は個性をつくる 作:匿名希望
試作品の小型化は、翌日には少し進んだ。
大きさを減らすだけなら難しくない。
不要な空間を削る。
部品を小型のものへ交換する。
配線を短くする。
問題は、それで元と同じように動くかだった。
小さくすると熱が逃げにくい。
各部が近づけば相互干渉も増える。
個性因子を維持する環境も変わる。
昨日の試作品も、予定した寸法には収まったが、連続使用時の温度上昇が残っていた。
私は朝、学校へ行く前に記録だけ確認した。
昨夜停止してからの状態変化。
保存中の安定性。
異常なし。
続きは帰宅後でいい。
装置を保管する。
朝食。
戸締まり。
登校。
最近は、その流れが完全に固定されつつあった。
◇ ◇ ◇
「今年も体育祭がある」
ホームルームでパワーローダーが言った。
教室の反応は大きかった。
知っていた生徒も多いらしい。
雄英高校体育祭。
名前そのものは私も当然知っている。
雄英の行事の中でも外部から注目されるものだ。
ヒーロー科にとっては、プロへ自分を見せる機会でもある。
報道もされる。
観客も多い。
ただ、これまで私は特別に興味を持っていなかった。
自分がヒーローになる予定はない。
運動競技の順位にも興味はない。
だから、詳しい競技内容までは調べていなかった。
「サポート科も参加するんですよね!」
発目さんがすぐに聞いた。
「ああ。出る」
「装備は!?」
「規定を守って、事前検査を通せ」
「いっぱい持ってっていいですか!?」
「検査を通ればな」
発目さんが笑った。
嫌な予感をしたのか、パワーローダーが続ける。
「だからって何でも持ってくるなよ。競技以前に危ない物は却下する」
「大丈夫です!」
「お前の大丈夫は信用してない」
教室の何人かが笑った。
私は配布された資料を見る。
体育祭の概要。
参加方法。
装備の持ち込み。
禁止事項。
検査。
競技そのものの詳細は当日まで伏せられる部分もあるらしい。
サポート科の生徒が参加する目的は一つではない。
純粋に競技へ出たい人間もいる。
自作サポートアイテムを見せたい人間もいる。
企業やヒーロー関係者へ技術力を示したい人間もいる。
発目さんは明らかに後ろ二つだろう。
「空木くんも出ますよね!」
横から声が飛んでくる。
「参加自体はします」
学校行事だ。
特に欠席する理由はない。
「何持っていきます!?」
「まだ決めていません」
「ええっ!? もう作らないと!」
「今日説明されたばかりですが」
「だから今日からです!」
それは間違ってはいない。
私は資料へ視線を戻した。
持ち込み装備。
競技。
ヒーロー科。
そこで、今までとは別の意味に気付いた。
体育祭では、ヒーロー科も競技へ出る。
当然、個性を使う。
それも一人や二人ではない。
一年のヒーロー科だけでも多数いる。
さらに、競技という条件の中で何度も使用する可能性が高い。
私は資料を読み直した。
競技場。
選手同士の距離。
観客席。
待機場所。
競技間の移動。
校内行事なので、私は正規の参加者だ。
ヒーロー科へ勝手に侵入する必要はない。
本人へ研究協力を頼む必要もない。
競技中に個性を使う姿を見ること自体は、何の問題もない。
近い。
数が多い。
しかも、能力を隠す場ではない。
むしろ見せる場だ。
これはかなり条件が良かった。
◇ ◇ ◇
私は個性研究を始めてから、資料の不足を何度も経験している。
本や論文で構造を知ることはできる。
映像から発動を見ることもできる。
試料が手に入れば、個性因子そのものを調べられる。
ただし、それぞれ欠点がある。
論文は対象が限定される。
映像では細かい反応まで分からない。
一般人へ研究目的で近づき、何度も個性を使ってもらうには説明と同意が必要になる。
そして、相手が協力してくれるとは限らない。
体育祭なら違う。
参加者が自分から個性を使う。
それも競技上、ある程度本気で。
出力。
持続時間。
発動条件。
射程。
使用前後の身体変化。
連続使用時の変化。
他の個性とぶつかった時の反応。
資料では分からない情報が取れる可能性がある。
USJ事件の映像を見た時、情報不足で判断できないことが多かった。
画質。
角度。
状況。
誰が何をしたのか。
全部が曖昧だった。
体育祭なら、自分も同じ会場にいる。
かなり違う。
「……なるほど」
声に出ていたらしい。
発目さんがこちらを見る。
「何か思いつきました!?」
「はい」
「ベイビーですか!?」
「研究方法です」
発目さんがさらに身を乗り出した。
「何するんです?」
「体育祭で個性を観察します」
「観察?」
「ヒーロー科は多数の個性を使用するでしょう」
「ああ!」
発目さんは納得したようだった。
「確かにいっぱい見れますね!」
「はい」
しかも合法的に。
見るだけなら特別な許可もいらない。
それだけでも十分価値がある。
「じゃあ空木くん、勝ちに行くんですか?」
「なぜですか?」
「近くで見るなら勝ち残った方がいいじゃないですか!」
一理ある。
競技形式によっては、早期に脱落すれば参加者へ近づける時間が減るかもしれない。
ただし、優勝する必要はない。
「必要な範囲では残ります」
「優勝は?」
「目的ではありません」
「もったいない!」
「何がですか?」
「出るなら一位狙いましょうよ!」
「一位になることで観察対象が増えるなら考えます」
それ以外の価値は、私にはあまりなかった。
「プロからスカウト来るかもしれませんよ?」
近くで聞いていたクラスメイトが言った。
「ヒーローのですか?」
「そう。体育祭ってそういう場でもあるだろ」
「私はヒーローになる予定がありません」
「サポート科なら企業とかからも見られるんじゃない?」
「それはあるでしょうね」
技術を見せれば、興味を持つ企業はいるかもしれない。
しかし、今すぐ就職先を探しているわけでもない。
「空木、そういうの興味ないの?」
「現時点では必要ありません」
一年生になったばかりだ。
今後三年ある。
就職について決める理由はない。
相手はまた少し不思議そうな顔をした。
私は資料へ戻った。
優勝。
スカウト。
評価。
それらは体育祭へ参加する一般的な理由としては理解できる。
ただ、私には優先順位が低かった。
その代わり、個性を調べられる。
そちらの方が重要だった。
◇ ◇ ◇
授業が終わった後も、体育祭の話は続いていた。
発目さんはすでに持ち込む装備を考え始めている。
「パワードスーツ系一個、移動用二個、射出系――」
「持ち込み重量は確認しましたか?」
「これからです!」
「先に確認した方がいいと思います」
「入らなかったら減らします!」
いつもの順番だった。
私は自分の端末で資料を確認する。
競技内容は不明。
なら、特定競技へ最適化した装備は作りにくい。
必要なのは汎用性。
移動。
防御。
観察。
状況対応。
競技によって使い分けられること。
一つに全部詰め込む方法もある。
ただし、大型化する。
壊れた場合に全機能を失う。
それより、小型装備を複数用意した方がいい。
今ちょうど進めている研究とも一致する。
人工個性装備の小型化。
これを体育祭までに進めればいい。
私は簡単なメモを作った。
腕。
指。
首。
腰。
足。
頭部。
衣服へ固定。
口腔内。
身体の各部へ分散させれば、一つあたりを小さくできる。
機能を分けておけば、必要なものだけ使える。
故障時の影響も限定される。
問題は数だった。
競技が不明なら、ある程度多くの状況へ対応できるようにしたい。
ただし、今の私は任意の人工個性を自由に設計して作れるわけではない。
手元にある個性因子を基に、段階的に改変したものしか使えない。
新しい機能が必要だからといって、その場で好きな個性を作ることはできない。
現時点で使える因子。
すでに安定化しているもの。
体育祭までに改変が間に合うもの。
それらの組み合わせを考える必要がある。
これは少し時間がかかりそうだった。
「空木くん」
発目さんが覗き込む。
「なんです、そのリスト?」
「装備位置の候補です」
「いっぱい作るんですか!?」
「その方が合理的だと思います」
「何個?」
まだ決めていない。
私は現在使える機能を数える。
小型化の難易度。
培養時間。
改変に必要な期間。
装着箇所。
予備。
重複。
すべてを考えると、二十個以上にはなりそうだった。
「二十数個程度でしょうか」
発目さんの目が輝いた。
「いいですね!」
何がいいのかは分からないが、発目さんにとって数が多いことは好意的な要素らしい。
「全部違う機能ですか?」
「一部は重複させます。同じ系統でも配置や用途を変えた方が使いやすいので」
「見せてください!」
「まだ作っていません」
「作ったら!」
「検査がありますから、少なくとも学校には持ってきます」
「じゃあ見れますね!」
その通りだった。
体育祭で使用する以上、学校の検査は通す必要がある。
それは後で考えればいい。
まず作らなければ検査もできない。
◇ ◇ ◇
帰宅後。
夕食より先に、机へ資料を並べた。
途中で母から連絡が来たが、
『体育祭の準備を始めます』
と返すと、
『ちゃんと夕飯食べてからやりなさい』
と返ってきた。
仕方がないので先に食事を済ませた。
その後で作業を始める。
現在保存している個性因子。
改変済みのもの。
研究用のもの。
装備へ組み込んだ実績があるもの。
一覧にする。
体育祭で何が起きるかは分からない。
だから目的を二つに分ける。
一つ。
競技へ残り、観察機会を確保するための装備。
もう一つ。
個性を観察・記録するための装備。
勝つためだけなら、もっと単純でいい。
性能の高い装備を数個作り、それを中心に使えばいい。
しかし、私の目的は観察だ。
状況に応じて必要な機能を切り替えられる方がいい。
私は机の端に、昨夜まで小型化していた試作品を置く。
ちょうどいい。
この研究を、そのまま体育祭用へ進められる。
ケースをさらに削る。
維持系を分離する。
共通化できる部分を探す。
一つの大きな装置ではなく、装着部位ごとに小型化する。
ベルト。
腕輪。
指輪。
ネックレス。
足首。
眼鏡。
他にも使える場所はある。
私は紙へ配置案を書き始めた。
最初は数個だった。
機能を分ける。
予備を考える。
別の用途を追加する。
候補が増える。
十。
十五。
二十。
まだ必要なものがある。
二十五前後あれば、かなりの状況へ対応できそうだった。
もちろん、数だけ揃えても意味はない。
全部が動かなければならない。
身体へ付けられる大きさで。
競技を妨げない重量で。
安全性を確保して。
学校の検査を通せる形で。
体育祭までの時間は有限だった。
培養にも時間がかかる。
段階改変にも時間がかかる。
失敗すればやり直しになる。
私は作業予定を組んだ。
優先順位。
並行培養。
加工。
動作確認。
安定性試験。
装着試験。
かなり詰まる。
ただ、不可能ではない。
USJ事件では、映像しかなかった。
見たい個性があっても遠かった。
情報も不足していた。
今度は違う。
多数の個性が、自分のすぐ近くで使われる。
しかも私は正規の参加者として、その場にいられる。
これほど条件のいい機会は、今までなかった。
優勝する必要はない。
スカウトされる必要もない。
必要なのは、できるだけ多く見ること。
そのために競技へ残ること。
そして、観察の邪魔になる状況へ対応できること。
目的が決まれば、作るものも決まる。
私は最初の試作品を分解した。
体育祭までに、装備を増やす。
一つや二つではない。
使える技術を、身に付けられる形へできるだけ分散させる。
机の上に部品を並べる。
工具を取る。
最初の一個から、作り始めた。